第458話 魔が差した
重要イベントが僅か二日の間に犇めく異常事態。これを正史と捉えるのは現実的じゃない。
つまり、今俺達がいるこの世界は正しい過去じゃない――――それが俺の出した結論だった。
この世界へ迷い込んだ真相は二つに一つだと思っていた。すなわち『正史への時間逆行』か『正史を模した亜空間への転移』の二択だ。そして後者が正解だとほぼ確信していた。
けどここに来て、もう一つの選択肢が生じた事になる。
すなわち――――
『正史を改変した亜空間への転移』。
要するに、この世界が11年前をモチーフとしていながらも完全に正しい過去って訳じゃない……そんな解釈だ。
概ね史実通りに再現されているんだろう。だけどさ、ティシエラの転機に始まってフレンデリアの転機、聖噴水や精霊に関わる重大事件、コレットの転機……この短期間で俺との関わりが深い人物や存在にまつわる出来事が起こり過ぎている。
これを偶然だと思えるほど俺はピュアじゃない。恐らく改変されていると見て間違いない。事実そのものの歪曲なのか、それとも違う時系列の出来事をこの二日間に寄せ集めたのかはわからないが、少なくとも史実通りじゃないだろう。余りに出来過ぎている。まるで俺が知りたい事の欲張りセットだもんな。
ただ、仮に改変された過去世界だったとしてもそれを確かめる術はないし、誰の仕業なのかも調べようがない。あからさまに怪しいのは、この世界の真相を知ってたっぽい精霊王だけど……俺とは接点なさ過ぎてなあ。動機が不明過ぎる。
ここへ来た直後と比べれば手掛かりになりそうな要素は幾つも掴んだ。けど決定的な情報には巡り逢えていない。
なら、やるべき事は変わらない……と言いたいところだけど、もし本当にここが改変された過去世界だとしたら、懸念が一つ増える事になる。
既に改変されている世界を俺の手で改変したところで、術式の定義破壊には該当しないんじゃないだろうか?
例えばこの亜空間を生成している術が『術者の意図するレプリカ空間を作る術』じゃなく『改変された過去をランダムに作り出す術』だった場合、改変そのものが術式に組み込まれている訳だから、改変する事が定義の破壊にはならないだろう。まあ過去改変が術式に組み込まれてる術なんてあるかどうかは知らんけど。
知ってそうなのは……始祖だな。でも始祖に会う為には城下町まで戻らなきゃならない。俺の命を狙う精霊王やウィスがいるあの城下町に。
昨夜コレットの両親に聞いた話によると、このクラウデントアークって都市からアインシュレイル城下町までは約50000メロリア離れているらしい。
久々に聞いたから一瞬忘れてたけど、メロリアってのはこの世界の長さの単位。メートルに換算すると90000メートル……90kmだ。距離としても中々だし、途中のフィールドではモンスターも彷徨いているだろうから徒歩で戻るのはかなり厳しい。
つっても、シキさんと合流するにはどの道避けては通れない。どうにか移動手段を確保し、奴等を出し抜いて潜入。これしかないだろうな。
よし。方針は決まった。
どうせ作り物の世界だ。こうなったら好き放題やってやろうじゃねーか。
「コレット。アインシュレイル城下町って知ってるか?」
「……知ってる」
お前と呼ばれて不機嫌になったかと思いきや、特にそんな様子はない。子供の頃の方が寛容じゃねーか。
「明日この家にやって来るお客さん達は多分、その城下町から派遣された連中だ。ちなみに俺もそこから来た」
「……」
11年後のコレットと親の関係は、俺の知る限りでは完全に破綻していた。でもこの少女時代のコレットは親に対して悪感情を抱いている様子はない。仲が拗れたのはレベル78と判明した後だから当然だ。
こんないたいけな少女の無垢な心を利用するのは気が引けるけど……日和ってる余裕もない。
「明日来る連中はそれなりの立場の奴等だ。失礼な事をすればお前の親が叱られる。それは嫌か?」
「……」
コクリ、とコレットは頷く。
これで取り敢えず言質は取った。
「御両親を悲しませず、明日来る連中に色々されない方法が一つだけある」
「それはなに?」
「捕まらない事。文字通り逃げるんだ」
「……?」
わからないか。当然だな。俺だって、こんなバカみたいな策を伝えるのはそれなりに勇気が要る。
「恐らく明日来る冒険者達は、身体検査みたいな事をすると思う。それと、コレットの中に秘められた力がないかを調べようとするだろな」
「秘められた……?」
「ああ」
今のコレットは測定こそまだだけどレベル78なのは間違いない。当然、フィジカルお化けの筈。
恐らく街中でコレットの能力が異常に高い事に気付いた人間がいたんだろう。この頃はまだ幸運全振りじゃない筈だからな。自分の意志でそう振り分けたっつってたし。
レベルの測定はマギソートで行われる。で、マギソートはレベルに応じた量のマギを各パラメータに振り分ける事が出来る。ただし一度振り分けたら修正は出来ない。唯一の例外が俺の調整スキルだ。
「コレット、手を少し握っても良いか?」
「……求婚?」
「全然違う! 何処で覚えたんだそんな言葉!」
手を握っただけでプロポーズ認定はヤバい。親の教育がなってないぞ。
「求婚じゃないなら……」
「そいつはどうも」
本当に絡み辛い幼少期コレットの手を取る。
そして――――
「敏捷に8割。残りを均等に2割」
スピード特化型に能力変更。11年後のコレットにも同じ事をした気がするけど、今回は事情が大分違う。より複雑だ。
「……?」
「今のはおまじないだから気にするな。兎に角明日、まずは客が来るのを待って、その客人達に『ごめんなさい。逃げます』って宣言して本気で逃げろ。捕まりそうになっても、決して捕まらないように逃げ続けるんだ」
「……………???」
コレットは混乱した!
無理もない。幼心に『逃げたからなんだって言うの』って思ってるだろう。
だけど重要な事だ。そしてこれが明らかにベストな方策だ。
例えば俺がこれからどうにかして城下町へ戻れたとする。そして始祖と会って『改変で定義破壊OK』という返答を得たとしよう。要するにこの上なくご都合主義な展開だった場合だ。他に元の世界に戻れそうな方法が判明していない以上、まずはそれに賭けるしかない。
この場合、コレットを城下町に連れて行くだけで一応過去改変にはなる。明日コレットのレベル測定が行われない時点で俺の知る未来とは違ってくるからな。俺の素性は知れ渡っていないから、一日くらいなら潜伏は余裕だ。
でも『明日コレットのレベル測定が行われなかった』って事実だけで歴史が変わるかというと……恐らくそんな事にはならない。いずれ俺とコレットは捕まり、コレットのレベル78も判明し、正史と大差ない歴史が刻まれるだけだ。
つまり、コレットのレベル測定が数日ズレたくらいじゃ術式の定義破壊に該当する改変とは考え難い。未来に多大な影響を及ぼすレベルの改変じゃないと、この過去世界が現実と矛盾する事にはならないだろう。
だから発想を変える。
『領主とか聖職者の皆さんから「レベル78なんだから、わかってるよね?」って空気をずっと出されて……』
恐らく、この家はコレットのレベル測定をきっかけに歯車が狂った。レベル78と判明した時点で周囲の態度が豹変し、両親もコレットを利用して社会的地位や名誉、そして冨を得ようとしたのは未来コレットの証言からも確実だ。
って事は、周囲から過度な期待を持たれないよう仕向ければコレットを蝕んだ謂わば『レベル78狂想曲』が生じる事もなくなる。そうなればコレットは正史のような仕上がりにならず、この空間と正史の間に致命的矛盾が生まれ、定義破壊によって俺とシキさんは元の世界に戻れる!……かもしれない。
その為に必要なのは……
「確定演出をブチ壊す!」
「……………………??????」
コレットは混乱に混乱を重ねた末、初めて顔に強い感情を出した。猫が嫌な臭いを嗅いだ時に見せる変顔に似てるな。
まあコレットに一から十まで理解して貰う必要はないし、子供のコレットに説明したところで混乱が増すばかりだ。
だったら――――
「いいかコレット。お前には秘められた凄い力がある。だけどそれがバレたら大変だ。悪魔が出るぞ」
「あくま……?」
案の定、コレットは『悪魔が出る』というワードに露骨な反応を示した。こいつ恐がりだもんな。
この年齢のコレットに普通の説明をしても伝わらない。なら要旨は知らずともこっちの意図する行動を取るよう誘導してあげれば良い。
問題は……俺が子供の扱いに慣れていない点。正直自信はない。けどやるしかない。
「そう。悪魔。それもメチャクチャ怖い悪魔だ。コレット。お前のお父さんとお母さんを、その悪魔はどんどん、おみまいしていくぞお」
「……どんなふうに?」
若干コレットの目が怯え……というより好奇心旺盛なそれになっている気がしなくもないけど、まあいい。上手く誘導する為にも設定を盛らないと。
「その悪魔はまずお父さんの所へ行くんだ。そして陰気に挨拶するんだよ。『どーもお父さん。知ってるでしょう? 悪魔でございます。おい俺食わねぇか』つって自分を食べさせるんだよ。取り憑く為にねぇ」
「……」
「そしてそれが終わったら悪魔はお母さんの部屋に行くんだ。『お母さーん。知ってるでしょう? 悪魔でございます。俺食わねぇか』つって自分を食べさせた後、夜通しダンスを踊るんだ。取り憑いた記念にねぇ」
「こわい」
子供時代から想像力豊かなのか、コレットは少し震え出した。若干盛り過ぎたかも……
「悪魔に取り憑かれたお父さんとお母さんはねぇ、それはもう悪い大人になっちゃうんだよぉ。きっとコレットにも嫌な事をさせたりするだろうなぁ」
「……」
コレットは下唇を噛み俯いてしまった。嫌な気持ちになっているんだろう。そう思うと少し胸が痛む。
けど、これはとても重要な刷り込みだ。『自分が捕まると両親が悪魔に取り憑かれてしまう』と思って貰う事が必要なんだ。
――――何故、コレットの両親はコレット自身の気持ちを無視して彼女をお偉方に売り込んだのか?
当初は単純に毒親だからだと思っていた。でも今日コレットの両親と会って、少しだけど話をして、少なくとも典型的な悪人じゃない事はわかった。
だとしたら、最も考えられるのが『魔が差した』ってやつだ。
それなりに裕福とはいえ一般家庭の息を出ない人々に突然降って湧いた『レベル78』という事実。それまで想像もしていなかった娘のとてつもない才能の判明に舞い上がり、娘が大いに期待され大きな利益を生む存在だとわかった事で有頂天になった。下世話な話、宝くじで一等が当たった感覚に近いのかもしれない。
高額当選者の中には人間不信に陥って精神を病み、自ら命を絶った人間もいるという。逆に周囲からチヤホヤされて今までにない経験をした結果、性格が歪んでしまった奴もいるだろう。
恐らくコレットの両親は後者。それまでの人生から全てが一変してしまった事に対し、何の抵抗も出来ず翻弄され、娘への愛さえも見失ってしまった。察するにそんなところだ。
って事はだ。
この『平凡だと思っていた娘が或る日レベルを測定して貰ったら人類最強の78を記録した』ってシチュエーションが両親を狂わせる確定演出だった訳だ。
全く予期しない突然のレベル78。冒険者ギルドの使者達は驚愕し、どれだけ凄くどれだけあり得ない事かを熱弁したに違いない。それこそ異世界転生した人間が元いた世界の知識や技術を現地民に披露した時のように。
だからこそ両親は息巻いた。私達の娘は凄いぞ、これは大きな価値を生み出すぞ、と。その高揚感とカタルシスが、コレット本人の意志を蔑ろにする免罪符になったのかもしれない。何しろこの子供コレット、やたら無口だからな。自分の意志を伝える事が出来なかったんだろう。
ここで俺がこのコレットに『自分の気持ちを言葉にして伝えろ』と言ったところで、出会って初日の俺の言う事を素直に聞き入れ、性格を曲げてまで助言に従う――――とは考え難い。
だから態度で示して貰う。
最優先すべきは、明日ここへ来るという冒険者ギルドからの使者からコレットが"自力で"逃げる事。自力ってのが重要だ。
コレットの潜在能力の八割をスピードに注ぎ込んである。どんな奴が来ようと捕まえられる筈がない。
当然、使者達は驚き『こいつは只者じゃない』と驚くだろう。これだけのスピードを誇る幼女が特別な才能を持っているのは想像に難くない。
つまりレベル測定を行う前に、コレットの凄さの片鱗を味わって貰う事になる。
そうすれば、いざ測定してレベル78が判明しても、驚愕というより『やっぱりか』くらいの感じになる。勿論、驚愕や称賛はあるだろうけどカタルシスまでは生み出されない。
たったそれだけの事だけど、両親の暴走を食い止める一助にはなり得る。
そしてもう一つ、これが最重要。
圧倒的なスピードを見せつける事で、高レベルという解釈とは別の可能性を示唆する事が出来る。俺の良く知るあの人物……人じゃねーけど、あいつを連想させる事が可能となる。
それが切り札になる。
「だから逃げろ。秘められた力がバレないよう、ずっと逃げ続けるんだ」
「……私が捕まらなかったら、お父さんとお母さんは悪魔に取り憑かれない?」
「ああ。絶対大丈夫だ」
これで良い。捕まらない限りはレベル測定は行われない。
何より――――コレットが本気で嫌がっていると両親が気付く。
知らない大人に囲まれる事を嫌い、冒険者そのものをも嫌う。そんな姿勢をコレットが見せれば、両親もきっとレベル測定を断るだろう。仮に断らなくても、コレットが嫌がる様子を目に焼き付けていれば舞い上がるような精神状態にはならない。希望的観測だけど……
「わかった。逃げる」
「おう。そうしろ」
コレットの頭を撫でる。少し不服そうにしていたけど、嫌がる素振りは見せなかった。
もし俺の目論見が上手くいった場合、この無口コレットは過去世界と共に消失する。もう二度とお目に掛かる事はない。
……何かが違っていれば、コレットはお淑やかな大人に成長したのかもしれない。ギャーギャーわめかず、雪崩のように崩れ落ちる事もなく、俺に依存したりもせず、物静かだけど意志の強さを感じさせるレベル78の猛者が誕生していたかもしれない。
仮にそうなっていたとしたら……俺はコレットと親しくなれただろうか?
「……」
ふと意識を脳内から戻すと、コレットはいつの間にか部屋の扉を開けていた。
「部屋に戻るのか?」
「明日のためにはやくねる」
コレットはやる気だ。多分、自分の為じゃなく両親の為に。
そういう所は未来のコレットと変わらない。
「おやすみ。トモ」
「ああ。おやす……」
……今なんつった?
「おい! コレッ――――」
出て行ったコレットが閉めたばかりの扉を力任せに開く。
コレットは……いた。
振り返り、俺の剣幕にキョトンとしていた。
「なに。フージィ」
「あ……いや。おやすみ」
気の所為だったんだろうか。それとも、聞き慣れた方の名前が勝手に脳内再生された幻聴みたいなものだったんだろうか。
どっちにせよ、相当疲れてるのは確かだ。
俺も明日に備えて寝よう。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます