第457話 育成失敗

『私の両親、私を売り込む為にいろんな所と商談をまとめて、お金を貰ってたんだ。この武器も「レベル78が使ってる剣」って宣伝するために持たされた物。私の人生に私の意思はなかった』



 コレットと両親の関係、家の事情については出会った初日に聞いていた。けど、本人がその事を話す際に寒気がするほど諦観したような顔をしていたから深く立ち入るのは控えていた。


 だから俺はコレットの過去や実家について余り多くを知らない。実家の両親がシレクス家の親類に援助を受けている事くらいだ。

 

 冒険者ギルドのギルマスになりシレクス家の御嬢様からガチ恋されるほど気に入られたコレットは、選挙の少し前に両親へ手紙を送っていた。けど――――その返事は選挙当日まで来なかった。


 以後、実家との関係に変化があったのかどうかは知らない。最近はコレットとも顔を合わせる機会が少なかったし、あいつの成長は感じていたけど私情まで推し量る事は出来ない。


 けど何も考えていなかった訳じゃない。コレットの両親がどんな人物なのか、実家がどれくらいの規模なのかはコレット自身の証言から何となく想像したりもした。


 体裁を気にする余り、娘に負担を強いて何のフォローもしないドライな両親――――そういう印象を勝手に抱いていた。


 世間体に拘る時点で一般家庭じゃないだろう。そこそこの良家だ。けど貴族の親類に援助を受けている事やコレットを必死に売り出している事から、なんとなく没落貴族みたいな実家を想像していた。かつての隆盛を取り戻す為に、レベル78と判明した娘を最大限利用しようとしている……と。


 正直、居心地の悪い実家だったんだろうと思っていた。



「娘を保護してくれたそうだね。心より感謝申し上げる。大したもてなしは出来ないが、どうか今宵は寛いでくれ給え」



 けれど11年前の過去を模したこの世界のコレットの父親は、俺の想像とはかけ離れた人物だ。


「では……これで失礼」


 極度の人見知りだった!


 初めて顔を合わせてから今に至るまで一度たりとも目を合わせやしない。ずっと斜め下やら横やら忙しなく視線を動かしながら妙に紳士ぶった物言いをするものだから違和感エグいぞ。


「申し訳ありません。主人に悪気がある訳ではないのよ? 主人も私も貴方にはとても感謝しています」


「いえ、そんな。大した事は何もしていませんし」


「あの子、昔から遁走癖があって……特にこれって理由がなくてもフラッと遠く離れた所に行ってしまうの」


「そうなんですか」


「まあ私も子供の頃から同じ癖があって親を困らせていたから遺伝かもしれません。うふふふふふふふふふふふふふ」

 

 そして母親はちょっと怖い! 上品な貴婦人って感じの人なのにずっと迫真顔だし……


「今日はもう遅いから、この家で寝泊まりして下さいね。今、空き部屋のベッドメイクをしているから」


「ありがとうございます。御言葉に甘えさせて頂きます」


 レインカルナティオの西部に位置する内陸の都市【クラウデントアーク】。これが現在地の名称だ。


 その住宅街に位置するコレットの実家は、想像していたような金持ちの屋敷って感じじゃなかった。一般家庭よりは少し大きい一軒家で、敷地も少しだけ広く周囲を塀で囲い、庭にちょっとしたガーデンテーブルを置いてあるものの、特に芸術品や高級な置物などは見当たらず、立派な門や門番もない。使用人はいるが一人だけ。上流家庭って感じでもない。


 寝泊まりする為に通されたのも、八畳くらいの広さでシングルベッドが一つ置いてあるごく普通の部屋。少なくとも居るだけで緊張を伴うような部屋じゃない。


「……ふぅ」


 ベッドに横たわり、この家に来るまでの経緯を回想する。もうちょっと上手く立ち回れたのに……という後悔と共に。


 

 コレット――――そう名乗った少女は、俺のよく知るあのコレットだった。勿論11年前の。


 11年後のコレットは童顔で少女の面影を残していたけど、この時代のコレットはそもそもが幼いとあって普通に子供の顔。ただしルウェリアさんやティシエラとは違って、名乗らなければ気付けなかったかもしれない。柔和な11年後の彼女とは違って少し張り詰めた印象を受けた。


 随分と無口だったから同名の別人かとも思ったけど、少し話をした時点でコレット独特のジメっとした感じが確認できた為、本人と断定。なんでも一人で散歩しながら考え事をしていたら、いつの間にか実家から何時間も歩いてあの神殿に辿り着いていたらしい。どうせ俯きながら歩いてたんだろうな。


 こんな小さい子供のコレットを一人で帰らせる訳にはいかず送る事にしたものの、コレットの歩幅に合わせての移動で時間を大分取られ――――今に至る。


 コレットとの再会に気を取られて結局あの神殿については何も調べて来なかったし、現在地と城下町との距離や位置関係も聞けず終い。しかも実家に着いて以降、コレットはすぐ自室に戻り全然出て来なかった。道中のコミュニケーションで心を開けなかったのは明白だ。


 つーか……この時代のコレットなんかムズいな! 無口過ぎて付け入る隙が全然なかったぞ……


 まあ過ぎた事を嘆いても仕方ない。睡魔が襲ってくる前に現状を整理しよう。



 最大の目的は、この過去世界からの脱出。勿論シキさんと一緒にだ。


 その為に必要なのは術式の定義破壊。即ち、この過去世界が現実と矛盾している事を示すしかない。ただし外の情報を殆ど持たない俺が城下町以外でそれをやるのは難しい。


 よって今の俺がすべきは城下町への速やかな帰還なんだけど……普通に戻ったらウィスや精霊王に気付かれてまた襲われる。それは避けたい。あいつら俺の結界が発動しない方法で攻撃してくるからな……厄介な連中だ。出来れば奴等に悟られず城下町に戻りたい。


 ただ、折角コレットの実家に来たんだ。両親とコレットの関係やこの時代のコレットについても知っておきたい。


 これらのミッション全部を今日明日でこなすのは難しい。でもやるしかないだろうな。シキさんがウィスに拘束されている可能性もあるし、悠長にはしていられない。


 何にしても、今日は疲れた。自然と瞼も重くなる。


 もう休もう――――



「……」



 一瞬目を開けると、そこに幼女コレットの顔があった。


 不思議だ。メチャクチャ驚いた筈なのに、反射的に叫んだりはしなかった。もしかしたら、コレットが部屋に来る事を心の何処かで予想していたのかも。


 ただ、俺が目を開けた事に対してコレットの反応がないのは気になる。寝てたと思って近付いて来たんじゃないのか? 急に目を開けられたら普通驚くよね?


「……」


 で、何も発しない。


 ……もしかしてこの時代のコレット、不思議ちゃんだったの? 初対面時からずっとズレてる気がするんだけど。


 まあ幼少期と成年期の性格が全く違う人間なんて別に珍しくもない。生まれ持った才覚に育った環境や周囲の人々に受けた影響がミックスされて人格は形成されていくんだし。


 とはいえ、11年後のコレットと地続きな部分だってある筈だ。


 例えば――――レベル。


 この頃のコレットってもうレベル78だったんだろうか?


 確か最初にレベル測定した時点で規格外の数字だと判明していた筈だけど……そもそもどれくらいの年齢でレベル測定ってするのか知らん。身体測定の項目に入ってるんかな。


 目の前に本人がいるんだし直接聞いても良いんだけど、このコレットはなんか質問しても答えてくれそうにないよなあ。お前ガキんちょの頃無口キャラだったんかよ。育成失敗とか言われてそう。


「えっと……何か用?」


 取り敢えず、これを聞かない事には始まらない。わざわざ俺が泊まってる部屋にやってきたんだ。何か思う所があっての行動なのは間違いない。


「……」


 マジで何も言わんなコイツ……でも父親譲りの人見知りが発動してる感じでもない。常時迫真顔の母親ともちょっと違う。なんかずーっとキョトンとしてる。


 これは……アレだ。宇宙猫だ。宇宙猫に似てる。宇宙コレットだ。


「ありがとうございました」


「……へ? 何が?」


「送ってくれて」


 ああ、それか。親御さんから御礼言いなさいって言われたんだろな。田舎の祖父母にランドセル貰った時に直デンで御礼言わされるアレだ。


「どういたしまして。こっちこそ泊めて貰ってありがとう。助かったよ」


「お礼はお父様に言えば」


「あっはい」


 絡み辛ぇ……ようやく名前以外の言葉を聞けたけど感情が全く読めない。俺が子供の扱いに慣れてない所為か? ティシエラは……成年時と殆ど変わらなかったもんな。あの子は例外だ。


「ところでさ、どうして一人でお出かけしたの? 怖くなかった?」


 こっちにも慣れが必要となれば、多少強引にでもコミュニケーションを継続した方が良いだろう。明日御両親に色々聞いておきたい事があるし、その前にコレットから最低限の信用は得ておきたい。


 それに俺自身、この子供コレットの全容を解き明かしたい衝動に駆られている。なんで子供の頃こんな感じだった奴が将来あんなポンコツ剣士に育ったのか。純粋に興味がある。

 

 母親は『遁走癖』って言葉を使っていた。でもそれは親の視点でそう解釈しているに過ぎない。コレット自身の感じている事を聞いておきたい。


「友達はいません」


「いや、そういう事じゃなくて……なんかゴメン」


「?」


 どうやらこの頃のコレットは友人がいない事にコンプレックスはなかったらしい。


 それは兎も角……幼い子供が好奇心の赴くままにフラッと遠出するなんてのは、よくある話だ。


 けどあの神殿には聖噴水と思しき噴水があった。


 まるで聖噴水に導かれるように……ってシチュエーションは、未来ウィスとの初対面時に街中をフラフラ彷徨っていたルウェリアさんと似ている。


 コレットとルウェリアさんの間に、何かしらの共通点があるのか?


 心にそこはかとなく闇を抱えている、とか。ヤンデレ芸の名人と暗黒武器マニアだし。違うか。そういう事じゃないな。


「そういう事、これまでにもあった?」


 今度は言葉では答えなかったものの、すぐコクンと頷いた。


 この感じだと二度目って訳でもなさそうだ。母親が遁走癖と解釈したのも頷ける。

 

 けど……


「行くのはいつもあの神殿?」


 再び首肯。だとしたらあの神殿内の聖噴水が関わっている可能性大だ。


 ただ、明日調べに行く時間的余裕はない。一刻も早く城下町に戻ってシキさんと合流しないと。


「……明日ね」


「ん?」


「明日ね、お客さんがいっぱい来て、私に色々するって」


 少しは話し慣れたのか、今度はコレットから話題を振ってきた。どうやら最低限の信用は得られたらしい。


 それも重要だけど……今の発言は気になる。


「コレットに色々するって親御さんが言ってたの?」


 コクリ。


「それは嫌?」


 コクリ。


「だから逃げちゃったの?」


 フルフル、と首を左右に振る。コレット自身には逃げたって自覚はないらしい。


 けど、状況的には確かに嫌な事から逃げている。母親が遁走って言葉を使ったのも、過去に似たシチュエーションで何度も失踪したからかもしれない。


 にしても、お客さんがいっぱい来てコレットに色々するって……字面だけならいかがわしい事この上ないな。どんな事が行われるんだよ。


 ん……? 待てよ。


 まさか――――


「お客さんって冒険者ギルドの連中?」


 コレットは暫く首を傾げていたけど、やがて自信なさげに頷いた。冒険者ギルド自体、この頃のコレットには馴染みのないものなんだろう。


 でもお陰で裏が取れた。恐らく冒険者ギルドから派遣された連中がコレットのレベルを測定する予定なんだろう。それ以外に冒険者がこんな所まで来る理由がない。


 ……って。


 そんな偶然あり得るか!?


 精霊王が人間の王との交渉に臨んだ日の翌日に、コレットのレベル78が判明? ティシエラの勝負の件もあるし……こんな重要イベントが幾つもかち合うものなのか?


 これは……アレだな。『重要な出来事が幾つも重なった特別な時期だからこそ、俺とシキさんはこの過去世界へ飛んだ』と取るか、『そんな偶然はあり得ない。実際には別の日に起こった出来事を繋ぎ合わせて作られた過去世界』と取るかで今後の身の振り方が大分変わってくるな。


 特にコレットにとっては、レベル測定は人生の大きなターニングポイントになった筈だ。


 

『多分前例はないと思います。凄くビックリされて、チヤホヤされて、取材とか一杯受けましたから』


『領主とか聖職者の皆さんから「レベル78なんだから、わかってるよね?」って空気をずっと出されて……』



 人格形成に相当な影響を与えたのも確実。今のコレットが別人のように人懐っこくなった遠因、ヘタしたら主因にもなり得る。


 それに……



『私にはもう、故郷と呼べる場所はありません。きっとこの街が終の住処になると思います』



 ギルマス選挙の最後の演説で、コレットはこんな事を言っていた。レベル78が判明してしまった影響で家族と疎遠になってしまったのは想像に難くない。


 これって、コレットやその家族だけの問題じゃないよな。レベル78の子供がいるって事実は冒険者ギルドを震撼させた筈だし、その11年後にコレット自身がギルマスに就任している訳で、コレットの存在自体が冒険者ギルドに与えた影響は計り知れない。


 って事は、だ。


 コレットのレベル78が判明しなきゃ俺の知る未来は到底成立しない訳で、この過去世界に大きな矛盾をもたらす事が出来るんじゃないか?


 そうなれば術式の定義破壊の条件を満たした事になり、この過去世界は正当性を失いやがて消滅するだろう。


 つまり――――


 明日、コレットのレベル測定が中止になれば、俺とシキさんは元の世界へ戻れる!


「……」


 コレットは相変わらずキョトンとした顔で俺を見ている。純粋な瞳が今の俺にはちょっと眩しい。


 許せコレット。俺は今からお前を利用しようと画策している。俺自身の為に。


 けど……


「コレット。明日が来るのは嫌か?」


「嫌」


 今度は首肯じゃなく言葉で伝えて来た。それだけでも本気で嫌なのが伝わってくる。


 これなら罪悪感を抱かずに済みそうだ。


「だったらお前が嫌な思いをしなくて済むよう、協力してやろう。俺に任せろ」


「……」


 コレットは力強く宣言した俺に対し――――


「お前って言わないで」



 プイッとそっぽを向いた。


 



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