第456話 嫌な事を言う天才

 一応俺も精霊使いではあるけど、まだ新米だし精霊の知り合いもそう多くはないから精霊王の存在自体知らなかった。


 だから精霊王の功績とか存在感は憶測の域を出ないし、ウィスが受けている衝撃を完璧には理解できない。ヘッドハンティングされて移籍した会社がブラックだったとか、そんな感じだろうか?


「認めない認めない認めない認めない認めない認めない認めない認めない認めない認めない」


 いや、どうもその比じゃなさそうだ。否定の言葉とは裏腹にウィスの顔にみるみる悲壮感が滲んでもう見てらんない。あれは『移籍先の社長が子供の頃にイジめてたあの同級生だった』くらいの絶望っぽいな。お先真っ暗なんてもんじゃない。


「いいかコカトリス、落ち着いて聞いてくれ。仮にだ。仮に蚊が真実だとしても、精霊王ともあろう御方が普通の蚊である筈がない。きっと君の毒であろうと屈しない、強靱な耐性を持った蚊に違いない。精霊王殺しなんて滅多な事を想像するんじゃない。大丈夫だ。僕を信じろ」


「残念だけど、精霊王って極度のマゾで死と隣り合わせのスリルを楽しんでるらしいから普通に死ぬぞ」


「アンタはちょっと黙っててくれないかな! 俺達を混乱させようとフザけた事を……! 精霊王への侮辱が過ぎるぞ!」


「じゃあコカトリスに聞いてみろよ」


「聞くまでもない。精霊王だぞ? 全精霊を統べる精霊界の頂点がそんなイカれた性癖を持っている訳がないだろ。バカにするのも大概にしろ!」


 ――――と、両耳を塞ぎながらウィスは叫んでいる。こっちの返事やコカトリスの意見には一切聞く耳を持たない姿勢らしい。真実を知るのが怖いんだろう。


「コカトリス、最早遠慮は要らない。彼は事もあろうに精霊王、引いては精霊界をも侮辱した。彼に毒を」


 コカトリスは……動かない。俺やウィスとは目を合わせようともしない。彼は彼で相当追い込まれている様子が窺える。


「彼に毒を!」


 動かない。目を瞑って苦悶の表情を浮かべたまま固まっている。ニワトリって意外と表情豊かなんだな。


 コカトリスの苦悩は理解できる。精霊なら精霊王の性癖も知っているだろうし、俺の言葉が真実なのもわかっているんだろう。そして精霊王がすぐ近くにいるであろう事も。


 猛毒の視線は使えない。それなのに要求を続けるウィスからの圧力でストレスが許容値を超えているのかもしれない。心なしか尻尾の蛇も表面が乾き過ぎて脱皮しそうだ。


 けどウィス自身、自分がコカトリスを追い込んでいるのは十分わかっている筈。その上で、俺の言動を認めたくない一心で半ば自棄になっている。


 どれだけハイレベルの精霊と契約していても、この11年前のウィスはまだまだ若造。その弱さが露呈した格好だ。


「コカトリスッ……」


 それでも、追い込まれると自爆するくらいメンタルが脆かったアイザックよりは遥かにマシらしく、唇を思いっきり噛んで血を流しながらも己の激情を抑えている。対するコカトリスもまた、時折コケコケと鳴き蛇の尻尾をシュルシュルさせながらストレスに耐えている。


 そんな訳のわからない葛藤劇を暫く見せつけられた末――――


「……仕方ない。一旦消えるんだ」


「コケー……」


 両者不本意そうな声を残し、コカトリス退場です。結局仲直りも出来ずか。遺恨残したなあ。俺もカーバンクルとやり合ったからこの気まずさはよくわかる。


「まるで悪夢だよ……コカトリスは精霊使いの俺よりアンタを信じていた。これが……寝取られというやつか……」


「お前コカトリスと寝たんか」


「黙れ黙れ黙れ! 我が呼び声に応えよ【ワイバーン】!」


「グォオオオオオオオオオオ!!」


 今度はドラゴン型の精霊か!


 と言っても前に見たドラゴン型のモンスターよりは大分小さい。翼も龍ってよりはコウモリで足も鳥類っぽい。


 なんか……


「ドラゴンのパチモンみてーな精霊だな」


「クオオオオオーーーーーーーーーン!!」


 ワイバーンは泣くような鳴き声を挙げて何処ぞへと逃げていった。


 ……えぇぇ。


「な……なんて奴だ……ワイバーンが一番気にしている事を第一声で……人の心はないのか!」


「知るか」


 俺自身が喚び出しておいて傷付けたのなら兎も角、俺の敵として喚び出された精霊を傷付けたからっつって罪悪感とか持つかよ。


「そもそもコミュニケーション不足なんじゃないのか? 日頃から精霊の劣等感にちゃんとフォロー入れてんの? 何もしないで逃げられるとか精霊使いとしての信頼がどうなんだって話だろ」


「……!」


 こっちも精霊使いとしてそれなりにやって来てるから思う所はある。先輩のウィス相手に上から目線で物を言うのには抵抗あったけど、この時期のウィスになら問題ない。隙あらば説教。これ俺のポリシーだよ。


「ふふ……ふふふ……ふふふふふふふふふふ」


 えっ怖! なんで急に笑い出すんだよ! しかも笑いながら頭掻き毟ってるし……


「フージィ。どうやらアンタは、俺の精霊使いとしてのプライドをズタズタにしちまったようだ」


「ただの自滅では」


「いいや違う。コカトリスもワイバーンも、そして俺もアンタの巧みな話術にしてやられた。やはりアンタは俺の愛する天才……嫌な事を言う天才だ」


 おいやめろ! 別に自分の性格が良いとか一切思った事ないけど、これでも人畜無害のポジションでやってんだよ!


「なんだろうな、この気分は。敬愛する天才に身体の芯までグラグラ来るほどしてやられたこの気持ちは。俺は今、味わった事のない感覚を味わってる。今にも心が張り裂けそうだ。どうする。どうするウィス。俺はこの憧れであり宿敵をどうすれば良い?」


 そう自問自答しながら、ウィスは自分の胸をギュッと掴んでワナワナ震えている。必死に冷静さを保とうとしているのが伝わって来る。俺を憎む気持ちと、天才愛好家のアイデンティティを守らなきゃって気持ちが混じり合ってマーブル模様になってるんだろう。


 奴のペースを崩すって目論見は成功した。でも、当面の危機が去ったとは言い難い。


「どうする。どうする。ドウスル」


 今は混乱しているけど、元々は俺にとって天敵とも言える存在。隙を見て逃げ出すか――――



《ようやく追い付いたぞ、ミロの使い》



 なっ……精霊王か!? このタイミングで!?


 ウィスに気付いている様子はない。そういや心に直接語りかける系だった。


《思い切った逃げを打ったな。だがお陰で人間、其方の切り札を解析できた》


 切り札……まさか虚無結界の事か? さっきバルコニーから飛び降りた時に発動したのを見られたのは明らかだけど、あの一回で解析したって言うのか……?


《そこの精霊使いの見解が正しい。即死に繋がる攻撃は全て防ぐ無敵の結界だ。だが打ち破る方法がない訳ではない》


 マズい。精霊王の位置が捕捉できない。羽音だけは微かに聞こえるけど……


《精霊使いも巻き込む事になるのは心苦しいが、其方を城下町から追い出すのが最優先だから仕方ない。其方は邪魔だ》


 ……邪魔?


 なんで精霊王にとって俺が邪魔なんだ? ついさっきまで接点なんて一切なかったんだぞ?


《この世界を消滅させる訳にはいかぬ》


「!」


 まさか……俺が今やろうとしている事までお見通しだってのか!?


《吹き飛ぶが良い。世界の果てまで》



 不意に――――とてつもない轟音が唸りを上げた。


 それが何の音なのか、俺には把握できなかった。


 ただ、物凄い数の何か……例えばイナゴの大群が発する羽音のような不気味さを感じていた。


 だがそれも一瞬。



 次の瞬間、俺の身体はとてつもない力で吹き飛ばされていた……









 ――――ってな事がある時は大抵、変な夢を見る。



 そしてその夢は大抵、俺自身の知らない自分の過去。恐らくこの身体の持ち主の記憶なんだろうと解釈している。



 だけどその内容まで覚えている事はない。『過去の自分と思しき夢を見た』って記憶だけが残っていて、肝心の中身はサッパリだ。だから夢を見る事自体に意味はない。


 

『精霊王は手強い。この我でも本気でやりあって決着を付けられる保証がない程度にはな』



 この話し声にはなんとなく覚えがある気がする。多分、これまでの夢にも幾度となく登場していたんだろう。きっと元の身体の持ち主と懇意にしていた人物なんだろうな。



『しかし結論から言えば、奴が城下町を滅ぼす主因にはならんだろう。王などと名乗ってはいるが、精霊の王だけあって支配欲は一切ない。強さや権力を行使するのはあくまで性癖の為であって、精霊を統べる為には使わない。そういう奴だ』



 このタイミングで精霊王の話が出てきた事に、特に驚きはない。この身体の記憶が俺の体験とリンクしているのは自然な事だ。だから過去に見た夢も基本タイムリーな話題だったに違いない。



『精霊王じゃない。お前が対処すべきは別の存在だ。その為には11年前の知識がどうしても必要になる。それも、他人や書物から得たものではなく実感として得る知識だ。でなければ到底抜け出せまい』



 ……抜け出す?



 一体何の話をしてるんだ?



『いいか忘れるな。自分を信じろ。恐らくお前に一番足りないものだ。お前が自分を信じ続ければ必ず脱出できる。一度経験している事を忘れるな。これまでのお前が、今のお前を救う。それを忘れるな』



 忘れるな――――そう告げた彼女は、ほんの少しだけ寂しそうだった。









「……何処だ、ここ」


 空が見える。白い雲が微かに浮かぶ青空。この世界の空は本当に澄み渡っている。


 お陰で思考がクリアになったのか、今まで気を失っていた事も、その原因も何かもすぐ頭に浮かんできた。脳に深刻なダメージはなさそうだ。取り敢えず助かった。


 どうやら精霊王の野郎に吹き飛ばされたらしいな。それも10メロリアや20メロリアなんて次元じゃない。前にプッフォルンって金管楽器みたいなアイテムでモーショボーが流星のようにブッ飛んでった事があったけど、あれを自分が食らったみたいな感覚だ。



《この世界を消滅させる訳にはいかぬ》



 こんな物言いをするって事は、やっぱりこの世界は城下町の過去のレプリカなんだろう。そして精霊王はそれを知っている。どういう理屈で把握したのかは全くわからないけど……自分の存在が作り物だと知った上で、それを破壊して元の世界に戻ろうとしている俺を殺害以外の方法で消し去ろうとしたに違いない。


 だとしたら、世界の果てまで飛ばされたんじゃないだろうか。


 亜空間の境界を越えると別の地点に転移してしまうのは鉱山で体験済み。思いっきり吹き飛ばされて、気を失っている間に全く別の場所に転移してしまった可能性がかなり高い。


 参ったな。せめて意識があれば境界が何処にあるか見定める事が出来たかもしれないのに。飛ばされた方角も距離もわからないんじゃただの吹っ飛び損だ。


 もし城下町から遥か遠くまで飛ばされたとしたら……かなり厄介だ。


 この世界からの脱出は『亜空間生成の秘法』の定義破壊が必須なんだけど、その為には11年前に実際起きていない重大な出来事を起こすか、実際に起こっていた重大な出来事をなかった事にするか、そのどちらかが必要になってくる。


 でも俺は異世界に来て以降、城下町以外には殆ど足を運んでいない。せいぜいミーナくらいだ。それ以外の街での出来事や歴史なんて当然知らない。術式の定義破壊を行う事はかなり難しい。


 何より城下町にまだいる筈のシキさんと完全にはぐれてしまった。場所如何では合流が極めて困難になってしまう。


 シキさんはこっちの事情なんて当然知る由もない。宿に戻って『私が目を離した所為で隊長がいなくなった』なんて自分を責めてなきゃいいけど。意外と真面目な所あるからなあ……


 ともあれ、一度死んだ人間がこの程度で絶望していても仕方ない。まずここが何処かを確認……



「あっ……」



 ん? 誰か近くにいるのか……? 



 声のした方に目を向けようと身体を起こすと――――不思議な光景が広がっていた。



 目の前に建物が見える。それは今まで見た事がないタイプの建築物。けれど俺はその一般名をなんとなく知っている。


 神殿だ。


 壁はなく外部に剥き出しになった大量の柱。やたら凝った意匠が目立つ屋根部分。それら全てが石材で造られている。


 一つ異彩を放っているのが、柱の隙間から覗く……噴水。恐らく奧に聖噴水があるんだろう。


「……?」


 不意にパタパタと足音が聞こえて来たかと思うと、視界に少女の後ろ姿が飛び込んで来た。


 白一色の高級そうな服に身を包み、手入れの行き届いた長い黒髪で背中を覆ったその姿はまるで何処ぞの御嬢様。この時代のティシエラより明らかに年下だ。ルウェリアさんと同じくらいか……更に下かもしれない。小学校低学年くらいか?


 その少女は神殿へと入り、柱の陰に隠れてしまった。


 あの神殿の住人……だろうか? とても人が住めそうな場所じゃないけど、始祖なんて安置所で生息してるからな。


 何にせよ、明らかに人見知りっぽいあの女の子から話を聞かない事には始まらない。


「あのー。ちょっとお話させて貰っても良いかな」

 

 しまった。つい警備員時代の声掛けっぽくなっちまった。もっと親しみを込めないと。


「……」


 案の定、全然答えてくれない。怯えているのか柱の陰から動こうともしない。でもちょっとだけ顔を出してこっちの様子を窺っているあたり、俺に関心はあるみたいだ。


 なら声を掛け続けてみよう。


「俺、ここに倒れてたんだよね。助けようとしてくれたのかな」


「……」


 おっ、声こそ発しないけど少し頷いたな。コミュニケーションは取れそうだ。でも怖がらせないよう、距離を詰めずここで対話を試みよう。


「ありがとうね。俺はフージィって言うんだ。お名前聞いてもいいかな」


「……」


 戸惑っているのか、半分くらい柱から覗く顔が俯いてしまった。声のトーンが良くなかったか? でも少し距離があるから多少は張らないと聞こえないからな……


「……ット」


「え?」


 何がきっかけだったのかはわからない。


 少女は柱からおずおずと姿を見せ、ようやく俺はその顔をハッキリ見る事が出来た。


 そして同時に――――



「コレット」



 この不自然なまでの偶然の出会いに驚きを禁じ得なかった。





  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る