第140話 変態のインフレ

 正直、30年以上生きて誰かに誇れるような能力は何一つ身に付けてないと思ってたんだけど……何気に俺ってコントロール良くない? 前に鳥類モンスター相手に槍を投げた時も、ペシッて弾かれはしたけど狙い通りの所には行ったし。


 何なんだろうな……のび太の射撃みたいなこの才能。日常生活には一つも役に立たない死にスキルなんだけど、非日常になった途端に燦然と輝くよな。射撃ならまだカッコ良いけど、投擲のコントロールって絶妙に微妙……


 ともあれ、狙い通りこん棒は娼館の三階の壁に激突して見事粉々になった。それなりに衝撃は与えただろうし、スナイパーの気を引くくらいは出来た筈だ。


「ディノー! 今の内に――――」


 俺がそう叫ぶ頃には、既にディノーはエアホルグに最接近していた。剣を構えたまま前のめりになって突っ込んでいる。


 以前、コレットの敏捷値を弄った時、コレットは自分を制御できずバタバタしていた。恐らくディノーも完全に思い通り動くのは無理だろう。


 それでも、コレットより遥かに戦闘経験豊富で、過去に何度もバフやデバフをかけられたであろうディノーなら、何とかしてくれる。そう信じての不意打ち作戦だ。


 今の俺の一投はかなり大きな音を立てた。スナイパーだけでなく、エアホルグやコレットも一瞬集中力を乱すだろう。その隙にディノーが斬り込めれば勝機はある。


 ただしエアホルグには回復魔法がある。距離を取られたら、自分に魔法を連発して傷を癒やすだろう。そうなると分が悪い。


 一撃で仕留められるかどうか、それが鍵だ。


「今のは……むッ!?」


 こちらの思惑通り、エアホルグはこん棒の衝突に気を取られディノーへの反応が遅れた。


 それに対し、ディノーの選択した攻撃は――――突き。


 薙ぎでも払いでもなく、剣先をエアホルグに向けたまま体当たりした。


「ぐああああーーーーーーーーッ!!!」


 ディノーの剣がエアホルグの右肩を貫く。その衝撃で、奴の豪華な剣が手から離れ地面に落ちた。


 そうか……! 流石ディノー、考えたな。


 体当たりなら細かい動きや技術は不要だし、身体がスピードに馴染めず制御が出来なくても大して支障がない。何より、突きだったら――――


「降参しろ。幾ら回復魔法を使っても、剣が刺さったままなら傷は治らない」


 そう。幾ら回復魔法でも、刺さったままの剣を除外する力はない。傷が塞がろうとしても、剣が刺さっている限り塞がりようがない。痛みもそのままだ。


 にしても、人間同士の戦いでああもアッサリ剣を刺せるって……この世界の住民は凄いなあ。俺にはとても出来ない。ディノーは街中の平和を司っている。俺にはとても出来ない。


「どうした! 早く投降しろ! このままだと痛みでショック死するぞ!」


「ぐわああああーーーーーーーーッ!!」


 ……エアホルグの叫び声、もう人間のそれじゃないよな。獣王かよ。


「む……? 何やら騒がしいかと思えば、我が同胞がやられているではないか。人間による殺害の蘇生は容易ではないが……それでこそやりがいがあるものよ! さあ殺せ! 我が魂の同胞を早く殺るが良い! 蘇生魔法への理解を深めたこの俺が必ず蘇生してみせる!」


 いや魂の同胞の死をお祈りするなよ! やっぱこいつオネットより全然異常だわ! ぶっちぎってるよアンタ……


 まあ、助力しようと暴れられるよりはずっと良い。後はエアホルグの降参を待って、それから娼館の中に――――



「……面白い」



 ――――突として空気が変わった。



 エアホルグの発した声は、先程まで悲鳴を上げていた人物と同一とは思えないほど冷静で、何処か達観すらしているように感じた。


「まさかここまで追い詰められるとはな。やはりこの街は面白い。猛者が次から次に沸いてくる。今の貴様のスピードは何だ? 以前戦った時とはまるで別物じゃないか。支援魔法をかけられた様子もなかった。貴様……」



 ディノーの剣に、ヒビが入る。



 "何者だ?"



「……!」


 何かをした訳じゃない。ただ、刺さっていた剣身が次の瞬間にパリンと割れた。まるでガラスのように脆く。


 同時に、負傷していない左腕でディノーを無造作に払う。幾ら敏捷重視になっているディノーでも、これには反応できない。頭部に掌打を食らい為す術なく吹き飛んだ。


 マズい……! 今のディノーは防御力かなり低めに設定してしまっている。意識は……


「ぐ……ぁ」


 なんとか保っていた。でも右目の上を大きく切ってしまった。懸念していた事態だ。


「怪我させちまったか。安心しな、すぐ回復してやろう。だがその前に……」


 エアホルグの左手が今度は自分の右肩に伸び、フラッシュ連写のように連続で光を放つ。直後、剣で貫かれた傷が――――完全に消えた。


「【十連ヒーリング】の使い勝手は中々良い。魔力の消費は多少大きいが、ほぼ確実に一発で治せる」


 十連ヒーリング……? ヒーリングを高速で十連発する回復魔法って事? そんなのあるのかよ。


「あんな回復魔法、聞いた事がない……ヒーラーは……進化している……!」


 負傷した目を押さえながら、ディノーが憎々しげに呟く。いや、進化するのは良いんだけどさ、魔王討伐にそれ活かせよ。


「トモ。馬車に戻って。この相手だとちょっと余裕ないかも」


 いつになく危機感を強めたコレットの声は、それだけにより強く響いてくる。俺を守る余裕がない、すなわち事実上の戦力外通告――――いや、お荷物通告だ。


 けれどコレットは正しい。今の俺に出来る事はない。それくらい今のエアホルグはヤバいし、無気味だ。


「ぬう……一体どうしたというのだ、我が同胞よ。それではまるでモンスターではないか」


「え……?」


 この変化、メデオに心当たりがない……?


 しかも今の発言――――


「ディノー! 奴からモンスターの気配は……」


「する……みたいだ。さっきまでは全く感じなかったが……」


 やっぱりか。だとしたら……


「さて。その目の傷、そろそろ治すぜ」


 右肩をグルグル回し、問題がないのを確認したのち、エアホルグはゆらりと首を傾け、妖しい笑みを浮かべた。


 来る。迷ってる暇はない。


「全員、危ないって思ったら無理はするなよ!」


 殆ど意味はないと思いつつ、ギルマスとして最低限の警告を叫び、馬車の方へ走る。コレットの発言に従ったからじゃない。


「おいマイザー!」


 エアホルグからモンスターの気配がしたというのなら、この男と同じ。だったらこいつから情報を得るのが、俺に出来る唯一の事だ。


「なんだァ? もう再戦に応じる気になったか?」


「エアホルグはお前と同類なんだな?」


「フン。雑談する余裕もないか。まあいい。同類をどう定義付けるかにもよるが……少なくとも近縁とまでは言えるな」


 完全に一致はしないのか。だとしたら――――


「奴かお前、どっちかはモンスターが人間に化けている。そうだな?」


「何故そう思う?」


 問答している余裕はない。だが確信は欲しい。ここは多少ハッタリもあるけど……


「以前、同じように人間に化けてる奴を見た。確か【複写3】ってスキルだったか」


 そのスキル名を俺が口にした瞬間――――マイザーの眉が露骨にピクリと動いた。


「……それを知ってるのかよ。参ったな。お前、俺が思っている以上に運命の相手か……?」


「クソ気持ち悪い事言ってないで質問に答えろ」


「答える義理はない、と言いてぇが……まぁ当たりだ。どっちがどっちかまでは言わねぇがな」


 ニヤニヤ笑いながら、マイザーは俺の判断を待っている。この野郎、人が必死になってるのを楽しんでやがるな……


 生憎、もう答えは出ている。そしてそれをここで話す義理はない。何より時間をかけていられない。


 無言で馬車を出て、再度戦場へと引き返すべく走る。



 恐らくエアホルグの正体は、モンスターだ。



 その根拠は、俺の調整スキルが効かなかった事。モンスターが人間に化けているのなら、効かないのも納得だ。ステータス自体が作り物だろうし。


 大怪我を負った事で化けの皮が剥がれ、普段は内部に抑えられているモンスターとしての気配が溢れ出した。多分そんなところだろう。 


 この推測が的を射ていたとしたら、奴はとてつもなく強いモンスターかもしれない。マギだけでディノーの剣をバラバラにした訳だからな。それこそ瘴気だけで敵を滅するレベルの大物かもしれない。


 だとしたら、幾らコレットやディノーがトップレベルの冒険者であっても、果たしてどれくらい持ちこたえられるか……


 俺が殺し厳禁を掲げている以上、真面目なあの二人はそれを遵守するだろう。当然、全力は出せない。対照的にモンスターとしての本性を前面に出したエアホルグは、本気で二人を殺しにかかる。明らかに分が悪い。


 頼む。俺が駆けつけるまで無事でいてくれ。


 俺はもう――――死んで欲しくない。


 失いたくないんだ。


 あんな光景は二度と御免だ。



 ……あんな光景?


 

 俺は一体、何の事を――――





「はははははははははははははは!!!」





 不意に、耳を劈くような高笑いが聞こえる。こんな笑い方、コレットやディノーはしない。


 まさか……まさかもう……! 



 そんなバカな……!



「あははははははははははははははははは!! 無様!! 無様!! 無様!! 無様!! 四天王と言っても! この程度! ですか! 不肖私の敵じゃなかったですね!」 



 ……そんなバカな。


 エアホルグが――――オネットにおもいっきり顔面を踏みつけられ、地面に這い蹲っている。しかも無残なくらいズタズタになってるんですけど。オネットってこんなに強かったの……?


 覚醒エアホルグ、あんなに強敵オーラ出してたのに……27歳の人妻屠り師ヤバ過ぎでしょ。セルフ未亡人未遂は伊達じゃない。もう彼女一人で魔王討伐できるんじゃないかな。途中でしれっと呼び捨てにしてたけど、さん付けに戻しておいた方がいいかもしれない。


 肩に担いでいる剣が、まるで呪われているかのように血で濡れている。怖い。純粋な恐怖だ。こんなのギルドに置いてたら、住民からの信頼なんて得られないんじゃないか……?


「あ。トモ……」


 コレットが俺の方に顔を向ける。明らかに青ざめているのは、自分より強い女性がいた事に対し度肝を抜かれたのか、単に彼女の戦い振りに血の気が引いたのか。多分両方だろう。


「えーっと……心配しなくても、そいつは多分モンスターだ」


「やっぱり! こんなに強いのに人間な訳ないよね!」


「あ、いや、モンスターなのは屠られた方なんだけど」


 そう俺が口にしたのとほぼ同時に、エアホルグの姿が変化する。人間だった頃の面影は一瞬で消え失せ、そこに残ったのは巨大な角を左右に二本生やしたモンスターだった。人間の姿だった時の特徴は消え失せ、雪男とゴリラの中間くらいのゴツイ顔が舌をデローンと出して息絶えている。灰色の毛で覆われている身体は、ほぼ全域にわたって剣撃による深い傷が付いていた。


「モンスターが……化けていたのか……?」


「そうみたいだ。人間に化ける事で、聖噴水を突破できるみたいだな」


「なんて事だ……」


 ディノーはコレットと全く違う意味で、顔を青ざめさせていた。


 実際、これは大問題だよな。もしかしたら街中に、他にも人間に化けたモンスターがいるかもしれないんだから。


「まさかモンスターだったなんて! 道理で身体が硬いと思いました」


 えぇぇ……こんなヤバい状況目の当たりにして、感想がそれ? オネットさん、やっぱメデオと互角だわ。何なんだよこの変態のインフレ。


「あ! そう言えばギルドマスター!」


「な、何?」


「殺し厳禁って言われていましたけど、ヒーラーの攻撃性と社会性、不肖私以外にも仲間が複数いて負傷者が出ている事、娼館がヒーラーに占拠されていて実質敵の本拠地になっている特殊な現状を考慮して、その禁を破りました。申し訳ございません。如何なる処分も受ける所存です」


 仕事はまとも! 発言もまとも! 惚れ惚れするくらい優等生ですね!


「えー……っと、お咎めなしです。今後も俺の言いつけを守るより命を優先して下さい」


「では仰せのままに」


 対応もまとも! 何この人、多重人格? にしたって切り替えが早過ぎて人格の残像が見えそうなんだけど!


「まさか我が同胞に魔の者がいたとはな。しかしそれはそれとして、死者である以上蘇生しなければなるまいッ!」


「え、モンスターに蘇生魔法って効くの?」


「実例ないと思う」


 コレットはまだ曇ったままの顔で首を横に振り、眉間を指で揉んで眼精疲労を少しでも和らげようとしていた。気持ちはわかるよ。俺も訳わかんない現実を直視し過ぎて目が疲れた。


 案の定、メデオの蘇生魔法は失敗。再び試みているけど、上手く行く事はないだろう。


 なんか一段落した雰囲気が漂ってるけど、まだ目的は全く果たしてないのを忘れちゃいけない。疲労感が尋常じゃないけど、娼館の中へ――――



「まさか、エアホルグが倒されるとはな。だが奴は四天王の中でも最弱」



 入ろうとした矢先、入り口の扉が開き、中から見覚えのある人物が二人出てきた。


 一人はラヴィヴィオ四天王の一人、名前は確か……ガイツハルス。そしてもう一人は、ベタを恐れず四天王を従えた時に言ってみたいセリフランキング第1位のセリフをキッチリ吐いてノルマを果たした超絶イケメン――――ファッキウだった。


 ありがたい。探す手間が省けた。


 本来はヒーラーを監視する立場なのに、今の奴はヒーラーと契約を結び、こうして娼館を占領している。言うなれば、今回の件のラスボスだ。


「僕に何か問いたい顔だな」


「当たり前だろ。こっちは娼婦たちの護衛やってんだ。俺達のギルドにケンカを売ってるつもりか?」


「そちらこそ、身内の世代交代に口出ししないで欲しいね。知っての通り、僕は既に娼館を支配した。僕が王だ。これからは僕が、この娼館を、そしてこの城下町を正しい方へ導く」


 そう口走るファッキウの目は、まるで古い少女漫画のようにクドいほどキラキラしていた。


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