第139話 人妻屠り師の琴線
俺がこの場ですべき事、非力な俺に出来る事は、このメデオの足止めくらいだ。
こいつの戦闘力は身体付きを見れば十分理解できる。今のところはエアホルグと連携する気が一切見えないけど、もし協力されたら手に負えなくなる。
それを予防するのが俺の役目――――
「君には以前、回復魔法と蘇生魔法が異なる種類の魔法かもしれない、というところまで話した。今日はその続きを語ろう」
え……? 俺、顔覚えられてたの? あと初対面時の話の内容も? なんか早くも心折れそう……
「回復魔法の根底にあるのは、対象者の能力向上。つまりは自然回復力を一時的に大幅上昇させる事で、負傷箇所を癒やす。しかし蘇生魔法はその限りではない。何故なら、生物には自力で蘇生する力はないからだ。ここまでの話に異論はあるだろうか?」
「いや……ないけど」
悲しい哉、俺もまた以前の話を割と鮮明に覚えている。マイザーを詰問していた時に思い出したりしたし、奴の話が印象に残っている点は認めざるを得ない。
そして、その理由もなんとなく気付いている。
「ならば良し! では蘇生魔法とは一体何なのか! それを考えるにはまず、生きるとは何か、死とは何か、それについて考えねばなるまい!」
えぇぇ……急に哲学? 何で変態の死生観を聞かなくちゃならんの? しかも娼館の前で。これどういう状況? パパ活してる子がホテルでエロオヤジから説教受けたら、こんな気持ちになるんだろうか。『もっと自分を大切にしろ』とかオメーに言われても意味わかんねーんだけど、みたいな。
「死とは何か? 生命力が完全に涸渇した状態、心臓の音が鳴り止んだ状態、意識の不可逆的喪失状態……定義は幾つかあるのだろう。だが俺はこう解釈している。魂が消失した状態だと。肉体から魂が剥がれ、離れて行った時、人は死を迎えるのだ」
魂……マギの乖離。
そうだ、あの神サマもそう言っていた。斯く言う俺も、生前の肉体から魂だけが離れた事で死亡認定された。生物学上の死とは違う定義だ。
「ならば蘇生魔法とは、魂が離れつつある、或いは既に離れた肉体を再び魂と繋げる魔法という事になる。すなわち魂と肉体の結合を促す魔法! それこそが蘇生魔法……最初はそう考えていた」
え、今のが結論じゃないの? まだ続くの?
「だが違う。違うのだ。実際に蘇生魔法を使い、人を蘇生させた時に感じるのは、魂と肉体を繋げた充足感ではない。あれはそういうものではない。蘇生魔法を使用した瞬間……俺はいつだって昇天する!」
……はい?
「あれはたまらん。何物にも代えがたい生の歓びを感じるのだ。生き返った本人ではなく、生き返らせた人間がだ! 不思議だと思わんかね!?」
「いえ、不思議ではありません!」
急にオネットが割り込んで来た。奴の話の何が人妻屠り師の琴線に触れたんだ?
「私、これまで何人もの人間を屠って来ました。その全員が邪悪な存在でした」
いや、夫も屠ったって言ってたじゃん。貴女が生涯の愛を誓った相手って邪悪なの?
「その輩共を屠った時、私の心に去来したのは当初……天にも昇る心地でした。ああ、私は今、この方の穢れた魂を断ち切ったのだと。これで彼らの悪意によって人生を踏みにじられた方々に良い報告ができると、そう感じました。幸せ……でした」
そんなしみじみ言われても。善意の殺人鬼によるお気持ち表明、キッツいなあ……
「けれど次の瞬間、異常な喪失感を覚えました。不思議です。私が今まで屠った人々は例外なく、お前は生きていてはいけない人間なんだ、お前は存在してはいけない生き物だと思わせるクズで、屠った瞬間はザマア見ろと連呼して口が渇くくらい高笑いしたのに、急に酷く虚しくなったんです。これは決して罪悪感ではありません」
「むう。つまり蘇生魔法とは真逆……!」
「はい。屠って清々した筈なのに、心が急に暗闇に染まったような感覚でした。そのお陰で、夫を屠った際に『あっ、生き返らせないと』って理性が働いたのですが」
どういう夫婦なんだよ! 幾ら不倫していたとはいえ、殺された挙げ句に存在してはいけない生き物とまで思われて、婚姻関係が破綻してないってどういう現象……? 30年以上生きてるのに何一つ適切な言葉が浮かばない!
「ならばそれは、純粋な心理とは異なる心の動き。自身の殺害という行動によって生まれた影響……いや、そうではない。やはり命の動き、死という事実によって君は虚無感を抱いた」
「はい。そして貴方は蘇生を行った事によってエクスタシーを感じた。これもきっと、生き返らせた事実が招いた充実感じゃなく、命が蘇った事そのものに心が共鳴したからかもしれません」
なんかお互い呟きながら歩み寄っている。そして近距離で向かい合う。
「俺は今、初めて持論が他者によって増強される事に希望と面白さを感じた」
「ありがとうございます」
「もっと早くにお目にかかりたかった」
ガッチリ握手してるけど……何をわかり合ったの?
ダメだ。混ぜたら危険な二人を混ぜ合わせてしまった所為で話が全然頭に入ってこない。っていうかメデオよりオネットの方がヤバくないか? 俺のギルド大丈夫かな……
「青年、君も聞いてくれ。俺は今まで、蘇生魔法とは祝福の魔法だと思っていた。蘇生に成功した際に感じる恍惚は、祝福故の多幸感によってもたらされると思っていたのだ。魂と肉体の再会を祝福する魔法……それこそが蘇生魔法というのが、俺の結論だった。だが、どうやら違う。俺が何度も感じたあの歓びは、救った命との共鳴……救った魂との一体感によってもたらされるものだったのだな」
よくわからないけど、どうやらそういう結論に至ったらしい。
まともに取り合うのもアホらしい気がするけど、蘇生魔法の原理に関しては興味がある。果たして本当に、メデオの言うように魂と肉体の再会を祝福する魔法なんだろうか? なんかメルヘン過ぎて今一つピンと来ない。
もう大分時間は稼げたけど、後一押しするか。
「俺の考えは違うな」
「むう……? ならば君は蘇生魔法をなんとする?」
「蘇生ってのは多分――――」
どうして俺が、毛嫌いするメデオの話にこうも関心を抱くのか。蘇生魔法に惹かれるのか。
何の事はない。
俺自身、蘇生した人間だからだ。
転生と蘇生は厳密には異なるんだろう。でもかなり類似しているのは確かだ。死んで生き返った訳だからな。
ならば俺にとって、転生とは――――
「魂の回復だ」
理屈じゃない。感情論として発した言葉だった。
この世界に来て、俺の魂は癒やされた。人として最低限の事すらしなくなっていた生前の俺は、ここで多くの出会いに恵まれ、人並に修復された。一応そう思っている。
俺の転生は、誰かに祝福された訳じゃない。
人生をやり直す為にあったんだ。
そうだ、俺はやり直す為にまた――――
『理論上は何度でもやり直せる。でも本当に、それでいいの?』
……?
なんか一瞬、ティシエラの顔が映ったような……なんで?
「魂の回復だと? つまり君は、蘇生魔法と回復魔法は同種の魔法だと主張するのかね?」
深く考えても仕方ない。まあ、ふとした瞬間に女の顔を思い出すなんて、男なら誰でも経験あるよな。30代でもそれくらいは許されるだろ。多分。それよりメデオの相手をしないと。
「そうだな。魂も肉体も本人を構成する一部で、肉体を回復するのが回復魔法なのに対し、魂を回復するのが蘇生魔法。シンプルだろ? ならば死っていうのは魂の損傷が激しくて、その結果肉体から剥がれ落ちた状態の事を指すんじゃないか?」
口から出任せ。超テキトー。要はメデオが食いつけばそれで良いんだ。内容なんてどうでもいい。
「ふむう……もしその仮説が事実なら、俺は蘇生魔法を愛していたつもりが、実は回復魔法を愛してただけに過ぎないという事に……だが……いやしかし……」
幸い、メデオは勝手に思い悩み、勝手に熟考に入った。これで多少は時間を稼げる。
後は――――
「危ない!」
へ……?
うおっ!? なんだなんだ!? 景色が凄い勢いでグルグル回って……白い空が見えた。
「ふぅ……無事でよかった」
どうやらディノーに身を挺して助けて貰ったらしい。先程まで俺がいた地点が抉れている。間違いなくあのスナイパーの仕業だ。前回もコレットに助けて貰わなかったらヤバかったんだよな。ディノーに警戒するよう頼んでおいて正解だった。
「助かったよ」
「礼には及ばないさ。それより……良くない報せだ。長期戦になるかもしれない」
差し伸べられた手を取り、立ち上がる。すると不意に、必死の形相で戦うコレットの姿が映った。
「シャルフの攻撃を警戒する余り、積極的に仕掛けられずにいる」
言われてみれば……確かに、コレットよりエアホルグの方が手数が多い。
「どうした!? さっきまでの威勢は何処行ったんだ!? ああ!?」
「くっ、卑怯な……!」
「バカ言え。俺は支援なんざ頼んでねえよ。獲物を掠め取ろうと狙ってる奴がいるだけだ!」
幾らコレットがレベル78の猛者でも、遠距離からスナイパーに狙われた状態でディノーも苦戦する猛者を相手に優勢を保つのは厳しいか。手数に押され、徐々に押され始めている。
何しろ一撃でも食らったら、それを回復魔法で癒やされ、多額の金を請求される事になる。コレットなら一括で支払えるだろうけど、大きな損失になるのは変わりない。
でもこっちは四人いるんだ。オネットに加勢を頼んで……
「私の見解では、人を屠るのと蘇生させるのは正反対じゃなくて、紙一重だと思うんです! 誰かを生かす為に屠るのですから!」
「一理ある。一理あるぞ! 俺の中の価値観が凄まじい勢いで書き換えられていく! むうううううう……! ぬうううああああああああ!!」
ダメだ。すっかり変態と意気投合してやがる。迂闊に会話を止めたらメデオが暴走する未来しか見えない。あの肉ダルマが暴れ出したら俺なんかひとたまりもないぞ。
ここは俺とディノーでどうにかするしかない。スナイパーの脅威をどうすれば排除できる?
俺のスキルで調整できるパラメータは生命力、攻撃力、敏捷、器用さ、知覚力、抵抗力、運。そして武器の強度や射程。
考えろ。どうするのがベストなのか。
エアホルグには、何故か調整スキルは効かない。奴のパラメータを弄るのはノーチャンスだ。
だったら……隙を見てコレットの抵抗力を上げて、スナイパーの魔法攻撃を耐えられるようにするか?
いや、生命力以外はカスな俺にそんな真似はできっこない。ハイレベルな戦いを繰り広げている二人に接近しようものなら、あっさり殺されるのがオチだ。
なら、ディノーの抵抗値を大幅に上げて、盾になって貰うか?
でもディノーにはまだ調整スキルの説明をしていない。この場で説明して、果たして納得して貰えるか? こんな切羽詰まった戦場で。そこまでの信頼が俺達にあるのか?
「陥落寸前だなあ! 諦めて一撃食らえ! そうしたらすぐに回復してやる! さあ回復だ! 回復回復ゥゥゥゥ!」
「こ……の……!」
……そんな事で迷っている場合じゃないな。
「ディノー。作戦がある」
「何か思いついたか?」
「ああ。実は俺、調整スキルってのを使えて……」
……待てよ。
盾なんて消極的な方法より、寧ろ――――
「調整スキル?」
「触れた人間のステータスを、パラメータの総量の範囲で自由に弄れるんだ。生命力を100減らして攻撃力を100増やす、みたいな」
「そんなスキル、初耳だな……本当に使えるのか?」
「これまでコレットにも何度も使ってるから、心配は要らない。今からそのスキルでお前を超攻撃的なパラメータにしようと思うんだが……俺を信じてくれるか?」
「それは……」
迷ってるな。当然だ。
今までずっと懸念してきた事。他人に自分のステータスを弄られる恐怖と不快感を、どうやって拭い去って貰うか。
信じてくれ、なんて陳腐な言葉だけではとても納得はして貰えないだろう。だからまず、その効果を見せる。
「ところで、スナイパーがいる大体の場所はわかるか? さっき俺を攻撃してきた時、奴はどこにいた?」
「娼館の三階、中央辺りだと思うが……さっきのスキルの話と関係あるのか?」
「ああ。そこに目掛けて、これを放り込む」
そう告げて、すっかり手に馴染んできた俺の得物、こん棒を掲げる。そして――――
「射程極振り」
本来、殴る以外に使い道のないこん棒を、広い攻撃範囲の武器へと変貌させた。
「非力な俺でも、これで遠くまで投擲できる。耐久力は極限まで落ちてるから、壁にぶつかったら粉々になるだろう。でもその音と衝撃で、恐らくスナイパーも一瞬くらいは怯む筈。その隙を突いて、エアホルグに斬り込んでくれ」
「……色々言いたい事はあるけど、迷っている暇はなさそうだな」
歓喜の雄叫びを上げながら、エアホルグは豪華絢爛な宝剣でコレットを追い詰めている。小さい連撃の最中に挟む大きなフォームの振り下ろしが厄介らしく、それを剣で受ける度にコレットの顔が歪んでいた。腕が痺れるくらいの威力なのは、こっちにも伝わってくる。
「先に僕のステータスを弄ってくれ。不意打ち特化のステータスにするんだろう?」
「そのつもりだけど……いいのか?」
「後で元に戻してくれるのなら構わないさ」
腹を括っているのが伝わってくる表情。もう遠慮は要らないな。
「攻撃力と敏捷、いずれも総パラメータの4割。残り2割を均等に分配」
ディノーの肩に触れながら、慎重にスキルを発動。これで不意打ちを仕掛ければ、幾ら強敵でも仕留められる筈だ。
ただし勝負は一度きり。万が一躱されたら、防御面が手薄になってる今のディノーは危険極まりない状態に陥る。でも、スナイパーの隙を突くにはこれしかない。
「それじゃ……行っけえええええええええええええ!!」
気合いと共にぶん投げたこん棒が、娼館の三階の壁に衝突した。
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