第138話 失火のような絶望感
ヒーラーが娼館を制圧……?
まるで意味がわからない。一体何の得があって、ヒーラーがそんな事をしなきゃならないんだ?
「動いたか。まぁそろそろとは思ってたがな」
……マイザー。こいつ、何か知ってるのか?
「おっと、タダで話す気はねぇぜ? 俺の願いは変わらねぇ。お前との再戦だ。それが出来るのなら、知ってる事だけだが話してやる」
「わかった。話せ」
「……!」
なんなんだよその歓喜の表情。やめろ、今はそういうのにツッコむ気分じゃないんだ。
「そっちの白髪、俺からモンスターの気配がする、っつってたな。【気配察知】持ちか。しかも3」
「……そうだ。君とフレンデル……ファッキウ陣営との関係も疑っている」
「なら隠しても仕方ねぇな。確かに俺はそいつらと契約を交わした。他のヒーラーも個人個人で契約してるみてぇだぜ」
……契約? なんでファッキウ陣営が複数のヒーラーと契約しているんだ?
冒険者ギルドのギルマスになって、その上でギルド同士の新たな契約を結ぶのならわかる。でも今の段階で個人契約する意味がわからない。
「俺は違うが、娼館の占拠は契約要項の一つかもな」
「!」
ヒーラーを刺客として雇ったのか!
この街のヒーラーを知らなかったら何の事やらサッパリわからない文面だけど、今の俺には一切違和感がない。ヒーラーなら立派な刺客になり得る。というか適任だ。
「御主人! 緊急事態なんでディノーを借ります!」
「よくわからねーけど好きにしろい!」
馬車から身を乗り出して叫んだ俺に、御主人はニヒルな笑みで快諾をくれた。それを確認した後、今度は御者に娼館へ行くよう大声で指示。俺とコレットとオネットとマイザー、そしてディノーを加えたメンバーで現場へ直行する事になった。
「あの! 刺客ってどういう事なんですか?」
この中で一番事情に疎いと思われるオネットが、危機感のない声で問いかけて来る。状況が呑み込めないのは無理ないけど、何処から説明したものやら。
「ファッキウってわかります? 娼館の息子の」
「ええわかります! 顔が凄い人です!」
「……その表現はともかく、そいつは娼館で育った影響で女性と接するのに疲れて、男である事を放棄して女性になろうとしてるんです。なんかの秘術で」
「それは! 勿体! ないですね!」
驚いているっぽいけど、全然そんな顔じゃないな。この人妻、実はかなり大物なんだろうか。
「しかもそいつ、母親から代表の座を奪いたがってたんです。となると、奴が娼館を襲う理由は……」
「娼館を手っ取り早く自分のものにする為……?」
誰にともなく呟いたコレットに、一つ頷く。若しくは娼館そのものに恨みを持っていたのかもしれない。いずれにしても、娼婦を警備する役目を追った俺達アインシュレイル城下町ギルドにとっては由々しき事態だ。
「娼館の制圧をヒーラーに協力して貰う代わりに、娼婦を好きに痛めつけて回復しても良い。そんなところか。契約内容は」
「だろうな。さっきも言った通り、俺はそんな契約は交わしちゃいねぇがな」
「なら、どんな契約を交わしたんだ?」
馬車の振動を感じながら、マイザーと向き合う。この男は信用できない。それでも今は、一つでも多くの情報が欲しい。
「そいつは言えねぇな。契約内容を他人に話すほど落ちちゃいねぇ。ギルドマスターなら、契約の重さくらいわかるだろ?」
「……そうだな」
どんな変態でも、プロである以上は当然の答え。仮にガチめの拷問をされても、返答の内容は変わらないだろう。
「それ以上言わないのなら、こちらで推測するしかないな」
「ディノー……?」
「ずっと気にしてはいたんだ。あの日、あの場所でモンスターの気配を察知した事を。選挙で敵対しても、例え性別が変わっても、フレンデルは俺の後輩だからな」
そんな近しい人間が、モンスターと何らかの形で関わっているかもしれない。俺が同じ立場でも、気が気じゃないだろう。
「お前はモンスターだな? 恐らく人間の身体に憑依している。違うか」
ディノーの右手が、腰に下げた剣の柄にかかる。今まで彼の怒る姿は何回か見て来たけど、そのどれとも違う。
俺には人間の気配や気を察知する能力はない。でも、今のディノーが発しているものはわかる。今にも噛みつきそうな顔で睨むその目に宿っているのは――――殺気だ。
「おいおい、随分極端だな。街中にモンスターが入れる訳ねぇだろ?」
「ああ。だが人間の体内に隠れていれば、聖噴水の影響から逃れられるんじゃないか? ファッキウ陣営との契約でお前が得るメリットは、手頃な身体を用意して貰って、その身体に憑依したお前を街の中に招き入れ溶け込ませる支援……俺はそう睨んでいる」
低い声で捲し立てるディノーの推論は、決して見当違いとは思わない。確かに憑依してはいても身体は人間だし、聖噴水の影響を受けなくなっても不思議じゃない。
「まあ良い線いってるぜ。お前も中々良い男だな。俺とキスしないか?」
「――――」
あーあ、ディノーに頭のおかしな事言うから思考停止しちゃった。真面目な奴にそういう事言うなよ。空気読めない野郎だな。
それより、憑依が良い線いってるって事は、やっぱりこいつってモンスターそのものなのか? でも、だったらどうして聖噴水の効果を無視できるんだ?
まさか、聖噴水を無効化できる体質とか……? いや待て。そもそもこいつはチッチの父親だ。相当長くこの街に住んでいた筈。なのに、ディノーやその他の【気配察知3】を持つ奴に感知されていないのはおかしい。チッチは別にモンスターと人間のハーフでも不思議じゃないけど。
途中からモンスターの気配を得た。でも憑依じゃない。だとしたら……モンスターがチッチの父親に化けて入れ替わったのか?
それとも、まさか――――
「トモ。着いたよ」
神妙な顔つきのコレットが、タイムリミットを告げた。
……これ以上憶測だけであれこれ考えても仕方ない。今起こっている事態の方に集中しよう。
「ギルドマスター! この人どうします? 残しておくと御者さんが危険ですので、屠った方が良いと思いますけど!」
「……出来ればそうしたいけど、そういう訳にはいかないからね。何度も言うけどウチ、殺し厳禁だから」
この人はシキさんとだけは組ませないようにしないとな。殺人衝動持ちが二人揃ったら対処しきれない。
「まあ、放置していても大丈夫だろ。もし御者さんを傷付けるようなら、リベンジに自信がなくて俺の平常心を乱そうとした、って解釈するだけだし」
「……口の減らない野郎だ。そういうのも嫌いじゃねぇがな」
流し目やめろ殺すぞ。殺し厳禁っつってんのに殺意沸かせるなよ。
「御者さんは念のため適当な所に避難しておいて下さい」
「おいおい、両手両足拘束されているのに何が出来るってんだ? せいぜい、甘い言葉で誘惑して唇を奪うくらいしか……」
これ以上聞いてると頭がおかしくなりそうなんで、無視して馬車から降りる。すぐ追随してきたディノーも心なしか顔色が悪かった。
「個性的な方でしたね! 戦ってみたい気もします!」
人妻とあいつ戦わせたら不倫幇助に当たるんだろうか。考えるだけで頭痛がしてきた。一刻も早く縁を切りたい。奴に限らずヒーラー全般に言える事だけれども。
その為にも――――この娼館を占拠しているというヒーラーをどうにかしなくちゃならない。
以前、日中に来た時は、建物の前に女帝が仁王立ちしていた。思えばあの時から奇妙だった。ルウェリアさんを囲っている状態とはいえ、女帝自ら門番なんてするのは普通あり得ない。
息子への過保護が理由だと思っていたけど……既にあの頃から、息子の変化と交友関係に気付いていたんだろうな。
今は女帝の姿は当然なく、代わりに娼館の前には見覚えのある二人が陣取っている。
肉ダルマ一号こと、蘇生魔法マニアの変態ヒーラー、メデオ。
ディノーすら苦戦を強いられる恐怖の顎ヒーラー、エアホルグ。
……マジかよ。初っ端から心へし折ってくるクソ編成だな。この二人を同時に相手にするなんて無理だ。メンタルが持たない。
現実は時に、痺れるほどご都合主義だ。でも大抵は過酷だ。そのバランスを調整できる立場の存在とお近づきになれたら、6:4でお願いしたい。人間は無力なんだから、それくらいが丁度いいだろ?
誰にともなくそう訴えてしまうくらい、目の前の二人からプレッシャーを受けていた。
「ん? おいおい、随分と見覚えのある連中じゃねーか。こいつはどんなご褒美だ?」
隠れる場所もないし脇道もないから、当然正面から行くしかなく、即座に顔バレ。エアホルグの顔が歓喜に染まる。
一方、メデオは――――
「俺の名はメデオ! 神託のヒーラーにして蘇生魔法の担い手! 君たち、蘇生魔法はいいぞ! 俺の話を聞け!」
……なんだろう。変わらない事を『実家のような安心感』ってよく表現するけど、こいつの場合は失火のような絶望感しかない。
「この前は良い所で終わっちまったよな。続きが出来るとは思わなかった。さあ、やろうぜ。俺に切り刻まれろ。そして回復させろ。心配は要らねー。傷一つ残らず治してやっよ。心の傷は膿むかもしれねーけどなああああああああ!!」
「俺は思ったのだ。蘇生魔法を擬人化してみてはどうだろうかと。それによって、蘇生魔法の気持ちが、その有り様が理解できるのではないかと。故に俺は昨日、蘇生魔法に『アレイニコフ』と名付けた。名前を与える事で心も生まれる。アレイニコフは寂しがっていた。何故か? 自分の事を知りたいと思うものが余りに少ないからだ。自分を知って貰えない寂しさ。それは万人に共通する感情ではないかね? そうだ、蘇生魔法は寂しがっていたのだ。だから俺は、抱きしめてやった。アレイニコフをこの腕で、この上腕二頭筋と大胸筋に挟み込んでやった。するとどうだ。アレイニコフは納得した表情で俺を見ているではないか。その時俺は悟ったのだ。蘇生魔法はずっと、使い手にこうして欲しかったのだと。それが、蘇生魔法の有り様なのだ!」
何なのこのとっちらかりよう! もう全然集中できない!
「話し合いに応じるような相手でも、話し合いが通じる相手でもないな。僕はエアホルグと決着を付ける。皆はもう一人を頼む!」
やっぱり、前回の戦いはディノーのプライドを傷付けていたらしい。四対二の数的優位な状況にも拘らず、一人で戦うと言い出した。
しかも前回は押されていた。あれから、実力を上げられるほどの時間は経っていない。まして彼は既にレベル60台。強化できる伸びしろがあるかどうかさえ不明瞭だ。
……仕方ない。
「ディノー! 悪いけどここは俺の顔を立ててくれ!」
「……!」
責任感の強い彼に一番効く言葉をぶつけた。幸い効果はあったらしく、明らかに頭に血が上っていた様子から、一瞬で普段の彼の顔に戻る。
「お前には周囲に気を配って貰いたいんだ。頼む」
あの娼館の何処かからスナイパー……シャルフだったっけ、四天王の一人が狙い撃ちしてくるかもしれない。それを無警戒のまま戦えば、確実にこっちがやられる。対応できるのはディノーだけだ。
「……わかった。ギルドマスターの指示に従おう」
「その男は私に任せて」
前に出ようとしていたディノーと入れ替わるように、コレットが前進しながら剣を抜く。迷いが一切ない。その目は真っ直ぐ敵を見据えている。
「邪魔すんじゃねー! 俺が今遊びたいのは女じゃ――――」
何かを言いかけようとしたエアホルグが、強制的に黙らされた。コレットの剣撃によって。
特に何かトリッキーな動きをした訳じゃない。中段に構えた剣を横に薙いだだけ。恐らくは凄まじい速度で。
それが目視できたのは、修練やパラメータ調整の際に何度も剣を振るコレットを見て来たからだ。記憶に残っている残像で、脳が補正したんだろう。
でもエアホルグはそうもいかない。慌てるように一歩後退り、不敵に笑んだ。
「……やっぱこの街は最高だな」
「それは同感だよ」
呼応するように、お互いの剣が火花を散らす。
その傍らを素通りし、メデオが両腕を広げてこっちに向かってきた。
だから二人組である事の意味! お互いを無視し過ぎだろこいつら!
「武力行使で蘇生魔法の素晴らしさを教え込むなど、野蛮極まりない。俺は俺の誇りにかけて、言葉で君達を導こうではないか!」
蘇生魔法の伝道師、メデオが立ち塞がった。
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