第137話 歓喜の悲鳴

 ラヴィヴィオ四天王の一人を倒すという大きな成果をあげた翌日の早朝。


 フランスパン――――はないから、バゲットに良く似た固くて長い『デュール』ってパンを購入し、それに何度も何度もかぶりついて咀嚼し、マイザーを睨んだ。


 歯応えのあるパンを思いっきり噛みしめると、嫌な事も忘れられる。豊潤な香りが、歯茎の軋みが、咥内から湧き上がる歓喜の悲鳴が、あの忌まわしい記憶を断ち切ってくれる。こいつは、俺にいつも『勇気』を与えてくれる。


「やってくれたな」


 手にしているのがパンじゃなく金属バットなら、今頃ひん曲がるまで椅子か何かを殴りつけてストレス発散していただろう。それくらい俺の心は荒んでいる。


「やってくれたよね。なあ。なあ!! やってくれたなあ!!! ああ!?」


「……トモ、拷問下手だよね?」


「下手とかそういう問題じゃない。あれ拷問じゃないから」


 後ろでコレットとシキさんが何かブツブツ言ってるけど、こっちはこっちで必死なんで黙っててくれませんかね。


 この男は最近四天王入りしたばかりらしいが、だからこそ何らかの重大な情報を握っている可能性がある。何故なら、こいつには他のヒーラーとは違い回復魔法への異常な拘りがないからだ。


 一体何故だ?


 推測その1。

 実は別の勢力から派遣されたスパイで、幹部になる事で重大な情報を得ようとしていた。


 推測その2。

 普通に優秀なヒーラーだが回復魔法への興味は薄く、四天王になる為にギルド内の様々な機密情報や各ヒーラーの弱味を握り、つい最近それが奏功した。


 推測その3。

 実はやっぱり回復バカで、当然ヒーラーやラヴィヴィオについても詳しい。


 どの予想が当たっても野良ヒーラーを鎮圧する上で有益な情報を握っている事になる。よって拷問して吐かせるのは至上命題だ。誤用でも意味が通じればそれで良しの精神。心の声だし別に良いだろ。


「知ってる事、洗い浚い話して貰う。それが勝者の特権、敗者の責務ってやつだ」


 さて。どの推測が当たるかな?


 ここは三連単軸1頭流しで2-1-3、2-3-1と予想しておくか。つまり推測その2が本命。他の四天王の弱味やヒーラー共通の弱点を握っていれば最高だ。


「……良いぜ。俺が知っている事、何でも話してやる。何でもだ」


「おっ、そうか」


 意外とすんなりだな。これなら今日中に次の方針が固められる――――


「その代わり、もう一度だ。手足を拘束されてようが、俺のこの舌と唇だけは束縛できねぇ。なぁ……キスしようぜ。今度はもっと特別なのをお見舞いしてやるよ。舌ばっか動かす奴は二流さ。俺の技術はあんなモンじゃねぇ。もっと下唇をだな……」


「シキさん。もうこいつの舌切っちゃって。あと唇も全部」


「だから最初からそうするって言ったのに」


「まぁ待て。今の俺はベストコンディションじゃない。後日にしよう。何でも聞け、何でも話す」


 余程、舌と唇を失うのが怖いらしい。回復魔法で元に戻せるだろうに。


「回復魔法は時間を元に戻すんじゃなく、自然治癒能力の促進だと俺は考える。もしそうなら、欠損部位を治した場合、完璧に以前のまま戻せる訳じゃねぇ。今のフィーリングを失っちまうんだよ。『神のキス』って言われてる俺のキスが出来なくなっちまうのは、アインシュレイル城下町……いや全生物の損失だって思わねぇか?」


「思わないけど」


「な……何だと……? やはりお前とは一度決着をつける必要があるな」


 うるさい黙れ。


 そんな事より、前にメデオも同じような事を言ってたな。やっぱりヒーラーであっても、回復魔法や蘇生魔法の正しい原理はわからないらしい。


「それじゃ聞くけど、ヒーラーって元々、軽んじられていた事に不満を抱いて詐欺集団になったって話だよな? 他のギルドが揃って謝罪したら、和解とか出来ない?」


「トモ、それは……」


 口を挟もうとしたコレットだけじゃない。拷問を見物に来ているギルド員の殆どが呆れたような顔をしていた。


 別に和解したい訳じゃない。この街に来て三ヶ月しか経ってないけど、俺にだってヒーラーアレルギーはたっぷりある。でも、だからといって敵意ばかりじゃ話すものも話さなくなる。まずは怒気、続いて穏便に。要はアメとムチよ。


 それを察してか、シキさんとヤメ、あと何故かタキタ君は真顔で聞いていた。


「出来るさ。すぐにだって出来る」


「……何?」


「なんのこたぁねぇ。慰謝料を払えば良いんだよ。そうだな、1億Gくらいポーンと払えば、少なくともラヴィヴィオは喜んで和解に応じるだろうさ。何しろギルドが燃えちまったからな」


 挑発的って訳でもなく、淡々とマイザーは言葉を積み重ねていく。それが軽いか重いか、判断する必要もなさそうだ。当然、現実的な額じゃない。


「なんなら、俺がお前達とラヴィヴィオの間を取り持っても良い。俺は四天王だからな、それくらいの信頼はあるぜ。出来るだけ穏便に今の無法状態を改善したいんだろ? だったら俺に任せておきな」


 饒舌に提案を並べながら、マイザーは昨夜何度も見せていた舌なめずりをして、嫌らしく微笑む。その妖艶さで、これまで数多の女性を虜にしてきたんだろうが――――


「うげー……気持ちわり。ヤメちゃんゲッソリ」


 露骨に男への苦手意識を示すヤメをはじめ、ウチにはこの男に靡きそうな女性は皆無。


「有害物質……イリスを誑かしかねない有害物質。始末……即始末……キキキ……」


 極めつけはイリス姉だ。首をカクカク上下左右に動かしながら威嚇している。何らかの薬物の禁断症状かよ。


「なんつーか、アレだな。ラヴィヴィオもまともなギルドじゃねぇが、ここも大概だな」


 えぇぇ……ヒーラーにこんな事言われるの? それもう末期じゃん……


 ……いや。


 やっぱりおかしい。腑に落ちない。ちょっと納得いかない。余りにもヒーラーらしくない。


 ちょっと探り入れるか。


「ディノーはこの時間ならもうベリアルザ武器商会にいるよな。こいつを護送するから、手の空いてる人は手伝って」


「あ、私行く。マスク脱げたの伝えたいし」


 コレットは直ぐ挙手したけど、他の連中は申し出ない。後一人くらい欲しいんだけど……


「仕方ありませんね。では私も参りましょう」


 状況を見かねて、すぐ屠るオネットが手を挙げてくれた。彼女が来てくれるなら心強い。


 昨日のヒーラー監視ミッション、俺達第三班はこのマイザーを含め五件の騒動を解決したけど、オネットのいる第一班はそれを上回る六件をこなしてくれた。尚、マキシムさん率いる第二班は0件。ゼロだ。

 

 首狩り族のシデッスとロリコンのグラコロが何かしでかした――――とばかり思ってたけど、実際にはサクアっていう派遣ソーサラーが攻撃魔法を誤爆しまくったらしい。ソーサラーギルド内トップクラスの戦闘力って触れ込みで、実際有能そうな雰囲気だったんだけど……プレッシャーに弱すぎていざ実戦となるとコントロールが定まらないとか。危うく魔法の直撃を受けて大怪我するところだったとシデッス&グラコロは朝から不満タラタラだった。


 一方で、何かと危うそうだったこのオネットは、コンビを組んだディノーすら認めている実力者らしい。人妻なのに。むしろ人妻剣士だから強いのか?


「それじゃこの三人で行ってくる。あ、ついでに娼館にも寄ってくるから」


 昨日、娼婦の一人がこのキス魔ヒーラーに骨抜きにされちゃったからな。そのお詫びと、犯人を捕えたって報告をしに行かないと。 


「大将。だったら俺も……」


 マイザーの方をチラチラ眺めながら、ポラギが提言してきたけど……これ大丈夫か? この人も骨抜きにされたんじゃないだろな? ちょっとヤバい感じするんだけど。


「それには及びません。大丈夫です」


「守らせてくれよ。俺にそいつを守らせてくれよ」


「いやマジで」


 それでも食い下がるポラギを宥め、俺とコレット、そしてオネットの三人でマイザーをベリアルザ武器商会へと連れて行く事になった。





 目的は幾つかあるけど、まず一つは――――





「お、やっとこさマスク脱げたんだな。つーか髪どした?」


 御主人の様子を見に行く為。昨日ヒーラーに襲われて負傷していたから少し心配だったけど、大丈夫みたいだな。


「実はこっちが地毛なんです。変……ですか?」


「バカ言うな、バッチリ似合ってんじゃねーか。こっちの方が目を引くし、選挙活動しやすいんじゃねーか?」


 どうやら俺の見越した通りの印象を与えている模様。銀髪効果恐るべし。


「ま、あのイカしたマスクとお別れするのは寂しいだろうけどよ」


「そうなんですよね……」


 この会話には全く入り込める気がしない。やっぱセンスって人それぞれなんだよな。ここにティシエラがいたら更に俺が孤立してただろう。


「御主人、昨日は済みませんでした」


「ん? トモか。なんでお前が謝るんだよ。こっちは助けて貰ってんだぞ?」


「いや、ディノーをこっちの仕事に優先させてなかったら、怪我自体してなかっただろうなと思って」


 本来、日中はベリアルザ武器商会の護衛が彼の通常任務だ。それを無理言ってこっちに来て貰った結果、御主人がヒーラーに襲われてしまった。


「五大ギルドの半数以上が協賛してる作戦に俺が口出せる訳ねぇだろ。その件ではディノーにも随分謝られちまったが、こっちは何の損もしてねぇんだからヘコヘコされても困るんだよ。ったく、腰の低い連中だな」


「そう言って貰えると助かります」


「で、今日は俺の見舞いか? ルウェリアは熱出して寝てるから会わせられねーぞ」


 また体調崩したのか。どうにか改善して欲しいけど、こればっかりはどうしようもないからな……


「いえ。ディノーにちょっと用事があって。もう来てます?」


「ああ。在庫整理を手伝って貰っててな。今日のヒーラー退治は午後からだって聞いてるが、別件って訳か」


「ええ。実は……」


 答えようとしたところで、店の奥からディノーが出て来た。


「ディノー! 悪いけど表に停めてある馬車まで来て貰えるか?」


「トモ……? あ、ああ。あれ? コレットさん、マスクが――――」


 久々に素顔のコレットも気になるだろうけど、今はまずディノーに確認して貰わなくちゃいけない事がある。


【気配察知3】を持つ彼に。


「この中に……誰がいるんだ?」


 案の定と言うべきか、対面する前からディノーの顔は既に強張っていた。


「昨日、俺達三班が捕まえたラヴィヴィオ四天王の一人、マイザーだ。単刀直入に聞くけど、この男からどんな気配がする?」


 そう問いかける俺に対し、まずコレットが怪訝そうに眉を顰めた。無理もない。マイザーに聞かれたくなかったのもあって、今の今までここに来る目的は敢えて伏せていたからな。


 この男は怪しい。回復魔法は使えるみたいだけど、明らかに他のヒーラーとは性質が違う。


 ディノーのスキルなら、何かを見破る事が出来るかもしれない。確信こそなかったけど、どうしても早めに確認しておくべきだと俺の勘が告げている。


 勿論、勘ってのは適当な思いつきじゃない。これでも警備員時代、多くの不審者を見て来たんだ。視線の動きや発言の仕方、その他の所作で怪しいかどうかはある程度はわかる。


 自分が不利な状況で早口で捲し立てる奴は、大抵何かを隠している。


「……驚いたな」


 そのディノーの一言が、ここへ来て正解だったと告げていた。


「フレンデルの家に行った時の事を覚えてるか?」


「ああ。確かあの時は、ルウェリア親衛隊からモンスターの気配がしたって話だったよな」


「それと同じ気配が、この男からはする」


 それは――――幾つか予想していた中の一つだった。


 やっぱり、純正のヒーラーじゃなかったか。ヒーラーにしてはまとも過ぎると思ったんだ。モンスターが絡んでいるのなら納得だ。


 とはいえ、まだそうと確定した訳じゃない。気配はあくまで気配。モンスター本人、或いはモンスターと頻繁に接触している場合は勿論、モンスターの身体の一部や所持品などを所持しているだけでも気配はするらしいからな。


「……」


 両手両足を縛られたマイザーは、俯いたまま沈黙を守っている。


 まさか、逃げ出す算段でも講じてるのか? これだけハイレベルな冒険者や剣士を三人も相手に、そんな事が出来るとは――――



「おい! アンタら確か、昨日ヒーラーを追い払ってくれてた人達だよな!?」



 不意に、血相を変えた男性の住民が走ってくる。徒事じゃないのは一目でわかった。


「はい。ヒーラー被害は俺達アインシュレイル城下町ギルドが対応を請け負っています。どうされました?」


「ラヴィヴィオのヒーラーが……娼館を占拠しちまった!」


「……は?」


 余りに突然の、突拍子もないその発言に思わず間の抜けた声を出した俺を――――マイザーはあくどい笑みを浮かべ凝視していた。


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