第163話 俺って清純なんだよ
幾つかの騒動が複合的に起こった事もあって、完璧な警備だったとは言えないけど……一応選挙が無事終わり、アインシュレイル城下町ギルドは一つ大きな仕事を成し遂げられた。
その功績を認められ、コレットの就任式には主要ギルドのギルマスとして招待を受け、しかも来賓扱いであいつの晴れ舞台を見届ける事が出来た。
本人も言っていたように、就任式では通り一遍の定型文を暗記したままスピーチするだけだったけど、祝賀パーティーの時よりは堂々としていたように思う。何より、ダンディンドンさんの安堵した顔やマルガリータさんが人目も憚らず涙している姿には、これまでの二人の苦労が窺えて、俺までウルッと来た。
これでコレットは正式に冒険者ギルドのギルマスとなった。勿論、選挙で勝利した訳だから冒険者の過半数に認められた上での就任だ。でも、全員から歓迎されている訳じゃないし、内心頼りないと思っている奴も多いだろう。そういう連中と向き合っていくのが当面の課題になる。
ただ当の本人は焦ってはいない様子だ。その点は一皮剥けた感がある。なお、大事に取っていたかつての呪いのマスク――――バフォメットマスクを紛失したらしく、割とガチで凹んでいる模様。なんで選挙で苦戦した元凶にそこまで愛着を持つのか謎なんだが。
そして、俺もコレットにばかり構っている訳にはいかない。我等が城下町ギルドも新たな局面を迎えようとしていた。
選挙警備が終わった事で、達成していない依頼は怪盗メアロの捕縛……なんだけど、最近は奴が怪盗としての仕事をしなくなったから緊急性がなくなっているのが実状だ。借金返済の事を考えても、奴に必要以上の人数を割くのは得策じゃない。未解決案件として、手の空いた人達に調査は継続して貰うけど、本腰を入れるのは暫く控える事にした。
街灯設置の追加に関しては、バングッフさんに申請済み。ラヴィヴィオのヒーラーが正式にこの街……というか国から離脱する事になったから、夜間に襲われるのを恐れた住民が灯りを増やして欲しいと要望を出しているらしく、近い内に追加発注がある見通しだ。
娼婦の護衛も、マイザーの件があったから継続は微妙かと思ったけど、取り敢えず今年の冬期いっぱいまでは契約を継続する運びとなった。シャルフ達から娼館を守り抜いたのを女帝が高く評価してくれたみたいだ。
その娼館なんだけど……結局、女帝がトップを続行する事になり、ファッキウは勘当された。あれだけの騒ぎを起こしたんだから、今更跡継ぎになれる筈もない。女帝としても苦渋の判断だったと聞いている。
斯くしてファッキウは、他の性転換仲間と共に街から姿を消した。モンスターと繋がっていた以上、この街に奴等の居場所はない。何処に行ったのかは不明だ。ラヴィヴィオのように建国するって事はないと思うが。
ルウェリア親衛隊も解散――――と言いたいところだけど、武器屋に姿を見せなくなった代わりに、毎日のように手紙が届くようになったらしい。ただし恋文ではなく、ルウェリアさんへの憧れをポエムにしたり、彼女の不幸顔が如何にグッと来るか論文にしたり、日に日に内容は様変わりしている。要は持ち回りで書いているらしい。意図は全くわからないが……
そのルウェリアさんは、あの選挙の日以来一度も体調不良になった事はなく、毎日店頭に出ている。あの時の彼女は何だったのか、御主人は中々話してくれない。機が熟せば、って事なんだろうけど……一体いつになるのやら。
というか、ベリアルザ武器商会は今それどころではないみたいだ。
「まことに申し訳ございませんーっ! コレットさんの付けていたバフォメットマスクは現在品切れですっ!」
山羊コレットだった期間が長く認知度が高まっていた事、コレットが当選して時の人になった事から、バフォメットマスクの需要が急騰。装備品としては心許ないけど、子供が喜ぶとかで親世代からの注文が殺到して、驚いた事に行商や別の街の住民からも問い合わせが来ているらしい。何がブームになるかわからないのは日本もここも一緒だな……
恐らく一過性のブームで終わるだろうけど、それなりに高価なバフォメットマスクが飛ぶように売れた事で、ベリアルザ武器商会はちょっと潤った。そしてコレットは一部の子供達から『バフォちゃん』と呼ばれ、ゆるキャラみたいな扱いをされるようになった。『バフォバフォ』という声で笑う設定らしい。まあ、子供に人気なのは良い事だ。
一方で、冒険者ギルドのトップが変わったのを契機に、他の五大ギルドも新たな動きを見せ始めた。
ソーサラーギルドは継続して友好的な関係を保つ事を表明。ティシエラとコレットは特別仲が良い訳じゃないけど、どうもティシエラの方がコレットを気にかけている印象が強いし、これは想定内だ。
想定外だったのは職人ギルド。元々冒険者ギルドに限らず、どのギルドとも距離を置いている所ではあったけど、コレットの就任に難色を示している事が明らかになった。
なんでも、宝石収集家のコレットがこれまで何度もレアな素材を抱え込んだり鑑定所に売りさばいたりした所為で、素材市場が大分かき乱されたそうな。それに恨みや苛立ちを覚えている職人が多いらしい。もうだめぽ。
商業ギルドは真っ先に挨拶に訪れたらしいが、以前の五大ギルド会議における失態を改めて詫びる程度で、特に交友を深めようという意思表示はなかったとの事。恐らくコレットが今後どんな方針で冒険者ギルドを運営していくのか見定めようとしている段階だろう。
そしてヒーラーギルドは――――ラヴィヴィオの離脱によって、水面下で未曾有の主導権争いが勃発中だという。
とはいえ、何処も圧倒的大手だったラヴィヴィオと比べると弱小も弱小。本来なら暫定的にでも合併して他の五大ギルドに対抗できる勢力に拡大すべきところだけど、ヒーラーは基本個人事業主だから協力関係を好まない。新たな代表ギルドが決まる事は当分なさそうで、五大ギルド会議も暫く欠席になると予想されている。
一方、新たな国を作ると意気込むラヴィヴィオの動向は、残念ながら掴めていない。各ギルドの諜報員で構成された合同調査隊が調査中だったけど、あっさり煙に巻かれたらしく、今は拠点すら不明。無気味極まりない。
特に、娼館で一戦交えたシャルフという男は要注意だ。コレットとディノー、そしてオネットさんを相手にしながらまるで動じず、アッサリ逃げ果せたあの男は、今後必ず俺達の前に現れる。そんな気がする。
それと、俺にとっては奴と同じくらい重要な位置付けのフレンデリア嬢。彼女はコレットの支援を継続しつつ、シレクス家の信頼を取り戻そうと動き出している。彼女の両親は良くも悪くも主体性がないから、娘の生き方次第で白くも黒くもなる。後は、コレットを選挙の勝利に導いた実績やこれからどのような活動を行っていくかを、親戚やかつて懇意にしていた人々に対し地道に訴えていくつもりらしい。
彼女にしてみてば、元の身体の持ち主が行った悪行の尻拭いはストレスでしかないだろう。自分は何も悪くないのに、何度も頭を下げ罵倒を受けなくちゃならないんだから。
それでも、迷いはない。
「私達にとっては宿命みたいなものでしょう?」
表立って転生者だと言う事はしないけど、すまし顔でそう宣言する彼女には同意せざるを得なかった。この肉体があるから俺達は生きていける。それがある以上、元の人間が背負っていたものは俺達が引き継がなくちゃならない。恩恵も、憂いも。
そんなこんなで、選挙前と選挙後では街の様相も大分変わった。でも、あれから怪盗メアロは現れないし、ヒーラーに化けたモンスターの襲来もない。聖噴水も正常を維持。マイザーが誰かの唇を奪ったって話も聞かない。
つまり、平和だ。
退屈などと言うなかれ。泰平の世のありがたみ、如何許りか。
「……なーにが平和だよこのヘタレギルマス。平和ボケし過ぎだろ。お持ち帰りしたコレットに手ぇー出さなかったとか、それマジで言ってんの?」
あっという間にウチのギルドに馴染んだヤメは、娼婦護衛担当じゃないから暇を持て余しているらしく、デスクワーク中の俺の頬を何度もツンツンしていた。
「いや、そりゃそうだろ。冒険者ギルドのトップ相手にセクハラで訴えられたら、こんな新米ギルド一瞬で潰されるし」
「アホなの? コレットがギルマス訴える訳ねーじゃん。あんなに懐かれてんのに」
まあ、その自覚は確かにあるよ。ありますけれども。
「……ここだけの話、俺って清純なんだよ」
「は?」
「自分、エロい事すんのは結婚する相手だけと心に決めてるんで」
人間には二種類の人でなしがいる。心にもない事を顔色一つ変えずに言う人間と、心にもない事を震えながら言う人間。実は後者が一番タチ悪い。前者の俺はマシな部類だ。
「へー、トモ君ってそんなタイプなんだ。意外」
すっかり受付がサマになってきたユマも、既にギルド員と打ち解けている。何故かイリス姉と仲良しらしい。この二人が何を話すのか謎過ぎる……
「身持ちは堅いに越した事ありません! 一歩間違えば即刃傷沙汰になってもおかしくないのがこの街です!」
いやオネットさん、それを貴女が言う……?
「俺も賛成だ。古い考えと思われるかもしれないけどな」
「えぇ~、なんか堅苦しくない? それで相性悪かったらどうすんの? そんな理由で離婚とか別居って地獄じゃね?」
……仰る通り。そこがネックなんだよな。
「って、昼間から何の話してんだよ。ディノーまで」
「偶には親睦を深めたくてな。日中はあまり出られないから余計に」
ディノーは正式にウチのギルド員になった後も、暫くベリアルザ武器商会の護衛を行っていたけど、ルウェリア親衛隊が店に来なくなった事でお役御免。晴れて専属となった。
にも拘らず、彼は今メカクレの捜索を行っている関係で余りギルドに顔を出していない。
選挙後、メカクレはファッキウ達と合流する事なく、冒険者ギルドに退会届を出して一足先に街から消えた。フレンデリア嬢も捜索隊を雇おうとしていたけど両親が首を縦に振らなかった為、ディノーに託している状況だ。
「それよりギルマスちゃんよー、そろそろ新規の仕事入れて貰わないと。せっかく移籍してきたのに全然仕事ないんじゃ、こちとらおまんまの食い上げだよ」
「わーかってるって。だからこうして嘆願書を書いてんの」
ヤメに急かされつつ書き進めているのは、王城に対して街の日常的な警邏を許可して貰う為の書類だ。
まだまだとはいえ、城下町ギルドは五大ギルドや住民から一定の信頼を得た。それに、聖噴水の無効化をはじめ、この街は既に安全神話が崩壊している。その二点を軸に警備の必要性を訴えつつ、こういうふうにやりますよという企画書も兼ねた文章を書き綴っている。
勿論、これまで頑なに警備兵の配置を拒み、自警団の存在すら許して来なかった王様が、簡単に許可を出すとは思っていない。反感を買う恐れもある。それでも、行動に移しておかないといつまで経っても変わらないままだ。
俺はこの街を守りたい。コレットも同じ事を言っていた。きっと、ここに集まった連中の多くは同じ気持ちだと思う。
国や王族にやる気がないのなら構わない。全て俺達に任せてくれればそれで良い。報酬も国じゃなく民間から捻出して貰うよう、スポンサーを探す覚悟もある。
今のままだと街の便利屋止まりだ。よりこの街の中で必要不可欠な存在となる為にも、そして借金を返す為にも、自警団の代わりになる組織というお墨付きがどうしても欲しい。
「ギルドマスター! 怪盗メアロが悪さしなくなったのも私達の功績、っていうのはちょっと盛り過ぎだと思うのですが!」
「いいの。こういうのは言ったモン勝ちだから」
「お父さんの武器屋が潰れたのは、街の警備とは無関係だと思うよ?」
「いいのいいの。警備員の仕事があれば武器だって需要が増える。何も間違ってない」
「イリスはどこ!? 妹はどうしていないの!?」
「警備員がいないからだよ!」
そんなこんなで、茶々を入れられながらも嘆願書を書き終え――――
「悪かったわね。何度も足を運ばせて」
選挙の翌日以降、通い詰めになっているソーサラーギルドへと今日も赴き、それでも未だに慣れない応接室でティシエラと向き合う。
「で、イリスはまだ戻って来ないのか?」
「……ええ」
書き置きを残して消えた彼女の親友について、話し合う為に。
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