第164話 この街は好き?

『大事な用事ができたから、しばらく留守にします。戻って来たらいっぱい叱られるから、今は見逃してください』



 ……この書き置きを残し、イリスはコレットの就任式翌日から姿を消した。


 ソーサラーギルドで請け負っていた仕事にも一区切り付けていて、ウチでの仕事も持っていなかったから、失踪による実害は全くない。


 それだけに不可解だ。


 この用意の良さからして、何者かに拉致されて書き置きが偽装された……なんて事はないだろう。以前、怪盗メアロによる変装&入れ替わりで商業ギルドのバングッフさんが行方不明になった事件があったけど、あの時とは明らかに状況が違う。彼の場合は突然拉致されたみたいだからな。


 つまり、書き置きの内容の通り、イリスが自分の意思で街を離れたと推察される。


 ティシエラが言うには、今までこんな事は一度もなかったとの事。それだけ緊急性の高い『大事な用事』が生じたんだろうけど、ティシエラには全く心当たりがないらしい。斯く言う俺も、イリスが何か問題を抱え込んでいるような様子は一切感じていなかった。


「やっぱり、これは家出ね」


 結果、ティシエラはそう結論付けた。


「いやいやいや……子供じゃないんだから」


「大人だって嫌な事があれば家出くらいするわよ。誰だって一人になりたい時くらいあるでしょう?」


 ある。それはある。ほぼ年中一人だった俺ですら実感してるくらいだから、家族を持った者や常に他者と接する仕事をしている苦労人なら尚更だ。


「そうか……ああ見えて、やっぱり人間関係で苦労してたんだな」


「何? 私の相手をするのが面倒臭くて家出したとでも言いたいの? 鎖骨掴んで肉ごと引き裂くわよ」


 怖っ! 言動が普段の400%増で物騒だ……気が立ってんなあ。


 無理もない。ティシエラにとってイリスは数少ない友達な訳で、彼女の失踪は仮にどんな理由であってもショックだろう。


「他人事みたいな顔してるけど、イリスのストレスの原因はどう考えても貴方たちのギルドでしょう?」


「……へ?」


「良い? 今までこんな事は一度もなかったの。つまり、今までの生活の中に逃げ出したくなるほどの苦痛はなかった訳。なら最近新しく始めた事が原因に決まってるでしょう?」


 最近新しく始めた事……それがウチのギルドへの派遣って言いたいのか?


「セクハラしたわね?」


「するか! 指一本触れてないわ!」


 接触を極度に嫌がってる彼女に対しては人一倍気を遣っていたつもりだ。ましてあんな厳しい条件も突きつけられてる立場なのに……濡れ衣も良いとこだ。


「自分の胸に手を当てて、もう一度よく考えてみなさい。セクハラっていうのは、自覚している事だけが全てじゃないの。自分はそんなつもりじゃなくても、された方が不快に感じたらそれはもうセクハラ。イリスに精神的苦痛を与えた言動が一つもなかったと胸を張って言える?」


 ……そうは言っても、嫌がってるようなリアクションも表情も特になかった。大抵は向こうの方から話しかけて来てたし、なんならデートの約束だって……



 え? もしかしてデートが嫌だった?



 いやそれはないだろ! 誘ってきたの向こうだよ!? 自分から言っておいてやっぱ嫌になったから失踪とか、そんな意味不明な行動を常識人のイリスがする訳……


「……ごめん。ちょっと良い?」


「何? 変な事言い出したら肋骨の隙間に釘打ち込むから」


「なんでいちいち猟奇的なんだよ! せめて魔法に絡めろよソーサラーなんだから!」


 明らかにティシエラは機嫌が悪い。そりゃまあ、普段は潤滑油になっていたイリスが火の中に飛び込んだようなもんだからな。大炎上だわ。


「その、イリスってなんというか、たまに言動が蠱惑的だったりするだろ? ああいうのって性格? 処世術?」


「人の友達捕まえて随分な言い草ね。計算高い女みたいに……」


「いや、どっちかっていうと俺、そういう女性が好みなんだけど」


「……」


 今は貴方の好みなど聞いていない、何訳のわからないカミングアウトしてるのこの男、首の骨折るわよ……と目で訴えてきている。


「全毛根が壊死するくらいの勢いで髪を引っこ抜かれたいの?」


 もっと酷かった! 鬼かこいつ!


「はぁ……確かにイリスは言葉遊びが好きなところはあるけど、男を掌の上で転がすような真似はしないわ。で、何が言いたいの?」


「実は――――」


 状況が状況だから、隠しておく訳にもいかない。二人きりで打ち上げしようと言われた事をティシエラに話す事にした。


「……妄言にしては、細部まで設定が行き届いていて破綻がないわね。まさか真実?」


「そのまさかですよ。でも正直、イリスが俺の事を好き……とは思わないんだよな」


 関係そのものは良好だったと自覚している。イリスも気さくだけど大人な性格だし、お互い丁度良い距離感で話せていた……と俺は思う。向こうがどう思っていたかはわからないけど。


 逆に言えば、それくらいの関係性だったって事でもある。例えば俺に好きな人がいるかどうか探るとか、他の女性と話している時に苛立つとか、ちょっとでも長く一緒にいようとするとか、そういうわかりやすい好意は全く示されていない訳で、要はあの『二人だけの打ち上げ』発言だけ浮いてるんだ。


 もしイリスが計算高い女性なら、ギルマスである俺に気のあるフリをして、派遣先で楽が出来るよう仕向けていたって解釈も可能だ。でもイリスはそんなタイプじゃない。ティシエラの答えで裏も取れた。


「意外ね。もっと浮かれても良さそうなのに、割と冷静な判断じゃない」


「いや、普通に浮かれてはいたんだけど、モテたい自分とモテる訳ないって思う自分との鬩ぎ合いがね」


 生前に成功体験があれば、もうちょっと自分に自信が持てるんだろうけど……生憎、薄い根拠じゃそこまで思い上がれない。異世界に来ようが身体が変わろうが大層な目標掲げようが、所詮俺は俺よ。


「貴方の解釈が正しいとして……もしかしたらイリスは貴方に悩みを打ち明けようとしていたんじゃない?」


「あー……ですよね。その方向ですよね」


 なるべく考えないようにしてたんだよ。でもやっぱりそうなっちゃうか。


 二人きりって言葉は甘美だけど、要するに誰にも聞かれない話をしたいって事に繋がる訳で、俺をご指名だったって事は、ギルドに関する悩みだったんだろう。例えば――――


「貴方以外の誰かにセクハラされたか、言い寄られたか、嫌がらせを受けていたか……そんなところでしょうね」


 なんて嫌な結論なんだ。でもメッチャ妥当だ。それなら黙って一時身を隠したイリスの行動にも妥当性が生まれる。


 ウチのギルドの誰かに過干渉を受け、身の危険を感じつつも人の良さから拒絶できなかった彼女は、俺に相談しようとしていた。でもその前に、対象人物がいよいよ暴走寸前にまでなったから、相談する余裕もなく避難した。


 そして、そこまで彼女を追い詰めそうな奴に心当たりがありまぁす! 本命、自称イリス姉! 対抗、中年親父共! 大穴、タキタ君!


 ……何この完璧な推理。大穴はあっても穴はない。穴があったら入りたいくらいだ、監督不行届のギルマスとして。


「取り敢えず、この線で調査した方が良さそうね。勿論こっちでもイリスの捜索は続けるけど、貴方は何が何でもイリスを追い込んだギルド員を特定して。これはソーサラーギルドのギルドマスターとしての要請よ」


「わかりました……」


 特定できなかったらギルドごと潰されそうだな……


 実際、イリスが心配なのは俺も同じだ。この件は最優先で捜査に当たろう。


「次はルウェリアの件ね。あれから、何か変わった事はあった?」


「いや。寧ろ体調は良いみたいだ。あの状態になった事が関係しているかどうかはわからないけど」


 ルウェリアさんの心神喪失状態に関しては――――実は今回が初めてだった訳じゃないらしい。俺がこの世界に転生する前にも、彼女がボーッとした状態で街中を歩いていたのが何度も目撃されている。有名人だから、その都度保護されて御主人の下に届けられていたらしい。


 でも今回は偶々、街中の人通りが少ない選挙当日だった事もあり、ルウェリアさんの様子がおかしい事に気付く人がいないまま、聖噴水まで辿り着いた……とティシエラは解釈している。


「彼女は病弱だから、その影響で移動中に具合が悪くなったって思ってたのよ。でも、貴方の話が本当なら違うかもしれないわね……」


 祝賀パーティ翌日にここを訪れた際にも、ティシエラは同じような事を言っていた。そして俺にルウェリアさんの様子を毎日確認するよう頼んで来た。


「御主人は何か知っていると思うんだけど、中々話してくれないんだよな」


「直接聞くしかなさそうね。私が頭を下げてみるわ」


 ティシエラは別にプライドが高いってタイプじゃないから、驚きはないけど……ルウェリアさんの為にそこまでするのか。百合の波動を感じます。


「次はカイン……ユーフゥルについてね」


 心なしか、ティシエラの声が若干沈んだ気がした。割り切っているつもりなんだろうけど、元同僚が問題児になっている現状はやはり好ましくはないんだろう。


 本人から聞いた話によると、奴は五大ギルドに強い不信感を抱いている。ティシエラに対しても例外じゃない。だからモンスターと手を組む事にも躊躇は必要なかった。今後もファッキウ達と共に蜂起するつもりなんだろう。ただでさえラヴィヴィオのヒーラー達が謀反起こしてるのに、別の敵勢力までいるのは本当厄介だ。


 あれだよな。幾らモンスター討伐だ魔王討伐だっつっても、結局は人間対人間になるんだよ。俺の場合は一度しかモンスターと戦ってないから、既に対人バトルの方がずっと多いけど。


「貴方の証言を受けて、ソーサラーギルド内で会議を開いた結果、彼をギルドから永久追放する事が決まったわ」


「追放か……」


 なんか逆に厄介事の火種になりそうな気がして仕方ない。辺境でスローライフしてくれそうもないしなあ。


「あの男は貴方がお気に入りみたいだから、今後また接触してくるかもしれない。その時は情報提供をお願い」


「包み隠さず話すよ。あんなのと取引する気もないし」


「そうしてくれると助かるわ」


 笑顔など一切ない。追放処分はティシエラにとって本意じゃなかったのかもしれないな。奴には同情してるような物言いだったし。


「シレクス家は変わりない? コレットがギルドマスターになってからも」


「ああ。信頼回復の為に動き回ってるけど、怪しい動きは一切ない。選挙に勝った時も心から喜んでたよ」


「そう。ならこれ以上の詮索は無意味ね。曰く付きのお嬢様だったけど、改心したと見なす事にするわ」

 

 実際には転生だけど、まあ心が改まったって意味では間違ってない。結構長く掛かったけど、フレンデリア嬢もこれでようやく最低限の信頼は得た訳か。


「話は以上……と言いたいところだけど、貴方に一つ朗報が届いているわ。精霊折衝に詳しい住民から指導しても良いって返事が来たみたい」


「マジで!?」


「後日、時間が空いた時にでも一席設けるわ。失礼のないようにね」


「了解。ありがとう、助かった。やっぱ五大ギルドのギルマスともなると紹介力が違うな」


 あのウィスって奴は結局見つからなかったし、他に精霊を操る奴って言ったらミッチャくらいしか知り合いにいなかったから、ちょっと厳しいかもって思ってたけど……取り敢えず一歩前進だ。


「……」


「ん? 何?」


「別に貴方が戦う必要はないと思うけど」


 ……そりゃ大した戦力になれないのは自覚してるけど、随分な言いようだねえ。


「一応これでもギルマスだから、最低限の威厳は保てるようにしたいんだよ。ティシエラだってヒーラー騒動の時は先陣切って駆けつけて来ただろ?」


「そういう意味で言った訳じゃないけど……はぁ。もういいわ」


 何故か呆れられてしまった。



 ――――その後も細かい話し合いはあったけど、特に問題はなく無事会合は終了。当初はウチに何か依頼する予定だったみたいだけど、イリスの件があってそれどころじゃなくなったらしく、その話は今回も出なかったな。


 ヤメにせっつかれてるし、別の取引先を探さないと……


「トモ」


 去り際、珍しくティシエラに名前で呼ばれた。


「この街は好き?」


 ……どういう意図かはわからなかったけど、答えあぐねる理由はない。 


「好きだよ。だからこそ守りたいって思ってる」


「そう」


 結局、何の発展性のない会話で終わった。


 ただ、ティシエラは俺の答えを聞いて、微かに微笑んでいたように見えた。





 その日の夕方――――





「隊長。ちょっと良い?」


 応接室 兼 寝室で棺桶を掃除していると、シキさんが神妙な面持ちで入って来た。まあいつもこの人はこんな顔だけど。


「仕事もなくて纏まった時間が取れたから、例の件を片付けて来たんだけど」


 微妙に皮肉を言われた気がしたけど、それより『例の件』とは。


「……もしかして忘れてる? 王城に忍び込めって言ったのは隊長なんだけど」


 あー……そういえば、そんな事お願いしたな。あの時はファッキウがネシスクェヴィリーテを盗み出したって証拠が必要だったから。


 でも、もうコレットの呪いは解けたし、その件は必要ない。しまったな、シキさんにキャンセルって言うの忘れてた。


 とはいえ王城の中がどうなっているのかは正直興味がある。普通に城仕えの人々がいるのか、それともミロが言っていたように13人しかいないのか。


 この城下町は、城からの干渉を全くと言って良いほど受けていない。警備兵も派遣されないし、モンスター襲来の時も全く反応を示さない。最近はラヴィヴィオが建国宣言までしたって言うのに、それにすら何のリアクションもなし。ちょっと異常だ。


 それらの状況を考慮すると、ミロの暴露には信憑性がある。


 果たして……



「誰もいなかったんだけど」



 ……へ?



「あの城、無人。こういうのって無人城って言えば良いの?」



 シキさんがこの手の冗談を言うタイプである筈もなく――――



 俺はまた一つ、アインシュレイル城下町の奇妙な謎を知ってしまった。









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 そんな訳で第二部完! ここまでお読み頂きありがとうございました。


 第三部『お前に精霊を操るなんて無理に決まってるでしょと散々罵られた上にフラれたり裏切られたり婚約してないのに婚約破棄されたり散々な目に遭った挙げ句地下牢に閉じ込められありとあらゆる拷問受けて人生詰んだ~最強の精霊を召喚する世界有数の精霊術士になって国王にまで上り詰めた俺にごめんなさい、あの時はどうかしていました、これからは一生尽くしますからどうかこの国にいさせてくださいと涙ながらに服従したところで今更手遅れ。もう眼中にないから』に続きます!


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