第三部01:閑散と甘酸の章
第165話 王様が夜逃げって
魔王城ヴォルフガングがレインカルナティオの領土内に建てられたのが果たしていつだったか、明確な記録は残されていない。当時の王が、建造を許してしまった恥を後世に残したくなくて、敢えて歴史から抹殺した為と言われている。
現在は勿論、魔王城はレインカルナティオの国土の中にはない。城の周囲に新たな国境を設定し、魔王城周辺はレインカルナティオではないと世界に向けて主張。魔王軍に支配された国じゃないのよと必死にアピールしている。
そんなレインカルナティオを、周辺国家は特に嘲笑うでもなく、また積極的に協力するでもなく、半ば放置に近い形で傍観している。
魔王から自国に拠点を建てられてしまった時点で何もかも手遅れであり、支配されるのは時間の問題。さぞ無念だっただろう――――そう合掌する他なかった。手術不能の末期癌を目の当たりし、そっと傷を閉じる外科医のように。
だがその後、レインカルナティオは魔王軍に屈する事なく耐え続けた。アインシュレイル城下町を最後の砦とし、冒険者、ソーサラー、ヒーラーが決死の覚悟で最上級のモンスター達と渡り合い、商業ギルドと職人ギルドが彼らを支え続けた。
しかし限界は来る。人材も物資も次第に消耗し、精も根も尽き果て、いよいよ力尽きようとしていたその時――――
突如として、魔王軍のアインシュレイル城下町およびアインシュレイル城への侵略を阻止する謎の力が出現した。
レベル50台の冒険者を子供扱いするような凶悪なモンスターすらも弾き返す、圧倒的な防衛力。
それは、突然街の至る所から湧いて出た水によってもたらされた。
その奇跡の水の出現によって、レインカルナティオは一命を取り留める。そして循環式噴水を設け、モンスターが絶対に入り込んでこないようその水と力を管理し、絶対的な防衛ラインの構築に成功した。
現在は聖噴水と呼ばれているその守護によって、アインシュレイル城下町は長い年月を掛け疲弊しきっていた状態から回復し、魔王討伐に向けて『育成』と『探索』を強化する事にした。
理由は不明だが、魔王軍のモンスター達は人間のレベルに合わせるように、小規模の街や村には低レベルの魔物、大規模な街の周囲には高レベルの魔物が生息している。その為、過疎地域から冒険を始めた冒険者は適度な危機と成功体験を繰り返し、アインシュレイル城下町に辿り着く頃には一流の戦士やソーサラー、そしてヒーラーに育っていた。
次第に、彼らが集う各ギルドは力を増し、商業ギルドと職人ギルドも加え、魔王討伐に必須な人材を揃える五つのギルドを『五大ギルド』と位置付け、特別視するようになった。
同時に、冒険者には探索――――魔王殺しの武器を見つけるという使命もあった。
時代を遡れば、聖噴水のように突如世界の何処かに出現する事が殆どで、規則性はない。大抵は世界最高峰の才能を持つ冒険者が見つけ手にすると言われており、冒険の果てに魔王殺しを手に入れた者は、自分が世界に選ばれた英雄だと信じて疑わず、仲間と共に意気揚々と魔王城へ乗り込み、そして――――帰らぬ人となった。
討伐は出来ないが、支配もされない。
そんな拮抗状態が続く一方、一度傍観を決めた周辺国家も積極的に魔王討伐に乗り出そうとはせず、結果として世界は決して平和ではないが危機的状況でもない、なんとも中途半端な状態が長らく続いている。
だからなのか、何なのか。
「マジで誰もいねぇ!」
無人城というシキさんの報告は誇張でも何でもなく、見たまんまだった。
王もいねェ 姫もいねェ 侍女も一切走ってねェ
メイドもねェ 料理もねェ 埃が舞ってユーラユラ
人連れて 城に来て 二時間ちょっとの捜索隊
兵士もねェ 人気もねェ 自分の足音よく響く
俺らこんな城いやだ 俺らこんな城いやだ もう外へ出るだ
城から出だなら 全部忘れて 馬車で馬引くだ
「帰ってどうすんの隊長。現実逃避しても意味なくない?」
……まあ、確かにシキさんの言う通りではある。
そんな訳で、現実を直視しよう。
王城に人がいねぇ。なんだコレ。
こんな事ある!? ムチャクチャにも程があるだろ!
郊外の超ローカルなちっちゃい城ならわかるよ。ドラキュラ城みたいに荒廃しきってて、元々一人くらいしか住んでない感じの城ならさ。
でもここ王城だよ? 王様が住んでる城だよ? 誰もいないってどういう事? なんか大巡礼みたいな風習があって、城の中の全員が聖地に向かって旅してるとか、そんな感じ?
……まあ、そんな風習あったらシキさん知ってるだろうし、あり得ないか。
「で、どうすんの隊長。幾ら城下町は五大ギルドが統治してるって言っても、王サマ不在じゃ街以前に国家の危機って奴じゃない?」
「危機っていうか……普通に終わってるよね」
そう答えつつも、俺自身この状況がどれだけヤバいのかを完璧には把握しきれていない。当たり前だけど、国のトップがいなくなる経験なんてした事ないし。
念の為に持ってきていた嘆願書は何の意味もない紙切れと化してしまったけど、今はそれどころの話じゃない。俺一人の裁量じゃどうにもならないし、五大ギルド……ティシエラに報告しよう。コレットには荷が重いだろうし。
「でも、埃が舞ってるくらいだから昨日今日でこうなった訳じゃないよね。商業ギルドのトップは知ってたっぽくない?」
「確かに……」
バングッフさんは定期的に城に出入りしていた筈。彼は何か知っていた可能性が高そうだ。
ま、何にしても五大ギルド会議になれば、彼も何らかの意見を述べる事になる。そこで色々明らかになるかもしれない。全てはそれからだ。
にしても――――
『。。。大丈夫だよ。。。ここ。。。私の他には13人しかいないし』
ヒーラーの始祖ミロの言葉が今更ながら頭の中で甲高く響いてくる。
鵜呑みにしてた訳じゃない。全く信じていなかった訳でもない。だから無人城なのを目の当たりにして、驚きはしたけどすんなり受け入れる事が出来た。
とはいえ、二時間探してみたけどミロは何処にもいなかったし、彼女が言っていた13人とやらにも会えなかった。夜にしか来ないのかもしれない。幽霊じゃないとは言ってたけど。
こうなってくると、ミロの事も話さなくちゃいけないかな。流石に黙っておく訳にはいかなくなった。まあ口止めされた覚えもないし、別に良いか。
「んー……」
「どうかした? 昔暗殺しに忍び込んだ城に似てるとか?」
「や。そういうんじゃないけど、なんか誰もいない城って意外と悪くないね」
そう言われると、確かにそんな気もしてくる。これだけ絢爛豪華で荘厳な建物に、人一人いないってのは何というか……ちょっとしたロマンを感じる。
むかし遊んだゲームでこんなシチュエーションあった気がする。確かBGMが無音になって、臨場感が増してたっけ。あれは良い演出だった。
そういう意味では、この無人城と化した王城にもBGMはない。城の中に住む人々の談笑や息遣い、メイド長の叱咤やコック長の激など、本来あるべき喧噪が完全に消え失せている。
……まあ、賑やかな城に入った経験がないから、特に違和感とかはないけどね。
「せっかくだから隊長、王座に座ってみれば? タダで王様気分味わえるよ」
「どっちかって言うと、裸の王様気分だよね」
そう答えつつも誘惑には勝てず――――フラフラと謁見の間に向かった。
勿論、そこには王様の姿はないし、隣に王妃もいない。やたら広大なその空間は、客のいない映画館を髣髴とさせるけど、俺の為に上映してくれるスクリーンはない。
全てが現実だ。俺が今、こうして王様の椅子に腰掛けているのも。
「これが玉座か……思ったより硬いな。座り心地もなんか微妙」
特に幻想を抱いていた訳じゃないけど、正直想像していたのとは違った。当然と言えば当然だけど、王様気分は微塵も感じない。
「隣に王妃役がいれば少しは違うのかな……シキさん、悪いけどそっちの玉座に座ってみてくんない?」
「嫌」
フラれました……辛いです。
「モンスターに攻め入られた痕跡はないし、殺し合った様子もない。神隠しか夜逃げのどっちかだね」
「王様が夜逃げって……余も末だな」
勿論、そうと決まった訳ではないけれども、玉座から見える景色の余りの寂しさに思わず呟かずにはいられなかった。
そして――――
「それじゃ、五大ギルド会議を始めるわよ。今回は最重要議題があるから、最初にその話題……アインシュレイル城に関する話し合いから始めるけど、異論のある人はいる?」
二日後、俺はどういう訳か再び五大ギルド会議に参加していた。
しかも今回は見学席じゃなく、ガッツリ会議の席に着いている参加者として。
「異論と言うのなら、真っ先に指摘しておきたい事が目の前にあるよ。五大ギルド会議なのに五大ギルドじゃないギルドの代表が混ざってるって、それもう五大ギルドである必要ないじゃあないか」
ジト目で正論を振りかざしてくる職人ギルドのギルマス、ロハネル。でも以前ほどの冷たさは感じない。
「まさか、冒険者ギルドの新米ギルドマスターのお守りとして呼んだ訳じゃあないよね?」
彼の冷血な面は俺にじゃなく、コレットの方に向けられていた。隙あらば主導権を奪おうとする会議だけあって、早速コレットが新人イビリの標的にされている……!
「今回、日程を早めた影響でラヴィヴィオの代わりになるヒーラーギルドも決められなかったから、第一発見者の彼に代理という形で入って貰ったわ。今回の件を足がかりに城下町ギルドを五大ギルドに加えるつもりはないから、安心して」
「どうだかな。仲良しこよしの奴等が一人でも多い方が、会議で有利になるのは目に見えてるじゃあないか。前回は見学、今回は同じテーブルでゲスト参加……着実にステップアップしているのは到底無視できないね」
ロハネルの言い分は尤もだ。っていうか俺だって別に自分からしゃしゃり出てきた訳じゃない。
俺をここに加わるよう進言したのは――――
「まぁ、そう言うなよ。コイツに入って貰った方が早く終われるだろ?」
最も俺が訝しんでいる、バングッフさんその人だった。
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