第166話 これは大変な事やと思うよ






『――――は?』


『いや、だから五大ギルド会議に出てくれっつってんの。ヒーラーギルドの代わりに。四人だと二対二に意見が割れた時に時間かかりまくってしゃーねーのよ。俺、今すげー忙しいしさ。会議に時間かけてらんねーの。だから頼むって。街灯の仕事、早めに許可出しとくから』



 ……と、何気に仕事を盾に取られてしまって断りようもなかった。


 確かに偶数での会議は危険だ。別に多数決で決める訳じゃないにしろ、同数で割れれば嫌でも拮抗し、議論は平行線になる。そうなると長い。それはもう途方もなく。だから理屈はわかる。


「あくまで臨時の補充だ。アインシュレイル城下町の五大ギルドにヒーラーギルドは欠かせねぇ。ヒーラー抜きで魔王討伐なんて現実的じゃねーからな。そこんとこは履き違えてねぇよ」


「……そうかい。なら今回だけは黙認しようじゃあないか。けど、少しでも談合っぽいと感じたら遠慮なく指摘させて貰う!」


「へいへい」


 仲が良いのか悪いのか、バングッフさんとロハネルの会話は距離の近さを感じさせるようなテンポだった。


 まあ、この二人に友情が芽生えていようがいまいが知ったこっちゃない。こっちは仕事を取らなきゃいけない身なんだ。媚びるところは媚びるし遜るところは遜る。徹底的にビジネスライクでいこう。


「ロハネル。納得したのなら、会議を遅らせた事を謝って。言い訳はいいから早く」


 ……ティシエラさん、遠慮なしっすね。言い訳する前から言い訳封じてくるとか強過ぎない?


「いやお前、それは」


「ならもう良いわ。城下町ギルドのギルドマスター、アインシュレイル城が無人だった件について報告をお願い」


 見切り早! 謝らせるつもりなかっただろ! 一瞬にしてロハネルが謝罪を拒んだ器の小さい男になっちまったよ!

 

 いつものティシエラはここまで問答無用じゃない。五大ギルド会議怖ぇーよ……イリスがいなくなってカリカリしてるのも原因っぽいけど。


 何にせよ、請われて臨時で入ったのに叱られるとか絶対嫌だ。さっさと報告を済ませよう。



「……という訳で、割と長期的に人がいなかったと推察されます」


 サクッと説明完了。その結果、最初に視線が集まるのは当然――――


「バングッフ。どういう事だい? お前さんはあの城に定期的に通ってるから、異変には気付いていた筈じゃあないのか?」


 そう。あの無人城を把握していたと思われるバングッフさんだ。今まで意図的に黙っていたんだとしたら、当然説明責任がある。


 果たして……


「ま、気付かなかったとは言えねーわな。でもその前にティシエラ、一つ見落としてねぇか?」 


「……何を? あらかじめ言っておくけど、煙に巻くつもりなら商業ギルドとの付き合い方を考えるわよ」


「おっかねーな。いやそれより、今回初めて五大ギルド会議に出席してるのはトモだけじゃないだろ?」


 あ……そうだった! 今日はコレットもいるんだ。自分の事に精一杯で忘れてた……


 って、いねぇじゃん! 会議室には四人しかいない!


 今回のチェアギルドはソーサラーギルドだから、会議もソーサラーギルド内の専用の部屋が使われている。いつも俺が通されていた応接室とは違い、あの奇妙な幾何学模様は一切見受けられない、普通の会議室。流石にあの洗脳効果ありそうな部屋じゃ許可は下りんわな。


「冒険者ギルドには今朝、コレットに少しだけ予定時刻より遅れて来るよう伝えておいてとお願いしてあるわ」


「どういう事だよ。新人なんて誰より早く来させるべきじゃないのか?」


「新人だからこそよ。わからない? 万が一、何者かがまた誰かに化けてこの会議に潜入するとしたら、初めての事だらけで警戒する余裕なんてない彼女が狙われる。防止策を講じるのは当然でしょう?」


「……ですよねー」


 凄い論破を見た。そりゃ何も言い返せないよなバングッフさんには。一発で発言力削り取られたな。


「フン。相変わらずおもしれー女じゃあないか」


 ロハネルはロハネルで、直前までバングッフさんに便乗しようとファイティングポーズ取ってたのに、旗色悪いと悟った瞬間に掌返しやがった。


 多分、これって牽制と警告も匂わせてるよな。『コレットにいちいち難癖付けたらこんなものじゃ済まさないわよ』って。単に入れ替わり防止ってだけなら、逆に予定より早く来させても良い訳だし。コレットが来る前に男性陣に釘刺しておきたかったんだろな。俺には全く噛みついて来ないのがその証拠。コレットを守るのが目的なら、俺を警戒する必要ないし。


 チェアギルドとしての責任感か、先輩ギルマスとしての優しさか、個人的な感情なのかは知らないけど、ここは加勢しておこう。


「多分、サプライズで先輩の皆さんにお土産でも買って来させるつもりなんですよ。店が開く時間がちょうど今くらいだから遅れるんでしょ」


 勿論、会議に手土産持参でやって来る阿呆はいないけど、これでコレットが到着した時に殺伐とした空気を回避できるだろう。『いや手土産ないんかい先輩の顔潰しちゃいかんでしょ!』と俺がツッコめば場は和む……かどうかは兎も角、嫌な空気には出来ない筈。


「……別に新人イビりが趣味って訳じゃない。理由のない遅刻以外で責める気はねぇよ」


 ずっと凹んでいたバングッフさんも、俺の意図を瞬時に汲み取って体勢を立て直した。なんだかんだ、五大ギルド会議で揉まれてる連中は理解力と場の空気を読む力が一級品だ。


 コレット、本当に大丈夫か? こんな連中を相手にやっていけるのか? なんか保護者みたいな気持ちになってきた。

 

 そんな心配を尻目に、会議室の扉からコンコンと控えめなノック音。ようやく到着か。


「コレット様がお見えになりました」


「入って貰って」


 イリスが不在の為、受付のソーサラーが五大ギルド会議の補佐を務めているらしく、聞いた事のある声が扉の向こうで入室を促していた。気の所為か、若干その声が上擦っていたような……


「失礼します」


 普段よりお淑やかな声で、コレットが扉を開け入ってくる。


 その姿を見て、一瞬で理解した。上擦った理由を。


 何だ……これは……


「この度、冒険者ギルドのギルドマスターに就任致しました、コレットと申します。まだまだ若輩者で、至らない所も多々ありますが、どうかご指導ご鞭撻のほどお願い申し上げます」


 深々と一礼。言動は普通だ。ありきたりとはいえ、最初の挨拶なんて個性を発揮する場じゃない。クラス替えの時の自己紹介で一発かますのとは訳が違う。社会人にまず求められるのは『常識』であって個性や度胸じゃない。


 ……って事前に言っておけばよかった!


 コレットお前……何なの? その格好。


 貴婦人の社交場であっても一際目立つであろう、スパンコールのようなキラキラ素材を散りばめたピンクのドレス。そして本来の顔の良さを全てスポイルするかのような厚化粧。チークが口紅くらいの濃さだし、口紅は唇の面積を三倍くらいにしている。眉は逆に薄くなり過ぎて、全体の仕上がりはおたふくにしか見えない。


 身を挺して縁起物なる事で、会議に貢献しようとしたんだろうか……?


「こちらはつまらない物ですが、お納め下さい」


 そしてまさかの手土産持参! 嘘から出たガランジェパン……いやこの世界に菓子折とかないのはわかるけどさ。手土産にパンってどうなん? 勿論嬉しいけれど、俺を狙い撃ちしてどうする。いやそもそも土産は会議に要らん!


「……」


 俺達のリアクションが薄いのを目の当たりにして、コレットの顔が沈んでいく。『なんで!?』ってよりは『やっぱりか……』って顔だ。薄々これは違うってわかってはいたんだろう。そらそうよ。


 やってしもたなあ。これは大変な事やと思うよ。コレットちゃん、何を力んでるんや。


 一発目だから、ガツンとかましたい気持ちはわかる。ここで遜ってたらずっと格下扱いされるって危機感も。冒険者ギルドの看板を背負う以上、そんな事態は許されない。だから多分、元ギルマスのダンディンドンさんやマルガリータさん、そしてフレンデリア嬢と何度も打ち合わせしてこの瞬間を迎えた筈だ。


 でも俺が知る限り、この三人は会議室にドレス着て行けと非常識な指示を出すような連中じゃない。クセは強いけど、コレットに恥を掻かせるような真似は絶対にしない。そこは信用できる。


 となると……コレットが自分で考えたのか? いやでもなあ……


「……」


 珍しくティシエラが呆然としている。激レアだ。イリスがいたら大層喜んでいた事だろう。


 つーか……これどうすんの? バングッフさんもロハネルも一言も発しないレベルで困惑してるけど。そしてその反応見てコレットも更に困惑するという謎の悪循環。これもう困惑の宝石箱やん。スパンコールの光が乱反射して余計そう見える。


「会議を続けます」


 無視!? ティシエラ大英断過ぎる!


 コレットは一瞬『そんなご無体な』って顔でティシエラを凝視していたけど、結局スゴスゴと自分の席に座った。俺には一切目を合わせて来ない。


 すげぇな……超弩級の黒歴史が生み出される一部始終を目撃しちゃったよ。山羊の悪魔も裸足で逃げ出すだろコレ。

 

「バングッフ。城が無人だったのを知っていたのに、黙っていたのは何故?」


 斯くして、何事もなかったかのように会議は再開された。


「……そんなの、お前だってわかってんだろ?」


 そして――――コレットの茶番が一瞬でかき消されるほどの緊張感が会議室内に漂う。


「いつかこんな日が来るってずっと思ってたよ。でもまあ、あそこまで綺麗サッパリ消えちまうのは想定してなかった。だから、割とマジで魔物の仕業か神隠しを疑ったんだ。そんな訳ゃないってわかっていながらな」


「……いつから?」


「それも想像ついてんだろ? モンスター襲来事件の前だよ」


 話について行けない。明らかに情報が不足している。新米に厳し過ぎるだろこの会議。


「新入りが困惑してるけど、それでいいのかい?」


 意外にも、気を利かせてくれたのはロハネルだった。


「……そうね。少し暴走してしまったわ。情報の共有を徹底する為、一から説明しましょう」


 俺とコレットの目を交互に見ながら、ティシエラは決して一般市民には教えられない真相を告げた――――


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