第167話 商業ギルドって大手広告代理店みたいな存在

 レインカルナティオには、尊き身分の方々を序列化した『貴比位』という爵位のような称号がある。


 序列のトップ、貴比位一級は君主である国王ロイヤル

 二級は王以外の王族である大公グランデューク

 三級は王族に連なる貴族や、圧倒的権力を誇る公爵デューク

 四級は各国内で有力な領地を持った大領主グランロード

 そして五級は地方の小領主ロード


 アインシュレイル城は、レインカルナティオの国王・大公・公爵が住む王城として建設され、彼らの他にも政務を補佐する宰相、城内の警備および王族たちの護衛を行う近衛兵、使用人の侍従やメイド、料理、庭師などが勤めていた。

 要するに、城内には一般的なイメージの王城そのままの光景が広がっていた。


 けれど、魔王がその近隣……というほど近くでもないけど、比較的近いエリアに魔王城ヴォルフガングを構えた事で、状況は一変。

 敵の本拠地が近場にあるという恐怖は凄まじく、かといって敵から尻尾撒いて逃げるのを魔族や国民に知られたら大恥とあって、城内に住む権力者たちは大混乱に陥ったという。


 そこで彼らがどのような選択をしたかというと――――


「……フェードアウト作戦?」


 ティシエラの口からその作戦名を聞いた瞬間、ほぼ九割方事態が飲み込めてしまった。


「時の王族達はモンスターの脅威に怯えて、王城に引きこもりっ放しになって国民に全然姿を見せなくなったわ。一応、外向けには『国政とモンスター対策に専念する為』と発表していたようだけど……」


「モンスターだけじゃなく国民の批判にもビビっちまって、余計出て来れなくなっちまったのさ。自分の国にアッサリ魔王城建造を許しちまった訳だからな」


 自国に魔王城を建てられる屈辱と恐怖は、この世界のビギナーたる俺でも十分に理解できる。その責任問題から目を背ける為、極力外出しなくなったって事か。


 ……なんだかな。微妙に気持ちがわかるだけに『情けねぇ連中だな』と批難する事も出来ない。ある日突然魔王城が建てられました、なんて状況防ぎようがないし、それで周辺諸国から小馬鹿にされて国民から文句言われるのは結構キツい。


 実際、国民の大半は王様の責任とまでは思わないだろう。でも、突如として危機に晒されたこの街の住民や、その近くの街の人々は納得できない。誰かにその怒りをぶつけないと気が済まない。そうなると、槍玉に挙げられるのは当然、国王をはじめとしたお偉い皆さんだろうな。高い税金払ってるのに何やってんだ、と。そういう図式は容易に想像できる。


「あ、あの~……」


 キラキラドレスに身を包んだコレットが、物凄くささやかに挙手した。一応、会議に参加する意欲を見せただけ良くやってると言いたい。俺ならもうとっくに心折れてるよ。


「気持ちはわかるんですけど、引きこもってても危険な事には変わりないような……」


「ええ。当時はまだ聖噴水はなかったし、魔王城を拠点としたモンスターの攻勢もあって、城に引きこもろうが常に危険と隣り合わせだったでしょうね。一応、その頃のアインシュレイル城下町は城郭都市だったけど、何度も突破を許したそうよ」


「まあ、冒険者やソーサラー達が力を合わせてどうにか迎撃したらしいがね。例によって、明確な記録は残されちゃあいないが……当時の城の住民が残した日記や口伝ての証言などから、ほぼ確実らしい」


 普段から斜に構えがちなロハネルだけに、この件を説明する時は常に肩を竦めている。その内『HAHAHA!!』とか笑い出しそうだ。


「だったら、どうして籠城なんて……」


「籠城じゃないわ。彼らは最初から逃げるつもりだったのよ」


 そのティシエラの言葉は、意外でもなんでもなかった。というか、他に考えようもない。


 お偉方が外に姿を見せなくなったのは、危険や非難から逃れる為。当然、姿を眩ます事を念頭に置いていた筈だ。

 

 危機に瀕していきなり逃げたら、国民はブチ切れ必至だし、周辺諸国から笑いものにされる。だから暫く雲隠れして、ほとぼりが冷めた頃合いを見計らって逃亡しようとしたんだろう。存在感が希薄になれば、非難もその分薄まるからな。


 ただ、どれくらいの潜伏期間を設けたのかはわかっていないらしい。半年か一年か、或いは世代が変わるまで我慢してたか。いずれにせよ、その時代を経てこの国の王族は相当影が薄くなったらしい。


「で、その引きこもった王族達が印象操作をする為に利用したのが、俺たち商業ギルドって訳よ。唯一王城に入るのが許されてるのは、その時代の名残だ」


「印象操作って、何やらされてたんですか?」


「税金の一部を国民にバラまいたり、『国が滅ぼされずにいるのは国王陛下のおかげに違いない』みたいなポジティブな主張をさも国民の方から言い出したみたいな流れ作ったり」


 ……世界が違ってても、そういうのってあんま変わらんのね。商業ギルドって大手広告代理店みたいな存在なんだな。


「城内は城内で、誰が先に逃げ出すかってチキンレース状態になっていたそうよ。中には替え玉を用意して、早めに城を出て行った王族もいたみたい」

 

「そっくりさんを見つけて来て、そいつを城に残らせたって事?」


「ええ。敵前逃亡を恥と考える人達だから、当然そういう見栄も張るでしょうね」


 本当に自分達の事しか考えてないって感じだな……でも、それが現実だ。理想的な統治者なんてそうはいない。これはどの世界でも同じなんだろう。


「そんで、フェードアウト作戦の一環として『我々は市政には干渉しないから、有力ギルドが協力して治めよ』って命令が下ったんだよ。これが五大ギルド及び五大ギルド会議の始まり」


 この街の秘めたる歴史を語っているバングッフさんは終始機嫌が悪そうで、ずっとヤクザの若頭にしか見えない。なんか指定暴力団の抗争と縄張り争いについての話を聞かされてる気分になる。

 

「民間の防犯組織を置かないってのも、その時の指示なんですか?」


「まあな。理由は知らねぇが、割と念入りに強調されたらしい。やんごとなき方々の考える事なんざ、下々の人間にはわからねぇよ」


 結局、そこの謎は深まるばかりか。


「そんな訳で、元々あの城には王族貴族はいなかったんだ。もうとっくにここから離れて、別の都市に移動してひっそり暮らしてるらしいぞ。勿論、国政なんて一切拘らずにな」


「この国の政治、王族抜きでやってるのか……」


 まあ、王様がいなくても政治そのものには支障ないだろうけど、それにしても君主制の国で王族不在ってのは異常事態だ。 


 でも――――


「さっきの話だと、モンスター襲来事件の直前までは城に人がいたんですよね?」


「ああ。フェードアウト作戦の始まりは何百年も前の話だろうが、王族貴族の全員が足並み揃えて出て行った訳じゃねぇ。貴比位三級までの立場に御方が一人でも残ってたら、その方を支える面々は当然残る。子孫が残れば、その方を支える新たな官吏や使用人を雇う。そうやって、あの城の中は細々と火を灯し続けていたのさ」


 残った王族もいたって事か。まあ市政に不干渉って時点でやる気はなさそうだけど……それでも逃げ出すよりはずっと良い。


 けど、その人達もモンスター襲来事件の際には既にいなくなっていた。なんで今になって?



 それとも、あのタイミングだからこそ……なのか?



「彼らが事前に聖噴水の効果が消失する事を知らされていた可能性は否定できないな。寧ろ、それが一番しっくり来る」


「最も妥当性のある事柄が絶対に正しいとは言えないけど、否定する材料もない以上、有力視しておく必要はあるでしょうね」


 ロハネルとティシエラは、あの事件と城の住民が無関係じゃないとの見解で一致しているらしい。恐らくバングッフさんも。


 そして俺も同意見だ。余りにもタイミングが良過ぎる。関連がないと考える方が不自然だ。


「ま、背景にはこういう事情があった訳だが……城から人がいなくなったのを黙ってたのは、別に口止めされてたからって訳じゃねぇ。先に商業ギルドだけで事情を調査して、理由がわかった上で報告しようと思ったからさ。ちょうど冒険者ギルドの選挙時期と重なってたし、ヒーラーはあんなだし、職人ギルドもぶっ壊れたし、各自ゴタついてただろ? 気を遣ったんだよ」


 バングッフさんが話した理由は、一応筋が通っていない訳じゃないが、完全には納得しかねる内容だった。


 王城から人が消えるって、結構な大事件だ。幾ら各ギルドが大変な時期だからって、自分達だけで解決しようとしたという言い分には少々疑問の余地がある。


「私達は特に何もなかったけど? ソーサラーギルドに相談しなかった理由は何?」


 案の定、それを見逃すティシエラじゃない。神秘性すら漂わせる端正な顔でバングッフさんを睨み付ける。ドMのダンディンドンさんがここにいたら嬉ションしそうなくらいの迫力だ。


 でも、彼はもうギルマスじゃない。その後を継いだ新たなギルマスが、ここにいる。


「……」


 いやお前、その格好で存在感消そうとすんなよ。話に入っていけないのは仕方ないけど、幾ら表情筋殺しても服の主張が強過ぎて消えられないから。終始スターマリオのBGM鳴ってるようなもんだからな?


「ふーっ……わかったよ。本当の事言うよ。前の失態を挽回したかったんだ。スタンドプレーだよ。悪かった。この通りだ」


 あー、成程。怪盗メアロによる入れ替わり事件。あれをずっと気に病んでたんだな。それなら納得だ。


「ま、らしいっちゃあらしいじゃないの。ティシエラ、ここは一つ穏便にいこうじゃあないか。実際、ヒーラーが好き勝手やってたあの頃にこの件を打ち明けられても、正直困っただろう?」


「……だからと言って、これほどの重要事項を黙っていた上に自分達だけで解決しようなんて、到底看過できないわ。コレット、貴女はどう思う?」


「へ!? わ、私!?」


 ホラ見ろ。学生時代、授業中当てられたくないからってステルス決め込んでた奴いるけど、逆に目立つんだって。そういう奴ほど当てたくなるんだから。


「私は……そういう大事なことは、忙しくても言って欲しい派です。一人で勝手にコソコソ動かれるのは、あんまり好きじゃない……かな」


 何故俺を見て言う? コソコソ動いた覚えなんてないぞ。


「意見が割れたわね。トモ、貴方の見解は?」


 案の定と言うべきか、バングッフさんの予見した通りの展開になった。確かに偶数と奇数じゃえらい違いだ。もしこの場に俺がいなかったら、今頃は男性陣と女性陣の間で終わらない議論が展開されていた事だろう。


 で、俺はというと――――


「当然アウト。連絡を怠るなんて言語道断。いるんだよ、たまにそういう奴。前の職場でも重要事項を全然伝えて来ないでそのクセ指摘されても知らん顔っていう社会人としてあり得ない奴がいて……」


「……何の話してるの?」


 その後、自分語りと説教大好き人間の俺はここぞとばかりに警備員時代の愚痴を披露しまくり、結局会議は長引く事となった。


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