第168話 個性死んじゃってるよ?

 結局、五大ギルド会議は午前中に始まったにも拘わらず、終わったのは夕食前の時間帯だった。


 ただし、長引いたのは俺だけの所為じゃない。俺の昔話なんてせいぜい一時間程度。元同僚のあり得ない行動を8、9パターンほど実例として挙げたに過ぎない。しかも後半は割と全員ノリノリで聞いていた。


 最大の原因は言うまでもなく、今後のアインシュレイル城下町をどうするか――――その話し合いの所為だ。


 現在、王城には人がいない。そんな前代未聞の状況で一体どうやって国政を行っていくのか……


 その答えは割と簡単に出た。


 現状維持だ。


 というのも、既に大分前から国の政務関連については別の都市の行政機関に実権が移っていたそうな。実際問題、魔王城の最寄りの都市に政府があるってのも危なっかし過ぎるから、国民には告げず王政を捨てて別都市に政府を設けていたとの事。一応、緊急の暫定的処置として行ったらしいが、その後も状況が変化しなかったから、ずっと君主制の名目を保ちつつも実際には象徴君主制に移行してた訳だ。


「そんな歪んだ実態をいつまで保ち続けるのか、理解に苦しむわ。その上に今回の夜逃げ……幾らなんでもあり得ない」


 その説明を俺やコレットにした後、ティシエラとはじめとした他の三人から愚痴が噴出。よほど溜まっていたらしく、俺らはそんな彼女達の思いの丈を散々ブチ撒けられ、一日の大半を無駄に過ごして今に至る。一応、詫びとしてティシエラが夕飯奢ってくれるって事になったけど。


 他の野郎二人は忙しいからと辞退した為、男は俺一人。女性二人、それもタイプの異なる美人さん二人とディナーなんて最高のシチュエーションなんだけど……今日は全く嬉しくない。ティシエラは不機嫌だし、コレットも心なしかやつれてる。


「あ、あはは……ティシエラも大変だったんだねー」


「私の事はさん付けで呼んでくれて良いわよ。近しい人間には出来るだけそう呼んで貰っているから。同じ五大ギルドのギルドマスター同士、これからは顔を合わせる機会も増えるでしょうし」


「え? え? え?」


 コレットの混乱は当然だ。俺もすっかり忘れていたけど、そう言えばコイツこんな事言ってたな。敵は呼び捨てにしてくるんだから、親しくない相手は出来るだけ呼び捨てにして貰ってる……とか。


 まあ実際にはガバガバのガバー!だけどな。ウチのギルドの連中は大抵さん付けで呼んでるし、親しいイリスには呼び捨てにさせてるし。


「だったら俺もさん付けで呼ぶけど」


「貴方は今のままでいいの。ギルドマスターになったからって調子に乗っているようだけど、五大ギルドのトップと新米ギルドのそれとでは鱗雲と綿雲くらい違うって事を肝に銘じておきなさい」


 ……違いがイマイチわからないんですが。ティシエラさん、例え下手ですね。その見た目で下手なのは若干滑稽ですよ?


 にしても、最近は割と丸くなってたっていうか、当たりが大分柔らかくなってた印象だったのに、まるで出会った頃みたいに毒舌ティシエラが戻って来たな。コレットには全然毒吐かないけど。


「ところでコレット、その格好は何だったの?」


 意外とそうでもなかった! 俺ですら遠慮して理由聞かなかったのに! ある意味毒吐くより辛辣ゥー!


「あ……その……今日を迎えるにあたって、先代のギルドマスターとかフレンデリア様にアドバイス受けてたんだけど、その結果というか」


「いやいやちょっと待て! それ絶対誤解があるって! なんて言われたんだよ!」


 彼らの名誉に関わる問題だから、他人事とはいえ必死にもなる。コレットは困り顔で俺の方を見ながら、若干渋った後で大人しく白状した。


「えっと……ダンディンドンさんは『最初が肝心だからガツンといけ』、マルガリータは『冒険に出るんじゃないんだからちゃんと御粧ししようね』、フレンデリア様は『公式の場に相応しい格好をしなさい』、セバチャスンさんは『公的な場では布面積多い方が男性は優しくなるものです』って」


 うーん、戦犯はセバチャスンさんかな……肌の露出を抑えるよう指示したかったけど直接言うのは下品だからってこんな言い回しにしたんだろうけど、結果的にコレットがドレス(フリルの分、布面積が多め)を選ぶ元凶になってしまった。あと何気にダンディンドンさんも余計な事言ったな……厚化粧になったのこの人の所為だろ。


 先輩のアドバイスを何でもかんでも聞き過ぎて取捨選択できずパニックになってしまった典型的なパターンだな、これ。人の良いコレットらしいというか……全員の意見を無碍に出来ないってんで取り入れた結果がこの惨状だったのか。


「一応先輩として忠告しておくけど、人の言う事を全て律儀に行動で示す必要はないのよ? 話をちゃんと聞いて、その上で判断の材料にすればそれで十分。他人の顔色ばかり窺っているようでは、ギルドマスターの名が廃るわよ」


「はい……」


「言ったそばから深刻に受け止めないで」


 前々からわかっていた事ではあるけど、やっぱりティシエラってコレットには甘いよなあ。何、今の優しげな微笑。そこで呆れ顔するのがティシエラじゃないの? 個性死んじゃってるよ?


「貴女に『失敗をしない完璧なギルドマスター』を求めて票を入れた冒険者は多分殆どいない。貴女の長所は別にあるんだから、一度や二度の失敗を引きずる必要はないわ。三度も四度も失敗したら、流石に目も当てられないけど」


「数日後には普通にそれくらいやらかしてそうだけどな」


「貴方は黙ってて。余計な事に口挟む暇があったら、そこの肉挟まったパンでも咥えてれば?」


 ……やっぱり気が立ってるなあ。でも嫌いじゃないよ毒舌ティシエラ。寧ろ今の方が大人しい時より良いよ。


「うん、ありがとうティシエラさん。一日でも早く独り立ち出来るよう頑張る」


「そうしてくれると、私も助かるわ」


 ティシエラ的には、元々良好な関係だった冒険者ギルドとの繋がりを盤石に出来て一安心、ってとこだろう。それくらいの計算はしてる筈だ。


 でも、コレットに対する態度が柔らかいのは以前からだし、そういう打算を抜きにしても放っておけないんだろうな。なんだかんだ俺にも力貸してくれるし、面倒見は良い方だと思う。俺も見習わないとな。


「それじゃ、城の人達の捜索隊は冒険者ギルドの方で責任もって結成して頂戴ね。挽回の大きなチャンスよ」


「へ」


 ……前言撤回。思いっきり打算入ってたわ。抜け目ねーなこの女。


「それと、トモ。今後は貴方のギルドにも協力して貰う事になるわ」


「ん? 捜索隊の話?」


「いえ。王城が無人の今、自警団を置かないって不文律は最早何の意味もないわ。貴方達には街の防衛をお願いしたいんだけど」


 ……マジ? まさかこんなに早く当初の目的を達成できるとは。いやでも無償でやってって言われたら困るな。そんな余裕ねーぞ。


「この街が現在、極めて危険な状態になっているのは言うまでもないわね。ヒーラーが出て行って新国を作り始めたし、聖噴水のトラブルもあったわ。ここにきて王城から人がいなくなったのも、彼らの情報網が危険を察知したからかもしれないし」

 

 モンスターなどの敵勢力に攫われた可能性は全く考慮してないんだな。まあ、城から人がいなくなって結構経つし、その間に声明も出されてないんじゃ当然か。


「了解。ただ、ウチもカツカツなんで仕事としてならって条件だけど」


「当たり前じゃない。報酬はギルド基金から捻出して、常識的な額を支払う予定よ」


 おお……ありがたい。街の警備なんて恒常的な仕事だし、これでギルド運営が大分安定しそうだ。


 でも、代わりに気になる事が一つ。


「この街の税金って今どうなってんの?」


 さっきの会議での話だと、王族の大半は既に街から離れていたらしい。既に一生遊んで暮らせる金を持っていたからこそのエスケープだろう。税収はなくなるけど、身の安全の方が大事だろうしな。


 問題は、その後の税金の管理だ。元いた世界の日本とは違って、ここは一応形だけとはいえ君主制。税金は基本、王族が独占していたんだろう。そうなると国家予算みたいなものがあるかどうかさえ疑問だ。年金や保険などの社会保障がないくらいだから、地方交付税交付金なんて絶対ないだろう。


 ウチのギルドが街灯立ててる時点で、公共事業なんて以ての外。そうなると、国家の為の資金って概念自体がないのかもしれない。都市財政がどうなっているのかも謎だ。


「……」


 そんな疑念を頭の中で膨らませていると、いつの間にかティシエラが青ざめた顔になっていた。


「ど、どうしたのティシエラさん。気分悪くなった?」


「いえ大丈夫。自分の馬鹿さ加減に呆れ果てただけ」


 ……なんか俺、また余計な事言っちゃいましたか?


「租税の徴収は、商業ギルドに委託されているわ」


「え、マジで?」


 思わず耳を疑う。いや確かに、唯一城に入るのを許されていたのが商業ギルドだから、役割自体は何もおかしくない。


 問題は――――


「バングッフさんが城から人がいなくなったのを黙ってたのって、実は集めた税金を窃取する為……?」


 そんなとんでもない疑惑が浮上した事だ。


 彼は『以前の失態を取り返す為、自分達だけで解決しようとした』と釈明してた。でも税金の徴収を行っているとわかった今、それを結びつけない訳にはいかない。っていうか、心証的には既に真っ黒なんだが……


「迂闊過ぎたわ。なんでこんな簡単な事を会議中に気付けなかったの……」


「コレットの事笑えないな」


「本当ね」


「え、私心の中ではティシエラさんに笑われてたの……?」


 笑われていないと思っていた根拠を知りたい。でも今はそれどころじゃない。まさかバングッフさんが税金の横領に手を染めるなんて……ちょっと信じられないな。


「どうする? 今からでも商業ギルドに行って、問い質すか?」


「どうせ『城の連中が戻ってくるまで預かっておくつもりだった』ってシラを切るに決まっているわ。証拠がない以上、下手に指摘したら根拠なき侮辱だと主張されかねないわね」


 確かに……証拠はないんだよな。そして使い込んでいない限り逃げ道はある。いや、仮に使い込んでいたとしても、税金に該当する金額をギルド内で捻出すれば済む話だ。何しろこの世界には口座なんてないから、金の流れを特定する手段がないに等しい。


「……この件は私に預けて貰える? 他言無用でお願い」


 何か考えがあるのか、ティシエラは箝口令を敷いた。実際、俺やコレットが別の人に話して、そこから噂が広まったら、バングッフさんの耳に入って隠蔽工作に走るかもしれない。


「了解」


「私も」


 コレットも了承した事で、この件は三人だけの秘密となった。


 女性二人と秘密を共有する胸アツなシチュエーションなのに、ちっとも嬉しくねぇ。っていうか割とショックだ。バングッフさん、外見はヤクザだけど良い人だと思ってたのに……いやまだ確定じゃないけどさ。


「はぁ……」


「溜息なんてついている場合じゃないわよ。貴方にはまだ息つく暇なんてないんだから」


 へ? まだ何かあるの?


「例の約束。精霊折衝に詳しい住民の紹介だけど、今日ここに来て貰うよう約束してあるの。そろそろ来る頃よ」


 ちょ、ちょっと待ってくれよ! 急過ぎだし一日に詰め込み過ぎ! 切り替えられるかそんなすぐに!


「精霊折衝? トモ、精霊使いになるの?」


 事情を知らないコレットが怪訝な顔をしたその時――――


「来たみたい」


 ちょうど今し方、店に入って来た人物を視認したティシエラが、大きめのジェスチャーで手招きをする。

 

 その精霊折衝の専門家は……



「……………………ぁぁぉ」



 一秒後にも天に召されそうな、骨と皮だけの超絶爺だった。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る