第169話 孫の老衰
元いた世界の日本は長寿大国で、平均寿命は世界でも1、2位を争うほどだった。
60代はまだまだ元気で外見にも精悍さが残り、70代は身体の衰えが顕著になり頭も弱り気味だけどまだ元気。80代は流石に年老いてヨボヨボになり、90代になると約30%が認知症で筋力はほぼ底を付く。
100代になると大半が寝たきり。でもごく一部の健康な人がテレビで取り上げられていた所為で、妙に元気なイメージもある。
そして110代は……知らん。見た事ない。そこまで生きたらもう動くミイラというか人面シーラカンスって感じだろう。
「この方は伝説の精霊使い、ジーム様よ。今年で御年125歳になる世界最高齢の御仁でありながら、何があっても御自身の足で歩いて来たいと言って下さったわ」
だから120代、しかも半ばなんて想像もつかなかったけど……成程、こんな感じだったのか。率直に第一印象をそのまま言葉にすると、干涸らびたドルイドだ。肉がないから皮が極限まで垂れ下がって溶けてるみたいに見える。
こんな身体で自力で歩けるとか凄すぎだろ……っていうか、俺ってもし猪に殺られてなかったら131歳まで生きる予定だったんだよな。今のこの人より6年も長く生きてたのかよ。どんな姿になってたのか想像もつかねぇ。実質アメーバだろもう。
「…………………………ぉぅぁ」
問題は、どう見ても意思の疎通が出来そうにないこの声。意外と足取りは90歳の爺さんくらいって感じで、覚束ないながらもちゃんと進めてるし良いんだけど、何言ってるのかは一切不明。耳は聞こえているんだろうか?
「えっと、お初にお目にかかります。アインシュレイル城下町ギルドの代表を務めているトモと申します。この度は突然の不躾な要望にもかかわらずお受け頂き、誠にありがとうございます」
「…………………………………………ぇぅぉ」
ダメだ。こっちがどれだけ大声で叫んでも聞こえず『あ!? なんだって!?』って聞き返してくる年寄りコントの鉄板すら出来ない。俺の声が聞こえているのかどうか以前に、意志を持って喋ってるのかどうかすらわからん。
「息子さんとか娘さんはいらっしゃらないのかな。こういうご高齢の方って身内の人が通訳してくれるイメージなんだけど」
「一応、御存命の御子息が一人いらっしゃるわ。104歳だけど」
……お、おう。100代の子供って、これもうわかんねぇな。8050問題の比じゃねぇ。子供の年齢に至っては倍じゃねーか。
「残念だけど、御子息は自力歩行は不可能みたい。娘さん……ジーム様の孫に当たる方が介護しているそうよ。80歳の」
「80歳のお孫さん……なんか人生観がおかしくなりそう」
いやいやコレットさん、貴女のその格好も俺の人生観をまあまあ狂わせてますよ。
「流石に80歳の方に通訳お願いするのはなあ……曾孫はいらっしゃらないかな」
「曾孫さんなら全員存命みたい。50代と40代の方が合計四名いるって聞いてるわ」
曾孫なら全員存命というパワーワードよ。孫の老衰見届けるとか、どんな壮絶人生だよ。俺もその高みにいたかもしれないと思うと興奮してきたな。
「それくらいの年齢ならお願いもし易いけど……70歳も違うと、幾ら身内でも面識とか殆どなさそうだよなあ」
「そうね。全員この街にはいないわ」
いないのかよ! だったら最初にそれ言ってくれよティシエラさんよお! 無駄なやり取りしてる間に超絶爺様が永遠の眠りに就いたらどうすんの!
「…………………………ぉぁ」
プルプル震えながら、その爺様は何か言っている。勿論全くわからないけど、案外ティシエラにツッコミ入れたのかも知れない。そういうタイミングだったし。まあ聞こえていたとは到底思えないけど……
「あれ? ティシエラさん、さっきジーム様が『自分の足で歩きたい』と仰ってたって言ってたけど……どうやって確認したの?」
珍しくコレットがまともな指摘! ドレス補正か? 装備すると賢さが上がるみたいな。キラキラのドレスって魔法跳ね返すイメージしかないけど。
「当然、魔法よ。【パラパス】って言って、接触した人物の声から意志を汲み取ったり、こっちの声を相手の精神に直接送り込んだり出来るわ」
「そんなん使えるんだったら尚更今までの会話なんだったんだよ! 通訳担当すぐ目の前にいたんじゃねーか!」
「嫌よ。なんで私がそんな事しなきゃならないの?」
えぇぇ……マジですかティシエラさん。毒舌なのはいいけど、急にそんなツンツンされても……何この人、ツン期とデレ期が交互に来るツンデレ病なの?
「冗談よ。これから説明する事と親和性があったから、話の流れを切らなかっただけ」
「……どういう事?」
コレットと顔を見合わせて『WHY』のポーズを取ってみたが、コレットはキョトンとしていた。このジェスチャーも死にステか。いやステータスでも何でもないけど。
「ジーム様が精霊折衝の第一人者なのは純然たる事実。そしてもう一つ、貴方に言っておかなければならない事があるの」
「だから何が……」
「城下町ギルドに所属しているタキタという少年、ジーム様の来孫なのよ」
その瞬間、俺の中に電撃が走った。
あのタキタ君がこの超絶爺様の……
「……来孫って何?」
「曾孫の孫よ」
曾孫の孫……子供の子供の子供の子供の子供。って事はタキタ君、ジーム五世って訳か。成程、言われてみれば面影が……
「……………………………………ぇぅぁ」
ヤダ意外とある! 確かに顔の骨格近いかも。ほぼ骨格しかないから逆にわかりやすい。すげぇ、なんか鑑定士になったみたいな気分だ。
「貴方には以前から五世がお世話になっているお礼を直接言いたかったそうよ。だから今日もわざわざお越し下さったの」
そうだったのか……なんて人格者だ。良い人は早死にするって言うけど、これだけ桁違いの長生きする人はそういうのも超越した存在なんだろな。
「俺とジーム様が直接意思の疎通は……」
「出来ないわね。私を介してじゃないと無理。席を入れ替わりましょう」
そんな訳で、当初は俺の隣にジーム爺様が座っていたけど、俺とティシエラが入れ替わって俺とコレット、ジーム爺様とティシエラが隣り合わせになった。どうでもいいけど、コレットがドレス着てる所為で、ポンコツ王女様とじいやと有能侍女と下郎の四人組お忍びパーティにしか見えないな……
「ジーム様、失礼します。トモに対して何か御言葉がおありでしょうか?」
「………………………………ぇぁ……………………ぅぅぁ……………………ぉぉぁ」
あ、こんな感じで意思疎通するんだ。お互い声は出しつつ、それを内部処理で翻訳する感じなんだな。流石にいつもの呪文みたいなアレはなしか。
「脚色なしでそのまま伝えるわ。『平素よりタキタがお世話になっている事、厚く御礼申し上げる。一族の中でもやや浮いていたあの子が、君のギルドに入ってから随分と人間性を獲得できた。100年はなかったぞ。これほど喜ばしい事は』」
なんか郭海皇みたいな事言い出したけど、そこまで言って貰えるとギルマス冥利に尽きる。ただ、あのタキタ君が『やや浮いていた』で収まるこの一族も相当ヤバいな。
「とんでもありません。タキタ君はまだ幼いのに、とてもよく仕事してくれています」
「あ、あはは……」
実状を知るコレットが顔を引きつらせて苦笑いを浮かべるのは致し方ないところ。実際には正直持て余し気味だしな。でもタキタ君がいてくれるお陰で中途半端な変人共がイキれないって意味では、何気に抑止力にはなっている。そういう意味では彼もまた立派な戦力だ。
「そのまま伝えるわ」
ティシエラが通訳した結果――――
「トモじゃなくコレットに。『なぜ笑うんだい? タキタは頑張っていないのかな?』」
「え!? す、すみません! 悪気があって笑った訳じゃ……とっても頑張ってます!」
ジーム爺様、子孫ガチ勢だったか……孫に甘いってのはよく聞く話だけど、110歳以上離れてても身内は可愛いもんなんだな。もう別の生き物って感じだと思うんだが。
「トモに。『君は精霊折衝を所望していたのだったな。よかろう、早速今からレクチャーしてあげよう。ワシの家に来るが良い』」
「おお、助かります!」
正直この様子だと、明日にはお迎えが来てもおかしくないからな……今の内に習っておきたい。
にしてもタキタ君の親族とはなあ……世間は狭いな。っていうか、実際狭いっちゃ狭いんだけどアインシュレイル城下町。
「まだ続きがあるわ。『そう慌てるでない。まずは食事だ。残念ながらもう残存する歯はないが、この歯茎は今や並の固形物など一瞬で砕くほどの硬度。何でも食べられる。これぞ健康の秘訣よ』」
「いやそんなフラグ立てられても……」
どう考えても喉に詰まって死亡ルートしか見えなかったんで、半ば強引に爺様を背負って外へ出た。まあ軽い軽い。身長はそこまで低くなくて、多分160cmくらいだけど、これ40kgないんじゃないかな?
ちなみに当然パンは完食済みだ。頼んだパンを残すなど、森羅万象への冒涜に等しい。
「………………………………ぉぇぁ」
「『こやつめ、ハハハ。そこまで精霊折衝に意欲がある奴は今時珍しいぞ。よかろう、食事は後回しだ』だそうよ」
その棒読み口調どうにかなりませんかねティシエラさん……スポーツ選手のCMだってもうちょっと感情乗せるだろ。
「えっと……これ、私も行かなきゃダメな流れかな。ちょっと着替えたいんだけど……」
「それ着替えたら個性死ぬぞ。ただでさえ山羊コレットじゃなくなって地味コレットなのに」
「地味コレットって何!? ありのままの私ってそんなに地味かな!?」
――――などと供述しているコレットや、地味にお喋り好きなのか背負っている最中に何度も呻き声をウィスパーボイスで喋ってくるジーム爺様と適当に会話しながら歩く事30分。無事に爺様の家へ着いた。
「……ぉぁ……ぇぃ……」
中では100歳を越えた息子さんが寝たまま口をパクパクさせていた。これもう息子さんの方が先に全滅しそうだな……いや全滅って表現は良くないけど。
「おかえりぃ。おじいちゃあん、ご飯まだぁ? おじいちゃあん、わたしぃ、おなかぺっこぺこだおう」
そして孫の婆さんは食べかけの夕食をテーブルに並べたまま、まったりした声で話しかけてくる。あーこれもう完全に認知入ってますね。80だからなあ、しゃーない。下手したら爺様、孫も全員看取る事になりそうだな……
「このお二人と同居しているそうよ。ただし生活能力はないから、七人くらいお手伝いさんに来て貰ってるみたいだけど」
随分と他人の比率が高い三世帯住宅だな。まあ一流の精霊使いともなると蓄えもかなりありそうだし、それくらいは普通なのかもな。でもその割に家は狭いな。居間が四畳半くらいしかない。
「若い頃に立てた思い出のお家なんじゃないかな」
俺の表情で察したらしく、コレットがそれとなくフォローを入れてきた。一理あるけど、答え合わせまでする必要はない。それよりさっさと精霊折衝を学ばせて貰おう。
「こっちに儀式用の部屋があるらしいわ。行きましょう」
「精霊折衝って、特別な部屋じゃないと出来ないの?」
「いえ。それこそ道端でも可能よ。ただし特別用意した部屋の方が、召喚される精霊も気分が良いでしょう? その分交渉も上手くいきやすいのよ」
微妙に生々しい話だな……でも確かに、どうせ異世界転移するなら見慣れない神秘的な部屋の方が気分は盛り上がる。実際、最初にあの神サマっぽい人がいる真っ白い空間に転移した時は昂揚したし。
「……………………ぇぁぁ」
「ここだそうよ」
「普通に隣の部屋なんだな……」
でも、扉を開けると異質な空間が広がっていた。中は薄暗く、それでいて空気が澄んでいるように感じる。そして部屋一面に――――
「……これって、ソーサラーギルドの応接室の模様と似てないか?」
形こそ少し違うけど、幾何学模様がビッシリ壁や天井に書かれているのは同じ。耐性あって良かった。危うく爺様放り投げて逃げるところだった。
「似てて当然よ。あの応接室、元々精霊との交渉用に作った部屋だもの」
「えっ、マジで?」
「精霊使いは元々、ソーサラーの中に含まれていたのよ。今は分かれているけど」
そうだったのか。まあ魔法使いと召喚士って大体同じカテゴリーだしな。納得だ。
「早速始めるそうよ。部屋の中央に下ろしてって仰ってるわ」
「了解しました」
特に何の効力もなさそうな魔法陣が描かれた部屋の真ん中にジーム爺様を下ろし、ティシエラ、コレットと共に精霊折衝を見守る事になった。
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