第170話 干涸らびてねぇって!!!!

 精霊折衝を実際に行う場面は、既に一度遭遇済みだ。あのウィスとかいう謎の精霊使いがズワイガニを召喚した時だな。確か呼び出す精霊の名前を口にする程度で、特に儀式っぽい事はしてなかった気がする。


 この爺様も同じなのか――――


「………………………………ぉぉぁ…………………………ぁぇぁぇ」


 全然わからん。本当にこれで精霊を呼び出せるのか……?

 

 流石に精霊を呼び出そうって時までティシエラに接触通訳して貰うのは気が引けるから、ジーム爺様が何を言ってるのかは識別不可。というか、精霊にちゃんと伝わっているのかこれ……


「な、なんか緊張するね」


 何故かコレットは当事者の俺より緊迫した顔で、食い入るように爺様の挙動を見守っている。確かに、爺様にいつお迎えが来てもおかしくないこの状況はいろんな意味でスリリングだ。誤って死神呼び出しても、多分向こうは間違いってわかんないんじゃないかな……


「………………ぇぅっぇぅっ」


 おっ、爺様の身体がビクビクって動いた。なんか乗り移ったみたいなリアクションだけど、精霊折衝ってそういう事じゃないよな。イタコじゃねーんだから。


 果たして成功か失敗か死か。答えは――――



「フン。ここは変わらねェな? クソ辛気臭ェ」



 まさかの成功! いや伝説の精霊使いだから成功しないとおかしいんだけど!


 現れた精霊は人間にかなり近いタイプだった。ただし厳密にはちょっと違う。まず毛髪が異様に多い。顔面の2/3に毛根がありそうな勢いだ。前髪を垂らしてるんじゃなく、目から鼻にかけての部位まで髪の毛が生えている。頬骨の位置がちょうど生え際だ。


 その髪は水色、淡い緑、濃い紫、薄い紫の四色。明確な境目はなく、斑になってる感じだ。クセっ毛が逆立っていて、カラフルな煙みたいになってる。


 目と鼻はなく、口だけは人間と同じ場所にある。よく見ると耳もだな。服は……なんだろう、ミイラ男みたいに包帯っぽいのを全身グルグル巻きにしている。かなりアバウトな感じで。


 性別は、声を聞く限りでは男。でも人間とは違うから、そもそも性別の概念があるかどうかもわからん。ウィスが召喚いたもう一人の精霊は明らかに女性っぽかったし、多分そこは人間と変わらないと思うが……


「……ンだよ? 呼びつけておいて何ダンマリ決めこんでンだ? つーか今回はやたらギャラリー多いじゃねェか。まさかこのオレとガチンコやるつもりか? オレぁいつでもやッてやっぜ?」


 そしてこのオラ付きよ。ヤンキーじゃん。精霊にもヤンキーっているんだな。


「ン? ジームは何処だ? あのバカがオレを呼び出したんだよな?」


「ジーム様なら、貴女の目の前にいるわ」


「あ?」


 よくわからないが、精霊は一番近くにいる爺様を認識できていないらしい。というか……存在自体は認識していても、それがジーム爺様とはわかっていなかった感じだ。


「おいそこのクソアマ。オレが女に甘いとか勝手に思ってフザけたコト言ッてんじゃねェだろうな! コイツのどこがジームだよ!?」


「貴女の女性への苦手意識は知った事ではないけど、紛れもなくその方がジーム様よ」


 初対面の精霊に対しても強気な態度を一切崩さず。すげぇなティシエラ……伊達に五大ギルド会議で鍛えられてないな。いずれコレットもこうなるんだろうか。


「いやだからフザけンなッて。コイツがあのジーム? 誰が信じンだよそんな話。何もかも別人じゃねェか」


「フザけてなどいないわ。逆に聞くけど、貴方は何をもって頑なに私の言葉を否定しているの?」


「どう見ても別人だからだッつッてんだろ! あーッもう埒明かねェ。なんで女ッてこういう時全然引かねェんだ? おいそこのヤロー、テメェだテメェ」


 ……なんか指名されたんだが。あと精霊界はジェンダー問題にはあんまり取り組んでいないらしい。


「どう見てもコイツ、ジームじゃねェよな?」


「ジーム爺様だけど」


 出来るだけ巻き込まれたくないんで、サラッと答える。その結果――――ヤンキー精霊の口が尖った。これ多分キレてる顔だな。


「ハッ、どいつもこいつも……ザッけんじァねェ! なんでジームがこんな干涸らびてンだよ!」


「干涸らびてない」


「干涸らびてるって!!!」


「干涸らびてねぇって!!!!」


 ……なんで俺、初対面の精霊相手に初対面の爺様が干涸らびているかどうかを言い争ってるんだ?


 褒められ慣れてない所為か、ちょっと良い感じに言ってくれた人には一瞬で親近感持って擁護派に回っちゃうんだよな。良くないよこういうの。ストーカー予備軍の思考回路じゃん。改めよう。


「クッソ……おうジジイ。しッかりツラ見せろや」


 ヤンキー精霊が俯いていたジーム爺様の顎に手を当てて、強引に上を向かせた。キス以外であんな行動する奴初めて見た。いやキスもないか。そもそも他人のキス現場見た事ねーよ。


「……ッ」


 精霊は露骨に歯を食いしばって狼狽を露わにしている。目と鼻がなくても感情すぐわかるな。


「ウソだろ……確かに面影がありやがる……本当にジームなのかよ……」


 そしてその場にヘナヘナと崩れ落ちた。


 察するに、面識はあったけど何十年も前だったらしい。この反応だと100年以上前の可能性すらあるな。精霊って加齢で外見変わるイメージないし、老化した人間を見たのは初めてなのかも。


「たッた10年でこんなに変わッちまったッてのかよ……!」


 ……は?


「え、10年? 10年前にジーム爺様と会ったの?」


「そうだよ。ジームの名前は精霊界でも有名だからな。最初に召喚された時は正直嬉しかッたぜ。しかも今回、二度目のご指名と来たもンだ。制度が変わッた所為で、人間との交流が激減しちまッたってのにな。だから気合い入れまくッて来たッてのに……ンだよ……なんでこんな老いぼれになッちまッたんだよ……」


 115歳と125歳でそんなに違うか……? いや、115歳時の爺様を見た訳じゃないから断言は出来ないけど、どう考えたって誤差の範囲だと思うんだが……


「魔法力とか魂とか生命エネルギーが涸渇してる……みたいな事なんじゃないかな」


 コレットのその見解が有力だな。幾らなんでも見た目で別人とかはないだろう。


 というか、爺様の見解を聞けばわかるんじゃないか?


「…………………………………………」


 あれ、爺様さっきから全然動いてなくない? 瞬きすらしていないな。そういえば、さっき顎クイされた時も全然抵抗してなかったな。


 まさか……


 まさか近くで大声出されたショックで、立ったまま御臨終――――


「寝ているわ」


 年寄りの活動時間は短いですからね。この時間帯ならそういう事もあるでしょう。


 取り敢えず起こして……


「おい。何やろうとしてんだよ。寝てるジジイ無理矢理起こすバカが何処にいンだ」


 やだこのヤンキー、年寄りに優しいタイプ? 単純でもこういうギャップには弱いわー。もう悪いヤツに見えない。


「私が寝室に連れていこうか?」


「いや、俺が連れて行く。世話になってるのは俺だからな」


 コレットに断り入れて、直立したまま目を開けて寝息を立てる爺様をお姫様抱っこして――――


「寝室なら、玄関を左に曲がって突き当たりを右だ。10年前のままならな」


 ヤンキー精霊の指示通りに向かうと、確かに寝室と思しき部屋があった。お手伝いさんが掃除しているらしく、ベッドも綺麗だ。


 ここに寝かせて……一応瞼も下ろしておこう。このままじゃ死んでるみたいだからね。


 にしても、指導して貰う前に寝てしまったのは痛恨だ。実演して貰っただけじゃ要領なんてわかりようもない。そもそも精霊召喚と精霊折衝の違いも未だによくわかってないし。爺様が今やった事って俺にも出来るのか?


 年寄りの朝は早いから、朝一でここに来れば話の続きを聞けるだろうか……でもティシエラの通訳ないと会話すら出来ないからなあ。日程調整意外とムズいぞ。参ったな……


 仕方ない。ダメ元でお願いしてみるか。



「……精霊折衝のやり方を教えろだァ?」


 呼び出した相手が即座に寝てしまい、手持ち無沙汰のヤンキーに懇願してみた。呼び出される側とはいえ、やり方知ってるかもしれないし。


「ザけんじゃねェぞ。なんでオレが見ず知らずのテメェなんかにそこまでする必要あンだよ。ナメてんのか?」


「まあまあ。これも何かの縁だし、頼むよ。俺はトモ。アンタは?」


「……ペトロってんだよ」


 流石はヤンキー精霊。先に名乗られて自分が名乗らないのは負けた気になるって感じの吐き捨てるような言い方だ。


 警備員をそれなりの期間やってると、嫌でも不良に絡まれてしまう。あいつら妙に警備員好きだからな。当時は最悪の気分だったけど、お陰で免疫が出来てしまった。


「そもそも、今回ジーム爺様がアンタを呼び出したのは、俺に精霊折衝を教える為なんだ。だから俺がアンタに教われば目的は果たせた事になる。前払いみたいなもんだよ」


「……チッ、口の達者なヤローだな。ま、そういう理由でもなきゃテメェらがこの場にいる理由もねェか」


 あ、今ので納得してくれたんだ。口は悪いけど、話せば話すほど良い奴だな。


「ッたく、しゃあねェな……要するに、テメェは精霊折衝を使いてェんだな?」


「ああ。正直魔法も使えないド素人なんだけど、使えるようになるか?」


「無理だ諦めろ」


 ……そんなご無体な。ここまで引っ張っておいてそりゃねーっすよペトロ先輩。


「ッつーか、テメェが素人だろうが玄人だろうが、もう新規で精霊を呼べるヤツはいねェよ。古参の精霊使いは例外だがな」


「どういう事?」


 ペトロとは相性が良くないのか、終始しかめっ面だったティシエラだけど……更に顔をしかめて問い詰めている。


「ま、一言で言やァ精霊界と人間界の国交断絶だ。人間界は精霊を拒否しやがッた。だから、オレらが人間界の為に何かするッて事はもうねェ。前からあッた個人同士の付き合いまでは制限しねェらしいがな」


 な……


「それ、本当なの……?」


「バカか? こんなウソ言ッて何になンだよ」


 つい最近まで精霊の存在すら知らなかった俺でも驚くくらいだ。この世界の住民として生まれ育ったティシエラやコレットは当然、すぐには信じられないだろう。


 奴の話が本当なら、原則として精霊との付き合いは禁止、例外として過去に接点があった人間と精霊のみ今まで通り……って事になる。新たに関係を結ぶ事は出来ない。つまり、俺はもうどんな精霊であっても接触不可能。なんてタイミングの悪い……


「まッ、そういう訳だから諦めな。オレはジームが起きるまでここにいるが、テメェらは部外者なんだろ? 早く帰れ」


 ジーム爺様が(ペトロ基準で)変わり果てたのがショックだったのか、虫の居所が悪そうな顔で寝転がってしまった。ヤンキーって一旦オフモードに入るとダリぃダリぃ言って中々復活しなさそうだよな。厄介な事になっちまったなあ。


「あ、あの! 精霊を拒否した人間って、誰なのかわかりますか……?」


 思わず頭を抱えていた俺に変わって、コレットが身を乗り出して問いかける。コレットにとっても、この事態は他人事じゃない。


「あ? また女かよ。ックソ面倒臭ェな。つーか何者だよテメェ」


「すみません、申し遅れました。私は冒険者ギルドのギルドマスターを務めているコレットって言います」


 今までの人間界にとって、精霊がどれだけ重要な役割を占めていたのか俺は知らない。でも、少なくとも魔王討伐に何らかの影響はある筈。放置できる立場じゃないわな。


「テメェが冒険者ギルドのトップ……?」


「ええ。そして私はソーサラーギルドの代表。ティシエラって名前は別に覚えなくても良いわ。身分だけ知って貰えれば、私達が部外者じゃない事くらいはわかるでしょう?」


 さっきの話だと、元々精霊使いはソーサラーギルド界隈の職業だったらしいから、当然ティシエラも無関係とは言えない。何より、彼女達はこの城下町の統治者でもある。


「……チッ。面倒な連中に絡まれちまッたな」


 精霊側も、五大ギルドの影響力は知っているらしい。立場を聞いて露骨に態度を変えるようなタイプじゃなさそうだけど、眼中にすらないって感じはなくなった。


「もう察していると思うけど、私もコレットも精霊と人間の断交については一切聞かされていないし、望んでもいないわ。誰が何の権限でそんな事を言い出したの?」


 普通に考えたら、夜逃げした(と思われる)国王だけど……彼らがそんな事をするメリットがまるで思い浮かばない。精霊の助力が得られなくなるなんて、人間にはマイナスしかなさそうなのに。


 考えられるのは、魔王サイドの妨害工作。人間に化けられる奴なら、外見を装って一方的に断交宣言する事も出来るだろう。


 けど――――精霊ってそういうの目聡く気付きそうだよな。それこそ魂とかで識別して。


 だったら……またヒーラーの暴走じゃないだろな。もしそうだったらマジでヒーラー恐怖症になりそうだけど……


「オレも直接その場にいた訳じゃねェが、確か……」


 けれど、俺のそんな懸念は杞憂に終わる。

 ただし代わりに出てきた名前は、それはそれで頭痛のタネになった。



「ウィス、だッたか。そんな名前の奴だッたぜ」


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