第171話 反社会的勢力との黒い交際
ウィス……あの正体不明の精霊使いが、こんなところで繋がってきやがった。
この世界に精霊使いが何人いるのかは知らないけど、決して多くはない筈だ。ここは世界各国から精鋭が集う終盤の街なのに、ティシエラが紹介してくれたのは到底現役とは思えない年齢のジーム爺さん。他に思い当たる人物がいないくらいレアな職業って事だろう。或いはミッチャのような人格破綻者ばっかりか。
だから、そんな狭い業界の中で知った名前が出て来る事自体は不思議でも何でもない。問題なのは、あのタイミングでウィスがこの街にいた事。奴の精霊はこの街に来た理由を『聖噴水を調査する為』と言っていたけど……
「ティシエラ。唐突で悪いけど、この街の聖噴水って定期的に検査とかしてる?」
「本当に唐突ね。一応、季節毎に一度は簡易的な水質チェックをしているわ」
この世界の季節は春期、朔期、冬期の三季。年に三回か。少ない気もするけど、それで今までは何事もなくやってこれたんだから、あのモンスター襲来事件までは問題なかったんだろう。
何にしても、定期検査が行われているのは間違いない。って事は、それを行っている担当者なり業者なりがいる訳で、そこに話も通さずあのウィスって旅人は独自に聖噴水の調査をしていた事になる。これはかなり怪しい。
もしかしたら別の目的があったのかもしれない。例えば……この街の何者かと会う約束をしていて、そこで『精霊との交流を破棄してくれ』と頼まれたとか。
「ペトロさん。人間と断交した時期ってわかる?」
「あ? 割と最近だッたと思うぜ?」
やっぱり! だったら、この街にウィスが来た時期と――――
「前にジームから呼ばれた頃はまだ交流続いてたからな。ホンット、つい最近の事なンだよクソ」
……は?
「いや、それ10年前の話では」
「だからつい最近ッつッてんだろ? この10年の間の何処かで交流厳禁になッたンだよ」
精霊の時間感覚……! こいつらにとって10年って割と最近の範疇なのかよ! 人間の100倍くらい生きてそうだな!
「あの……もっと具体的に何時頃ってわからないかな」
「知らねェよ。ンな細けェ事いちいち覚えてられッか」
ヤンキーさんちょっと人生アバウト過ぎんよー。でもまあ仕方ない。情報提供して貰ってる身で傲慢な事は言えないからね。
取り敢えずウィスって奴がかなり怪しいって事はわかった。奴が諸悪の根源なのか、誰かに頼まれて精霊との関係をブチ壊したのかは知らないが。
「さっきも言ったけど、私達は精霊との決別は望んでいないわ。貴方がそれを上の立場の精霊に伝える事は出来ない?」
「ハッ、関係ねェよ。オレにとッちゃどうでもいい話だしな。ジームがああなッちまッた以上、人間に未練もねェ」
にべもない。実際、ヤンキーに大使役を頼むのはお門違いだ。適性がなさ過ぎる。ティシエラもそれがわかった上で、仕方なく切り出したんだろう。
ジーム爺様に改めて他の精霊を呼び出して貰うしかないか……あれだけのベテランなら、精霊との交友関係は広いだろう。精霊界では有名人みたいだし。
「なんか大変な事になっちゃったね……また会議開かないとダメかな」
「そうなるわね。ある意味、この段階で知る事が出来たのは幸運よ。魔王軍との大規模戦やヒーラー国との戦争時に判明していたら……」
コレットとティシエラは溜息交じりに今後の事を話し合い始めた。ちょっぴり疎外感。
邪魔しても悪いし、せっかくだから俺はこのヤンキーと話すぜ。
「精霊って、魔王軍とはどんな関係?」
「あ? テメェそンな事すら知らねェで精霊と交渉しようとしてたのかよ。恥知らずのバカか?」
「直接聞いた方が良いからね」
精霊折衝をマスターする上で、精霊に関する予備知識を事前に入れておくつもりは全くなかった。所詮、人間側から見た精霊の印象論でしかないからな。変な先入観を持つくらいなら、精霊側に直接色々聞く方がずっと良い。
「……ハッ。違ェねェ」
そしてヤンキーは、回りくどい事や小細工を弄するより、ダイレクトにぶつかる方が好印象を持つ傾向がある。結局は小細工なんだけど、真相はどうあれ返答としては最適解だったみたいだ。
「人間もそうだろうが、精霊ッつッても一枚岩じゃねェ。オレみてェに魔王軍が嫌いな連中もいれば、逆に協力してる連中もいやがる。全体的には日和見勢が一番多いな。特に若ェヤツらはボーッとしてッからな」
「中立が多いんだな。そういう精霊って人間に協力してんの?」
「暇潰しに遊びがてら付き合ッてるヤツらは結構いるぜ。物好きが多いンだよ、精霊ッてのはな。人間みてェに群れたがりもしねェしな。そもそも集団生活してたら、突然召喚された日にゃ関係者各位ブチ切れだろ?」
仰る通り。つーか、それを実践してるのが異世界召喚モノなんだろうけど……
集団生活を営んでいないのなら、自分に関して以外に責任が生じる事もない。だから突然自分の意志に関係なく召喚されても、大して困りもしない。責任がなけりゃストレスも溜まらないから、大らかでマイペースな性格の奴ばかりになる。そんなところか。
「にしてもテメェ、中々度胸すわッてんな。このオレに初対面で全然ビビらねェ奴はジームくらいだッたのによ」
そりゃ115歳(当時)にビビるって感情はもうないでしょ。死神とすら笑顔で抱擁しそうな年じゃん。
「精霊と話したのは初めてじゃないから。さっき名前が出たウィスって奴とつい最近遭遇して、その時にカニと犬と常温沸騰美女を召喚してて」
「常温沸騰……ブハハ! それデメテルだろ!? アイツすッぐキレるもンな! オレよかずッとケンカッ早ェんだよあの女はよォ!」
まさか一発で通じるとは……あのキレっぷりじゃ精霊界でも有名人だとは思ったけれども。
「フヒヒ……ヒャハハハハハハハハハハ!! アイツ人間界で常温沸騰女とか言われてンのかよ! こいつぁ傑作だ! たまンねェなオイ!」
何故か常温沸騰がツボったらしく、ヤンキー精霊はゴロゴロ床を転がりながら腹抱えて笑いっ放しだ。そこまでウケ狙いで言ったつもりないんだけど……なんか恥ずかしくなってきた。隣の二人から『お前何したんだよ』って目で見られてるし……
「いやーマジ笑ッたわ。トモッつッたな、お前気に入ッたぜ。便宜くらいなら図ッてやッか」
「へ?」
「人間界との交流再開ッてのはオレ一人でどうこう出来る問題じゃねェけどよ、テメェが特定の精霊と交渉するくらいなら、なンとかなるかもしれねェ。話付けて来てやッよ」
マジで!? ヤンキー超良い奴じゃん! やっぱヤンキーって国民的存在だわ。ヤンキーものって定期的にヒット作出てたもんなあ。
「あの様子じゃ、ジームにもう一回召喚させるのも無駄に負担かけそうだしな。次はテメェがオレを呼べ。今から精霊折衝のやり方教えてやッからよ」
ヤダもう至れり尽くせり! 何この人、ご都合主義の化身か何か? 裏がありそうで逆に怖い!
……マジで裏があったらスゲーやだな。いや、普通に考えたらウィスと知り合いって判明した俺を一応監視しとくかみたいな企みがあると考えるべきなんだけど、ヤンキーってそういうんじゃないじゃん。揚げたての天麩羅みたいな人達じゃん? カラッとしてて中身はジューシーみたいな。何でヤンキーのイメージにこんな熱弁振るってるのか自分でも謎だけどさ。
「ンだよ、オレには教わりたくねェのか?」
「いやそんな事ないです! ペドロさん、4649お願いします!」
「おうよ。つーかオレらもうダチだからよ。呼び捨てにしても良いんだぜ?」
「絶対に嫌だね!」
「……お、おう。スゲー全力で拒否しやがッたな……」
ヤンキーへのリスペクトとヤンキーの仲間になるのとは別問題だから。そこはしっかり線引きしとかないと。ギルマスたるもの、反社会的勢力との黒い交際は慎み深くしないとね。
「なんか全然やり取りが理解できないんだけど……男の世界ってやつなのかな」
「違うと思うわ」
話し合いは終わったのか、コレットとティシエラは暇そうにこっちを観戦している。でも介入してくる気はないらしい。
「精霊魔法と精霊折衝の違いは知ッてッか?」
「一応。予め精霊との契約内容を固めた上で呼び出すのが精霊魔法で、一から交渉するのが精霊折衝……だったっけ」
「おうよ。だったら、どうやって精霊を呼び出すのかわかるか?」
そうそう、問題はそれだ。
ウィスの場合は確か、祈るようなポーズで指名する精霊の名前を呼んで、その後発光して精霊が召喚されていた。さっきのジーム爺様はもうちょい簡易化していた気がする。何言っていたのかは全然わからんけど。
「精霊との通信には魔法力が必要なンだけどよ、精霊折衝の場合は最低限の魔法力で十分……なんだけどよ、テメェからはそれすら感じねェな」
「自慢じゃないけどこの街で最低レベルの冒険者だったからなあ。運なんて2だよ2。魔法力も最底辺に決まってるわな。ハハハ」
「マジ自慢になンねェな……つーかここまで魔法力スッカスカな人間なンて普通いねェぞ? どうなッてンだ?」
そんな事言われましても、この身体は元々俺が授かったものじゃないんで……
「確か体力の一部を魔法力に変換するアイテムがあったわ。立場上あまり推奨は出来ないけど」
「あ、それ私も知ってる! 呪いのアイテムを改良して実用化したんだよね?」
「ええ。一応は商業ギルドの認可を得たアイテムだから、恐らく人体に深刻な影響はないと思うわ」
この二人はおかしな事言ってる自覚ないのかな? 君達おかしいよ?
なんだよ一応って。そんなヤバいアイテム承認すんなよ商業ギルドさんよー。
「じゃ、それ買うなり貰うなりすンだな。魔法力があれば後は簡単だ。魔法力を供物にして、精霊折衝を容認してる精霊に呼びかけるだけでいいぜ」
「そのやり方が全然わからないんだけど」
「祈るンだよ。姿勢でもいいし言葉でもいい。『祈り』ッてのは『結い』だ。人間と精霊を繋ぐのはそれしかねェ」
……祈りか。宗教的なイメージが先行してピンと来ないけど、あのウィスがやってたポーズを真似すれば良いのかな。それなら大丈夫そうだ。
「ありがとう。準備が整い次第、実行してみる」
「おう。ちなみにオレはステゴロ上等のバリバリ武闘派だからよ、ボコりたいヤツがいたら呼びな。ただしオレより強ェ奴限定だがな」
何その使い勝手悪過ぎる召喚……心意気は嬉しいけどさ。
「それじゃ、一旦解散しましょう。貴方はジーム様に挨拶してから還るのね?」
「まあな。事情はオレが説明しといてやッからとッとと帰りな。女共がウロウロ出来る時間じゃねェぜ」
ケッ、と吐き捨てるようにそっぽ向きながらこのセリフですよ。このツンデレめ! まさにヤンキーの鑑。どうしよう、ちょっとファンになっちゃいそうだ。
そんなペトロパイセンに頭を下げて、ジーム爺様の家を出る。なお、息子さんとお孫さんは安らかな寝息を立てていた。この家の夜は長そうだ。
「例のアイテム、商業ギルドに問い合わせれば入手できると思うけど……どうかしらね」
帰り道、ティシエラが言葉を濁す。正直、今バングッフさんと顔を合わせるのは気まずい。税金横領の疑惑があるからな……
「だったら、ベリアルザ武器商会の店長さんに聞いてみたらどうかな? 呪いのアイテムに詳しそうだし」
「それだ! 流石コレット、伊達に呪われてないな」
「その件はもう忘れて!」
涙目で訴えてくるコレットに、思わず顔が綻んでしまう。ギルマスになっても変わらないな、こいつは。
「精霊折衝の目処はこれで立ったわね、それで、イリスの件はどうなってるの? あの子を追い詰めた不届き者の調査は進んでる?」
「そんな奴が本当にいるって決まった訳じゃないからな? 一応、一通り事情聴取はしてみたけど、露骨に怪しい奴は……最初から露骨に怪しいから面談の意味なかった」
イリス姉をはじめ、中年オヤジ連中などに失踪の事実をぼかして色々聞いてはみたんだけど……総じて普段通りというか、イリス姉は最初から最後までいつも通り発狂してたし、オヤジ共は毎度の如くイリスの話題になると鼻の下伸ばしていた。逆に言えば、イリスの失踪前後で態度が変わった奴はいない。
「そう。こっちも進展なしよ。書き置きを残す余裕もある事だし、あの子も大人だから、過度に心配するつもりはないけど……」
十分過保護だと思いますけどね。ウチへ派遣した直後に突きつけてきやがった契約書の六箇条、復唱してやろうか?
口が悪くて面倒見が良い……何気にペトロパイセンと似てるんだよな。言ったら殺されるから言わないけど。
「はぁ……次はどんな格好で行けばいいんだろ」
一方、面倒見られる事に定評のあるコレットは半歩遅れて憂鬱そうな顔で歩いていた。次の会議が決定して気が重いらしい。
「そういうのは仕立屋か衣料店で聞けば良いの教えてくれるだろ? 冒険者専門の衣料店とかねーの?」
「……そういうお店、店員さんがグイグイ来るから苦手」
わかる超わかる。元いた世界っつーか日本では、そういうのが客の負担になるって意見が結構普及したから遠慮する店員も増えたけど、この世界ではそんな風潮はまだないらしい。
「ならフレンデリア御嬢様かセバチャスンさんに頼んで一緒に行って貰えば良い」
「それも考えたけど、逆にお店の方が恐縮しそうだし……」
「じゃティシエラ。一緒に行って良い感じのを見繕ってやって」
「過保護極まりないわね……」
何故か白い目で見られて怒涛の一日が終わった。
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