第172話 俺は普通だったのに

 怒涛の一日が終わった次の日は――――また怒涛の一日が待っていた。


「今日の隊長のスケジュールだけど……まず冒険者ギルドへの挨拶。街中の警備を請け負う事になったからその報告ね。次に、街灯の新しい設置区域の調査と視察。午後からは職人ギルドにも挨拶行って、娼館の護衛任務の打ち合わせも……」


 シキさんが言い連ねるその内容は、まるで営業職になったかのような外回りの仕事の数々。元いた世界では、そういう仕事だけは絶対無理だって思って他人と滅多に関わらない警備業務に就いたんだけどな……わからないもんだ。何しろ今は営業や交渉が何一つ苦にならない。


 これは間違いなく年食った事による賜物だ。若い頃は自分自身を出来る奴って思ってたんだよね。だから恥をかく事を恐れて、他人に自分を露呈する事、試される事を極端に拒んでたんだ。今はもう、自分自身にそこまで期待はしていないから恥への恐れもない。


 それに、違う世界で違う肉体を得た今の俺は、俺であって俺じゃないって意識も何処かにある。だから自分が恥をかく事に余り実感が伴わない……ような気がする。わからんけど。


 ともあれ、10年前の俺なら確実に無理だった筈の仕事に対し、今は何ら怖じ気づいてはいない。これは成長なんだろうと思うけど、残念ながら自分以外にそう評価してくれる奴はいない。だから自己肯定感を得るには至らない。単に出来る事が増えたって事実だけが転がっている。


「……っていうか、なんで私がこんな手下みたいな真似しなきゃなんないのさ」


「そこは手下じゃなくて補佐とか秘書とか、他に言い方あるでしょうよ!」


 でもシキさんのご立腹もご尤も。密偵ポジションの彼女に秘書までやらせるのは明らかにミスマッチだ。


 とはいえ、無人城の件をはじめ様々な裏事情に精通しているのはギルド内で彼女だけ。自然と俺の行動理念を把握している唯一のギルド員という事になり、秘書を任せる事が出来る最良の人材って認識になってしまう。


「でも本当、勘弁して欲しいよ。こんな仕事やってたら隊長の愛人なんて噂立てられかねないじゃん」


「あ、そういうの気にするタイプなんだ」


「はあ? 私を何だと思ってんの?」


 いや、異性に対する意識そのものが皆無なのかと……


 でも実際、俺とシキさんが二人きりって確かに淫靡な雰囲気を連想させかねないな。もうちょいカラッとしたタイプに任せた方が良いかもしれない。



「――――という訳で、俺の秘書になってくれない?」


「嫌に決まってんだろブッ殺すぞ☆」


 物凄く良い笑顔でヤメに断られた。まあ、こいつの性格考えたら当然そうなるよな……


 でも困ったな。正直他に秘書適性のある人材が思い浮かばない。オネットさんは言っちゃなんだが脳筋タイプだし、イリス姉は論外だし、ユマはまだ子供だし、ユマ母だとシキさん以上にいかがわしくなるし……


 ぶっちゃけ、最適な人材はいたんだよ。イリスっていう。でも彼女、午前中はソーサラーの仕事優先だったし、何より今は不在だからな……惜しい人材を失ってしまった。


 ちなみに男は全く考えていない。男の秘書? そんなのパンにスイカ乗せて食うくらいあり得ないね。ディノーやマキシムさんみたくド有能でもノーだ。


 とはいえ、スケジュール管理を一人だけで行うのは怖い。スマホやパソコンでタスク管理ツールでも活用できるのならまだしも、この世界はオールアナログだから記憶力頼り。万が一、仕事に穴を開けようものなら信頼を一気に失ってしまう。この時期にそれは致命的だ。


 でも秘書を新たに雇うような金はない。幾ら新しい仕事をゲットしたとはいっても、まだまだ借金は残っている。支払期限の冬期近月30日まで、後57日しかない。いつの間にか2ヶ月切ってやがる。万が一間に合わなかったなんて事になったら、何されるかわかったもんじゃない。ヒーラーのヤバさは嫌ってほど味わったからな……


「そういう事情だから、頼むよヤメ。別に補佐役みたいにキッチリじゃなくていいから、俺の仕事を把握しつつ、スケジュール確認に付き合ってくれるだけで構わないから」


「はぁ……ったく、しゃーねーな。んじゃシキちゃん同席OK朝から酒盛りOKシキちゃんの眼球ナメOKならやってやっけど」


「許可できる訳ねーだろアホか! 俺がシキさんに殺されるだろうが!」


「ちぇーっ。じゃー最初のだけで我慢してやるよ。シキちゃんと毎日顔合わせる大義名分欲しかったしー」


 相変わらずシキさん大好きだなこいつ。でも、それくらいなら何とかなるかな……



「嫌」



 ならなかった。


 でもその後、ヤメが独自に説得を試みたらしく、最終的にはシキさんが折れる形で決着した。何が決め手だったのかは謎だが……


 そんなこんなで、イリスの抜けた我がアインシュレイル城下町ギルドの新体制がほぼ固まった。


 娼婦の護衛はこれまで担当していた面々が続投。ただし女帝から名指しで一人だけチェンジして欲しいって要望が入っている。苦情ってほどじゃないが……


「ポラギさん、申し訳ありませんが次回から違う仕事を担当して貰えますか?」


「……だろうなあ。身が入ってないってバレバレだったかあ」


 心ここにあらず、って顔で事実上の更迭をポラギはしみじみ受け入れていた。


 あれだけ娼婦護衛に前のめりだった人が、今となっては抜け殻状態。目当てのイリスがいなくなったから……って訳じゃない。寧ろそれが原因で他の中年オヤジ共は娼婦との一時に情熱の全てを注いでいるくらいだ。


 彼の場合は……


「未だにマイザーの事が忘れられないんですね?」


 正直、あんまり話したくないし聞きたくもない話題だけに、気持ちが入らない。でも困った事に、ポラギは心臓を射貫かれたかのように身体を仰け反らせていた。何か懐いわー。イナバウアーだっけあれ。若しくはマトリックス。たまに地上波でやってたけど、結局一度も観なかったな。


「なあボス……俺、どうしちまったのかなあ。奴のせいで……俺は…俺は普通だったのに…奴のせいで今大変なんだから」


「……」 


「なんとかしてくれよ」


「知らんがな」


 息遣いの荒いポラギとの面会はこれで切り上げた。出来れば縁も切りたかったが、ギルド員をクビにする余裕はウチにはない。また一人変態が増えてしまった。困ったもんだ。


 そのポラギを含め、力自慢の面々は優先的に街灯設置に回し、比較的まともなギルド員で街の警備を行って貰う事となった。


 これまでは、冒険者ギルドをはじめ各ギルドが持ち回りで警邏担当を決めていたけど、これからは俺達がその役目を全て担う事になる。とはいえ、平和なのを前提に形骸化していた見回りとは違って、今は本当にトラブルの未然回避が重要な状況。ガチ中のガチでやらないといけない。


 城下町は決して広くはないが、一人や二人で丸一日巡回できるほど狭くもない。そこで三人一組で三つチームを組み、日中と夜間でローテーションを組んで貰う事にした。よって三日に一日は休める事になる。そこに他の仕事を入れるか全休にするかは個人の自由だ。


 各チームにはそれぞれリーダーを配置。ディノー、オネットさん、そして……俺だ。他ギルドとの合同だったヒーラー対策チームの時とは違って、今回は自前で全員用意しなくちゃならないからな。人材不足は否めないが仕方ない。


 そして今日の日中担当はウチのチーム。俺以外のメンツはと言うと……


「任せとけってぇ……ヲレ、人を見分けるの超得意なんだぁ……特に好みの子を見つけるのはさぁ……あはァ……」


 一人はロリコンのド変態青年グラコロ。困った事に警邏適性は確かにあるから選ばざるを得なかった。


 そして、もう一人は――――


「初めての経験なので、上手く出来る自信はありませんが、頑張ります」


 イリスの代役としてソーサラーギルドから派遣された、サクアって女性だ。別に今更見張り役なんて要らないだろうという俺の訴えを、ティシエラは頑なに拒んだ。俺が信用できないんじゃなく、イリスに本来任せる筈だった仕事を彼女にやらせてという気遣いで。


 まあ、人材は一人でも多いに越した事はない。優秀なソーサラーだって言うし、働きぶりに期待しよう。


「では、私は南西の担当ですので、そちらへ向かいます」


「いやそっち北東」


「えっ!? なんで!? 何のトラップ!?」


 単に方向音痴なだけでは……にしても真逆の方に迷いなく行こうとするかね。森の中とかならまだしも街中だぞ? どんな方向感覚なんだ……

 

 以前、合同チームを組んでいたマキシムさんから報告は受けていたけど……成程、聞きしに勝るポンコツぶり。見た目は超有能そうな知的美人タイプなのに。


 ともあれ、ここからは三手に分かれての巡回になる。そして俺はこの時間を利用して、ベリアルザ武器商会に赴く予定を組んでいた。理由は勿論、先日話に出ていた精霊折衝の為のアイテム―――体力の一部を魔法力に変換できるという元呪いの道具について御主人に聞く為だ。


 あとルウェリアさんの様子も窺っておきたい。選挙後、特に何も問題はなさそうだけど、あの自我を失った状態はやっぱ気になるし。


 御主人があの件について話してくれるのを願って、意気揚々とかつての職場に向かい――――建物が見えて来たところで思わず凍り付く。


 そこには先客がいた。


 ただし武器屋の客という意味じゃない。ここの住民に用があるという意味での先客だ。


 シックな出で立ちのあの連中は……商業ギルドのチンピラ共! 最初にバングッフさんと会った時も、確か奴らを連れてここに来たんだっけ。


 って事は当然、バングッフさんも来てるよな。よりによって今一番会いたくない人と遭遇してしまった。正直、どんな顔して相対したら良いのかわからないんだよな……


 とはいえ、彼が何しにベリアルザ武器商会を訪ねて来たのかは気になる。なるべく平静を装って近付くしかないな。


 でも――――


「悪ぃな、今取り込み中だ」


 案の定、店の周囲に待機しているチンピラの目に留まってしまった。


 さて、どうしようか……仕方ない。多少反則技だけどアレでいこう。


「ヒーラーのメデオとマイザーがこの辺に出没したらしい。見かけなかったか?」


「ウッソだろマジかよ!!」


 一瞬でヤクザ共が散っていった。効果覿面にもほどがある。あんな連中とまた敵対するかもしれないって考えると、上手くは行ったけど全然嬉しくないな……


 まあ今それを考えても仕方ない。店の中に入ろう。



「いつまでも隠し通せるものじゃねえだろ? それはアンタが一番よくわかってる筈だ」



 ……っと。今のはバングッフさんの声だ。責めるような物言いだけど、声を荒げてるってほどじゃない。


 一体何を――――



「悪いようにはしねぇ。そろそろ王女殿下と話をさせてくれや」



 ……はい?


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