第355話 グランドパーティ

 こんな俺でも心の中にピュアな部分ってのはあって、それは多分子供の頃に色々夢見たり思い描いたりした空想の欠片が断片化したデータのように蓄積されているんだろう。


 その所為で、未だに目の前のロバを受け入れられない自分がいる。とはいえ、ロバが妙に愛嬌あって可愛いのも事実。もう少し時間を貰えたら受け入れられるかもしれない。


 でも今は……


「……ん?」


 なんか俺、浮かんでる? え、なんで?


「ペガサスは誇り高き精霊なんだ。自分の背に人間を乗せはしない。周囲の人間を浮遊させ、目的地まで運んでくれるんだ」


 そう説明するウィスも、そしてベルドラックも浮き始めた。


 って事は、このまま……


「行っくよ~!」


 いやちょっと待っ――――うわわわわわわわああああああああああーーーーーーーーー!!!


「はい到着~!」


 わぁーーーーおぅえっうっなっ何!? 何が起こった!?


 ……一旦落ち着け。胃酸逆流してるけど取り敢えず冷静になるんだ。


 急に景色がブワッと消えたかと思うと、物凄い勢いで流れていった。って事は今のが『高速移動』だったのか。けど、その割に空気抵抗があんまり感じられなかったな。浮遊させるだけじゃなくて、バリアみたいな便利機能も付加してくれてるんだろうか。だったら体内も守って欲しかった。


 何にしても、目的地には無事着いたらしい。だったらここは――――


「……貴方も来たの?」


 やっぱりソーサラーギルドか。


 二人が元グランドパーティの仲間と強く推察される状況から、先約の人物がティシエラなのは予想が付いた。ティシエラもそのパーティの一員だったらしいし。


「ヒーラー国が滅んだって聞いて、居ても立ってもいられなくてさ」


「……そうね。貴方にとっても無関係ではないものね」


 俺としては借金返済の相手の安否が一番気になるところだけど、ティシエラが思い浮かべているのは一緒にヒーラーを倒した時の光景なんだろう。実際、奴等が国を興すきっかけを作ったのは俺達と言っても過言じゃないから、関係は大アリだ。


「このメンバーでヒーラー国に向かう。異論はないな?」


 そう問うウィスに対し、ティシエラは瞑目して暫く押し黙った。


 さっきの発言を踏まえれば、俺が場違いって思ってる訳じゃなさそうだ。となると、気になってるのはベルドラックの存在か。


 奴がどうして今回の件に首を突っ込んでいるのかも正直よくわからない。旧知の仲っぽいティシエラは尚の事、奇妙に思っているのかもな。


「……わかったわ。行きましょう」


 それでも結局ティシエラは異論を挟む事はなく、四人でヒーラー国に行く事が決まった。


 にしても……


「ペガサスって凄い精霊だったんだな。ウチのギルドからここまでって結構距離あるのに、移動時間ほぼ一瞬だったよな」


「えっなんて?」


 ……いや聞こえてただろロバサスちゃんよ。耳ピクピク動いてんぞ。まあ褒め言葉くらい幾らでも言うけど。


「ペガサスの凄さってのを思い知らされたよ。この移動力は羨ましいな。一日に何度も行き来できるの?」


「えー人数によるかなー? 一人だけならこの街を50周くらい出来るよ。でも四人だと5周が限度かなー」


 成程、同行する人間の数が多いほど移動可能距離が小さくなる訳か。まあ恐らくマギを消費して高速移動しているんだろうから、当然っちゃ当然だよな。


「ねえねえ聞いた? ウィス聞いた? 私凄いって! ウィス最近全然そういう事言わなくなったよね。もっと私を褒めないと、この正直な人間に乗り換えるかもよー?」


「いや……それは困るな」


 ウィスは本当に困っている様子で、こっちに『あんまり余計な事は言わないでくれ』って表情をしてきた。


 そうか……これが寝取りってやつか。また一つ業が深くなってしまった。


「行くならとっとと行こうぜ。これ以上時間食ってたらあっという間に暗くなっちまう」


「ああ。ペガサス、次はヒーラー国のある地点だ。場所はティシエラから聞いてある。具体的には――――」


 ベルドラックに促されたウィスは地図を広げ、ペガサスにヒーラー国のある地点を教えていた。割と斬新な光景だ。


 遠目から地図を見る限り、この城下町からそれほど極端には離れていないみたいだ。徒歩でも二日かければ行ける距離かな?


 まあ、連中の目的はよくわからなかったけど、この街にちょっかい出そうとしていたのは間違いないから近場に国を興すのは当然か。


 それに、国なんて一朝一夕で作れる訳がない。恐らく、近隣の街か集落を乗っ取るような形で独立国家を謳っていたんだろう。それも行けばわかる事だ。


「えーっと、方角はあっちで……」


「違う違う。こっちだ」


「距離は……んーと……」


「そうじゃない! もっと近くて――――」


 ……なんか揉めてんな。意思の疎通が上手く行ってないのか?


「相変わらず、ペガサスとは相性悪いのね」


「子供は苦手だからな。俺もウィスも」


 あ、なんか同窓会みたいなノリでティシエラとベルドラックが喋ってる。こういうのって必要以上に疎外感がクるよね。昔だったら心がすぐ折れて、虚空やペットボトルの注意書きを凝視して透明人間化するしか術がなかった。


「俺以外の三人はグランドパーティのメンバーなんだよな。付き合い長いの?」


 でも今の俺は一味違う。トークスキルは大分磨いて来てるからな。強さや権力よりそういう所ばっかり成長するのもどうかと思うけど……


「そうでもないわね。結局、魔王討伐に向かう直前にパーティは解散したから」


「え……なんで?」

 

「それは――――」


「俺がビビっちまったのさ。その所為でパーティ内の人間関係が破綻して、空中分解って訳だ」


 ティシエラの言葉を遮ってまで告げたベルドラックの今の言葉……明らかに嘘だな。とてもビビるようなタイプに見えないし。


 ティシエラを庇ったのか? でも、その割にティシエラの反応が薄い。ティシエラの性格上、心ならずも庇われたら不快感を言葉で示す筈。黙って庇われるような奴じゃない。


 なんとなく雰囲気でわかる。俺には言えない事情があるんだろう。ミエミエの嘘をついてまで隠す必要があるくらいには。


 正直モヤるけど、部外者の俺が安易に立ち入って良い話でもなさそうだ。ここは引こう。


「そっか。色々大変だったんだな」


「……ええ」


 ティシエラも俺の意図は瞬時に理解したみたいで、複雑な表情で目を逸らした。


 気まずい……話題変えよう。


「それより、ヒーラー国が滅んだって本当かな。ちょっと信じられないんだけど」


「私も半信半疑よ。ヒーラー国は常に監視させていたけど、今回の報告はどうも人伝みたいで確証がないのよね」


 って事は、その監視役も記録子さんから話を聞いて慌てて戻って来た可能性が高いな。


 まあ……記録子さんのレポートは基本正確だったし、疑う理由は今のところない。とはいえ、あのヒーラー連中が簡単に滅びるようなタマじゃないのも確かだ。


「本当に滅ぼされたのなら、魔王軍に侵略されたと見るべきだな。人間が奴等に寄りつくとも思えねぇ」


 ベルドラックの見解に同意せざるを得ない。あんな連中が作った国なんて、ほぼ地獄と同じだ。地獄に自分から近付く人間はいない。


 けど、この周辺のモンスターにヒーラー共が後れを取るのも想像できない。仮に多少やられても回復魔法ですぐ全快できるし。寧ろ蹂躙する側の方が遥かにしっくりくる。


 もしあんな化物共が本当に滅ぼされてしまったとしたら……それこそ魔王軍の主力部隊や特戦隊的なエリート集団の仕業だろう。となると、俺達がこれから行く場所にはそんな強敵が待ち構えているかもしれない訳だ。


 俺はともかく、レベル69の冒険者と最強のソーサラーと上級精霊使いがいるこのパーティなら十分対抗できるとは思う。でも出来れば誤報であって欲しい。あのヒーラー共を全滅させるとか……


 想像するだけで偉業過ぎる。とても敵対心なんて持てねぇよ。尊敬しかない。


「……何か変な事考えてない?」


「いや別に。お構いなく――――っと」


 どうやらロバサスがようやくヒーラー国の場所を理解できたらしい。こっちが身構える暇もなく、気付いたら全員が宙に浮かんでいた。


 さっきと同じ感覚なら、あっという間に目的へ着くだろう。その時に、一体どんな光景が広がるのか――――


「そーーーーれっ!」


 ……っ!


 さっきよりも移動時間が長い。今度はさすがに一瞬って訳にはいかないか。


 景色が異常なスピードで切り替わっていく。原形を留めてないから、眺めていると気持ち悪くなってくるな。目を瞑っておこう。


 ……まだか? まだ着かないのか?


 幾ら視界を閉ざしていても、奇妙な感覚に襲われるのは変わりない。エレベーターに長時間乗っているような……それを遥かに気持ち悪くしたような感じだ。


 いい加減、具合悪くなって来た。頼むから早く着いてくれ――――



「はい到着~」



 ……ふぅ。助かった。


 つっても安堵してる暇はない。目を開ければ、そこには滅びたヒーラー国が広がっているんだろう。


 正直、ちょっと見るのは怖い。この世界に来てからそれなりに危険をかいくぐってはきたけど、人間が大勢死んでいる場面なんて遭遇した事ないからな……


 それでも、ここまで来てビビり倒してても仕方ない。新米刑事が事件現場に来た時のお約束みたいになりそうだけど、ここは思い切って目を開けるしか――――


「……何これ。どうなってるの?」


 ちょっとティシエラさん早いって! 恐怖心を煽るような事を先に言わないで下さい! 当方グロ耐性ないんすよ!


 でも……今の反応だと、ヒーラー達の死体が転がっているって感じじゃなさそうだ。ティシエラもそういう光景を想像していただろうし、寧ろ予想外の状況だった事に戸惑っているみたいだった。


 だったら、目を開けても大丈夫かな……


「こいつは弱ったな。見るんじゃなかったぜ」


 ベゥドォワァーーーーーーッ!? 余計な事言うな生首が転がってるような絵を想像しちゃうだろ!


「想定していた状況よりも遥かに……面倒な事になってそうだな」


 ウィルまでそんな不穏な事を……これもう最悪、焼き討ちされてあちこちから煙が上がっているくらいの事になってるかも……


 あーもう埒明かない。埒が明くよりで目を開けろ!


「……?」


 最初に視界に飛び込んできたのは――――光。


 その光が薄まり、やがて輪郭を帯びた光景になっていく。


 そこには……



 湯気が上がっていた。



「……湯気?」


 一瞬煙かと思ったけど、それにしては白過ぎる。黒煙とまでは言わなくても、木や金属が燃えれば灰色の煙になる筈だ。これだけ白いとなると、ほぼ水蒸気以外考えられない。


 つまり湯気。


 いや、訳わかんないんだけど。


「取り敢えず中に入りましょう。とても壊滅しているようには見えないけど」


 狼狽えつつも、ティシエラは先へと進む。それにウィスとベルドラックもついていく。俺も続こう。


 ヒーラー国と名乗っている割に、辿り着いたそこは村のような集落。街と言えるほど建物はないし、見える建造物は殆ど民家だ。元々ここにあった集落をヒーラー達が乗っ取ったか買い取ったのかもしれない。


 一応、ここまでは想定通り。この集落を『国』と見なし、独立国家だと主張するつもりだったんだろう。その証拠に、集落の入り口に温泉郷【ヒーラーの湯】って表記の看板がデカデカと書いてある。



 ……温泉?



 あれ!? 国じゃないぞ!? 温泉って書いてある!



「……訳がわからないな。一体何が起こってるんだ?」


 ウィスの困惑の声に応える奴は誰もいない。そりゃそうだ。みんなその答えを欲しがってるに決まってる。


 ロバサスが場所を間違えたのかと一瞬思ったけど『ヒーラーの湯』って書いてるんだよな……って事は、ヒーラーの溜まり場なのは間違いない訳で。


 ……だったら、何故に温泉?


「考えられるのは……」


 具合の悪そうな顔で、ティシエラが仮説を立てようとしている。気持ちはわかる。俺もさっきから目眩が収まらない。


「国を興す上で、回復魔法や蘇生魔法以外の『癒やし』を求めたんじゃないかしら。ヒーラーの国に相応しい……特徴? 何か、そういうのを」 


 ティシエラの説明が明らかに精彩を欠いている……そんな反疑問系で喋るタイプじゃないだろ。


 でも、言ってる事はわからなくはない。ヒーラー活動の一環として『人間の心身を癒やす』ってのを掲げるのなら、温泉は確かに有効だ。


 ただ――――


「ここが元々温泉街だったんなら、その話も納得できなくはねぇよ。温泉を売りにする為にここを支配した、ってんならな。けど、何処をどう見ても普通の村だぜ?」


 ベルドラックの言う通りだ。とても温泉で栄えていた村には見えない。観光地としての要素は皆無だ。この変に温泉で有名な村がある……なんて話も聞いた事がない。


「取り敢えず湯気の見える方へ行ってみよう。そこに何か手掛かりがあるだろ」


 俺の言葉に、三人が同時に頷く。状況が状況だけにそれぞれの個性も死んでいる。


「……」


 あと、会話も少ない。まあこれは仕方ないか。歩いている最中にも油断は禁物だ。ここが滅亡したヒーラー国かどうかは未だ不明だけど、ヒーラーがいたのは間違いなさそうだしな。


「見れば見るほど普通の村だな」


 ウィスの発言に思わず頷いてしまうくらい、村としか表現しようのない光景が前後左右に広がっている。民家は何処も庭が広くて、家と家の間が十数メートルは空いている。人口密度はかなり低そうだ。


 ただ、それにしたって人気がなさ過ぎる。まだ一人の通行人ともすれ違っていない。これは異様だ。


 やっぱり滅ぼされたってのは本当なのか?


 それとも……


「お。何かあるみたいだ」


 相当目が良いのか、俺の視界にはまだ入っていない何かをウィスが発見した。





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