第354話 ロバサス

 ……驚いた。


 来客が例のヒーラーとは違う人物だった事――――じゃない。その来訪者が、ウチのギルドに来る事を全く想定していなかった連中だったからだ。


 しかも、二人とも。


 そして何より、その組み合わせも意外だった。


「よう。邪魔するぜ」


 ベルドラック……レベル69の冒険者。何度か言葉を交わしてはいるけど、決して親しくはない。寧ろ人を寄せ付けないタイプって印象だった。


 そして、最初に玄関の扉を開けたのは――――


「やあ。冒険者ギルドの選挙の日以来だな。元気だった?」


「あ、ああ……」


 精霊使いのウィス。


 まさか、この人と再会する事になるとはな……確か各地にあるアーティファクトの定期点検を仕事にしてるって話だったし。もうとっくに違う地方に向かっていたとばかり……


「ベルドラック……?」


 背後にいたシキさんが怪訝そうな声をあげる。そう言えばシキさんの体にお邪魔してた時、二人がバッタリ会って掴み所のない話をしていたな。


 あの時もイマイチわからなかったけど……一体どういう関係なんだ?


「おう。前に話した時よりも元気そうじゃねぇか。何よりだ」


「……何しに来たの?」


 シキさんはしかめっ面を隠しもしない。あの時もそうだった。照れ隠しとかじゃなく本心からそんな感じを出していた。客観的視点だったらわからない感情の機微も、彼女の内側にいた事で感覚的にわかる。声にしたらキモいと思われそうだから言えないけど。


 正直、ちょっと不可解だ。


 このベルドラックって男はどうしてこうも周囲の人々から煙たがられるのか。そりゃ表彰式を勝手に欠席したり、常に辛気臭い雰囲気を纏っていたりと、なんとなく好かれない理由はわかる。でも、万人に嫌われるような人物とは思えない。少なくとも俺は、選挙の時にコレットを人知れず助けてくれた事もあって悪感情は抱いてない。ティシエラもシキさんも何がそんなに気に食わないんだろう……


「俺は別に何もねぇよ。ウィスの野郎がついて来いって言ったから来ただけだ」


「相変わらずね。のらりくらりと……」


 あ、そうだ。俺も一個だけ気に食わない所があった。


 意味深な会話ばっかりしてきて、具体性が伴わない所は確かにイラっとする……かもしれない。でも、それだけで冒険者から白眼視されるのも妙な話だ。あそこには他にも変な奴等が幾らでもいそうだけどな。


「ベルドとはさっき偶然会ってな。このギルドの場所がわからなかったから、案内して貰ったんだ」


「……そっか。用件は?」


 わざわざウチのギルドに足を運んだくらいだ。何かあるんだろう。


 例えば……護衛を頼みたい、とか?


 でもそれなら冒険者ギルド一択だよな。ディノーやオネットさんがいるとはいえ、わざわざウチに頼むとも思えない。


 一体、何をしに――――


「一先ず、おめでとう。よくここまで辿り着いたよ」


 ……なんだ? 何に対しての祝いの言葉だ?


 借金完済の事だろうか。でも、それを何故この人が知ってる? 一度会ったっきりで特にプライベートな話なんてしていない、殆ど他人のような関係性なのに……


「ああ、悪い。混乱させたか。実は旅の途中、記録子って名乗る変な人に会ってさ。彼女にお前さんの現状を聞いたんだ」


 ……そういう事か。あの人なら俺のプライバシーくらい余裕で侵害してそうだもんな。なら納得だ。いや納得は出来ないけど。


「そうそう。ついでに伝言を頼まれたんだった」


「記録子さんに?」


「ああ。そのまま伝えるよ」


 記録子さんが俺に何を伝えるって言うんだ……? そもそもあの人、ここにやり残した事があるって言ってなかったっけ。何でこの街にいるのに旅人に言伝を頼むんだろう……



「ヒーラー国が壊滅した」



 …………え?


「この街のラヴィヴィオってヒーラーギルドが独立国家を作ったらしいが、その国が滅びたらしい。それを伝えて欲しいと」


「いや、ちょっ! え? マジで!?」


「生憎、詳しい事情は知らないんだ。その場にいた訳じゃないしな。俺はただ、この事をお前さんに伝えろと言われただけなんだ」


 余りにも突然の事態過ぎて全く理解が追い付かない。


 ヒーラー国が……滅んだ?


 壊滅って言葉を使うくらいだ。全滅、若しくはそれに限りなく近い状態って事だよな。


 奴等の主力部隊と思われるラヴィヴィオ四天王やメデオ、それに元ギルマスのハウクは俺達(主にマッチョトレイン)が撃退して牢獄にブチ込んでるから、戦力が大幅にダウンしているのは間違いない。


 それでも、回復魔法を生業として蘇生魔法も操るクレイジーな集団が全滅するなんて……ちょっと想像できない。


「何かそれ以外の話は聞いてないか? 誰が滅ぼしたとか、誰が生き残ってるとか」


「……」


 ウィスは沈黙したまま首を横に振る。本当に最小限の情報しか聞いていないらしい。


 彼がこんな嘘を俺に吐くメリットなんてないだろう。たまたま一度街中で接点があったとはいえ、本来俺とは関わりのない人間だ。


 記録子さんが俺を騙す理由も同様。そこまで疑ってたらキリがない。でも、思わず真偽を確かめたくなるくらいにはショッキングな話だ。


「正直、俺も信じられない。ラヴィヴィオのヒーラーの生命力はあの鬼嫁グリズリー以上だと思っていたからな。壊滅なんて想像もつかない」


 数百年は生きると言われているあの伝説の鬼嫁グリズリー以上か……実際、何処にでも湧いてきそうな連中だからな。一人見かけたら100人はいそうだし。


 そんな奴等がどうして壊滅なんて……


 それに、記録子さんはどういう意図でウィスに言伝を頼んだんだ? 五大ギルドのギルマスならまだしも、俺に伝えてどうなるってんだ?


 サッパリわからない。


「なー。ヒーラーのお里が滅んだってんならさ、ギーマに借金背負わせたヒーラーも……」


「……」


 ヤメの指摘通り、無事って事はないだろう。もうこの世にいないかもしれない。


 だとしたら……俺はどうすれば良いんだ?


 借金した相手がいなくなったのなら、返す相手もいない訳で……


 でも、そんなんでスッキリ出来るか?


 出来る訳がない。なんの為に、ギルド員のみんなに力を借りて今日まで頑張ってきたんだ。今日、借金を完済して自由の身になる為だろ? このままじゃ宙ぶらりんもいいトコだ。


「確かめるしかないんじゃない? 直接、その国があった所に行って」


 シキさんが、言葉で背中を押してくれる。


 俺もそれしかないと思う。ただもう日は暮れて夜になろうとしている時間帯。フィールド上に出るのは危険過ぎる。


 それに、場所を知っていそうなコレーはもう今日は喚び出せない。日を改めて明日、行くしかないか。


 けど……明日はギルドのみんなで打ち上げをする予定だ。せっかくみんな楽しみにしてくれているのに、水を差すのはちょっとな……


 それに、このモヤモヤを抱えたまま今日を終えたくない。それなりに大変な思いをして、ようやく辿り着いた今日なんだ。就寝する時には心からスッキリして棺桶に入りたい。


 出来れば今日中に何もかもカタを付けたい。


 けど、そもそもヒーラー国の場所を知らないんだよな。知ってそうなコレーはもう喚び出せないし……


「ヒーラー国に行きたいのなら、ついてくるかい?」


「え……場所知ってるの?」


「既に先約がいてね。一刻も早くヒーラー国の状況を確認したいそうだ。俺、高速移動が可能な精霊と契約してるから、それで頼まれてるんだよ」


 成程。恐らく女帝か五大ギルドのギルマスの誰かだな。ヒーラー国の場所を知ってるって事は後者か。


「そういう事なら、お願いしても良いかな」


「了解。ベルド、悪いがお前もついて来てくれ」


「お前な……」


 こっちは予定になかったのか、ベルドラックは露骨に嫌そうな顔を浮かべている。こんな顔もするんだな。ちょっと意外かもしれない。もっと朴念仁かと思ってた。


「大丈夫。これくらいなら影響はない」


「……わーったよ。んじゃ、行きますか」


 今一つ何が言いたいのかわからないやり取りを経て、ベルドラックは先にギルドを出ていった。相変わらずあの男が絡むと意味深な会話になるんだな。


「それじゃ、トモ。早速――――」


「私も行く」


 ウィスの言葉を遮るように、シキさんが名乗り出てきた。


 正直、シキさんが一緒に来てくれると心強いのは確かだ。でも……


「ダメダメ。シキちゃんはギーマが不在の時にここを守るのがお仕事。だからこれを渡したんよな?」 


 ヤメが合鍵を指で器用にクルクル回しながら、決して笑っていない目で訴えてくる。


 否定したら殺す――――と。


 こ、こいつ……留守番って名目でシキさんと二人きりになる気満々じゃねーか! なんて抜け目のない奴……


 とはいえ、ヤメの言ってる事は正論だ。こういう時にギルドにいて貰う為に、シキさんに鍵を渡した。ここは拠点であり根城。俺が遠出する時には、信頼の置ける人を配置したい。


「シキさん、悪いけど残って貰える? 溜めたお金は全額俺の部屋に置いてあるから、もしヒーラーの借金取りが来たら返しておいて」


 本当にヒーラー国が滅んでいるのなら、俺から回復料を回収しようとしているあのヒーラーが訪ねて来る事はないだろう。でもまだ確定した訳じゃない。万が一、行き違いになって借金を貸せないまま今日が過ぎたらシャレにならない。


「……私とヤメが、その金を盗って逃亡するとか考えないの?」


「自分トコのギルド員をそんな目で見てたら仕事にならないって」


 そんな発想が出て来るところも、暗殺者ってよりシーフなんだよなあ。ま、根っからのシーフならこんな事わざわざ口に出さないんだけど。


「どの道、人数制限で連れて行けるのはトモだけだ。精霊も万能じゃないからな」


 ウィスの発言を受け『だったら仕方ない』って顔でシキさんは引き下がった。でも、ついて来ようとしてくれたのは嬉しかったな。後でお礼言っとこ。


「イヒヒ……」


 ……ヤメと合法的に二人きりにするのがちょっと不安だけど。こいつガチでやらかしそうで怖いんだよな……


「シキさん。ヤメに変な事されそうになったら最悪殺人までは許可するから。幸いここには棺桶もあるし」


「わかった」


「おいおい冗談やめろよなー。でも、シキちゃんの初めての人になれるのなら本望かも……ヒヒ……」


 変態だーーーー!!!!


 ま、まあ多分大丈夫だろう。ヤメだってシキさんに嫌われるような事はしないだろうし。


「ウィス。移動時間はどれくらいかかるのかな」


「すぐ付くよ。優秀な精霊だから」


 だったら、それほど待たせる事にはならないか。ちょっと安心。


「んじゃ、ちゃちゃっと行ってくる。保存食は好きに食べて良いから」


 シキさんとヤメに一旦別れを告げ、ウィスと共に外へ出る。まだ完全に日は落ちてないから、今のうちに行けば確認は問題なく出来そうだ。


 交易祭が終わった直後だからか、人通りはいつもより少ない。あんまり味わった事なかったけど……これが祭りの後の寂しさってやつか。


「それで、先約ってのは……」


「ああ。今から待ち合わせの場所へ向かうから、すぐにわかるよ」


 ……勿体振る必要ある?


 思わずベルドラックの方に目を向けると、呆れたような顔で肩を竦めていた。どうやらウィスはこういう性格らしい。


 にしても、今まで見てきたベルドラックとは明らかに様子が違う。今日は張り詰めたような空気が一切感じられない。普通の兄ちゃんって感じだ。


「二人は付き合い長いの?」


「ん? ああ……それなりにな」


「俺とベルドラックは昔パーティを組んでいた時期があったんだ」


 へ?


 それって……ウィスもグランドパーティの一員だったって事?


 でも確かに、高位の精霊を喚び出せる彼ならティシエラやベルドラックと並んでも違和感はない。魔王討伐の戦力としても、きっと申し分ないだろうし。


 って事は、先約の人物って――――


「これより精霊折衝を執り行う。ペガサスを指名」

 

 えっペガサス!? ペガサスこの世界にいたんだ! ヤバい、急に興奮して来た!


 ペガサス……それはファンタジー世界が好きな奴にとって夢の存在。白馬に翼が生えているだけなのに、どうしてこうも心が躍るのか。

 

 おっ、馬っぽい輪郭が滲んで来た。さすがペガサス、登場の仕方もファンタジックでかっちょええ。


 そうか。このペガサスに今から乗れるのか。なんかメチャクチャ得した気分だな。なんだったら金払っても良い。ジェットコースターより遥かに価値があるからな。



 さあ、その美しい姿を俺にとくと見せてくれ!



「ヒーホーヒーホー」



 ……。



「ロバじゃん!!」


 想像してたのと全っっっ然違う! ちっちゃいし耳長っ! あと羽短っ! ペガサスの羽ってもっとこう、ブワってしてなきゃ! なにこのピヨピヨ感! これ飛べるの!?


「ロバ……? 今、私にロバって言った……?」


 あっ、普通に人語がわかる上に話せるのかこのロバサス。知能は相当高そうだ。


「ロバじゃないもん! ペガサスだもん! 羽生えてるもん!」


 えぇぇ……この世界のペガサスってこんななの? 神秘的で神聖な生き物ってイメージだったのに、姿も声も言葉遣いも魔法少女のマスコットそのものじゃん……


「なんでよぉぉぉぉぉぉ! ロバじゃないのに! ペガサスなのに! どおおおしてそんな事言われなきゃいけないのお!?」


「あ、いや……気分を害したのなら済まない。彼はペガサスを見た事がなかったから驚いただけなんだ。そうだよな? トモ」


 そう言えば、精霊召喚じゃなくて精霊折衝の方だったな。俺と同じでその都度交渉が必要だから、ここでロバサスの気分を害したらヒーラーの国に行けなくなる。ここは素直に謝ろう。


「大変申し訳ない。実は10日ほど寝てなくて視力が死んでたんだ。良く見たらペガサス中のペガサスだった」


「なあんだビックリしたあ。そうでしょ? ってゆうか今のいーね。ペガサス中のペガサス。それいい! 私今日から自分のキャッチコピーそれにする!」


 知能低くて助かった……所詮は畜生よ。


 にしても、この世界のペガサスがまさか羽付きロバとは……明らかに二人くらいしか乗れなさそうなサイズだけど、俺乗せて貰えるんだろうか? それとも何往復かするのかな。


「機嫌を直してくれて助かったよ。悪いけど俺達をソーサラーギルドの入り口まで連れて行ってくれ」


「いーよー?」


 すっかり上機嫌になったらしく、ロバサスは短いその羽をパタパタさせていた。



 うーん……





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