第353話 脅し文句が人外なんよ
しんみりしている俺に、ヤメが腕組みしながら半眼で睨んでくる。
うーん。芸術点の低いジト目だ……なんつーか、ジト目って軽い嘲りを感じるくらいが丁度良いんだけど、これは良くない圧を感じる。率直に怖い。
「んで、ギーマ。借金取りはいつ来んの?」
えぇぇ……なんで一文字増やしたの? つーか何そのラスボスとフルスイング魔人を融合したような呼び方。全ての攻撃の殺傷力が高過ぎてラスダン全部ブッ壊しそう。
とはいえ、今のヤメに殺気は感じない。スゲー抑えてる感じだ。それが寧ろ怖い。
「事前連絡とか一切ないから、わかんないんだよな。つーか、みんなそれ待つ為にここに残ってたの?」
「そそ。あ、そういやシレクス家からの報酬、ちゃんと満額だったんか?」
ヤメのその言葉に、各自ワイワイやっていたギルド員達が急に黙り込んでこっちを注視し始めた。みんな何気に借金のこと気に掛けてくれてたんだな。ちょっと嬉しいかも。
「おう、バッチリ。なんならちょこっと色付けて貰った。その分はみんなで山分けな」
おおー、と歓声があがる。みんな嬉しそうだな。ちょっと意外だ。
この街の住民は大抵裕福だし、ウチのギルド員の中にもイリス姉みたく生活費を稼ぐ為に所属している人間は少ない。ここに辿り着くまでの冒険で荒稼ぎしている連中が大半だからな。
それでも、皆で頑張って勝ち得た追加報酬に価値を見出してくれている。それが俺も嬉しい。
「今回の報酬で、借金を完済できる金額が溜まった。みんなのおかげだ。本当にありがとう」
自然に感謝の気持ちがこみあげて、頭を下げる。
もしかしたら、この世界のギルマスがすべき振る舞いじゃないのかもしれない。謝るのが悪手とする考え方もあれば、立場のある人間が頭を下げるべきでないと謳う文化もある。
それでも構いやしない。自然にそうしたいと思ったからしただけだ。
「面接の時にも言ったけど、ここは俺がヒーラーから背負った借金を返す為に始めたギルドだ。みんながこのギルドに来てくれなかったら、半年ちょっとでこんな金額を集めるなんて絶対に無理だった。俺みたいな新参の若造を信じてくれなかったら、俺は……」
ヤバい。さっきの閉会式の挨拶でもそうだったけど、なんかちょっと涙腺が変になってる。
年取ると涙脆くなるってホントなんだな……
「別に、隊長の為だけに働いてる訳じゃないけどね」
そんな俺の様子を見かねてか、シキさんが珍しく大勢の前で口を開いた。
「私は自分の為に働いてるし、他のみんなもそうなんじゃない? だから、別にそんな畏まらなくて良いよ」
「シキさん……ありがと」
「あはは! ギーマ目ー赤っ! 感動し過ぎ!」
ヤメをはじめ、ギルド員達に散々イジられた。
勿論、嫌な気分じゃない。そういう事で何一つ心を軋ませない仲間に巡り会えたと思うと、ちょっと感慨深い。
無駄にやっすいプライドを持ってる俺にとって、イジられるのは結構苦痛だったからな。大学生の頃、一度だけ……あ、思い出すのやめよ。過去の羞恥で今が死ぬ。
「とにかく! 今日来るとは思うけど何時になるかはわからないから、もう解散して明日の昼頃来てよ。そこで正式に報告して、夜にお祝いの席を設ける予定だから」
「……だ、そうだ。この大所帯でいつまでも居残るのはギルドマスターにも迷惑が掛かる。今日は皆、家に帰るとしよう」
こういう時に話を纏めてくれるのはマキシムさんなんだよな。32の俺より年下なのにしっかりしてるよ。何よりギルド員の信頼が厚いから、みんな言う事を聞くし。
俺も負けていられない。もっと信頼されるギルマスにならないとな。
「みんなホントありがとう。また明日」
そんな決意を胸に、夕日に染まるギルド員達を見送る。
さて、メシでも食いながら待つとするか――――
「夕食は何処で食べるの?」
「ギルド空けるのはちょっと抵抗あるから、保存食を……」
……あれ?
「シキさん? なんで残ってんの?」
「なんかヤメが残ってろって言うから」
「え……」
――――不意に、ガチャリと鍵が閉まる音がした。
玄関の方を見ると、ヤメが扉の前にいた。俺とシキさん以外全員出ていったのを見計らって施錠したらしい。
その手には、俺がシキさんに渡した筈の合鍵を持っている。
「えっと……シキさん?」
「貸せってうるさいから」
いやそりゃ、貸すのは別に良いんだけど……内側からの施錠に鍵って要らなくね?
えぇぇ……何……
「フーーーゥゥゥゥゥゥゥ」
これ見よがしに、ヤメが溜息をつく。いや……あれは溜息なんて生温い呼吸じゃない。
「コォォォォォォォォォォ……」
なんか妖怪とかが人を食う前に発する……アレだ。煙みたいなの出すやつ。正式名称は知らん。とにかく人外の化物が獲物狙う時にするヤバい呼吸だ。
って冷静に分析してる場合じゃない! これはヤバいぞ! とうとうヤメがシキさん欲しさに俺を抹殺しようとしてきやがった!
ど、どうする? 奴の魔法はギルド内随一。俺自身は結界で防げてもギルドがヤバい。
いやでも、ここにシキさんがいる限り高火力ぶっぱはないか? 幾ら頭に血が上ってもシキさんを危機に晒す真似はしないだろう。
つーか、なんでこのタイミングでお怒りなんだよ! シキさんに合鍵預けたのを誤解してんのか!? それとも最近シキさんと俺が良い感じなのを察してか!? 若しくは該当シーンのどれかを見られてたのか!?
ああっもう全部ありそうで嫌過ぎる! 俺、借金返す寸前に殺されるの……?
「……………………ハァァァァァァァァ」
あれ?
今の溜息は、なんか普通の溜息だったような……
「はー。ま、ヤメちゃんも大人の女だしなー。何が大事なのかは間違えないようにしねーと」
何かよくわからないけど、自分に言い聞かせてるっぽい言葉だ。より具体的に言うと、己の中から生じている飽くなき殺気や邪気を理性で強引に押し殺しているような……
「おうギーマ。んでシキちゃんも。そこに座りなさい」
「え? 床に?」
「いいから早よ」
なんかよくわからないけど、逆らったらヤバい空気になりそうだから座っとこ。
「……」
あ、シキさんもう座ってる。普段なら『なんで私がアンタの言う事聞かなきゃなんないの。バカじゃないの?』くらい言う人なのに。ヤメのただならぬ空気を俺より早く察したか。危機管理能力高っか。
「まぁ、色々言いたい事はあんだよね。シキちゃんの眼球を手に入れるのはヤメちゃんであってそこのエロマスターじゃねぇとか」
「誰がエロだ! つーかお前のその眼球のくだり隠喩みたいで微妙な空気になんだよ!」
「うっさい口答えすんな胃酸で溶かすぞコラ」
……脅し文句が人外なんよ。
つーかマジでどういう感情なのかだけでも教えて欲しいんだけど……
「ヤメ。さっきから訳わかんない事ばっか言ってるけど、結局何がしたいの?」
おおっ。シキさんが切り込んだ。良いぞシキさん言ったれ言ったれ。
「ヤメちゃんが望む事なんて一つだよ」
ずっと玄関口にいたヤメが、ジリジリとシキさんに躙り寄っていく。
こいつまさか……レズセとか言い出すつもりか!? それはあかんすよ! ちょっと胸が高鳴るけど、それはそれとしてダメだって!
「最初に言ったでしょ。ヤメちゃんは生きた屍だって」
「知ってるよ。10年前にモンスターに食われたんでしょ?」
それを覚えてるシキさんも何気に凄いな。あんな訳の分からない厨二設定、聞き流しても不思議じゃないのに。
「そ。だからヤメちゃんはその時に死んだんだよ。だけどさー……なんか生きてる気がすんだよね。ここにいると」
……?
「隊長。ヤメね、さっき誘われてたんだよ。劇団に」
「え?」
劇団って、さっきまで舞台やってたあの……
「マジで!? え!? それってスカウト!?」
「まーね。ヤメちゃんくらいのオーラがあると、わかる奴にはわかっちゃうんだな。やー参った参った」
いや参ったじゃなくてな。
だってお前……
「夢だったんでしょ? 女優になるの」
シキさんの言う通り、ヤメの夢は女優。その事は前に本人から聞いた。舞台を真剣に観ていた事も。
「やっぱ見られてたかー。そんな気がしたんだよねー」
どうやら、シキさんと一緒にいる所に声を掛けられた訳じゃないらしい。
つーか、なんでスカウト? 例えば役者の代理で何かの役を演じてたとかならわかるけど、ヤメは舞台にも上がってない。ヤメの演技を見る機会なんて……
あ。
「呪い騒動の時か!」
「そそ。役者が舞台に上がれないって大騒ぎしてたから、じゃあヤメちゃんが一肌脱いだろかーって。ま、その後何人もおかしくなって舞台自体が休演になっちゃって、お披露目の機会はなかったんだけどねー」
俺とコレットが解呪の為に街を奔走している間、劇場ではそんな事があったのか。
そう言えば――――最終公演は急に役者の演技が向上していた。あれって……まさかヤメの影響?
「お前、演技指導とかしてないよな?」
「プロ相手にすっかそんなの。ヤメちゃんはただ一通りの役を演じて見せただけだっつの」
……それだ。
ヤメの演技を見様見真似で……なんて事はしないだろう。彼等はプロだ。プライドがある。
ただ、ヤメが演じた姿を見て、何かしらの発見だったり、別の発想だったりがあって、新たな演技プランを見つけたんだろう。俺がティシエラからギルマスの何たるかを学んだように。
それってつまり、ヤメの演技力がプロ並かそれ以上って事だ。口だけじゃないとは思ってたけど、そこまでとは……
「なんで断ったの」
「え!? スカウト断ったの!?」
「隊長鈍過ぎ。今の流れでわかんないの?」
う……確かにそうなんだけど。つーかもう色々あり過ぎて脳がアップアップなんだよ。
「ヤメ。あんた、役者がしたいんじゃなかったの?」
「……まあ、そりゃね。でも役者だけで食ってくの大変じゃん? だから、ここと掛持ちなら……って言ったら難色示されてさ。じゃ、無理でーすみたいな。そんだけ」
ヤメには病弱の妹がいる。今も入院中で、彼女のお見舞いが仕事後の日課になっている。
自分一人で食っていくなら、役者一本でもなんとかなるだろう。でも妹さんの入院費用も、となると……現実的じゃない。
「ヤメちゃんの夢はね、10年前に死んだの。だから、今のヤメちゃんは生ける屍。生き返るのは条件厳しくて、まあ無理なんよ」
条件ってのは多分、妹さんの完治なんだろう。それが厳しいのは何となく察していたけど――――辛いな。
「だから、それで良いってずっと思ってたのにさー……」
「スカウトなんてされて、未練を感じた?」
「いんや。演じるのはまあ、今も嫌いじゃないけど、とっくに割り切ってるし?」
だったら、ヤメは何を気にしてるんだ?
何が望みなんだ?
それを聞こうとした矢先――――
「あんま認めたくないんだけど、ヤメちゃんさー。ここが良いんよ」
……え?
「カッコ可愛いシキちゃんがいて、ヤロー共がウゼーけど人間関係でギスギスしない仕事仲間がいて、頼りねーけどまあ……ヤメちゃんを必要としてくれる? ギーマがいて。そんなここで働いて、今日も頑張ったぜーってにリーナに報告して一日が終わる。それが……ヤメちゃんの望みかな」
お前……そんな事を思ってたのか?
ヤバい。ちょっと泣きそうだ。そこまで俺の作ったギルドを――――
「で、とある日にシキちゃんと一緒にお風呂入る事になって、洗いっこしてる間に愛が芽生えればカンペキ☆」
「どんな愛だよ!」
オチつける辺りがヤメらしいと言うか……
けど、要するに『夢よりもウチで働くのを取った』って事なんだよな。
そりゃ俺としてはありがたいし、感動もする。でもヤメ自身の気持ちを考えると、どう反応すりゃいいのか……
「ヤメはそれでいい訳? 掛持ちがダメって言うのなら、今ここにある大金を盗んで入院費に充てるって選択肢もあるんじゃないの?」
「ちょいとシキさん? ないからねそんな選択肢どこにも」
割と本気で言ってそうなのが怖い……
「ま、叶わない夢もあるってこった。それに、シキちゃんと同僚じゃなくなるのが一番嫌だしー」
「あんたね……」
呆れつつも、心なしかシキさんは嬉しそうだ。
ヤメはこういう性格だから、特に気にも留めてないような言い方してるけど……葛藤がない筈がないんだ。色々考えた筈だ。役者をしながら妹さんを支えていく方法を。
でも、ウチに残ると決めた。それが嫌々だったら……そうじゃなくても、本当は役者をしたいのに仕方なくウチで働くってんなら、俺もスッキリはしない。だけどヤメの顔には迷いがない。翳りも、憂いも何も。
「趣味悪いよ。こんな所に一生勤めるつもりなんて」
「え? シキちゃん一生いんの? ヤメちゃんそこまではちょっと……でもシキちゃんがいるならしゃーねーか」
一時はどうなる事かと思ったけど、和気藹々とした雰囲気で話は終わりそうだ。
よかったよかった。
「んじゃヤメちゃんの話はここまでにして。次の議題はー……そこのエロ魔人がどうゆうつもりでシキちゃんに合鍵渡したのか吐かせる件にいこか」
全然よくなかった! うわメッチャ油断してた! 怖っ!
「おうテメー、ヤメちゃんの神聖な職場をヤリ部屋にすっ気かコラ。殺すぞ」
「ンな訳あるか! つーか職場の合鍵をギルド員に渡すくらい普通やるだろ!?」
「だから、なんでそれがシキちゃんなんだっつってんの」
それは……秘書やって貰ってるし、仕事面で一番信頼できる人だし、あと――――
「好きでいてくれてるから……」
「うーわこいつマジか。どんだけ自惚れてんだ」
「ギルドをな!? ここの事言ってんの! ね、シキさん! そうだよね!?」
あれ!? いない! あっ、なんか遠くにいる! 巻き込まれ事故防ぐ為か!
「取り敢えずこの合鍵は没収な。ヤメちゃんが預かっから。文句あっか?」
「フツーにあるわ! そんな脅しに屈するギルマスだと思うなよ? 俺の留守中にここを任せられるのはシキさんだっていう俺の判断なの!」
「かーっ! こいつドサクサにまぎれて好感度アップ狙ってきやがった! ゲスが!」
敢えて言おう。否定はしない。でも今はそこを論じる時じゃない。
俺は今――――
「お邪魔します」
あっ来客! そうだよ、借金取りが来るのをずっと待ってたんだ。ようやく――――
……いや違う。今の声は男だった。俺を無断回復した借金取りのヒーラーは女性だ。
一体誰が……
「え……?」
そこには、全く予想していなかった人物の姿があった。
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