第352話 夕日が沈む。交易祭が終わる。

 ――――夕日が沈む。交易祭が終わる。



「えー、この三日間は近年稀に見る盛況で、各出店の売上も軒並み過去最高を記録したと聞き及んでいます。実に素晴らしいお祭りになりました事、感謝の念に……」


 市長のやたら長い話が続く閉会式でも、意外とダレる事なく充実感に満ちた空気が漂っているのは、皆それなりに満足してくれたからだろう。


「おう、城下町ギルドのあんちゃん。色々お疲れ様だったな」


 人混みをかいくぐるように、バングッフさんが陽気な顔で近付いて来た。この人も明らかに機嫌が良い。


「俺ら商業ギルドとしちゃ、街の経済が回るのは大歓迎よ。特にアクセサリーが昨日と今日で相当売れたらしいぜ」


「アクセサリー? 何でまた」


「プレゼント用だとさ。連日やってた舞台……つーか主題歌だな。あの甘ったりぃ曲に影響されて、今まで告白したくても出来なかったヘタレ共がプレゼント交換ついでに告ろうとアクセサリーに群がったっつー話だ」


 マジか! 狙いとは微妙にズレてるけど、恋愛ムードはちゃんと作れてたんだな。音楽の力万歳!


 舞台の方は、中日に呪いの影響で予定通りにいかなかったのが影響して、結局最終公演で告白って形になっちゃったからな。こっちの影響が出るのは寧ろこれからだろう。


 まあ、既にフレンデリアの告白が終わった今となっちゃ、街が恋愛一色になったところで特に意味はないんだけどさ。


「あんちゃん、ギルドマスターよりイベンターの方が向いてるんじゃねーの? どうだ、ウチに移籍しねーか?」


「いやいや……偶々ですって。全部狙い通りって訳でもないですし」


 実際、暗黒武器の宝探しは混乱を招くだけだったし、目玉だった『精霊の恋愛』に至っては企画倒れになってしまった。


 上手くいった事もあれば、そうでない事もある。結果的に高評価を得られたのは運の要素が強い。もしサタナキアがこの現実世界でタントラムを使ってたら、街ごと壊滅してた恐れもある。そんな最悪の事態も十分考えられた。


 ……それが現実にならなかったのは本当にラッキーだった。


「今日は後始末で忙しいから、後日打ち上げでもやろうや。偶には野郎だけで飲むのも良いだろ?」


「わかりました。夜、空けときます」


 前に一度断ってるし、何より俺自身行ってみたいのもある。今度は時間を作ろう。


 不思議だよな。生前の俺だったら飲み会なんて絶対嫌だったのに。それがあるから大学のサークルに入るのを拒んだくらいには。


 今が良くて昔がダメだった――――とは思わない。ただ自分自身の変化を自然に受け入れられている事実は大いに歓迎したい。


「えー、それでは最後に、今年の交易祭を支えて下さったシレクス家のフレンデリア御嬢様に御挨拶して頂きます」


 開会式では随分と挑発的な言動を敢えてしていたフレンデリアが野外ステージに上がると、それまでの空気が一変した。嫌悪感というよりは、どんな事を話すのかって待ち構えているような雰囲気……だと思う。多分。


 問題はフレンデリア本人の精神状態だ。


 告白は出来た。でも日和って不発に終わった。とはいえ絆は少し深まった……ように見えた。本人がその結果をどう受け入れているのか――――


「今年の交易祭は大成功に終わりました。これも全て街の皆さんが快く協力してくれてワイワイガヤガヤ楽しんでくれたおかげです。センキュー」


 ……なんという棒読み口調。前進があった事より日和った自分に対する失望が勝ったか。


 気持ちはわからなくもないけど、せっかく成功した祭りのラストに水を差すなよな……


「先程は市長が私を持ち上げてくれましたが今年のお祭りの総合企画はアインシュレイル城下町ギルドのギルドマスターにお願いしてるので彼の功績です。なので最後は彼に締めて貰います。はいこっち来て」



 ……は?



 はああああああああああああああああああああああああ!!?!?!!?!???


 いやいやいやいやいやいやいやいや聞いてない聞いてない聞いてない聞いてない!! 全っ然そんな話聞いてない!! 何言ってんの!? バカなの!? バカなの!?


「ホラ早く行けよあんちゃん。みんな疲れてんだから、とっとと挨拶してビシッと締めて来いって」


「いや……ちょ……えーっ……」


 場の空気に押されるように、ステージ上へフラフラと上がってしまう。手作りの野外ステージは明らかに手抜きで、踏み出す度にミシミシ音を立てているけど今はそんな事気にしている余裕はない。


「じゃ、最後お願いね」


「ザケんな! 無茶振りにも限度があるだろ!」


「私の傷付いた心を癒やしてくれるのは、恋敵の無様な醜態だけ。お願い、私を気持ち良くさせて。そうすれば何の抵抗もなく報酬を満額支払えると思うの」


「こ、この……」


 腐れ外道、と言いかかったところでギリギリ踏み留まる。幾ら大分親しくなったとはいえ相手は貴族。しかも今は雇用主。逆らうのは俺にとってマイナスでしかない。


「――――なんてね! あースッキリした!」


 冗談かよ! 冗談で人を衆目に晒すな!


「こういうのは功労者が最後を締めないとカッコつかないでしょ? さあ、自分の言葉でしっかりアピールなさい!」

 

 そうか。俺、っていうかアインシュレイル城下町ギルドの立場と今後を考えて、花持たせてあげようとしてるのか。


 ……なんて感動するとでも思ったか? 事前に知らせてくれよそういう大事なことは! サプライズにする必要ないだろついさっき劇場でも会ってんだしさあ! 絶対この場の思いつきだろ!


 とはいえ、確かにチャンスではあるんだよな。五大ギルドの連中とは顔馴染みになったけど、警備を始めてまだ日が浅いし、俺達が何者でどんな仕事をしているか街中に周知されていないのが実状だ。


 ずっと、信頼を得る為にやってきた。幾ら調整スキルがあっても、信頼がない限り誰も身を委ねようとはしないだろうから。


 だけど今は違う。最早、調整スキルで金稼ぎする必要はない。


 このスキルはとても巨大な力だ。触れさえすれば人間なら漏れなく無力化できるし、味方や武具の強化も一瞬で可能。おかしくなった聖噴水を元に戻した実績もある。これを使って金を儲けようと思えば、きっと俺が思っている以上に簡単に稼げてしまうだろう。


 そういうのが異世界生活の醍醐味――――なんて思っていたりもした。最初は。


 でも今は違う。全て自力……とまでは言わないけど、自分なりに考えて創意工夫して、奔走したり言葉を尽くしたりして、決して少なくない実績を作ってきた。


 今の俺の最大の武器は、その実績を共に作り上げてきた仲間だ。


 だから、調整スキルを売りにする必要はない。


 俺がこの場でアピールすべきは、全く違う事だ。


「ご紹介にあずかりました、アインシュレイル城下町ギルドのトモです。今年の交易祭に関わらせて頂き、大変光栄に存じます」


 挨拶は短く、出来れば場の空気を柔らかくするくらいが望ましい。


 別に誰かにそう教わった訳じゃない。警備員の仕事をしていると、どうしてもイベント時の挨拶に立ち会う機会が多く、自然と何を求められているかはわかってくる。


「今回、色んなイベントを御用意させて頂きました。特に反響が大きかったのは占いで、僕も見て貰ったんですけど『大事な女性との再会と別れが待っている』って言われました。多分、借金取りの事なんだと思います。今日取り立てに来る予定なんで」

 

 ……う、受けねぇ。渾身の自虐ネタでやや受けくらいを狙ったんだけど……『何か面白い事言おうとした?』って空気だ。


「(◉_◉)」


 いやフレンデリアさん、あんたくらい笑ってくれて良いだろ。キョトンとしやがって。


 でも、それで良い。元々の熱気が凄かったから、軽く冷えるくらいが丁度良いんだ。あの昂揚状態だと却って伝わらない。


「……僕はこの街に来て半年の新参者です。でもその半年の間、色んな出会いがありました。沢山の人から優しくして貰って、多くの仲間を得ました。彼等には本当に感謝しかないです。祭りの最中も幾度となくトラブルが発生しましたけど、彼等のおかげで迅速に対応できて無事今日を迎えられました」


 俺が伝えたい事。表明したい事。


 それは――――


「仲間って素晴らしいです。人と人との絆や縁は、人生を全うする上でかけがえのない財産です。今年の交易祭を通じて、住民の方々にそういう出会いを一つでも多く提供できたのなら嬉しいです。この街に育てて貰った恩を、少しでも……返せたのなら……」



 ……あれ?


 なんで俺、目頭が熱くなって……



「……恩返しが出来たんだったら、良いなって思います。この三日間、ありがとうございました!」


 マズいマズい。こんな公衆の面前で泣くトコだった。そんな恥ずかしい真似できるか。


 にしても、自分でもビックリだ。なんでこのタイミングで感極まったんだ? 俺……


「トモ」


 あ、フレンデリア。また何か変なイジられ方するよな、これじゃ……


「終わったら私の馬車で一緒に屋敷に向かいましょう。そこで報酬を渡すから」


「あ、ああ」


「それとね。さっきの挨拶、よくわからないけど感動しちゃった。ホント、よくわからないんだけど」


 ……からかわれている訳じゃない。その証拠に、フレンデリアの目にも涙が浮かんでいる。


 なんだこれは。何も感動的な話なんかしてないし、そんな出来事もなかった。ただ伝えたい事を普通に話しただけだ。


 なのに――――


「……確かにわかんねーな」


「ね」


 何か、通じ合うものがあった。


 転生者同士だからかもしれない。


 一度死んで、この街で蘇って、受け入れて貰って……そんな日々の、今日は集大成なのかもしれない。特に理由はないけど、そんな事を思ったりした。





「ただいま」


 薄暗い街並みを馬車に揺られ、ようやく家路に就く。家と言ってもギルドなんだけど。ある程度落ち着いたら、ちゃんと自宅を持ちたい気もするけど……まだ暫くはここが俺の家だ。


「お、ボスが帰って来たぞ」

「おっせぇよぉ! 祭りの最終日だからってハメ外してんじゃねーだろうなぁ!」


 真っ先に俺を見つけたのはベンザブとパブロ。


 それに――――


「……よ、よう。世話かけちまったな」


「ポラギ! 戻ってたのか!」


 暫くの間コレーに身体を奪われていたポラギがようやく戻って来たらしい。と言っても、全然違和感なかったから不在って実感もないんだけど。


「お前、散々だったんだぞ。なんかマイザーに惚れて入れ込んでるって設定勝手に盛られてさ。で、いつから入れ替わってたんだよ」


「……ま、まあいいじゃねーかよう」


 あれ? もしかしてマイザーにキスされた時点では本人だったのか?


 まあいいや。マイザー×ポラギは俺の知らないところで勝手に進行してくれれば良いよ。誰も興味ないだろ、キス魔ヒーラーと中年ギルド員の濃厚接触とか。


「にしても、随分残ってるな。どうしたんだこれ」


 交易祭が終わった時点で今日の仕事も終了だから、あらかじめ現地解散だと言っておいたにも拘らず、ギルド内に殆どのギルド員が待機していた。


 シキさんとヤメ、ディノーとオネットさん、マキシムさんとダゴンダンドさん。シデッスや……げ、イリス姉もいる。


「なんで? イリスはもういないよ?」


「当然、生活費の為です。イリスを長期的に支えていく為には相応の金銭が必要です。私の集計によると、イリスを生涯養いつつ裕福な暮らしをさせてあげる為には1000万G必要です。その資金を調達するには不本意ですがここしかありません。他の職場は何処も私を雇いません。恐らく因果律によってイリスと引き離される恐れがあるからでしょう。私はイリスと一緒にいる運命ですから修正が起こるんです」


 成程、全くわからん。


 後は……普段あんまり話さない面々も結構残ってるな。交易祭に合わせて人を雇う事はしなかったから、みんなギルド設立当初のメンバーだ。


 ただ、当然だけどタキタ君(中身はエルリアフ)とグラコロ(サタナキア)はいない。今にして思えば、グラコロは以前入院した事があった。あの時に入れ替わったんだろうな。本物のグラコロはもう解放されてるだろうけど、果たしてポラギのように戻って来るのか。来なくて良いけど。あいつ絶対犯罪やらかすタイプだし。


「トモ。三日間お疲れ様」


 ディノーが妙にツヤツヤした顔で握手を求めて来た。え、何……? 怖いんだけど……


「色々あったけど、やっぱり恋は良いね。あの舞台を観て余計にそう思うようになったよ。僕は今、とても充実しているんだ」


 えぇぇ……他人の家庭をグチャグチャにしておいてその台詞はないだろ……


「もちろん反省はしてるんだ。略奪を望んでいる訳じゃないしね。サキュッチさんの今の旦那さんには誤解させて申し訳なかったと思ってる」


 うわあ『今の』とか言ってるう……ホント怖いって。なんつーか、わかりやすくぶっ壊れるより今のディノーみたいにちょっとずつ静かに倫理観が歪んで行く人を見るのが一番胃に悪い。ホラーだよ最早。


「誤解させるような行動は、慎むべきです。夫婦間の障壁になったところで、損をするのは貴方なんですから」


「は、はい。忠告ありがとう……」


 ドン引きしてた俺とは対照的に、やけに実感がこもり過ぎているオネットさんの助言に、ディノーは素直に頭を下げていた。そういやオネットさんトコも修羅場ってたなあ……あれも遠い昔みたいだ。


「アインシュレイル城下町ギルドマスター様」


 あ、サクアもいる。


「今日まで私のような若輩者に社会勉強させて頂き、ありがとうございました。交易祭後にソーサラーギルドから数名抜けますので、私は戻らせて頂く事になっています」


 そういや、これも忘れそうになってたけど……これから魔王城周辺の毒霧を晴らす為の探索チームを結成するんだったな。


 その際にソーサラーも何人かチームに入る事は聞いている。サクアは元々お目付役って事でソーサラーギルドから派遣されていた人間だから、既にウチのギルドが信頼を得ている今となってはお役御免で戻るのが筋だ。


「そっか。結構な戦力ダウンになっちゃうな」


「めめ滅相もない! でも……そう言って貰えて嬉しいです」


 はにかむように微笑むサクアに、ギルド員達が集まってこれまでの健闘を称え合っている。いつの間にか、チームワークみたいのが出来上がっていたんだな。


 きっとこれからも、沢山の別れと出会いを繰り返して行くんだろう。出来れば一度仲間になった人達には長くここで働いて欲しいけど、一生って訳にはいかない。会社とギルドは違うしな。


 だからこそ一期一会。出会いと別れを大切に。


 それも――――生前には全く出来ていない事だった。





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