第356話 3ヘッドサブレ
ウィスが発見したのは――――巨大な建物。この世界では珍しく縦に長い。とはいえビルのような感じじゃなく、どっちかって言うと……蔵?
「中央蔵だな」
「中央蔵? 何それ」
「その地域特有の催事や神事に用いる道具を仕舞う為の倉庫……って言えば良いのかな。歴史の古い村や集落に多く見られる建造物で、神様から預かった品々を中央に収納して、それを村人が囲んで守る……みたいな風習があったんだろうって言われてる」
アーティファクトを調査して回ってるだけあって、ウィスはこの手の事に詳しいらしい。生前の世界には多分なかった概念だ。
「金品目当ての盗賊に襲われたのなら真っ先に狙われそうだけど、被害は全くなさそうね」
ティシエラの言う通り、少なくとも外から見る限りは損傷した様子が一切ない。それはここに至るまでに見た全ての民家も同じだ。
少なくとも、一般的に言う滅亡状態とは明らかに違う。だったら記録子さんは何をもって『ヒーラー国が滅んだ』と表現したんだ?
「鍵はかかってないな。入ってみるか。ベルド、お前は……」
「俺はいい。適当に外を回ってっからよ」
なんとなく、ベルドラックがそう答えるのを見透かしたようなウィスの確認だった。よほど協調性がないって事なんだろうか?
「行きましょう」
「あ、ああ」
ティシエラに肩をポン、と叩かれた事でベルドラックへの意識は何処かへ行ってしまった。悲しい哉我が人生、女子に触れられるとそれだけで頭がリセットされちゃいまふぅ。
「すみません! どなたかいらっしゃいませんか!」
ウィスが大声で呼びかける――――も、返事はない。まだ日は完全に暮れていないとはいえ、もうそろそろ夕食って時間帯。もし管理人のような役目の人間が常駐しているのなら、不在で施錠もしていないのは変だ。
「仕方ないわね。少し調べてみましょう」
「勝手に入って良いのかよ」
「当然良くはないけど、今は手掛かりを得る事が最優先よ」
相変わらず思い切りの良い……冒険者ギルドを調べる時もそうだったな。悠長にしている場合じゃないと判断した時の行動力は見習わないと。
縦には長いけど、広さはそれほどでもない。調べるのにそれほど時間はかからないだろう。
「……おい。見ろよこれ」
早速ウィスが何か発見したらしい。最初に開けた扉の奥に何かあったみたいだ。
あの感じだと、祭具や神具って事はなさそうだけど……
「一体何が……」
ウィスの背中越しに中を覗くと――――そこには棒状の道具らしき物が多数転がっていた。
「……杖?」
「あれは恐らく、ヒーラーの杖よ」
いつの間にか隣で背伸びしていたティシエラが、訝しげな顔で答えてくる。
そう言えば、メデオも杖を武器にしていた記憶がある。他のヒーラーがどうだったかは記憶にないけど、あいつら杖なんて使うのか。
にしても……
「なんかどれも杖って感じじゃないんだけど」
一応、これでも武器屋に務めていた経験があるから一通りの武器は見た事がある。まあ、ベリアルザ武器商会に置いていた杖は『ディアボロスの鏖殺杖』みたいなイロモノばっかりだったけど……目の前の杖も明らかに異質だ。
というか、杖と説明されなきゃわからない。何しろ……どれもこれもデカい。俺の腕より太くないか?
「ヒーラーはかつて、回復魔法を操る一方で華奢な存在だったから、武器も軽い物が一般的だったんだ。けど歴史を重ねる内に、一人でも多くの人間を回復する為には他のヒーラーを出し抜く必要が出て来て、競争が激化したらしい。その結果、必要以上に肉体を鍛えるヒーラーが増えてね」
「武器と言うより鍛錬用なのよね。あの杖」
えぇぇ……ヒーラーの杖ってダンベル代わりなの? 杖何キロ持てる?
「あんな物、ヒーラー以外が扱う訳がない。どうやらここはヒーラーの国で間違いなさそうだ」
まあ、それは入り口にヒーラーの湯って書いてた時点でわかりきっていた。問題は、そのヒーラーの杖がなんでこんな場所に、しかも無造作に置かれてるのか。
「……ヒーラーが滅びた件、完全な誤報ではなさそうね」
ティシエラの言う通り、ヒーラーを襲った連中が奪い取って一旦ここに置いている可能性は否定できない。
マジであのヒーラーが滅ぼされたのか……?
「人の気配はないし、これ以上ここにいても仕方ない。違う所を探した方が良さそうだ」
確かにこの状況なら、ここよりも集落全体を先に調べた方が良さそうだ。さっさと出よう。
争った形跡が一切ないのも気になる。まさか、ゲームでよくある神隠し的なやつか? 住民が総じて消滅した、みたいな。
まさか、また亜空間に飛ばされたってんじゃないだろな……
「ベルド? おーい!」
一足先に外へ出たウィスが不穏な声をあげる。どうやらベルドラックの姿が見当たらないらしい。
「想定内よ。外で大人しく待っているような男じゃないもの」
「マジで……?」
この状況でそんな勝手な真似する大人っているんだ……
あの男が妙に嫌われている理由が少しわかった気がした。普段ソロで活動してるから協調性が全くないのかもしれない。
けど……変だよな。あいつがここに来たのって、ウィスやティシエラ、ついでに俺の護衛の為なんじゃないのか? 幾らウィスに頼まれたからって、それ以外の理由でついて来る理由が思い浮かばない。でも、それだと明らかに行動が矛盾している。
「仕方ないさ。奴にとっては他人事じゃない。気にもなるだろうよ」
……?
「なあ、今のはどういう意味――――」
「モンスターよ!」
え……うわマジだ! 上空か!
今までも有翼種のモンスターとは何度か対峙してきたけど……そのどれとも異なるモンスターだ。
ただ意外にも一体のみ。今まで遭遇したこの手のモンスターは常に群れを成していたから、ちょっとビックリ。単独行動のモンスターってのはあのベヒーモスくらいしか記憶にない。
そのイメージからすると、多分強敵だよな。ソロ活動する奴は大抵、自分に絶対の自信がある。奴もきっと……
「……あれ?」
顔が……三つある。一列に並んでて残りの二体が見えてなかったのか?
いや、違う。身体は間違いなく一体だ。って事はキングギドラ的なモンスターか!
ただしキングギドラみたいに首は長くない。顔もドラゴンとは程遠い。あんな険しい面構えじゃないし、寧ろ間の抜けた……終始『嘘やん! マジで!?』みたいな目をしている。
なーんか見覚えがあるんだよな。あれはこっち世界じゃなくて、生前の……
そうだ。わかった。
鳩だ! 公園とかで見かけた鳩そっくり! あの顔が三つ横に並んでる!
「クルックー」「クルッポー」「ポッポー」
……鳴き声もまごう事なき鳩。取り敢えずキングハトら(仮)と名付けよう。
「まさかこんな所でククルクルルククルクルと遭遇するなんてね」
えっそれが正式名称? 早口言葉みたいで言い辛そうなんだけど……それならキングハトらでいいや。若しくは3ヘッドサブレ。
「なんか見た目は平和そうだけど……強いモンスターなんだよな?」
「ああ、かなり強いよ。レベル50程度の冒険者じゃ苦戦は免れないくらいにはね」
ウィスが緊張感の伴った声で空を睨み付けている。ティシエラもピリついた空気を漂わせているし、相当な強敵なのは間違いなさそうだ。
「あれだけデカいモンスターだったら、今頃ベルドラックも気付いてるんじゃないのか? レベル69なら問題なく倒せるんだろ?」
「どうかしらね。あのモンスターはそんなに単純じゃないわ。厄介なのは、敵だと認識した相手に一瞬で三つの状態異常を強制付与するところ」
……へ?
「絶対的な先制攻撃で回避不可能だからな……マジ面倒なんだよな」
「毒や睡魔くらいならまだしも、麻痺や石化だったら一瞬で行動不能。パーティ内の治療者がやられたらお手上げよ」
何その鬼畜仕様! 一番嫌なタイプじゃねーか! 見た目は平和の象徴なのに!
「それって、あらかじめ状態異常対策してないとアウトって事?」
「対策していても貫通するから無理よ。敵対した時点で状態異常が三つ付くのは絶対。そういう呪いみたいなものと思って諦める以外ないわ」
マジかよ……やっぱ終盤の街周辺のモンスターってクソだわ。
しかも一人につき三つって事だろ? 行動不能のやつ引き当てる可能性相当高いじゃん……
「図体の割に攻撃力は大した事ない。巨体を使って押し潰してこようとするだけだ」
「いや十分怖いんだけど!」
「耐久力も厄介なのよね。上級魔法でも一撃で仕留めるのは無理」
って事は、持久戦に特化しているモンスターか。例え運良く『毒』『暗闇』『恐怖』くらいで済んだとしても、早く倒せないと毒のダメージで相当削られる。なんとも嫌らしい敵だ。
「ウィス。一応、回復魔法を使える精霊を喚んでおいて」
「それで良いのか? お前の魔法を増幅する精霊や、一緒に攻撃できる精霊を喚んで一気に攻略した方が良いんじゃ……」
「回復が最優先よ」
ティシエラは――――俺の方を一瞬見ていた。
俺の所為でそういう戦略を採らざるを得ないのか……? 俺がやられた時にいち早く回復する為に。
だとしたら……冗談じゃない。
「ウィス。攻撃メインの精霊で頼む」
「ちょっと……!」
「ティシエラ、俺に余計な気を回すな。仮に俺がやられても元々戦力外なんだからマイナスにはならないだろ。それより確実に仕留める方が大事じゃないのかよ」
精霊も今日は既に使い果たしている。出せるのはフワワくらいだ。とても役に立てる気がしないし、そんな俺を気遣って貰っても仕方ない。
「別に自分を卑下してる訳じゃない。客観的な判断だ」
「……わかったわ。ウィス」
「了解。帰りはペガサスが使えなくなるけど、我慢してくれよ」
ウィスが上空を睨みながら、召喚する精霊を選別じ始めた。
そこで――――嫌でも気付く。
選別するだけの余裕がウィスにはある。つまり依然として3ヘッドサブレが臨戦態勢を整えていないって事だ。当然、状態異常にもなっていない。
「遅過ぎないか? まだ敵認定されないのか」
「ええ……妙だわ。ククルクルルククルクルはここまで鈍いモンスターじゃないもの。とっくに私達の存在に気付いている筈なのに」
ティシエラの言うように、あの鳩は明らかにこっちを視認していた。なのに何の異常も生じていない。これはどういう……
まさか、俺の虚無結界が発動してるのか?
いや違う。結界らしきものは出てないし、そもそも明らかに今の俺は死を意識していない。その状態で結界は出て来ない。
だとしたら、何が起きてるんだ?
「実は既にベルドラックがやっつけていて事切れている、とか?」
「それはない。明らかに生きているよ」
ウィスの発言の真偽を確かめるまでもない。今も鳩の鳴き声を三つの首が発し続けている。首も忙しなく動いていて、そこがやけに鳩っぽい。
……何か探してるのか?
俺達なんて最初から眼中になくて、別の標的を探している。それならあの鳩の行動も腑に落ちる。
圧倒的に強いベルドラックを真っ先に仕留めようって腹か? それとも回復役になり得るヒーラーを潰すつもりか?
答えは――――
「クルックゥゥゥ!」「クルッポォォォ!」「ポホォーーーーッ!」
奴が行動で示した。
三つの頭がそれぞれ歓喜の声をあげ、巨大な翼をはためかせて――――湯気のある奧の方へと舞い降りていった。
直後、微かに聞こえてくるザブンという音。
あー成程。そういう事か。
「温泉に浸かりに来たのかよ……」
もう声を張り上げる気力もない。モンスターが湯治の為に人里に来たってか? そんな事あんの? そもそも鳩って温泉に入るものなの?
「……一応、攻撃する為の精霊を喚んだ方が良いのか、これ」
「いえ、もう良いわ。まず様子を窺いに行きましょう」
冷静にそう告げるティシエラだけど……ずっと瞼がピクピクしているのを俺が見逃す筈もなく。こりゃ相当ストレス溜まってるな。
なんだろうな……どうしてヒーラーが絡むと真面目な方向に事が進まないんだろう。俺達、一応国が滅ぼされたって話を聞いて来たんだよな? なんで鳩が温泉に入ったかどうか確認しなきゃならないの? 動物園にカピバラ見に来た修学旅行生じゃないんだよ?
「参ったな。俺やティシエラでさえこうなんだから、今頃ベルドは頭真っ白になってるんじゃないか?」
溜息交じりにウィスはそう呟き、先に歩き出した。
実際、ベルドラックって何となく堅物って感じだから、こういうフザけた状況には上手く対応できそうにないよな。それは少しだけ気の毒な気もする。
「仮にそうでも自業自得よ」
そんな俺の心情とは裏腹に、ティシエラはベルドラックに対して何処までもドライだ。
これは……グランドパーティ内で何かあったのかもしれないな。でも今はそんな過去の事を聞ける空気じゃない。黙って移動しよう。
集落の奧へ向かう道は結構な下り坂だ。だから若干見下ろすような景色が広がっている。湯気があがっている箇所は一つや二つじゃない。なんつーか……まんま温泉街って感じだ。
でも決定的に違うのは建物の数。暫く進むと民家は極端に減って、代わりに自然がそのままの姿で残っている。小川の周りには羽虫が舞い、背の高い木には名前も知らない果実がぶら下がっている。もし何も事情を知らなかったら、長閑な村だって感想を抱いただろう。
「ククルクルルククルクルが向かったのは、あの湯気の所か。ペガサス、行けるか?」
「んー、大丈夫ー」
場所が特定できた事で、ロバの高速移動が使用可能になったらしい。別の精霊を喚ばなかったのが幸いした。
流石に三度目ともなると慣れてきて、身体の浮遊を自覚した瞬間に意識が引き締まって急激な場面転換にも混乱は生じない。
とはいえ『気付いたら目的地にいた』って体験自体には中々慣れない。自分が今何処にいるのかわからないから、数秒間だけど見当識障害のような状態になる。意識もフワフワするし……ゲーム内のファストトラベルとは流石に訳が違うな。
「……温泉宿か」
俺とは対照的に、高速移動に慣れきっているウィスは即座に目の前の景色を視認したらしい。その言葉に引っ張られるように、俺の目も対象となる建物を映し出す。
温泉宿……うん。普通の温泉宿だ。明らかに民家とは違う。看板に『湯』って書いてるし。
こんな建物を一朝一夕で建築できるとは思えない。そういうスキルやドーピングアイテムがあるのなら話は別だけど、そうじゃないのならヒーラーが支配する前からあったと考えるべきだろう。
謎は深まるばかりだけど、それもちょっと麻痺してきた。一回一回立ち止まって考えてたらキリがない。
「中に行きましょう」
ティシエラも同意見なのか、珍しく考えるより先に行動に出た。俺も同じ心境だから、異を唱えるつもりもない。
中で何が待ち構えているのやら――――
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