第037話 たまには青臭く
当然だけど、この世界に公職選挙法と全く同じ法律があるとは思えないし、そもそもギルマス選挙が公共性のある選挙と言えるかどうかも疑問だ。それでも、貴族が金で候補者の後押しをするなんて、普通に考えてあり得ないだろう。いやそれ自体が暗黙の了解で横行している可能性は否定出来ないけど、ここまで堂々と公言するのは倫理的にどうなんだ……?
「あの、フレンデリア様」
「ん? どうかした?」
全く邪気のない笑顔。昔、自分の投稿した飼い猫の動画がバズって喜んでた従妹がこんな顔してたな。二回目の投稿の時点で違う種類の笑顔になってたけど。
それはともかく、相手は貴族令嬢。無礼な発言は命の危険すら感じる。ここは一つ、穏便な対応といこう。
「お金で何でも解決するのはコレットの常套手段です。そこに重きをおいて、彼女の普段の行いを踏襲なされようとするその手腕、実に見事と感服致します。しかしながら、一応コレットは世間的には孤高のパラディンマスターとして一目置かれている存在でして、コレットらしい方法でコレットを支援するというお気遣いはご立派ながら、余り一般市民には伝わらないかもしれません。逆にコレットを見損なう人が出て来るかもしれませんので、支援は違う形の方が望ましいのではないかと」
……知恵を絞りながらの発言だったから、ちょっと冗長過ぎたのは否めない。あとわざとらし過ぎた気もする。
とはいえ、フレンデリア嬢を下げる発言は平民的に絶対NG。下手に出過ぎてカッコ悪いとか言ってらんない。
「トモ酷い! 私の事そんなふうに思ってたの!?」
「いや、逆に何故思われてると思ってなかったのか聞きたいくらいなんだけど」
金蔓扱いされてたパーティ仲間に今も送金してるって話は割と本気で引いたし。他人の生き様にどうこう言える立場じゃないけどさ……
「そっか、このやり方だとコレットの為にならないのね。私、浅はかだったかな……」
逆にこっちは謙虚過ぎるだろ! 貴族令嬢のイメージがブッ壊れるくらい素直だな!
悪気があっての事じゃないのはわかってたけど、どうやらこのご令嬢、本気でコレットを全面支援する気らしい。
だったら、当事者でもない俺がアレコレ言うのは余計なお世話かな……
「あ、あの……フレンデリア様。よろしいですか?」
ずっと固まったままだったマルガリータさんがようやく再起動した。
でも表情は今もぎこちない。戸惑いを隠せないって顔だ。
「トモ君……こちらの男性が言っていたように、シレクス家の全面支援となりますと、誤解を生む恐れがあります。シレクス家の名前に傷を付けない為にも、違う形でご支援頂ければ……」
「うん、わかりました。お二人とも真摯なご意見をありがとう。別の方法を考えてみる」
ええ子や……!
なんて綺麗な貴族令嬢。きこりの泉にでも飛び込んだんだろうか。
それとも……いや、まさかな。
「思い付いた!」
早っ! っていうか今考えてたのかよ! 普通は仕切り直す流れじゃないの?
「シレクス家主催で『魔王城侵攻レース』を開きましょう!」
……はい?
「お父様から聞いたのだけれど、ここ数年魔王城まで攻め込んだ冒険者は一人もいないとか。その拮抗状態を打破する為に、魔王城まで誰が最初に辿り付けるか競争をして貰いましょう。そして、最初に到着した人達を大々的に表彰するの。これなら城下町の住民はみんな注目するし、表彰されるコレットを見ればみんなギルマスに相応しいって思うでしょう? 選挙もきっと大勝利よ!」
お嬢様の発案は、ある意味では見事に核心を突いていた。
市民の誰からも認められるギルマスを作り上げるには、わかりやすい実績が何より有効。魔王討伐という人類共通の夢に大きく前進する快挙を成し遂げた冒険者なら、問答無用で納得を得られるだろう。
そういう場を設けるという彼女の案は、支援として成立している。しかも決して賄賂には該当しない。見事なアイディアだ。
ただし致命的な問題が一つ。
コレットが優勝する事を前提にしている点だ。
「コレットは冒険者の中で一番レベルが高いんでしょう? なら絶対、一番に到着するに決まってる。そうでしょ? コレット」
「へ? あ、えっと、うーん、その……」
金魚掬いの小赤みたいに目が忙しなく泳いでる……
そりゃそうだ。レベル78とはいえ、つい先日まで魔王討伐なんて一切関係ない運極振りの生活をしてきた彼女が、魔王討伐ガチ勢に勝てる筈がない。でもそれを言い訳にこの案を棄却すれば、彼女がひた隠しにしてきた戦闘技術のなさを露呈してしまう。
「大丈夫よコレット、貴女を信じる私を信じて」
……まだ知り合って二日目ですよね?
いやでも、フレンデリア嬢視点でコレットを見ると『自分の身を挺して庇おうとしてくれたレベル78のパラディンマスター』なんだよな。全面的に信頼したくもなるか。俺だって内情を知らなきゃ本命視するだろうし。
「そうと決まったら、早速お父様とお母様に掛け合わないと! レース自体は多分私のポケットマネーで開催出来るけど、表彰となるとお父様にお願いしないといけないし! コレット、それとお二人もお休みなさい!」
嵐が去った。そして残されたコレットは――――
「 」
し……死んでる。
いつの間にか仰向けでその場に倒れ込んでピクピク痙攣してる。顔芸も一流だけど雪崩れ芸に至っては超一流だな。雪崩れ芸の第一人者になれそうな勢いだ。
「なんか、とんでもない事になりましたね」
今のコレットに話しかけるのは流石に抵抗があったから、マルガリータさんに話を振ってみる。
「……ええ」
生返事。
俺を嫌っていて適当にあしらった訳じゃない。彼女はそういう人じゃないし、表情でわかる。この顔はさっきからずっと変わらない。困惑の面持ちだ。
貴族令嬢がギルドにやって来た事に驚き、緊張していたのなら、彼女が去った時点でそれは解ける筈。
じゃないとしたら、一体……
「コレット。フレンデリア様はずっとあんな感じなの?」
要領を得ない様子で尋ねるマルガリータさんに対し、コレットは――――返事がない。屍ってるようだ。死んだフリよりも高度な技術を要する、精神的仮死状態。それが『屍ってる』。神ってるの反義語だ。
「前はあんな感じじゃなかったんですか?」
仕方ないので、俺が代わりに進行役を買って出た。こう見えても中学時代は委員長もした事がある。当然、学級会の進行も経験済みだ。ちなみに副委員長だった女子とはほぼ話なんてしなかったけどな。誰だったかさえ記憶にない。向こうはきっと委員長が存在した事すら記憶から消えているだろう。黒歴史にすらなれない歴史もある。
「そうですね、貴方はこの街に来たばかりだから知らなくて当然ですが……あの、ここだけの話にして貰えます?」
勿論、という意味を込めて頷く。
「……正直、違和感しかないっていうか、同一人物とは思えないくらいです。以前の彼女は、傲慢で、高圧的で、少しでも意にそぐわない事があれば罵倒の限りを尽くすような女性でしたから」
ゆっくりと、言葉を選びながらの回答。それでも表現としては結構強めだ。以前のフレンデリア嬢の人格が窺い知れる。
そういえば昨日、酒場でティシエラも彼女の事を『変わった』って言ってたような……
「そこまで劇的に変わるって、何かきっかけがあったんでしょうか?」
「わかりません。暫く街には来ていなかったみたいだから、人生観が変わるような大病や大怪我をしたのかも……それにしたって完全に別人って感じで納得し辛いですけど」
別人。そうかもしれない。
さっきもそんな予感はした。確信には至っていないけど、それに近いくらいの自信はある。
彼女――――フレンデリア嬢も、俺と同じ転生者なのかもしれない。
あくまで疑惑って段階だし、確かめる術はない。
っていうか、下手に首突っ込んで俺が転生者なのバレたらシャレにならない。この件に関してはそっと心にしまっておこう。
「理由はわかりませんけど、良い方向に変化したのなら喜ばしい事じゃないですか? 今は違和感があっても、いずれ慣れるでしょうし」
「そう……ですね。まだお若い方ですし、いつまでも気味悪がっていては……あっ」
「今のも聞かなかった事にしておきます」
マルガリータさんはバツの悪そうな苦笑を浮かべ、お願いしますと小さく呟いた。さっきの気に障った質問の件はこれでチャラにして貰えそうだ。冒険者じゃなくなったとはいえ、彼女とは今後も接する機会があるかもしれない。関係が険悪になるのを避けられたのは僥倖だ。
さて……
「いつまで死んでんのコレット。いい加減蘇生しろって」
「もぅ無理……絶対バレる……私のポンコツが白日の下に晒される……どうして人間って時には誰かを知らず知らずのうちに傷つけてしまうの……」
立候補の件をお嬢様に話したのが仇になったな。それで自業自得と言うには可哀想だけど。
「貴族のご令嬢にここまで動いて貰って恥を掻かせる訳にはいかないし、もうダメ……私終わった……パトロンから罵倒されて援助を打ち切られたお母様から『お前なんて生むんじゃなかった』って吐き捨てるように言われる未来が見えるもん……」
「悲観し過ぎだろ幾らなんでも」
「トモは他人事だからそんな事言えるんだよ! もっと私の立場になって考えて! 私を心配して! 甘い言葉で私を勇気付けて! ついでに解決して!」
……偶に幼児退行するこいつの発作はなんなんだろう。まるで駄々っ子だ。
「コレット。もういい加減覚悟を決めるべきなんじゃないか? どっちにするか、ここでハッキリさせよう」
「ふえ……?」
「ギルマスに立候補するか、やめるか。今日、今、ここで決める。いつまでも有耶無耶にしてると、自分が傷付くだけだ」
ああ……これは良くない。過去の自分に向かって説教している気分だ。
大学時代、具体的な目標が見付けられずに曖昧な時間をダラーッと過ごした結果、何者にもなれず人生を終えてしまった。あの頃の俺と今のコレットはそっくりだ。でも、だからって同じとは限らない。気持ちはわかる、俺も経験がある、なんて軽々しく言っちゃいけない。
他人に対してあーしろこーしろって上から目線で言うのは、その瞬間だけは気持ちが良い。でも言葉にした直後に後悔と恥辱が押し寄せてくる。お前は何様なのかと。どんだけ偉そうなんだよと。自分の声の残像に向かって、そう叫びたくなる。
俺が言わなくても、きっとマルガリータさんがもっとやんわりと、丁寧に、より的確にアドバイスするだろう。俺が責任を負う必要はない。説教するにも格ってものが必要だ。サブマスターの彼女にはそれがあり、何の肩書きも実績もない俺にはない。だから沈黙が正しい。絶対そうだ。間違いない。
「決めてしまうのが怖いのはわかる。俺も経験ある。でも、正解を選ぶよりもいつ選択するかが大事な時もある。コレットにとって、今がきっとそうなんじゃないか」
……わかってるのに。頭ではわかってるのに、どうして言っちゃうかな。
何なの俺。そんなに気持ち良くなりたいの? 誰かに助言して、説教して、偉そうにして、見下した気になって、それで満足感を得たいのか? 格上にでもなった気分に浸りたいの?
そうかもしれない。否定は出来ない。俺はそんな人間だった気がする。プライドと理想だけは高くて、妥協なんか出来ないと自分を納得させて、結果何もしなかった。挑戦もしない、リスクも背負わず、何だってまるで他人事。その癖、中年男性が山で遭難して救助隊に助けられたってニュースには『いい歳して何やってんの恥ずかしい』なんて思っちゃうし、微妙な成績でメジャー挑戦を表明する野球選手を『身の程知らずだよな』と心の中で嘲笑ってる。そんな奴だった。
警備員は立派な仕事だ。社会に必要とされている仕事だ。それなのに、俺はその仕事を見下して、底辺だと決め付けて、向上心を持とうともしなかった。底辺だったのは警備員じゃない。俺だ。俺が底辺警備員だっただけだ。そんな事は誰に言われるまでもなく、自分で気が付いてたよ。30も過ぎれば自分の事なんて99.99%は理解してる。100円で買える除菌シートだってそれくらいは除菌出来るんだから、当たり前だ。
そんな底辺警備員にどうしろと?
転生して、別の人間の肉体を手に入れて、でも中身はやっぱりこんな成功経験も成長もしていないガキのままで、逆境に向き合う度胸もなくて、ただ流されて生きていた俺に何が出来るって?
決まってるだろ、そんなの。
「俺は、コレットが今までどれくらい頑張ってきたのか、辛い思いをしてきたのか、成し遂げたのか、見てきてないから偉そうに言えない。だから自分で判断するしかないと思う」
「……何を?」
「冒険者をやり切ったかどうか。まずはそこが出発点だろ?」
やりたい事をやる。言いたい事を言う。そして自分の人生に責任を持つ。それが己らしく生きるって事だ。そうするって誓ったからな。
今俺が一番やりたいのは、自分のショボさをひたすら嘆いて自己嫌悪に浸る事じゃない。ショボいのは事実だけど今はそれはどうでもいい。何の為の転生だ? 過去の自分を棚上げする為に決まってるだろう。
俺は、友達の力になりたい。
これだよ……俺がやりたくてもやれなかったのは!
「親とか体裁とか責任とかじゃなくて、自分の人生なんだから自分の気持ちを一番大切にしないと。ギルマスになるのなら、冒険者は実質引退だ。引退しても良いくらい、冒険者に未練はないのか。それともまだやり残しがあるのか。俺はここが何より重要だと思う」
「トモ……」
「さっき凄い剣幕で言われたから、コレットの立場になって考えてみたぞ。あと心配もしてみた。甘い言葉で勇気付けてみた。どうだ、これでもまだ不服か?」
「それは言わなくて良くない!? もーっ、せっかく感動したのに……」
そうは言っても、中々ねえ……あとマルガリータさん、こっち見てニヤニヤするの止めて貰っていいですか。青春ラブコメごちそうさまって顔してますけど、青春でもラブコメでもないんで。いや本当に。
「でも、うん。そうだよね。私、決めた」
俺の勢いだけの助言も、一応はきっかけになったらしい。たまには青臭くなってみるもんだ。キュウリもグリーンピースも大嫌いだった筈だけど、いつの間にか同盟を結んでいたらしい。ならせめてスイカになりたい。青臭同盟の王者に俺はなる。
何にせよ、コレットはさっきまでより幾分かは晴れ晴れとしていた。
果たしてその結論は――――
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