第036話 パラディソマスター

 まだこの世界に転生して一週間も経っていない現状で、俺が頼れる人物は限られている。

 その中で、測定方法に詳しそうな人と言えば――――


「武器のステータスですか? 攻撃力とか属性だけじゃなくて?」


「はい。出来れば武器を鑑定する測定器とかが欲しいんですけど」


 冒険者のステータスを測定している冒険者ギルドしかない。

 勿論、武器屋の二人にはそれとなく聞いてみたけど、そんな便利な物があるのなら真っ先に導入してると御尤もな返答を頂いた。

 とはいえ、簡単に諦める訳にはいかない。


 パラメータ調整が出来るかどうかの実験は、ステータスがわからなくてもやろうと思えば出来る。

 武器を手で触りながら『攻撃力に極振り』と言って、その武器で実際に木でも切りつけてみればいい。

 攻撃力の大幅アップと引き替えに耐久性が皆無になってる筈だから、簡単に壊れてしまうだろう。


 とはいえ、次のフェーズとなる『どのパラメータを引き上げるか』の検討は、あらかじめステータスがわかっていた方が格段に効率が良い。

 わかっていない場合、例えば運極振りにしてみて、実際にその武器が幸運の置物になったかどうかを確認するには、しばらくその武器を所持して検討する必要があるからな……正直メンドい。


「そんな道具は聞いた事ありませんね……多分ないと思います。あれば武器屋や鍛冶師が絶対欲しがるし、私達の耳にも届くでしょうから」


「ですよね……」


 マルガリータさんの返答もまた御尤も。魔王城の近くにあるこの街は基本、最先端の武器が売っている訳で、それをフォローアップする環境も当然最先端。ここに測定器がないのなら、この世界の何処にも存在しないんだろう。


 仕方ない。測定器はなしで実験してみよう。幸い、ベリアルザ武器商会にはそろそろ在庫処分するしかないような売れ残りの武器が結構あるみたいだし、それを使えば費用はかからない。やるだけやってみるか。


「ところで、今日はコレットは一緒じゃないんですか?」


「そんないつも一緒にはいないですよ。俺も日中は仕事ありますし」


 本日は早朝から会議があって、それから夕方まで警備の仕事だったから、自由に動ける時間はなかった。尚、昨日とは打って変わって客入りはそこそこだったな。当然、そいつらの大半はルウェリアさん目当てなんだけど。一体どこから復帰情報が漏れたのやら。この世界にもマスコミみたいな職業があるのかもしれない。


「なら、ここで待ち合わせなんですね。ヤダ初々しい……そういう甘酸っぱい関係、私嫌いじゃないので!」


 突然どうした。ギルマスと倦怠期なのか? それとも単にカプ厨?


「待ち合わせもしてませんし、理由もなく待ち合わせする仲でもないです」


「えー……」


 えーって何ですか。何ソレつまんない私が見たいのはもっとキラキラした青春ラブコメなのに何そんなドライな態度してんのバカじゃないの使えねーなくたばれよゴミクズみたいな顔しないで下さい傷付くんですよそういうの何気に。


「トモ君がコレットの事どう思ってるのかはわからないですけど、コレットがあんなに他人に懐くの初めてなんだから、責任は取ってあげて欲しいです」


「誤解を招く発言は止めて下さいません!?」


 この冒険者ギルドは酒場が併設されてる訳じゃないから、夜間は人が少ない。一応、夜にもフィールドに出ている連中がいるから閉めてはいないけど、結構閑散としている。それでも数組のパーティが話し合いや歓談をしているし、人数が少ない分声が通りやすいから変な発言は即座に漏れ聞こえてしまう。勘弁してくれよ本当……


「フフッ。半分は冗談だけど、半分は本気ですよ? あの子、私以外に友達いないくらい人付き合いが壊滅的なんですから。そんなあの子が、初めて貴方とここに来て以来ずーっと貴方にベッタリなんですもの。ちょっと妬けちゃうくらいでしたよ」


「……一応断言しておきますけど、何もないですからね」


「でも、狙ってはいるんでしょ?」


「いや、それは……」


 答え倦ねたのは図星だったからじゃない。断じて違う。

 まともな恋愛経験がないから、そもそもどのレベルの感情が『狙っている』の範疇に含まれるのかがわからないんだ、いやマジで。


 可愛い上に胸も大きい女の子を見れば『アラっ』と思うのは男なら普通だし、話が出来る仲になれば『アラ、いいですねえ』の波が寄せては返すのも当然で、なんか向こうも気さくに話しかけてくるし割と頼っても来るようになったらそりゃ、俺レベルの女性遍歴でもどうにか出来ちゃうんじゃないのとうっかり誤解しそうになる訳ですよ。

 ただ、これは俺がコレットをどう思っているのかとは全く関係ない。男の性というか本能というか、まあ性欲なんですよね要するに。

 そもそも俺はまだ30代だった前世を余裕で引きずってる訳で、肉体年齢の20歳に合わせた感覚で他人と接するなんて無理。コレットは恐らく10代だし、30代が10代に邪な気持ちを抱くのは物凄く罪悪感がある。この世界の一般的な恋愛観がどうなのかは知らんけど。


「女性として魅力的な部分があるのは認めますけど、今のところコレットとそういう関係になりたいと思った事はないですよ。まだ知り合って間もないのに」


「えー……」


 いやだからね、そんな無味無臭のクソつまんない答えなんて誰も求めてないのに何で言っちゃうかなサービス精神とかないんですかホントつまんねー男っていうか死ねみたいな顔しないで。世の陰キャはこういう顔されるのが嫌だから一層陰キャである事に肯定感を抱くんですよ。


「まあ、狙う狙わないはともかくとして、コレットとは今後も仲良くしてあげて下さい。パラメータの件があって人付き合いがほぼなかったから、今も中々他人に心開けないし、ちょっと難しいところもあるけど……優しくて良い子ですから」


「その優しさにつけ込んでギルマスに推したんじゃないですよね? なんでコレットだったんですか?」


 こういう話の流れだったから、丁度良かった。中々普段のテンションでは聞けそうにないからな。


 どうして彼女がコレットをギルマスに推薦したのか。彼女の真意には興味がある。


「そうですね……なんだかんだでギルドマスターって格が必要だし、多くの冒険者が代表って納得してくれるわかりやすい指標をあの子が持ってるのは事実ですね。レベル70台は現状あの子だけですし」


「レベル78が決定打なんですか?」


「いえ。私はギルドマスターに一番大切なのは誠実さだと思ってて、コレットはそれを持ってる数少ない冒険者です。一応、ギルマスの仕事をずっと隣で見てきた上での判断ですよ。文句あります?」


 俺の質問に内心結構キレてたらしい。マルガリータさんの顔は決して怒ってはいなかったけど、最後の一言は喉元に刃物を突きつけられたような底冷えのする声色だった。生前の俺ならば、一生自分から女性に話しかけられなくなるくらいのトラウマを負っていたに違いない。


「誠実さが最重要だという根拠を知りたいですね」


 けれど、今の俺には例え呪詛をぶつけられても引くに引けない理由がある。俺だって、意趣返しでこんな事を聞いた訳じゃない。具体性に乏しい理由でコレットを推薦しているのなら、彼女に立候補を止めるよう進言する腹づもりでいる。


「……トモさんはどうして、そこまでコレットに肩入れするんですか?」


「友達ですから」


 大真面目に答える。

 マルガリータさんは――――小さく頷いた。


「さっきの質問の答え。誠実さがない人は、何処かで諦めちゃうんですよ。妥協や譲歩とは違う意味で。それが今の冒険者ギルドには致命傷になるんです。私が言えるのはここまで」


 結局曖昧なままだったけど、『今の冒険者ギルドにはコレットのようなギルマスが必要』という彼女の主旨は理解出来た。平時からギルマスに向いているとは思っていない、と解釈すべきだろう。

 なら、事情を知らない俺にはどうしようもない。ここが引き時か。


「私だって、友達を修羅の道に引きずり込む趣味はないですけど、適任だと思う人材がいて、それを無視するのはサブマスターの職務を放棄するのと同じだと思いませんか?」


「ギルド第一、ですか」


「一応、自分の人生を預けた職場ですから」


 苦笑、という表現が辛うじて当てはまる、そんな笑顔。そこには確かな矜恃が窺える。

 そういうふうに見えたのなら、素直に信用しなくちゃな。ここを捻くれると踏み外す。大学時代の俺のように。


「わかりました。答えて頂いてありがとうございます」


「納得はして貰えましたか?」


「取り敢えず、コレットに立候補を取り下げるよう進言するのは保留にしておきます。貴女がコレットを大切に思っているのは伝わってきましたし」


「それはどうも。私も、貴方がいい加減な気持ちでコレットと接している訳じゃないのはわかりました」


 そういう誤解を招く発言は止めてってば……本当にそういうんじゃないんだから。


 俺は――――コレットと似たところがある。長所は似てないけど短所は似てる。彼女が傷付く姿は、俺が傷付く姿でもあるんだ。こんなキモい事口に出しては言えないけど。だから、俺がコレットに肩入れするのは当然なんだ。誰だって、自分が傷付く姿を目の当たりにしたくないじゃないか。


「でも……私達は友達になれそうにないですね」


「それは同感です」


 思わずグラスを合わせて乾杯したくなるほど、意見が一致した。


「あれ……? トモ?」


 不意に、ついさっきまでこの場の主役だった女の実物が現れた。

 どうやら一人じゃないらしい。

 隣にいる女性は――――


「あら、この方があのトモさん? 何処かで見た覚えがあるような……」


 ありますよ。つい先日、隣の酒場で。

 少なくともこっちにはより明確な覚えがある。


 フレンデリア=シ……シ……なんとかス。

 ファミリーネームまでは流石に覚えてないけど、お嬢様っぽい名前の方はバッチリ記憶していた。


「フレンデリア様ですね。こんばんは。以前、コレットが貴方を押し倒した現場に居合わせていました」


「ちょっ、トモ!? 押し倒したはなくない!?」


 いやでも他に適切な表現が思い付かないんだよね。結果的に助けた訳じゃなかったし、『助けようと試みた』が正しいかもしれないけど、これはこれで微妙じゃね?


「そうだったのね……ごめんなさい、あの時の私はコレットばかりに目がいってしまって」


「いえいえ、全くお気になさらず。それより、今日はどうしてここに?」


 貴族令嬢が冒険者ギルドに何か用があるとは思えないけど……


「実は今日、コレットを家に招待したの。素敵な一時を過ごす事が出来て、とてもハッピーな気分よ!」


 ハッピーついでに冒険者ギルドに立ち寄る理由を教えてくれませんかね。酒場や娯楽施設ならまだわかるんですが。

 ただそれより、彼女の言動に対するマルガリータさんの反応が気になった。


「……」


 何その幽霊でも見たかのような顔……

 今朝、ルウェリアさんが俺に『昨日割ったお皿みたいな目』って言ってたけど、彼女の今の目がまさにそれだよ。一体どしたの。


「その席でコレットが、冒険者ギルドのギルドマスターに立候補するかもしれないって教えてくれたの。だから、居ても立ってもいられなくなって、慌ててここに来たのよ」


 そんな俺の怪訝な心持ちなど知る由もなく、話の続きを興奮気味に捲し立ててくる。あーそーゆー事ね、完全に理解した。

 つまり、彼女はコレットを……


「コレットのギルドマスターへの道、私達シレクス家が全面的に支援する事をここに誓います!」


 ああ……やっぱり……

 そしてコレットは――――あ、白目剥いてる。理由も聞かされずここへ案内しろって言われてたんだな、多分。お嬢様らしい振り回しっぷりだ。


 にしてもこのレベル78パラディンマスター、変顔が得意である。パチもん感がハンパない。もしかしたらパラディンじゃなくてパラディソマスターなのかもしれない。


「お父様もお母様もコレットの事を気に入ってくれたの。コレットがギルドマスターになったら、きっと冒険者ギルドは今以上に良くなるって。私も同意見よ。今のギルドが悪いって訳じゃなくて、未来が一層明るくなるって意味でね!」


 このお嬢様、テンション高いなー……コレットどころかマルガリータさんまでドン引きだけど、全然お構いなしに喋る喋る。酔ってる訳じゃないよな……?


「そこで、ギルドに提案があるの」


「……えっと、伺います」


 本来そう言わなきゃいけないマルガリータさんがずっと固まってるから、何故か俺が話を聞く事になってしまった。謎過ぎるこの立ち位置。俺は一体何者なんだろうか。もしかして俺って案外聞き上手だったんだろうか。女子に気持ち良く話をして貰う才能があったんだろうか? 合コンで一人あぶれてる地味可愛い女子の隣に座って『こういうの慣れてない?』とか話しかけて悩みとか聞いて、最後しれっとお持ち帰りするテクニシャン系の陽キャになれる素質があったんだろうか。いやない。


「もしコレットをギルドマスターにしてくれるのなら、ギルドに寄付をしようと思ってるの! 健全な運営をする為の資金として。私のポケットマネーだけど、結構貯金してるから、それなりの額だと思うけど……どう?」


 お嬢様はニコニコ笑顔で堂々と賄賂の話をお始めになった。

 

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