第035話 世界一ヤバい吐息
ギルマス同士の睨み合いは暫く続き――――先に瞑目して視線を切ったのはバングッフ氏の方だった。
「何にしても、ただでさえ売上も評判も悪い武器屋だ。何か一つケチが付くだけで、住民の印象は最悪の方に傾くんだよ。オレはここらが潮時だと思うぜ。御主人、悪い事は言わねぇ。娘の為にも違う職を探すんだな」
「評判は悪くねぇよ! 誤解が多いってだけだいチクショー!」
御主人、半泣き。ここまでボロクソに言われれば泣きたくもなるか。
ただ……俺の贔屓目なのか、このバングッフ氏、そこまで追い詰めようとしているようには見えないんだよな。
寧ろ武士の情けみたいな言い回しというか、割と二人の将来を心配しているようにも感じる。
多分、大勢を率いてる割に高圧的な態度を示さないからだろう。
前世の警備員時代、俺を見下す連中は幾らでもいたけど、そいつらとは明らかに表情も態度も言動も違う。
「結論を出すのはもう少し待って下さい。ベリアルザ武器商会はこれから変わろうとしてるんです」
だから、こっちも出来るだけ感情的にならないよう、前向きな姿勢を明確に示す。
俺のそんな意図の発言を、バングッフ氏は困ったような顔で聞いていた。
「つってもなあ……魔除けにしかなりそうにないこの店の武器で何か対策講じられるのか? 今後は更に厳しくなると思うぞ」
確かに、固定客の一人を失いかねない上に風評被害まであるとなると――――
……魔除け?
魔除けか……そういう需要もありと言えばありなんだよな。
コレクターが鑑賞用の為に買うのとは違って、一応外敵に対する脅威って意味では武器の本分を多少は果たす事になるし、御主人もルウェリアさんも納得してくれるだろう。
とはいえ、今ある武器を魔除け用として売ったところで、多分買い手は殆どいないだろう。漠然としたイメージだけじゃなく、魔除け効果があるという確かな実績が欲しい。
「ま、仮にこの店がアインシュレイル武器商会よりも上に行く事があるんなら、存在価値がないとまでは言えねぇよ。そうなるとは思えねぇが、変われるっつーんなら変わってみてくれや。おうお前等、行くぞ!」
待って下せぇアニキ、って思わず言いそうになる発言を残し、商業ギルドの面々はゾロゾロと店を後にした。随分アッサリと去って行ったけど、まあ半分くらいは肩じゃなく尻を叩きに来たんだろう。営業妨害も甚だしいが、最初の印象ほど悪人でもなかったし、塩を撒くのは勘弁しといてやるか。
「全く、いつ見ても柄の悪い連中ね。教育上良くないから余り出歩かないで貰いたいわ」
バングッフ氏の背中を見送るでもなく、店の壁に向かってティシエラさんは溜息をついていた。
「お前さんも大変だな。ソーサラーギルドのギルドマスターともなると、教育の事まで考えなきゃいけねぇんだからよ」
……どういう意味なんだろ。ギルマスくらいの地位になると、地域教育まで視野にいれなきゃいけないとか?
「ソーサラーギルドはソーサラー以外にも、教育者の卵を支援する組織なのよ。元々ソーサラーギルドは、魔王を倒した後の世界でソーサラーが生きていく為のセカンドキャリアを支援する為に設立されたんだけど、パーティ内で頭脳担当を担う事が多いから、自然と教育者を目指す子が増えていってね。だから、教育のノウハウが自然と出来上がったのよ」
俺の表情から必要性を読み取ったらしく、本人が説明してくれた。成程、わかりやすい。前に冒険者ギルドの現ギルマスがソーサラーギルド所属者が全員ソーサラーって訳じゃないって言ってたけど、こういう事か。
……つまり、さっきのギルマス同士の睨み合いって、経済学部と教育学部のギスギスだった訳ね。同じ文系同士仲良くしろよ全く。
さて、そんな事より――――
「ティシエラさん。例えばですけど、武器にヒドゥンって魔法の効果を恒常的に付随させる事って出来ます?」
「出来ないわよ」
意図も問われず一蹴!?
低レベルの敵に気配を悟られなくする効果が付随すれば、魔除けっぽい武器になると思ったんだけど……無理なのか。
「武器には属性があるけど、魔法を合成するような方法は今のところ解明されていないわ。研究自体は行われているかもしれないけど」
「そうですか……」
「ところで、私の事は呼び捨てで構わないわよ」
え……? なんで?
この一連の流れで、彼女の好感度が上がるようなやり取りあったっけ?
「私、それほど親しくない相手には出来るだけ呼び捨てにして貰っているの。だって、敵は私を呼び捨てにするでしょう? どうせなら一纏めにした方がわかり易くて良いじゃない」
えっと、すいません。その理屈は全然わかりません。この人は一体何を仰っているのでしょうか。
「その代わり、私は貴方を他人行儀に警備員さんと呼ばせて貰うわ」
「一貫性なさ過ぎて訳わからないんですが……」
「私の中では一貫しているから問題ないわ」
よくわからないけど、貴女がそう言うんならそうなんでしょう。貴女の中では。
でも女性を呼び捨てに出来る機会はそうそうないんで、お言葉に甘えさせて貰うとしますか。コレットの時は非常時だったから実感ないんだよな。
「あの……」
ルウェリアさんがおずおずと会話に入って来る。
「私の事は引き続きルウェリアさんとお呼び下さい」
……それ言う必要ありました? 俺、もしかして嫌われてる?
あとさっきから地味に傷付けられてばっかなんだけど……この武器屋、言葉のナイフの方が切れ味良くないですか?
「と、とにかくですね、このままじゃこの武器屋の存続が危ぶまれます。そこで、暗黒騎士になりたい人向けの武器に加えて魔除け需要についても検討してみてはどうかと」
「魔除けか……まあこの際、お客様の用途にまでケチ付けられる立場でもねぇしな……」
「私は良いと思います。脅威を未然に防ぐ武器、それはそれでカッコ良い役回りです。暗躍って感じで!」
若干不満はありつつも、御主人は納得してくれたみたいだ。ルウェリアさんは寧ろテンションアゲアゲだ。
「暗黒騎士向けの武器については、もう一考必要ね。呪われてそうな武器や闇属性は望まれていないようだから、違う方向性を考えないと」
見た目禍々しいのだけじゃなく、闇属性もダメなんだよな。結構条件厳しいな。
……待てよ。
「素朴な疑問なんですけど、この武器屋の商品って全部闇属性でいいんですよね?」
「よくないです! いろんな属性の武器があります!」
「またまたー。このインフェルノ・怨とかどう見ても呪われてるし闇属性じゃないですかー」
「呪われてねーし炎属性だよ!」
えっマジで……? 暗黒系武器なのに?
だったら、なんで名前に怨って付いてんのこの斧。それに、斧の刃の部分にうっすらと人の顔が浮かんでるんですけど。しかも邪悪な鬼みたいな顔。これ呪いでも闇でもないなら何なのさ。
「誤解されがちですけど、お父さんと私の武器屋は出来るだけ買ってくれた人が使いやすいような商品を目指しています。見た目にこだわってはいますが、それだけじゃないんです」
「その点は私も保証するわ。現役時代に使っていた【アポリュオンロッド】はとても扱い易かったし、最高に暗黒な一品よ。ソーサラーギルドにあれを継ぐ者はいなかったから、私の部屋に今も飾ってあるわ」
継ぐ人がいなかった時点で信憑性がね……
「ソーサラーギルドには暗黒騎士の魔法使いバージョンみたいなのはいないの? ティシエラみたいな」
「いないわ。そもそも私が暗黒魔法使いではないし。ところで突然気安いわね。もっと発言に距離感を出して貰える?」
えぇ……名前を呼び捨てにするのに丁寧語を使うの違和感あるから、勇気出して気さくに話してみたのに。
「冗談よ。それじゃ、私もそろそろお暇するわ。それと、このディアボロスの鏖殺杖を頂こうかしら」
「えっ!? 良いんですか!?」
「前々から気にはなっていたのよ。あらためてこうして目の当たりにすると、やはり素敵ね。朝目覚めたら謎の鳥を咥えて枕元に立っていそうなこのデザイン……フゥ」
何その世界一ヤバい吐息。
御主人様に獲物を見せる猫じゃないんだからさ……
「もう現役じゃないから、戦場で使えないのは申し訳ないけど」
「構うこたぁねーさ。元グランドパーティの一員に所有されるんなら、こいつも幸せだろうぜ」
御主人、ニヒルな物言いで在庫の杖を取り出してるけど、ウキウキ顔は隠せていませんね。今にも小躍りしそうだ。
にしても……
「グランドパーティって何なんですか?」
「魔王討伐に最も近いと言われた伝説の四人組パーティです。ティシエラさんはその中の一人だったんですよ」
なんですと……!?
まあ、この若さでギルマスになるくらいだし、現役時代の実績も凄いだろうとは思っていたけど……鬼畜系ソーサラーの異名に偽りなしか。
「昔の話よ」
「まだ三年しか経ってねーじゃねぇか。ほれ、ありがとさん。大事に飾ってやってくれ」
「ええ。そうするわ」
ディアボロスの鏖殺杖の価格は――――22000G。220万円なり。こんな高価な買い物をサラッとするあたり、大物感あるよなあ。
「それじゃルウェリア、また会いましょう。警備員さんもね」
「またのお越しをお待ちしております!」
ニコニコ顔でティシエラを見送るルウェリアさんの隣で、俺は暫し痺れていた。
うーん、カッコ良い。
俺もあんな生き方してみたい。引退した後にも高価な武器を買って静かに微笑みを浮かべたい。
……と、そんな理想像を描いている暇はないな。
一品売れたとはいえ、今後の為に方針を固めないといけない状況なのは変わりない。
暗黒騎士志望者の方は、後であらためて聞き込みをしよう。具体的にどんな武器を欲しているのか。
後は魔除けだな。
魔除けと見なされるような、納得を得られるような実績を作るには……いわく付きの武器になる為の付加価値を……付加……追加……既存の変更……
「……」
「トモさん? どうしました? 目が昨日割ったお皿みたいになってます」
割る必要ないんじゃないですかね……
それはともかく、目が皿のようになったのは多分本当だ。
俺の中で一つ画期的なアイディアが浮かんだから。
もし――――
もしも俺の調整能力が、人だけじゃなく武器にも使えるとしたら?
そして、武器に攻撃力以外の固有のステータスがあるとしたら?
勿論、攻撃力の数値を低く弄る事は出来ない。詐欺になるし。
でも、例えば武器に幾つかの固有ステータスがあって、その中に幸運値があるとしたら……魔除けに最適の武器にカスタマイズ出来ないか?
それだけじゃない。
武器の性能をより購入者の希望に添える物に出来るんじゃないか?
その為には、武器にステータスがあるかどうかを調べないとな。
仮になくても、耐久性とか属性とか、何かを引き替えに別の何かを引き上げる事は出来るかもしれない。
この能力の事は、まだルウェリアさん達には言えない。
期待させて、結果ダメでしたじゃ罪作りだし。
適当に誤魔化そう。
「いや、えっと……ティシエラがそんなに有名人だったんなら、サイン貰って店に飾ってみたらどうかな、って思って。あのグランドパーティの一員だったソーサラーがイチオシする店、みたいな」
「あ、そういうのはいいです」
「お前たまにショボい事言うよな。それやって売れても虚しくなるだけだろ?」
……俺、やっぱり嫌われてない?
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