第034話 恍惚のデッドライン

 五大ギルドの一角、ソーサラーギルドの代表者が朝イチで駆けつけた時点で、何か裏があるとは思っていたんだ。

 本命は、怪盗メアロに関する情報を聞き出す事だったのか?

 それとも、他に何か別の狙いがあるんだろうか?


「怪盗メアロの狙った武器が鬼魔人のこんぼう……という話、本当なの? ルウェリア」


 これまでとティシエラさんの雰囲気自体は変わらない。でも確実に彼女の意識は前のめりになっている筈だ。

 一体何を知りたがっているんだ……

 要警戒だ。緑色もしくは赤色に着色されたメロンパンの中にメロン果汁が含まれているかどうかをチェックするくらいの慎重さで警戒しなければ。たまにあるんだよ、色付けてるのに果汁は入れてないメロンパン。おかしくない? 着色するなら果汁を入れましょうよ。果汁入れないなら着色しないでくれる? あとメロンパンにカスタード系のクリーム入れるの止めてくんないかな。不味くはないけどカスタード強すぎてメロンパンのバター風味が死ぬから。


「はい。トモさんが奮闘してくれましたが、残念ながら盗まれてしまいました」


「そう。前々から思っていたけど、やはりあの怪盗……」


 ターゲットを特定する事で、何か手口や正体に関する情報のヒントを掴んだのか?

 或いは他の、もっと決定的な何かを――――


「趣味が悪いわね。あんな野蛮な武器を盗んで何が楽しいのかしら。知性もセンスも感じられないわ」


「ですよねですよね! 私たちのお店にはたっくさんカッコ良い武器があるのに、それを全部無視するなんて信じられません! 納得いかない!」


 ん……?

 まさか怪盗の趣味を確認したかった、ってだけ?


 いやいや、まさかまさか。そんな訳が……


「話が逸れてしまったわね。暗黒騎士に憧れている人をターゲットにする為には……」


 ……終わったよ!!

 本当に怪盗と鬼魔人のこんぼうをディスるだけで終わっちゃったよ!!


 ダメだ……この人の考えている事が全然読めない。外見はミステリアス美人で態度も落ち着いてるのに、性格がちっともそこに寄り添ってない。

 なんかもう、余計な勘ぐりしないで普通に会議に没頭した方が良いのかも。


 あと、鬼魔人のこんぼうを悪く言うの止めてくれませんかね。俺、あの武器結構お気に入りなんだよ。なんなら警棒代わりに新しいの購入しても良いくらいなんだけど――――


「おう御主人、邪魔するぜ」


 徒労で全身に倦怠感が漂っていたところに、ドスの利いた渋い男の声が忍び寄ってきた。

 威圧感はない。

 でも、明らかにこの街で出会ったどの男とも違う、貫禄のようなものを感じる。


「……」


「なんだ? ソーサラーギルドのボスがなんでここにいる?」


「そちらこそ、商業ギルドのギルドマスターが随分朝早くから動いているのね。朝に機嫌良く鳴いてる謎の鳥にでも起こされたの?」


 謎鳥、この世界にもいるんだ……

 って、今はそんな所に引っかかってる場合じゃない。

 商業ギルドのギルマスだと?


「ま、そんなとこだ」


 慌てて出入り口の方に目をやると、そこには金髪オールバックの男の姿があった。

 強面ってほどじゃないけど目付きは鋭く、堂に入った表情をしている。


 服装も、この街の標準的なファンタジーの住人って感じじゃない。

 全体的にタイトで色合いもシックだからか、フォーマルな印象を受ける。

 年齢は……多分三十代だろう。前世の俺と同世代くらいかな。


 そして、彼の後ろには何人もの部下と思われる男どもの群れ。

 体型はそれぞれで、小太りの奴もいれば細身の奴もいるけど、顔が厳ついのは共通している。


 ……これ普通にヤクザの集団じゃん。

 インテリヤクザのボスと、その舎弟。他に適合する表現が思い付かない。


「それで、俺達の店に何の用だ? 商業ギルドに迷惑をかけたつもりはねぇんだがな」


「まあそう邪険にすんなよ。いきなり大勢で押しかけたのは謝るからよ。だがこっちも、いい加減話を纏めてぇんだ。わかってくれや」


 え……何?

 もしかして御主人、この人達から脅されてるの?

 まさか、こんなヤクザな見た目の連中に借入れしちゃったんじゃ……


「アンタだってわかってるだろ? この街には五軒も武器屋がある。正直多過ぎるんだよ。四軒でも多いくらいなのによ。そろそろ潔く身を引く時期なんじゃねぇか?」


 どうやら借金って感じじゃなさそうだ。ホッとした。

 まあ流石に、借金持ちで新しく従業員を雇う訳ないよな。


 でも、だとしたら何の権限があってこんな勧告を……?


「オレら商業ギルドはな、経済活動全般は勿論、全体の街づくりや都市計画も担ってんだよ。新入りの兄ちゃん」


 俺の事は既に把握済みなのかよ。

 まあ、怪盗メアロの件で多少名前が売れたからな……知られていたとしても不思議じゃない。

 商業ギルドだったら、街中に出没する怪盗の情報は逐一仕入れてるだろうし。


「パンフレットに載せる店を決めるのもオレ達の仕事でな。当然、どの店が流行ってどこが廃れてるかはよーく把握してるよ。だから、将来性に乏しい店にはこうやって肩叩きしに来るって訳さ。流行らない店がいつまでも街の中にあると、邪魔なんだよなぁ」


「そんな! 私たち、ご迷惑をおかけしてる訳じゃ……」


「ルウェリアちゃん。気持ちはわかるけどよ、世の中には引き時ってのがあってな。ちょいと小耳に挟んだんだが……暗黒武器コレクターのウェミング、知ってるよな? あいつ、五日前に白目剥いて倒れちまったんだ。自宅のコレクションルームでな」


「え……」


 御主人とルウェリアさんの顔色が変わる。どうやらここの常連らしい。


「幸い意識は戻ってるよ。だが、まだ本調子じゃないらしい。あいつ、ここ数日の間に店へ来たかい?」


「いえ……お見かけしていません」


「だったら、ここで買った武器に呪われちまったって思ってるかもしれねぇな」


 おいおい、言いがかりにも程があるだろ。それ貴方の主観ですよね?

 普通に病気でまだ本調子じゃないってだけの方がずっと確率高いに決まってるだろ。


「暴論ね。そんな偏った意見がまかり通るとでも?」


「ティシエラ、アンタは黙ってな。ソーサラーギルドはこの件には無関係だろ?」


「なら、俺が口を出します。ここで働いている以上、資格くらいはあるでしょう」


 御主人もルウェリアさんも言いたい事は山ほどあるだろうけど、押し黙って反論しようとしない。

 商業ギルドってのは恐らく商業取引や品質、流通など商売に関する様々な業種の総合ギルドだと思われる。感情的になって暴論を吐いてしまおうものなら、仕入れや宣伝に影響が出かねない。きっとそれを憂慮してるんだ。なら俺が口を挟むしかないだろう。

 

「待てトモ、こいつらは……」


「現状、彼らは営業の妨害をしています。警備員の仕事の範疇です」


 勿論、御主人は俺が暴言を吐く事に危機感を抱いて止めようとした筈。でもこれは俺の仕事だ。警備を任されている以上、俺には店を守る責務がある。俺のやり方でやらせて貰おう。


「おいおい、用心棒が窓口になるってのか? まあ良いけどよ。さっきの話の続きだが……見た目がヤバい武器ってのはな、どうしたってそういう目で見られちまうんだよ。そうなると、都市全体に悪影響が出るかもしれねぇんだ」


 金髪ヤクザの後ろで子分達が『そうだそうだー!』と合いの手を入れている。まさかこの役の為だけに連れてきたんじゃないだろな?


 それはともかく……彼の発言は一理ある。恐らく割れ窓理論を恐れているんだろう。


 街中に、窓が壊れてたまま放置されている建築物があるとする。それが放置されたままだと、この街は人の目が行き届いていないと見なされ、犯罪が増える。結果、治安が悪化する。

 同じ理屈で、邪悪な武器が売られている店があると、それを都市全体が許容していると見なされ、邪教や悪魔崇拝の集団が増える……そんな理屈だ。


 なら話は早い。


「要するに、この店で売っている武器が市民権を得れば良いんですね?」


 負のイメージがあるからこそ、割れ窓理論は成立する。ならそのイメージさえ払拭すれば、悪い方には波及しない筈だ。


「まぁ、言ってる事は間違ってねぇよ。でもな、この店の武器が市民権を得られると思うか? つーかお前、この店の武器怖くないの? オレ普通に怖いんだけど。マジ怖くて一人では来られねぇし」


「確かに……」


「トモさん!? 今の今まで心強い味方だったのに急にどうしました!?」


 いや、これに関しては反論の余地がないっていうか……だから舎弟を引き連れて来たのか。なんか急に親近感湧いたよ。


「ちっとは話のわかる奴みてぇだな。オレはバングッフ。商業ギルドのギルドマスターだ」


「トモって言います。この武器屋の警備員です」


 御主人以来、ようやく握手を交わせる男と巡り会えた。長かったなあ……本当、ロクな男いないからな。この街。


「お父さんお父さん! トモさんが懐柔されてしまいました! 裏切りの波動を感じます!」


「くっそぉぉぉぉぉぉぉ!! こんな事になるとはぁぁぁぁぁぁ!!」


 いや別に寝返った訳ではないんですが。でもこんなふうに言われるのちょっと嬉しい。信頼された経験がないから、裏切られて嘆かれた経験も当然ない。やだ何この感情、こんなの初めて。


「ウットリしてます! 恍惚のデッドラインです!」

 

「バカな……俺達は何を間違った……? 給料か? 給料が弾んでなかったのか!?」


 確かに弾んではいないけど、雇用条件に不満があると取られるのは今後の為に良くないんで、悦に浸るのはこの辺にしておこう。


「この武器屋に風評被害が出始めているのは事実よ」


 真顔に戻ったところで、ティシエラさんがマイペースに補足を始めた。


「そのウェミングの件に加えて、怪盗メアロに狙われたのも良くない方向に働いているわ。彼女を義賊と捉えている住民も意外といるの。狙われた店は、裏で何か悪事を働いている……そんな根拠のない噂が一部で流れているみたい」


 義賊? あのメスガキが?

 マジかよ冗談キツいな。どっちかって言ったら裸族だろ裸族。


「ここの悪評を知ってたのか。って事は、オレが今日ここに来るのを睨んで、先回りして擁護しようと思ってたんだな?」


「さて、どうかしらね。お気に入りの武器屋に難癖付けようと目論む輩がいる事くらいは、もしかしたら小耳に挟んでいたかもしれないけど」


 ……前にコレットが態度で仄めかしてたけど、案の定五大ギルド同士は相当険悪なんだな。この間に入ったらコレットのメンタルじゃ冗談抜きで死ぬぞ。


「バチバチしてます! なんかちょっとドキドキしてきた!」


 そしてこの状況を意外と楽しんでいるルウェリアさん。

 御主人、娘さんは将来大物になりますよ。これ伏線ね。

 

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