第033話 歯蟻の槍
武器屋にも格というものがある。
高価で高威力の武器を数多く揃え、モンスター討伐に多大な貢献をしている武器屋が、棒切れに布を巻いただけの野蛮な代物に値段を付けて売る悪徳業者と同列で語られて良い道理はない。
当然、このアインシュレイル城下町にある五つの武器屋にも、相応の格付けがなされている。
最も格上とされているのは、【ライオット武器商会】という店名の武器屋らしい。
郊外に店舗を構えるこの武器屋は、12年前に設立されたばかりの新しい店で、なんでも当時大人気だった冒険者が引退して創立したとの事。
冒険者時代に蓄えた資金と素材、全世界に広がる人脈を駆使し、高品質の武器を量産した結果、あっという間に売上トップに躍り出たとか。
次に高い評価を得ているのは【ソードマイスター刀剣専門店】。
50年以上の歴史を持つ、剣や刀を専門にした店で、それ以外の種類の武器は一切売っていない。
でも剣の種類はとても豊富で、それこそ平凡なロングソード一つとっても長さ、重さ、太さなど異なるサイズを10種以上揃え、最も手に馴染む剣を見つけられるようになっている。
三番目の武器屋は【エレンポワール武器販売所】。
ソードマイスター刀剣専門店とほぼ同時期に設立され、昔はごく普通の武器屋だったらしいけど、ライオット武器商会が圧倒的シェアを誇るようになってからは路線を変え、女性が扱う武器を増やし、今では女性が客の9割を占めているらしい。
四番目は【アインシュレイル武器商会】。
街の名をそのまま冠にしている事からもわかるように、この城下町で最初に店を構えた武器屋で、なんと創業200年に迫る老舗らしい。
長期にわたってアインシュレイル城下町で唯一の武器屋として栄え、絶対的な信頼を獲得し、100年ほど前から他に新しい店が設立されるようになっても決して追い抜かれず、盤石の地位を築いていた……ものの、ライオット武器商会に抜かれてからは没落の一途を辿り、今に至るという。
そして堂々の五番手、それもぶっちぎり、ダントツ、問答無用で最下位をひた走っているのが我等が――――【ベリアルザガンバラムヴィネアスモデウスプルソンベレトパイモンバアル武器商会】だ。
ここ大事なのでもう一度言います。
ベリアルザガンバラムヴィネアスモデウスプルソンベレトパイモンバアル武器商会だ。
雇用される事になって初めてこの名前を聞いた時は、正直戦慄した。
誰が覚えるんだこんなの。大昔の魔法少女アニメの変身用呪文だってもうちょい覚え易かったろ。
「こういう長い名前を省略した愛称で呼んで貰うのが流行りだって聞いてな。ちなみに愛称は【ベリアルザ武器商会】だ」
そこで切るのかよ!と二度戦慄した。この武器屋、慄然とし過ぎである。
ともかく、我等がベリアルザ武器商会は暗黒系の武器を取り揃える武器屋。
独自性を打ち出し、一定のジャンルに特化した専門店という意味では、ソードマイスターやエレンポワールと同じなんだけど……明らかに受け皿が小さ過ぎる。最下位も納得だ。
で、その最下位を抜け出す為にもと、約200人に市場調査を行いました。
その結果、案の定――――
「暗黒武器を欲しがってる人は四人しかいませんでした。いませんでした。いませんでした」
「な、なんでそんなに繰り返すんですか!? あんまりです!」
ルウェリアさんからぷんすか怒られてしまった。
いや、俺は何て言えばいいんだろうと思いまして。
だって2%じゃどうにもならないんだもんよ。
「他の調査結果はどうなの?」
立場上、最も客観的にこの結果を見る事が出来るティシエラさんの質問に答えるべく、昨日夜に纏めた調査結果の紙をテーブル上に広げてみた。
『今使っている武器を買い換える場合、幾らまでなら出せるか』という問いについては、『金に糸目はつけない』が最も多く40%以上。次いで『100,000Gまで』が24%だ。みんな金持ちですね。ありあまる富どもめ、のうのうとありあまりやがって。
『武器購入の際に重視するのは何か』って質問の1位は当然『威力』で、これが32%。次いで『属性』で、これが24%。その次が『扱いやすさ』で18%。まあ妥当だな。火力はどんな世界でも大正義。拳の硬さと手数をバフって殴れば大体どうにでもなる。
『今の武器で満足しているか』の質問にYESと答えた人は76%。流石に終盤の街となると、最終装備って覚悟で購入してる奴が多いらしい。実際、そういう武器を買える武器屋は格調高いよな。終の住処ならぬ終の武器屋ってやつだな。後でこれキャッチコピーに使えないか御主人にお窺い立ててみよう。
『どういう時に武器を買い換えたいと思ったか』に対する最も多い答えは『初めて街を訪れた時』で、これが96%を占めた。そりゃそうだ。聞いて損した。誰だよこんな無意味な質問考えたの。俺だよバカ野郎。
で、ここからはベリアルザ武器商会により関連性のある質問だ。
『呪われてそうな外見の武器に抵抗はあるか』。『ある』が96%。周囲の目が気になるから、ってのが主な理由だ。正論過ぎて何も言えない。そんなの持ち歩いてる奴街中で見かけたら普通にドン引きだ。
『武器屋の雰囲気は明るい方が良いか暗い方が良いか』。『明るい方が良い』が94%。そりゃそうだ。夜の街ならともかく、武器屋が陰気だと攻撃力高い死神とか出てきそうで怖いし。
『闇属性の武器を一つ持っておきたい気持ちはあるか』。『ない』が90%。魔王城の敵は大抵闇属性に耐性持ってそうってのが『ない』派の主な理由だ。でしょうね。俺もそう思います。まず魔王が完全耐性持ってるよね。
『少年少女の頃にダークヒーローや骸骨や悪魔が周りで流行ったか』。『流行らなかった』が92%。そういう小説や絵本は検閲でハジかれていたらしい。嘆かわしき表現の不自由よ。
そして、ここからはルウェリアさんの質問コーナー。
『複雑な形状の武器を収納するケースがセットで欲しいか』NOが88%。そもそも複雑な形状の武器要らないとの意見多数。まあ、コレクターでもない限りそうだろうな。嵩張るし。
『夜に見え難くなる武器をどう思うか』要らない98%。そりゃそうだ。これから魔王城に挑むってパーティが暗器を装備するかって話だ。暗殺でラスボス殺しても盛り上がらないし、達成感もないだろう。暗器が伝説の武器扱いされても困るよな。そういえば昔チェーンソーで神サマをぶった切るゲームがあったらしいけど、その世界ではチェーンソーが伝説の武器扱いされるんだろうか。エンジン式や充電式ならまだいいけどAC電源式だったらどうすんのよ。電源プラグ付きの伝説の武器とかダサいにも程があるぞ。
『暗黒騎士はカッコ良いですよね』NO58%。意外とYESが多く、14%もいた。残りは『どちらでもない』だ。いや、もっと関心持とうよ暗黒騎士に。竜騎士みたいにさあ。竜騎士めっちゃ絡んでくるじゃん暗黒騎士に。
さて、この結果から何が見えてくるかと言いますと……
「絶望的に需要がないわね」
「はぐっ!?」
ティシエラさんの発言がルウェリアさんの心臓を的確に射貫いた。凄ぇ。言葉のスナイパーだ。しかも御主人にまで効いてる。コスパも凄ぇ。
「そ、そんな事はねえよ……だったらなんでこの店存続出来てるのかって話じゃねぇか……」
「今回の市場調査はこの店の固定客は除外してますから。固定客だけでやっていってるってのが現状ですし、そこに聞いても意味ないですから」
恐らく殆どがコレクターなんだろうけど、そういう固定客が一定数いる内はまだいい。
でも彼らだって永遠にここに来てくれる訳じゃない。
コレクターだからといって引退しないとは限らないしな。飽きれば当然アッサリと見限るだろう。
そうなってしまう前に、新規の客を掴まないといけない。
中・長期的な経営戦略ってやつだ。
まあ、五年後、十年後も俺がこの店の警備をやっている可能性はかなり低いけど……
「それにしても不可解ね」
一人涼しい顔のティシエラさんが、ポツリと呟く。
「何故この街の人々は、暗黒系の武器にここまで無関心なのかしら。これほどまでに美しく尊い武具を欲しないなんて、価値基準が理解出来ないわ」
……近くにあったディアボロスの鏖殺杖を擦りながら言ってます、このセリフ。怖いって。
「そういえば、ディアボロスさんは杖を持ち歩いていないみたいですけど」
「私はそんな名前ではないけど」
あっ、素で間違えた!
人の名前を間違えるなんて最悪だ……!
「でも、悪い気分ではないわね。いっそ改名しようかしら。ディアボロス……甘美な響きで悪くないわ」
「すいません勘弁して下さい」
こんなうっかりミスでお偉いさんに悪魔デビューされたら、俺この街にいられない。
「でもホントそうですよ。どうしてこんなに暗黒系は人気がないのでしょう。ティシエラさんのように深く愛して下さる方も少数とはいえいますが、それ以外の方には親の敵のような目で見られてしまいます」
「店の中で唾棄された事もあったっけなあ」
……まあ、そういう目で見られても不思議じゃないよな。何の予備知識もなくこの店に入ったら、普通にヤベーとこ来たって思うもん。
これが魔王城から遠い街なら、怖がる奴も当然いるだろう。でもここは終盤の街。みんな強いし肝が据わってる奴も多いから、怖がるよりまず『どんな品揃えだよ!』ってキレられるんだろうな。畏怖の対象にされるよりはまだそっちの方がマシだけど……
「そういえば、俺まだこの店の固定客って見た事ないんですけど、どんな人達なんですか? まさかルウェリア親衛隊の連中とか?」
「あいつらに売る武器はねぇ! ルウェリア目当てで来る奴らは全員敵だ! そんな奴等にはケツの穴から歯蟻の槍をブッ刺してやる!」
「お父さん、それはダメです! ダメなやつです!」
展示品の傍に武器の名称記したプレートがあるんだけど……この世界の文字を読めるこの身体が今は憎い。なんだよ歯蟻って……この世界に蟻がいるとかいないとか、そんな事どうでもよくなるレベルで怖いよ。絶対実物見たくないしその槍も見たくない。
「実際問題、ルウェリア目的でこの店に来る男達にこの店の武器を持たせたら危険な気がするわ。どうせ手に入らないなら殺してやるって言い出しそう」
「そんな怖い想像しないで下さい! 私自分の愛した武器で殺されても本望じゃないです!」
半泣きのルウェリアさんを、ティシエラさんは僅かに口元を緩めて眺めている。真顔の事が多いけど、感情表現は結構豊かみたいだ。
「戯れはこれくらいにして……この市場調査から、一つ重要な事が判明しているわね」
「え? 何か使えそうなデータありました?」
「暗黒騎士を肯定的に捉えている人物が結構いるでしょう? まずはこの層を狙ってみるのが良いんじゃない?」
確かに……14%って数字だと低く見えるけど、人数にすると30人近くいるんだよな。
今ある武器ってグロ一歩手前というか、ちょっと芸術方面に片足突っ込んだような武器が多い。
暗黒とはいえ騎士。なら騎士の武器らしく、もっと洗練された暗黒系があっても良い筈だ。
シンプルに漆黒の剣とか。
「覇王の剣の暗黒バージョンとか作れませんか? 威力重視の人にカラーバリエーションで買って貰う感じで」
「作れない事はねーだろうけどさぁ……なんつーか、つまんねぇ武器だなそれ」
「すいません、がんばって売ろうと思えるか不安です」
「最悪ね。美意識の欠片も感じられないわ。素材の味を活かした調理と言って、獣肉に塩をかけただけの物を平気で出す自称料理人のような浅薄さが滲み出ているわよ」
ボッコボコだなオイ!
ティシエラさんの意見を最大限に尊重したのにティシエラさんに一番貶されるこの矛盾……
「ところで、一つ聞きたい事があるの」
「なんですか」
「そんな死に際のヘルハウンドみたいな目をしなくてもいいじゃない。さっきのは軽い冗談だから、本気にしないで」
戯れはこれくらいにとか言ってたのに……意外とお茶目さんだなこの人。
しかも真顔で言うから性質が悪い。
あと死に際のヘルハウンドを見慣れてるの地味に怖いんですが。
「私が聞きたいのは、先日この武器屋が怪盗メアロに狙われた件について」
そして急にこんな真面目な事を言い出すのも、やっぱり性質が悪かった。
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