第032話 ソーサラーギルドのギルマス

 その女性が魔法使い――――ソーサラーとわかるのに時間はかからなかった。

 さっきの詠唱らしき奇妙な言葉と同時に、突き出された彼女の手から万華鏡のような、なにやら幾何学的な模様の不思議な光が溢れ出していたから。

 水色、青、紫……寒色系で統一されたその光は次の瞬間、凄まじい勢いで手を軸に回転し、縦に広がっていった。


 って、これまさか……攻撃!?

 魔法で俺達ごと我を忘れたザックザック君を吹き飛ばす気か!?

 っていうか、この光の広がり……酒場全体を崩壊させるんじゃないだろな!?


「ルウェリアさん! 逃げ……!」 


 遅かった。

 俺ごときの反応速度ではどうにもならない速度で、女性の発した光は螺旋を描き前方へと射出された。


 マズい、俺のRES(抵抗力)は確か……2! ペラペラだ!

 ルウェリアさんも多分似たようなものだよな。一般人だし。コレットは再振り分けで100にしてあるけど、このままだと彼女以外は殲滅――――


「……?」


 辞世の句を読む暇さえなく、光は俺達を含む酒場全体を透過した。

 痛みは……ない。

 攻撃された訳じゃないのか?


 だったら今のは一体……


「心配ないわ。攻撃魔法ではないから」


 ソーサラーと思しき女性は突き出した手を引っ込め、無表情のまま酒場の入り口で佇んでいた。


 赤みを帯びた長い金髪は派手ではなく、むしろ落ち着いた雰囲気を醸し出している。前髪で半分くらい隠れているけど目元も涼しげ。でもクールな顔立ちに反し服装に関しては大人びているって感じでもない。


 寒色系だから煌びやかではないけど首元から胸元まで三段ものフリルが飾っていて、ゴシックロリータのようなデザインだ。スカートも全く同じ傾向。魔法使い系と聞いて想像するローブ的な要素はない。


 表情の変化が全くないからか、容姿も陰りというか儚さというか、そういう暗い感じがあって、でもそれが抜群に映えていて、ルウェリアさんとは違うタイプの美女。

 ただしマルガリータさんのような大人びた顔立ちでもない。

 コレットやルウェリアさんよりは年上のように見えるけど、そこまで大きくは違わないよな……もしかしたら20歳前後かもしれない。


「見ない顔ね。貴方は?」


 ちょうど酒場から先陣切って出ようとしていたからか、ソーサラーと目が合う。

 酒場の常連なんだろうか?

 話しかけられるとは思わなかったから、ちょっと驚いた。


「トモと言います。最近この街に越してきたばかりで、今はこちらの武器屋の警備をやってまして。えっと、こちらは……」


「彼女は知っているわ。だから貴方に話しかけたのよ」


「あっ、ティシエラさん! こんばんはです。ご無沙汰してます」


 ずっとアタフタしていたルウェリアさんがようやく状況を呑み込めたらしく、目の前の女性に気付いた。

 そうか、ルウェリアさんの知り合いだから、隣にいる見慣れない俺に話しかけたのか。


「こんばんは。最近お店に行けなくて御免なさい。現役を引退してからは、ロッドを買い換える機会もなくて」


「全然大丈夫です! でもぜひ遊びに来て下さい。えっと、こちらは警備のお仕事をして貰っているトモさんって言います」


「今本人から聞いたわ」


「あれ?」


 ……話全然耳に入ってなかったんですね、ルウェリアさん。

 

 にしても――――


 あの店にこんな綺麗な常連さんがいたのかよ……

 世も末だな。転生したばっかで言うのもなんだけど。


「トモさん。こちらはソーサラーギルドのギルドマスターを務めているティシエラさんです。以前は並み居るモンスター達を千切っては木っ端微塵にする鬼畜系ソーサラーだったんですよ」


「ギルマス……?」


 鬼畜系ソーサラーも気になったけど、より気になったのはこっち。随分と若いギルマスなんだな。

 って事は……他の五大ギルドのギルマスも若いんだろうか?

 だからコレットに白羽の矢が立ったのかもしれないな。


 若い男女に囲まれ、一人あの変態オッサンが会議に参加している絵を思い浮かべてみると、かなり浮いて……あ、なんか疎外感と精神的苦痛で歓喜に悶えてる姿が目に浮かんだ。

 嫌な想像しちゃったなあ……美女と会話して脳を回復させよう。


「あの、ティシエラさん。さっきのは魔法ですよね? あれは一体……」


「あれは【プライマルノヴァ】という魔法。他者の感情をリセットする効果があるわ」


 ……マジかよ。

 一瞬大した事ないと思いかけたけど、それって普通にヤバい魔法だな。

 洗脳レベルで他人の脳に干渉してるじゃねーか。


 なら、これで発狂していたザックザック君は元に戻った訳か。

 確かに、バケツで冷水浴びせられたみたいに大人しくなってる。

 やたら興奮していた酒場のマスターや客どもも、今は静かだ。


 ……って。


「何やってんのコレット」


 俺の近くにいた筈のコレットは、いつの間にかフレンデリア嬢を押し倒していた。

 こいつ……そんな趣味が……


「違うから! これは……!」


「この方は私を守ろうとしてくれたのよ」


 羽交い締めにされている(ように見える)フレンデリア嬢は、落ち着いた様子で俺に反論してきた。

 胆が座ってるな……俺だったらレベル78の同性に押し倒されたら正気を保てそうにないぞ。大腸あたりから変な声出しそうだ。


「そちらのソーサラーが魔法を使おうとした瞬間、私を庇おうと凄い勢いで飛び込んで来てくれて……ありがとう。貴女、とても優しいのね」


「ふぇっ、いや、そにょ、へっと、なんと言いましょーか、あは、あはは」


 遠巻きに讃えられる事には慣れていても、真っ正面から目を見て自分の行動を褒められる事には慣れていないのか、コレットは引きつった笑みで応えていた。

 反応が陰キャ過ぎる……


「私はフレンデリア=シレクス。シレクス家の長女よ。貴女は確かレベル78の冒険者よね。名前は確か……コレットだった?」


「は! はい、そうです。洞窟探検です。趣味は宝石集め、特技はコレットと言います」


「落ち着けコレット! そのシャッフル機能はダメだ!」


「あわあわあわ」


 口でアワアワ言ってる奴、初めて見た……

 それは兎も角、ベヒーモス相手に死の覚悟をした時はあんなに堂々としてたのに、お嬢様相手だとてんでダメなんだな。


 まあ気持ちはわからないでもない。俺もモンスタークレーマーより施設の代表者の御子息と会話する方が緊張した事あったし。いや全然違うかもだけど。


「ティシエラ、ほら早く早くいっちゃって」


 さっきまでの喧噪から一転、酒場が静寂に包まれているから、会話が聞き取りやすくなってるけど、聞き覚えのない声がすると余計によく通る。

 その声は酒場の外から聞こえて来た。出入り口の方を見ると、一人の赤毛の女性が顔だけ出して様子を眺めている。ティシエラさんの知り合いらしい。ソーサラーギルドの仲間かもしれない。

 

「ええ。わかっているわ」


 その赤毛の女性に急かされたティシエラさんは、無表情そのままに歩を進め――――ようやく立ち上がったフレンデリア嬢と向き合った。


「フレンデリア様。少しお話を聞かせて貰いたいのだけれど」


 ……貴族令嬢相手に堂々としたもんだ。

 五大ギルドがこの地を統治しているって話は、どうやらマジらしい。


「構わないけど。貴女に付いていけばいいのね?」


「……やはり貴女は変わったわ。以前なら有無を言わさず断っていた筈よ」


 どうやら、ティシエラさんはフレンデリア嬢に用があってここに来たみたいだ。

 変わった……か。

 もし転生前のこの身体の持ち主について知っている人物と遭遇したら、俺も同じ事を思われるのかもしれないな。


「そう? 私自身はそんなふうには思ってないけど。ま、いいか。それじゃコレット、また会いましょう。貴女とは一度ゆっくりお話してみたいの」


「あっはい! ぜ、是非に是非に!」


 緊張し過ぎて終始言葉遣いが怪しいコレットさんだったとさ。良くこんなんで気に入られたな。

 まあでも、あの一瞬で最寄りの女性を庇おうとする精神性は素直に感服しちゃうよな。俺は何も出来なかったし。冒険者っていうより騎士みたいな奴だ。


「私も行くわ。ルウェリア、近々お店で」


「はい! お待ちしております! また暗黒系武器について語り合いましょう!」


 市販されてる暗黒系武器って……

 でも二人にとっては日常会話なのか、ティシエラさんは去り際に微笑を浮かべて小さく頷いていた。

 それが初めて彼女が見せた感情だった。


 いやー、なんかあっという間に事が収まったな。

 こういう収束は珍しくもないのか、ティシエラさん達がいなくなった酒場では早々に切り替えが済み、客達の談笑やティシエラさんを賛美する声が聞こえて来た。


 そんな中、今も切り替えが出来ていない人物が一人。


「また僕はやってしまったのか……これだけ強くなっても、ちょっと煽られるとこのザマ……フフ……フフフ……」


「元気出してよザック。こういう日もあるって」


「そうそう。誰だって不測の事態が起こったら動揺するもん」


「今日の事は忘れて、ギルドに報告しに行こ?」


 怒りから覚めたザクザクは、ひたすら自責の念に駆られハーレムメンバーに励まされていた。

 にしても、落差が凄いなザクザク。ついさっき『殺害』とか叫んでた奴と同一人物とは思えない。

 それだけ、あのプライマルノヴァって魔法の効果が絶大だったんだろう。


「なんか落ち着いたみたいだし、あの連中にも市場調査への協力をお願いしてみるか。行こうコレット」


「え……? あの状態の彼にアンケート取るの? 酷じゃない?」


「女子からいっぱい慰められてるし、大丈夫だろ」


 嫉妬じゃない。これだけはハッキリしてる。呼び方変えたけど別に嫉妬じゃない。これだけは間違いない。


 そんなこんなで、無事今日一日で市場調査を終える事が出来た。





 そして翌日早朝――――


「それじゃ、会議を始めましょう」


 店を開ける前に売り場へと集合し、市場調査の結果を元に今後の方針についての話し合いを始める段取りになった。


「おうよ!」


「昨日は沢山がんばりました! きっと良い話し合いが出来ると思います!」


「楽しみね」


 まず、この街で現在流行している武器の傾向を――――え? あれ? え?


「……な、なんでティシエラさんがいるんですか!?」


 思わず三度見しちゃったよ!

 この細々とした会議にソーサラーギルドのギルマスが出席を!? 何で!?


「近々お店で、と昨日言っていた筈よ」


 いや確かに言ってたけど近々が過ぎる!

 夏休み中の小学生でもこんな早く来ないって!


「ティシエラさんは私と武器の趣味が似てるので、お店の前で待っていたのをダメ元でお誘いしたら二つ返事で参加してくれました。聞いてみて良かったです」


「私の所望する武器はここでしか売っていないから、潰れて貰ったら困るのよ」


 趣味の相性から芽生えた友情……なのか?

 まあ深く考えていても仕方ないか。

 きっと家族ぐるみの付き合いとかそんな感じなんだろう。御主人も普通に受け入れてるし。


「おうよ!」


 ……あれ、違うっぽいな。緊張のあまり、おうよbotになってる。御主人ちょくちょく故障するよな。


 仕方ない。正直俺もペース乱されて混乱中だけど、取り敢えず会議を始めよう――――


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