第038話 冤罪事件の香り華やぐ

「私、ギルドマスターを目指そっかな。本気で」


 ……そっか。


 出会った時からずっと、幼い顔立ちだと思っていた。その印象は今も変わらない。別に大人っぽくはなっていない。


 それでも不思議なもので、人生における重大な決心をしたコレットの表情は、何処か落ち着いて見えた。


「それはつまり、冒険者に未練はないって事でいいんだな?」


「全くない訳じゃないけど、他の冒険者に迷惑がかかる訳じゃないし、洞窟探検や宝石集めは別に現役じゃなくても出来るし。前にトモが言ってたけど、ギルドマスターって肩書きなら親と支援者にも納得して貰えると思う……多分」


 そこが不透明なままでも決心したのは、自分自身に重きを置いた証拠。ならお節介はここまでで良いだろう。


「そっか。じゃあ頑張って!」


「うん! トモと一緒に精一杯ギルドマスターを目指すよ!」


 ……んー?


「あれ? まさかさっきの激励、私個人に向けてのものだったの? そんな事ないよね。だってトモ、私の人生を変える重大な決断に深く関わってるもんね。ここまで影響与えておいて、まさか他人事ってつもりはないよね?」


 しまった……コレットの依存体質を考慮してなかった。ここは俺と全く違うんだよな……


「いやホラ、俺だって新しい仕事に就いたばっかりだし、自分の事で手一杯って言うか」


「仕事に行く前とか、仕事が終わった後とか、お休みの日とか、時間はたっぷりあるよ? ねえ、私の目を見てよ。どうしてさっきから目を逸らすの? 私から逃げる気なの? 逃げる気なんでしょ? なんで?」


 怖い怖い怖い!! 疑問系になる度に首カクンってしないでクリーチャーズコレット! さっきまでの爽やかな空気は何処いったんだよ!!


「ダメですよトモ君、無責任な態度取っちゃ。ここはもう観念して一蓮托生って事で、手伝ってあげないと」


 ……もしかしてこの地雷っぽいコレットの性格、マルガリータさん由来か? 唯一の友人に影響受けまくった結果この仕上がりになったのか?


 でもまあ、ここまで偉そうに言った手前、言いっ放しって訳にもいかないか。


「わかったよ。出来る範囲で手伝うから、その代わりにそっちも手伝ってくれよな」


「へ?」






 ――――と。


 そんなやり取りがあった翌日の早朝、俺は郊外の森にコレットとルウェリアさんを呼び出していた。


 勿論モンスターがいるエリアじゃない。城下町の中ではないんだけど、近くには泉が湧いていて、どうやらその水が聖噴水と同じ水質らしく、モンスターが近寄れないようになっているみたいだ。


「凄い木です。世界の脈動を感じます」


 ルウェリアさんの言うように、直ぐ傍には大きな緑繁りし木々が天に向かって伸びている。東京に住んでいてお目に掛かる事はまずない、雄大な風景だ。ビルの屋上から星空を眺めて『あの一つ一つが地球よりも遥かに大きい惑星なんだよな。そんな宇宙の広大さと比べて、地球の塵にすらなれない俺はなんてちっぽけな存在なんだろう』とは一度も思った事がない俺でもここにいると自分が薄汚れて見える。


 そんな俺の足下には、合計10本以上の長短様々な剣が置かれている。昨日の内に手配しておいた物だ。


「今日集まって貰ったのは他でもない。俺の能力で武器のステータス調整が出来るかどうかを確かめようと思う」


「……はい?」


 事情を全く知らせていないルウェリアさんが困惑の眼差しを向けるのは当然として……コレットまで同じ顔するのはどうなんだよ。普通ピンと来るだろ、俺のスキル知ってるんだからさ。君のような勘の悪い友達は嫌いじゃないけど好きでもないよ。


「ルウェリアさんには初めて言うけど……俺は他人のステータスを任意に変更する事が出来るんです」


 敢えて宿や武器屋やギルドじゃなくここに二人を呼び出した理由は、俺のスキルを出来るだけ他人に聞かれたくないからだ。宿やギルドは普通に人がいるし、武器屋は開店前だと御主人くらいしかいないけど、ルウェリア親衛隊や商品の搬送をしてる業者に聞かれてしまいかねないからな。


 まだ俺自身に周囲からの信頼がない現状、『ステータスを弄るヤベー奴』という嫌な噂が流れないようにする為には、俺に一定の信頼を寄せてくれていそうな人物限定で知らせていくしかない。ルウェリアさんなら多分大丈夫だ。そもそも人を疑うタイプじゃないし、きっと問題ないだろう。いや……でもこのスキル超ヤバいからな。幾らルウェリアさんでも、もしかしたら……


「そうなんですか。ご立派です」


 えぇぇ……そんなあっさり……?

 なんかこのスキルの稀少さが全然伝わってないじゃないですか。ちょっと自慢したかったのに。なんなら憧れて貰いたかったのに!


「トモ~、今の顔何? もしかしてドヤ顔? ドヤ顔だった? ドヤ顔で自慢したかったんですか~?」


 ウチのパラディンマスターがウザすぎる! 

 畜生……生前他人に自慢出来る事がなんにもなかったんだから、ちょっとくらい優越感に浸らせてくれてもいいじゃんか……


「まあいいや。兎に角、俺はそういう特別なスキル持ってるんだ」


「切り替え早っ!」


 実際問題、ルウェリアさんがこのスキルの希少価値を知らないのなら勿体振っても仕方ない。時間の無駄だ。香川のゲーム依存症規制条例くらい無駄だ。


「で、ここからが本題なんだけど、その能力が人間以外にも使えないかなって思って。もし武器に使えるのなら、武器屋の商品をより客のニーズに合わせられるかもしれないし」


 要はカスタマイズだな。これならきっとルウェリアさんも興奮して――――


「あの……そのステータス変更のスキルというのは、例えば『ブラッドスピアコク深め』を『ブラッドスピア香り華やぐ』に変化させる事が出来るのでしょうか?」


 ……何かおかしい、何となくそんな気がした。俺の目に映るルウェリアさんはボケとは縁もゆかりもない真っ正直な人だが、今回ばかりは意図的にボケてるかもとなんとなく穿った気分でいると、これまたなんとなくそろそろコレットがフォローしてくるような気がした。


「この子、真剣に言ってるよ」


 だよなあ……


「えーと、多分そういう変化は望めないんじゃないですかね……やってみないとわかんないけど」


「そうですか……コク深めを少し仕入れ過ぎてしまったので、一部を香り華やぐに変えられたら良かったんですが」


 こちらとしては『ブラッドスピア香り華やぐ』という謎武器について詳しく伺いたいところだけど、話が脱線し過ぎるので止めておこう。


「あくまで予想ですけど、俺が調整出来るのは、例えば攻撃力とか耐久性とか、武器の実用性に関わる部分だと思うんです。もし武器のパラメータも弄れるならって前提ですけど」


「でも、どうやってそれを試すの? 人間ならマギソートでステータスの数値を見られるけど、武器だとそうはいかないよ?」


「ああ。だから、こうする」


 コレットに頷きつつ、地面に置いてある剣の中で最も安いショートソードを手に取る。これは昨日の夜にソードマイスター刀剣専門店で購入した物だ。魔王城の傍だけあって、他の店だと高級な武器しか売ってないんだけど、剣専門店のこの店は安い剣も取り揃えていた。実験材料にはもってこいだ。


 その剣を右手に持ち、そして――――


「耐久性極振り」


 そう口にする。もし武器のパラメータを調整可能だったら、これでこのショートソードは耐久性超特化型となり、攻撃力は最低値になった筈だ。


 あとはこの剣で――――木を斬る!


「あっ、いけません! 木は生きています! 傷付けちゃダメ!」


 ルウェリアさん、なんて良い子……


 でも大丈夫。剣は木に食い込む事なくストップした。全く切れ味がない証拠だ。


「んー、確かに攻撃力下がってるっぽいけど、単にトモの剣術と筋力がショボい可能性も……」


 失礼ですねコレット君。確かに生前は包丁すら滅多に握らないアンチ自炊同盟の一員でしたけどね、今の俺は一応レベル18の元冒険者なんですよ。


「そりゃ生命力特化で攻撃力は低いけどさ、このショートソードが普通の攻撃力なら食い込ませるくらいは出来るっつーの」


「だったら、今度は逆に攻撃力特化にしてみれば? 耐久性はきっと最低値になるから、すぐパリーンって壊れるんじゃない?」


「あの……武器をそんなふうに壊すのは……余り良くないです。作った職人さんも浮かばれません」


 ルウェリアさん、善意で言っているのはわかるけど、職人さんが死んだみたいに聞こえるから表現変えた方が良いです。


 それはともかく、コレットの指摘は尤もだ。そして既にここまでは昨晩一人で試している。出来るかどうか不明の段階で、こんな早朝から二人に御足労願う訳にはいかないからな。


 とはいえ、実際にやって見せなきゃ納得は得られない。そこで――――嘘も方便。


「このショートソード、実は剣身の接合が甘い不良品なんです。売り物にはならないからって無料で貰いました。だから、ここで見せ場を作るのが一番この剣の為になると思います」


「そうでしたか。あの、コレットさん。差し出がましい事言ってしまってすみません。私、こういうとこあります。無知なのに自分の感情ばかり押しつけて……」


「いーのいーの! 全然気にしてないから! ルウェリアは今のままでいて! ね?」


 しょんぼりしてしまったルウェリアさんを、コレットは必死に慰めている。こういうところは本当、性格の良さが現れるよな……なんで俺に対してはあんなヤンデレみたくなるんだ。なんか納得いかない。


 ま、それは兎も角――――


「攻撃力極振り。とりゃ。で、見ての通り剣はあっさり壊れる訳だけど……」


「早っ! さてはトモ既に結果知ってたでしょ!」


「ここまではな。ただ、一つ残念なお知らせがある」


 無造作に木に叩き付けたショートソードの剣身は粉々になり、地面に破片が散らばった。それを三人で集めつつ、昨夜の検証結果を報告する。


「攻撃力はどうやら上げられないらしい。今もそうだったけど、攻撃力極振りにしても木には掠り傷程度しか付かない。標準的なショートソードの威力だ」


「それって、攻撃力は調整出来るパラメータの範囲外って事?」


「いや、幾らなんでもそれはないと思う。寧ろ一番大事なパラメータだし。多分、上限値なんじゃないかな」


 武器は、それを作る専門の職人がいて、その職人が魂を込めて製造する。その時点で、素材の持つ力は最大限引き出されているだろう。つまりは上限値だ。


「纏めると、俺の調整スキルは武器も対象内。でも攻撃力は上げられない。耐久力は上げられる。ただ、それ以外の武器ステータスは不明。そこで二人に、武器にどんなステータスがあるかを予想して欲しいんだ」


 一人は剣を扱う冒険者、一人は武器屋の娘。少なくとも俺よりは正解を導き出す確率が高いだろう。だから今日呼んだんだ。


「わかりました。こう見えて武器には姑くらいうるさいので、任せて下さい!」


「選挙を手伝って貰う代わりだし、これくらいだったら喜んで力になるよ!」


 おおっ、なんて頼もしい! 俺の目に狂いはなかった。頼んで良かった――――



 

 

 ――――なんて思っていた時期が、三十分ほど前にありました。


「んー…………………………………………あっ、妖艶さなんてどうかな。武器ってなんか人を魅了するところなくない?」


「あります! きっとそれです。私も武器にはいつも魅了されています。昨日はお店に【煉獄鳥の破魔矢】という矢が届いたんですけど、それがもう素敵な意匠で……」


「あ、煉獄鳥って確かモンスターにもいた! なんかね、こっちは何もしてないのに最初から燃えてるんだよ。だから冒険者の間では焼き鳥って呼ばれてて……」


 最初の一分で、重さとか射程とか命中率とかそういう俺でも直ぐ思い付くような安直な答えが出尽くして以降、ずっと迷走が止まらない。っていうかほぼ雑談だ。適当過ぎる案を一つ出して、それに対してお互いがエピソードトークする。大喜利ガールズトークだよもう。


「あの君達、そろそろ話を本筋に……」


「あ、そうそう。私そろそろフレンデリア様の家に行かないと」


「私もお店が始まります」


「えぇぇ……」


 最終的に女子会で終わりって、それ何だよ。微妙な男しかいなかった合コンの末路かよ! なんか無駄に傷付くわ!


「でもちょっと汗掻いちゃった。このまま貴族の家に行くのはちょっと……」


「私もこのままで接客するのは、お店の評判を悪くそうで怖いです。臭いハラスメントです」


「それじゃ、二人で水浴びしていこっか」


 この時、俺は率直にこう思った。



 ――――冤罪事件の香り華やぐ。 


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