第258話 嘘

 冒険者ギルドに現在いるレベル60台の現役冒険者は――――実質0名。


 ブッチギリでトップを走っていたコレットはギルマスになった事で引退し、レベル69を誇るベルドラックは風来坊すぎて大抵は不在。ディノーはウチに移籍し、アイザックはギルドどころか街からも去った。


 実は、他にもレベル60代の冒険者は数名いたらしい。でもそいつらは王族探索チームを率いていて長期不在との事。まだ手掛かりすら掴めておらず、当分帰って来られそうにないらしい。


 そういう都合もあって、暫定的ではあるけど現在この冒険者ギルドで最も高いレベルは58。該当者は二人いて、その中の一人が目の前にいるグノークスだ。


「まさか本当にポックンに用があるなんてなーァ……こんな偶然もあるんだなーァ」


「……ポックン?」


「あ。これ今ハマってる一人称ね。少し前はボキだったんだけど、なんか骨が折れた時の音みたいだねって元カノに言われて止めたんだ」


「はぁ……」


 掴み所のない人だな。まあ、そういう人はウチのギルドにも何人かいるし、始祖とかもそうだし、慣れてると言えば慣れてる。多分大丈夫だ。


 グノークス――――年齢は31で、俺の肉体年齢より10以上も上だけど、精神年齢的には同世代。だけど、纏っている雰囲気は全然違う。黒髪で少し眉毛が薄い、決して特徴のある容姿じゃないけど、何か貫禄があるというか……悠然とした大物の雰囲気がある。発言は惚けてるけど。


 第一印象では、とてもコレットをハメてやろうってタイプには見えない。でも、所詮は表層のみの印象。まずは対話の中からこの男の本性を探ろう。


「で、ポックンに何の用ーゥ?」


 真顔でポックンとか言うなよ……ギャップ濫用って何らかの罪状ないのか。


「実は私、記録子先生の弟子でございまして」


「え! マジでー!? ポックンってば、記録子先生の大ファンなんだよ! お弟子さんなんていたんだ!」


 おーおーテンション上がってる。どうやら食いついてくれたらしい。


 勿論、弟子なんてのは嘘。下調べの結果、彼が『冒険者アイザックとその仲間たちの転落の記録』の愛読者だった事が判明した為、偽装する事にした。今の俺の怪しい見た目をカムフラージュするには、それくらいの肩書きがないと納得して貰えないだろうし。


 まずはこの話題で流れを作る。そして、情報を引き出せるだけ引き出してやる。この男が黒幕かどうかは定かじゃないけど、少なくともヨナの元恋人なのは確かだからな。キーパーソンになる可能性は十分だ。


「これから新作を書いていく上で、出来るだけ資料を集めるようにと言われていまして。素顔を隠しているのもその都合です。アイザックが在籍していた頃の話を幾つか聞いて回っていまして」


「アイザックか……惜しい奴を亡くしたなーァ」


 いや死んでない死んでない。だから真顔でボケるのやめて、冗談なのか本気なのかわかんねーから。


「アイザックと彼の取り巻きの一人は街を去りましたけど、他の取り巻き二人は街に残っているんですよね。何か知りませんか?」


「ヒーラーの子は、ラヴィヴィオに代わってヒーラーギルドの代表格になったピッコラに所属してるらしいよ」


 それは知ってる情報だけど、いちいち口に出す必要はない。ウンウンと頷いておこう。


「もう一人の方は……そう言えば、ヨナと何か話してたな。名前は確か……」


「ミッチャですか?」


「そうそう、テイマーの子。ヨナってのは元カノなんだけど、そいつと話し込んでたのは覚えてるよ」


「いつ頃ですか?」


「昨日ーゥ」


「……」


「冗談だよ冗談。そんな今にも噛みつきそうな顔するなって。結構前だよ」


 ボケにしたって雑過ぎるんだよ……なんつーか、絶妙にイラっとさせて来るな。いけすかないマイペース野郎系かコイツ。


 ただ、早速裏が取れたな。ミッチャとヨナが何かしらの意見交換をしていたのは間違いなさそうだ。


「最近については何か話聞いてませんか?」


「生憎、ヨナとは別れてからまともに話してないからねーェ……彼女にはもう別の恋人が出来てるし」


「そうでしたか。無神経な事を聞いてしまって申し訳ありません。後はヨナさん御本人に伺います」


「いやーァ……ここ数日はギルドに顔を出してないからーァ、それは難しいと思うよーォ?」


 っしゃ、良い流れが出来た。これなら自然にヨナの居場所を聞ける。


 例え現在地がわからなくても、元カレならあの女が行きそうな場所を知っている筈。今はその程度の手掛かりでも喉から手が出るほど欲しい。


「そうでしたか。何処にいらっしゃるか御存知ですか?」


「さあねーェ。恋人と旅行にでも行ってるんじゃないかなーァ」


 鉱山での事件には敢えて触れず、か。元カノにそこまで気を遣うとも思えないけど……実際どうなんだ? 元カノいた事ないからわかんない。やっぱり別れた後も引きずって、向こうにも10年以上は引きずってて欲しいみたいなカッコ悪い事思ったりするものなんかね。


 冒険者ギルド全体に箝口令が敷かれている様子はない。前にここで聞き込みをした時、結構みんな喋ってくれたからな。って事は、彼の意思で事件をスルーした事になる。


 それは少し気になるけど、この男が事件に関わっていると確信するまでには至らない。会話を続けよう。


「旅行ですか。ヨナさんが好きだった場所とかわかります? あ、旅行先まで押しかけるつもりはないんで。あくまで取材の一環です」


「好きな場所……そうだなーァ、戦場なんか喜んでたっけーェ」


 ……これもボケなんだろうか? クソ、判断がいちいち難しい。


「彼女は強い男が好きでさーァ。当然、男の強い所を見るのも好きなんだーァ。修行場やフィールド、戦場のある所では楽しんでいると思うよーォ」


「なるほど……」


 その理由なら、彼女の人物像とも一致する。だとしたら、今も――――


「ま、嘘なんだけどね」


 ……この野郎。


「ははは。冗談がお好きなんですね」


「そうだね。嫌いじゃないよね。あんまり張り詰めたくないからさ」


 軽い口調でそう言いながらも、俺の顔に向けられているグノークスの目は笑っていなかった。


「ポックン、天才だからーァ」


「……はあ」


「天才って色々面倒でねーェ。周囲の目が厳しいんだーァ。期待の大きさとかーァ、妬みとかさーァ。そういうの、楽しくないよね」


 これは冗談じゃないんだろう。この街にいる冒険者やソーサラーは大半が天才だろうし。しかも彼は現時点においてトップタイのレベルを誇っている。


「あ、もしかしてポックンがレベル高いから天才って言ってるって思ってる?」


「違うんですか?」


「全然違うよーォ。レベルなんてただの数字」



 不意に――――寒気がした。



「ポックンの才能を正しく示してるとは言えないよねーェ」


 口調はこれまでと変わらない軽妙さ。なのに今のは……


 間違いない。言葉とは裏腹に、この男はレベルに対して強烈な執着心を抱いている。


 自尊心? それとも……劣等感?


 どっちかはわからない。ただ、何かしらの強い固執を感じる。それは確かだ。


「ゴメンねーェ。別れたコの事まではちょっと良くわからないよーォ。円満って訳でもなかったしさ。知ってるんでしょ? 彼女がどういう女性か」


「……強い男に惹かれる人、って伺ってます」


「正確にはレベル至上主義。彼女はより数字の大きな人間に魅力を感じるみたいでさ。ポックンはそれで袖にされちゃったんだよね」


 そこにコンプレックスを抱いているようにも思えるし、反発しているようにも感じる。若しくは両方。こりゃ……複雑だ。


「それで少し自信を喪失して、新しいギルドマスターに媚び売っとこうと思ってアンノウン討伐隊に加わってはみたんだけどーォ、そこでも失態を重ねちゃったんだよーォ。アハハーァ」


 勿論それも知っている。そして俺は、実際に顔を合わせている筈だ。ポイポイに乗って、ティシエラと一緒に現場へ駆けつけたからな。


 あの時はコレットがいなくなった事で少し混乱していたから、記憶が定かじゃない。でも確かに、彼もあの場にいた……と思う。特徴の余りない顔だから記憶はおぼろげだけど。


「あ! もしかして記録子先生の次回作、ポックンが主人公に抜擢されちゃったりする!? 第二のアイザック、みたいな感じで!」


「……新作はまだ構想の段階なので、私もわかりません」


「そっかー。もしそういう話があったら、是非お願いしたいんだけどね。記録子先生に書いて貰えるなら、最近のみっともない自分も捨てたモンじゃないって思えるんだけどなー」


「そんな、みっともないなんて事は」


「いやいや本当、ダサくて仕方ないからさ。おっと、申し訳ないけどここまでにして貰えるかなーァ? これからやる事があるんだーァ」


「あ……はい。ありがとうございました」


 グノークスは自虐の言葉を繰り返し、一方的に話を打ち切って離れて行った。


 それは良いんだけど……こっちが質問する立場だったのに、後半は完全にイニシアチブを奪われたな。飄々としているようで、ネットリした感情も垣間見えた。どうにも掴み所のない男だ。


 それとも――――こっちの思惑を見透かされてて、煙に巻かれたとか?


 いやいや考え過ぎだ。万が一、コレット失踪直後に駆けつけた俺の顔を覚えていたとしても、今は髪型も変えて仮面も付けてる訳だし。正体がバレてるとは考えられない。


 一応、最低限の情報は得られたけど……あの調子じゃ、全部が全部本当の事を喋ってるとは思えない。話半分に聞いておこう。


 ……取り敢えず、ウチのギルドに帰るか。


 冒険者ギルドを出て暫く歩き、頃合いを見て変装を解く。マスクを外した顔が外気に露呈した瞬間、寒気が肌に染みて思わず身震いした。


 心なしか、通りを歩く通行人の足取りも重い。夏はそうでもなかったけど、冬になってくると異世界の厳しさを痛感するようになった。下着の素材があんまり防寒に向いていないからか、外気の肌寒さをダイレクトに感じてしまう。カイロも炬燵もエアコンもない冬か……これ以上気温が下がると結構しんどいな。まあ、慣れるんだろうけど。


 せめて、しっかり食べて体温を高めにキープしておくか。まあ、この身体は若いからあんまりそこは気にしなくても大丈夫だと思うけど。30越えた辺りから、ちゃんと食わないと身体が冷えるようになるんだよな……


 この辺でパンを売ってる店は、確かこっちの狭い路地を抜けた先にあっ――――





 え?





「が……! はっ……!?」



 な……んだ……? 何が起こった……?


 一瞬感じたのは浮遊感。それからすぐに、バランス感覚を失って――――何かに何度も叩き付けられた。


 痛ぇ……何されたんだ? ここは何処だ? 俺は今どうなってんだ……?


「ここなら人目につかない」


 ……!?


 誰かいる。攻撃か? 俺は攻撃されたのか?


 ここは……路地裏だ。ようやく視界が定まってきた。っていうか、今まで視界がボヤけていた事にやっと気付いた。


 そうか。路地の方を見た瞬間、後ろから突き飛ばされて……いや、そんな生易しいものじゃない。


 吹き飛ばされた。路地の奥まで。


 叩き付けられたあの感覚は、地面にバウンドした感触がもたらしたものだったんだ。


「君を始末する。悪く思うな」


 誰だ? っていうか、こんな街中で白昼堂々襲ってくるか普通。何だってんだよ一体。


 普通に考えたら、このタイミングで俺を襲う動機があるのは、鉱山事件のあの冒険者達だ。


 でも聞き覚えのある声じゃなかった。直接手を下さず刺客を放ったのか……?

  

 それとも、まさか――――


 なんて考えてる暇はない。このままじゃ殺される。


「何者だ……お前」


「名乗る理由はない」


 だろうよ。こっちだって期待しちゃいない。立ち上がる時間を稼げれば良いんだ。


 マフラーらしき物で口元を隠しているけど、男なのは間違いない。かなり極端なタレ目だから、見覚えがあるならすぐわかる筈だけど……生憎、記憶にない顔だ。『始末』って口走ってたし、きっと殺し屋なんだろう。 


「その命、寄越せ」


 こっちに向かって手を翳してきた。


 あの体勢……魔法か?


 さっき俺を吹き飛ばしたのも、魔法による攻撃だったのか。人目につかないよう、路地裏まで強引に押し込めやがったんだな。


 クソッ、こんな事なら鎧脱ぐんじゃなかった。幾ら生命力が高いとはいえ所詮レベル18の俺に、魔法を防ぐ術なんて……


 いや、ある。


 正直、この季節にやるのは抵抗あるけど迷ってる場合じゃない。思い付いた以上は実行に移すのみだ。


「……何のつもりだ? 抵抗しない事を示す……ようにも見えないが」


 上着を脱ぎ、それを手に取って突き出した俺に、向こうは少し困惑していた。けれどすぐに顔を引き締め――――突き出した手に魔法と思しきエネルギーをチャージしていく。


 あれは……風の塊か。さっき俺はあれを食らったんだ。


「何にしても、死ね!」


 来た! 上着を広げろ!


「抵抗力全振り!」


 魔法防御に特化……とはいえ、この上着は特別な防具じゃない。耐久性はタカが知れてる。まともに受けたら即座に千切れ飛ぶだろう。


 だから――――受け流す!


「!?」


 闘牛士のマントの要領で、魔法が上着に直撃した瞬間、身体をねじって後方へと流した。


 同時に上着も後ろへ吹き飛んだから、同じ手は二度と使えない。


 なら追撃が来る前に――――倒すしかない!


「うおおおおおおおおおおおお!」


「チィ……!」


 全力ダッシュで距離を詰める。向こうは――――恐らく何らかの反撃を試みようとしている。でもそれが何かはわからない。


 何故なら俺は、奴の足下に向かって体勢を極限まで低くし、ヘッドスライディングの要領で飛び込んでいたから。


 倒すとは言っても、俺に武術の心得なんてない。精霊を呼ぶ暇もない。


 だから、この手しかない。


 何処でも良い。奴の何処かに一瞬でも早く触れて、調整スキルで戦闘力を奪う。それが決まれば勝ち。先に攻撃を食らったら……負けだ。


「馬鹿がくたばれ!」


「抵抗力全振りーーーーーーっ!」


 閑静な路地裏に、殺し屋と俺の声が同時に響き渡った。 





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