第257話 笑えない下ネタはただの圧政

 一夜明け――――


 昨日の豪雨が嘘のように快晴に恵まれたこの日、俺が最初にすべき事は隠蔽工作だった。


 このギルドに俺とシキさんが二人だけで一泊したという事実を、シキさんガチ勢のヤメに察知された瞬間、俺の平穏な日常は粉々に砕け散る。よってあらゆる痕跡を残さず、全ての物証を滅却するくらいに徹底する必要があった。


 なので棺桶も焼却処分すべき……と言いたいところだが、それはそれで『棺桶燃やすなんて何があった?』という猜疑心を刺激しかねない。ここは完全消臭に留めておくのがプロの仕事というものだ。


 当然、昨日何故か脱げたバーサーカーマーダーアーマーも返還。鎧が脱げたって話題から、ついうっかり昨日の事を喋ってしまった……なんて事になった瞬間アウトだからな。全ての可能性を排除しないと。


 という訳で、朝一で始祖に返しに来た。


「。。。思い出した。。。それ脱ぐ方法。。。日和乞いの儀式だった」


「日和乞い?」


「。。。雨乞いの逆」


 なるほど、わかりやすい。って事は、雨が降っている最中に晴れるよう神様にお願いする、てるてる坊主的儀式ってか。確かに俺、あの豪雨の中で止んでくれないかなって気持ちで踊ってたわ。音がクソやかましかったから。あれが日和乞いと認定されたんだな。


「でも、なんで日和乞いで鎧の呪いが解けるん?」


「。。。その鎧を浄化した頃。。。ずっと雨期でジメジメしてたから。。。鎧が湿気を嫌がってたのかも」


「いや、その理屈はおかしい」


「。。。知らん。。。呪いってそういうもん」


 いい加減だな。でもまあ、オカルトなんて所詮そんなもんか。


「。。。おうおう。。。ミロちゃんの浄化をスピリチュアル扱いするなや。。。」


 自分自身がスピリチュアルの権化なのに何故かご立腹の様子。始祖は繊細だなあ。


「ともあれ、貸してくれてありがとう。鎧の汚れはしっかり落としておいたから」


「。。。律儀?」


 いやいや、仕事辞める時だって制服をクリーニングに出して返却するのは常識ですし。鎧だって一緒ですよ。



 そんなこんなで始祖と別れ、次に向かったのは――――



「なんだか大変な事になってるみたいだねぇ」


 久々の訪問となる娼館。女帝と仕事の打ち合わせをすべく、こんな朝っぱらからやって来ましたよっと。


 それと、ディノーとの約束があるからな。彼女にどんな物をプレゼントすれば喜んで貰えるか探ってくるっていう。


 ディノーの恋を成就させてあげたいという気持ちがあるかどうかはこの際置いといて、ギルド員の信頼を勝ち取るまたとない機会だ。失敗は許されない。


 とはいえ……それより前にすべき事もある。


「この度は大変お騒がせして申し訳ございません。どんな感じで伝わってます?」


「アンタんトコのギルドの誰かが冒険者を殺そうとしたけど未遂に終わって、それを冒険者ギルドに擦り付けようとしてるってさ」


 予想通りとはいえ、ざっくり過ぎる。けど嘘ってシンプルな内容の方が広まりやすいからな。恐らくそこまで考慮しての事なんだろう。鬱陶しい奴等め……


「で、取引先のアタイらのトコに釈明しに来たのかい?」


「はい。こんな下らないデマで折角の縁を潰す訳にはいきませんし。ウチのギルド員が殺人未遂に関与した事実は一切ありません」


「証拠は?」


「俺もその現場にいました。それが証拠です」


「何の証明にもなってないねぇ」


 勿論、そんな事はわかっている。というか証拠がないからこそ苦労している訳で。女帝もそんな事は重々承知しているだろう。


 だから、ここから先は信用の問題だ。


「厳密には約一名、そういう事をやらかしそうなギルド員がいない事もないんですが……その後の調査で、可能性はゼロになりました」


 幾ら自称イリス姉でも、イリスを誑かしそうって憶測だけで殺人は犯さない。そんな事やってたら、この街に住む全ての男を抹殺しなくちゃならなくなる。というか、真っ先に俺を殺そうとするだろう。自惚れてる訳じゃないけど、イリスと関わりのある異性ってそんな多くない筈だし。


 でも俺やギルドの野郎共に対してあのクリーチャーが殺意を具体化した事はない。って事は、コーシュが実際にイリスを手込めにしようと試みた場合でもなければ、手を下す事はない。そして、コーシュとイリスに接点がないのは入念な調査で確認済みだ。


 そして勿論、他のギルド員がコーシュを殺そうとする筈がない。


「偶々、鉱山の調査に暗殺者だの人妻屠り師だの物騒な肩書きのメンツがいたんで疑われているみたいですが、彼女達は闇雲に人を襲ったりはしません。それは俺が保証します」


 実際には、肩書きで疑われた訳じゃない。けど容疑者が特定できていない以上、冒険者側を悪く言っても心証が良くない。『肩書きの所為で誤解されている』って事にするのが一番収まりが良い。とにかく今は、余計な摩擦を生じさせない事だ。


「堂々としたもんだねぇ。まさか、アタイがアンタ達を全面的に信頼しているって思っちゃいないだろね?」


 嘗められてる、と受け取ったんだろうか。女帝の圧が明らかに増した。流石の凄味……逆鱗に触れたら俺じゃとても太刀打ち出来ない相手だし、率直に怖い。死の恐怖は麻痺していても、普通にビビる分には免疫ないからな。


 でも俺は、アインシュレイル城下町ギルドを代表して彼女と対峙している。幾らビビってようが日和る訳にはいかない。


「……思ってないですよ。弱小の新米ギルドですからね。冒険者ギルドと対立したら、いつ切られても不思議じゃない立場なのは自覚してます」


「そうだねぇ。冒険者にはお得意様が多いし、奴等にケツ向けて売上落としてちゃ経営者失格だ」


 当然だ。


 でも――――女帝は多分、俺達を切らない。


 彼女はよく言えば情に厚く、悪く言えば甘い。息子のファッキウとのいざこざで俺達が奮闘した一件を軽視するとは思えない。


「気に入らない顔してるねぇ」


 そんな俺の思惑は筒抜けだったらしく、女帝はあからさまに機嫌悪そうな顔で自分の小指の爪に息を吹きかけ、爪の垢を飛ばそうとした。実際には何も飛んで来なかったけど。


「……ま、息子の事で迷惑掛けたのと、一応娼館を守って貰った恩義があるのは事実だから、今回の件はアンタを信じるさ。契約を解除したりはしないよ」


「ありがとうございます」


「ただし、アンタらが犯人って証拠が出て来た場合は別だよ。地獄までの道連れにされちゃ適わないからねぇ」


「勿論。絶対に出て来ないですけど」


「フン、まぁ信じてやるけどね」


 不敵に笑む女帝の威圧感は、先程と殆ど変わっていない。彼女が発していると言うより、俺が勝手に感じているだけなんだろう。


 ……ディノーはこの人を抱きたいらしいが、一体どういう感じを想像しているんだろう。俺の脆弱な想像力ではどうにもならない。


「ま、冒険者ギルドを無条件に信じる気にもなれないしねぇ」


「そうなんですか?」


「お得意様を悪く言う気はないけど、ああいう職業には人格に問題のある奴がどうしたって一定数はいる。あれだけの規模のギルドとなると、幾らギルドマスターが優秀だろうと全員を手懐けるのは不可能だしね」


 実際、俺達が今回敵対しているのはまさにその問題児なんだろうな。


「新しいギルドマスター、アンタのツレのあの子だよね? 名前は……コレットだったっけ」


「はい、そうですけど」


「だったら丁度良かったかもしれないよ」


「……どういう意味ですか?」


 真意を掴めず俺が問うと、女帝は口を大きく歪め、鋭い眼差しを向けてきた。


「あの子じゃ冒険者ギルドの闇と上手くは付き合えないだろうからねぇ」


 冒険者ギルドの――――闇?


「そんな大袈裟に考える必要はないよ。アタイの所にも、アンタの所にも、この世のどんな組織の中にも濃かれ薄かれ闇はあるだろ? そういう話さ」


 確かに……人が集まれば、そこは陽だまりになる一方で影も生じる。その影を闇というのなら、ウチにだってあるだろう。それはギルド員の不満かもしれないし、ギルドを存続させる為の必要悪かもしれない。俺自身が闇に染まっている事もあり得る。


 だとしたら、冒険者ギルドの闇は――――


「高レベル帯の冒険者は貴重だし、魔王討伐を目指す上で欠かせない人材だから、例えギルドマスターでも強くは言えない。中には増長する奴も出てくる」


「……だからこそ前ギルマスは、最高レベルの冒険者を次のギルマスに推薦したんでしょうね」


「でも、既に腐敗した部分は抑え込めない。どれだけレベルが高かろうが。良い子ちゃんのあの子じゃ特にね」


 その通りだ。だからこそ反コレット派は今回暴走を始めた。


「今回、アンタは嫌でも介入せざるを得なくなった。連中をブッ壊さなきゃ、逆にアンタらがブッ潰されるよ」


 そういう危機感は勿論あったけど……敵対しつつも最終的にはどうにか平和的解決に持っていくのが最良のプランだった。コレットの顔を潰さないようにする為に。


 だけど、現実には難しいのかもしれない。女帝の言う通り、高レベル帯の冒険者が複数絡んでいる以上、人材不足気味の冒険者ギルド側が連中を纏めて切るとは考え難いし、新米ギルマスのコレットにその決断は出来ないだろう。


「……とは言っても、全面戦争じゃ勝ち目はないんですよね」


「だったら、今回の件の黒幕を引きずり出すしかないねぇ」


「心当たりがあるんですか?」


 俺の心証だと、本命はヨナ。対抗はメキト。ウーズヴェルトって奴は脳筋っぽいから黒幕感は薄い。実際に話した訳じゃないから、あくまで現段階のイメージだけど。


「グノークス」


 けれど――――女帝の出した名前は、その中の誰でもなかった。


「……確かレベル58の冒険者でしたよね。コレットが失踪した時、一緒にアンノウン討伐に向かったっていう」


「そう。その一件で一気に落ちぶれたのは有名な話さ。だったらコレットを恨んでいても不思議じゃないだろ?」


 言われてみれば……コレットをハメて失墜させる動機は十二分にある。鉱山に来てなかったから完全にノーマークだったけど、この男にも話を聞いておいた方が良いかもしれないな。


「ま、ウチに来た事は一度もないから、どういう性格の人間かまでは知らないけどね」


「十分ですよ。ありがとうございます」


「そうかい。なら貸し一つって事で、代わりに一つ教えてくれよ」


「勿論。何ですか?」


 不意に、女帝の表情が翳る。彼女がこういう顔をする時は、決まって――――息子の話題だ。


「……もし、ウチの息子がまだ良からぬ事を企んでたら、アタイはどうすりゃいいのかねぇ?」


 案の定、愚息ファッキウの傍若無人な振る舞いに心を痛め続けているらしい。そりゃそうだよな。あれだけ街に迷惑かけておいて、詫び一つ入れないまま去って行ったんだから。


 それでも女帝はファッキウを責めようとはしない。それは母親としての愛情なのか、それとも負い目なのか。


「生憎、俺には親子の情ってのがわからないんで、適切なアドバイスは出来ませんけど」


 そう断りを入れた上で、思った事を素直に伝える。


「ファッキウはもう成人した大人ですよね。そいつがやらかした事に親が責任を感じるのって、世間体が悪い気がするんですけど」


「世間体……?」


「息子さんが周囲からマザコン扱いされますよ」


 その言葉は、女帝が目を見開いて絶句するくらいには刺さったらしい。


「……そうなったら、アタイは一生嫌われるだろうねぇ」


「だから子離れって必要なんじゃないですか」


 実感がこもっていないから、説得力はないかもしれない。でも、親離れとか子離れって所詮、その程度のものなんじゃないかとも思う。自立心ってのは結局、他人にどう思われるかって心理が強く関与しているから。


「だったら、アンタがあの子を止めてくれるかい?」


「もし街中でまた何かやらかしたら、当然対処しますよ。そういうギルドですから」


「わかった。宜しく頼むよ」


 女帝は引きつった笑みで、それでも少し安堵したようにそう答えた。


 彼女自身の言葉の通り、俺達を全面的に信頼している訳じゃないだろう。でも、自分がやろうとしていた事を託すくらいには、買ってくれているみたいだ。それは率直に嬉しかった。


「そう言えば、旦那さんってここにいるんですか? いるならその人に喝を入れて貰うって手もありますけど」


 割と自然に夫の有無を確認する事が出来た。ディノーの恋が健全かどうか、これでわかる。


 答えは――――


「普通にいるけど、身体も気も弱い人だからねぇ。息子に喝なんて、とてもとても」


 はいアウトォォォ! 電光石火のセプテンビジンテュープルプレイで一挙27アウト。ゲームセットでーす。


 女帝、そういうタイプが好みでしたか。まあ自分と全然違う異性を求めるって普通にあるし、これはもうしゃーない。ディノー、お前の恋は儚かった。

 

 もうプレゼントを吟味する意味もなさそうだけど、一応そっちも聞いておくか。


「そうですか。もしかして交易祭で結ばれたとか? なんか凄いプレゼント貰ったんじゃないですか?」


「まぁね。当時は暗黒系のグッズがこの街で流行ってたからさ、それに乗じて『鬼修羅極肉棒』っていう、それはもうスッゴいこん棒をね」


「……」


「なんだいその顔は! ここは娼館だよ! 娼館の代表が自分の店で下ネタ言って何が悪いんだい!」


「笑えない下ネタはただの圧政なんですよ!」


 この後30分ほど揉めたのち、最後は和解して帰った。



 ――――なお、シキさんご宿泊の件はギリでバレなかった。


「あれれ~おかしいよ~? 予備の毛布の位置が微妙にズレてるよ~? なんでかな~??」


「……」


「ねぇ……なんでかなァ……?」


 ついでに魔眼のようなものを向けられたけど、ギリ耐えた。





 で、翌日。


 また始祖から鎧借りるのも馬鹿らしいんで、髪をオールバックにして舞踏会用の仮面で目元を隠す程度の変装に留め、再度冒険者ギルドを訪れた。


 グノークスという冒険者に会う為だ。


「ようやくお出ましかーァ。お前さんが来るのを心待ちにしていたんだーァ」


 その男は、俺の姿を見るなりそう言って、真顔で近付いて来た。


 どういう事だ……? 事前に連絡なんて取ってない。まさか女帝が? いやでも、そんな事をわざわざするとも思えない――――


「で、お前さん誰?」


「……は?」


 最初の発言が奴のボケだったと気付くのに、結構時間が掛かった。


 グノークスという人物は要するに、面倒な奴だった。




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る