第256話 可愛い
ギルドを作ろうと決めた時、俺の頭の中にあったのは『借金を返す為の金策』だけだった。前世と転生直後の経験を活かして、警備会社――――警備専門の組織を作りたいとバングッフさんに相談したら、ギルドを作るって選択肢もあるって提案されて、その気になった。
……でも、なんで警備会社だったんだろう? 生前には起業しようなんて意思は一切なかったのに。
借金の額が額だし期限も短かったから、一攫千金を狙うしかなかった。プライドの高さが邪魔して、コレットやフレンデリアに頼る事が出来なかった。理由はまあ一応ある。
けど、他にも方法はあった。例えば冒険者ギルドに依頼してボディーガードをして貰って、近隣のダンジョンで宝石や鉱石、課金アイテムを探索するとか。ゲーム好きの俺なら、まずそっちの金策を思い付く筈なんだ。
なのに、実際には何の迷いもなくギルドを作った。
だとしたら俺は、シキさんの言うように――――
「……仲間が欲しかったのかもしれない」
自分の中に情と呼べるものがないのなら、自然と芽生える環境を作れば良い。
それが、ギルドだった。
「明確な目的って訳じゃないけど、心の何処かにそういう気持ちがあったのかも」
「隊長って寂しがり屋だったんだ」
「いや……そういう訳じゃ」
自分がそうだからって俺まで引き入れないで欲しい。こっちには信頼と実績のフォーティーンイヤーズぼっち期間があるんで。例え寂しがり屋だったとしても、とっくに麻痺してるよ。
「でも、そういう気持ちがあったんだとしたら薄情とは言えないんじゃない?」
「やけにそこ拘るね」
「別に。クールぶってる隊長がウザいだけ」
本当に? なんか微妙に視線逸らしてるけど、違う意図があるんじゃないの?
まあ、仮に俺が情に厚くて人を好きになれる人間だったとして、それでシキさんに何かメリットがあるとも思えないけど……
「情があるかないかは兎も角、自分がどんな人間なのかは思い知らされたよなあ」
「どんな人間?」
「情けない奴」
「ふふっ」
「なんでツボ入るの……こっちはまあまあ凹んでるってのに」
でも、このタイミングで再確認できたのは良かったかもしれない。ヒーラー騒動を経て、なんか少し自惚れていた気もするし。あと、何でもかんでも人に相談して頼り過ぎてた。これは情じゃなくただの怠惰だ。
「隊長は確かにショボい奴だけど」
「あーはいはいごめんなさいねギルマスがショボくて」
「アインシュレイル城下町ギルドのギルドマスターとしては、良いんじゃない」
……え?
「それ、どう違うの?」
「なんとなく」
そこ大事なとこ! フィーリングで誤魔化さないで! デレるならちゃんとデレて!
「一応、褒めてくれてはいるんだよね?」
「大絶賛」
嘘つけ。真顔で言われてもピンと来ねーよ。
「どの辺が良いって思ったの? もっと具体的なの頂戴よ。俺、褒められないと伸び悩むタイプなんだからさ」
「隊長がっつき過ぎ」
「間違ってはいないけど、その表現は良くない!」
こっちだって必死にもなる。周囲からの評判も気になるけど、実は一番気にしてるのは身内からの声なんだ。
このギルドを設立して約三ヶ月。ギルド員のみんながこのギルドをどう思っているのか、そして代表者の俺をどう評価しているのかは率直に気になる。今後の運営方針にも関わってくるし。近日中に『ギルマスの良いトコ悪いトコ』を匿名で紙に書いて貰う企画を実行しようか本気で迷ってるくらいには。
「具体的って言われてもね。偉そうにしないトコ? あと威圧的じゃないトコとか、傲慢じゃないトコも。それと絶対服従を課さないトコも」
「全部同じ! っていうか実質何も褒めてないよね? 他にないの他に」
「んー………………………………」
悩むねぇ。そこまで絞り出さないと出て来ない時点で絶賛も何もなくない?
「可愛いトコ」
……。
!?
「え!? なんで!?」
「なんでって言われても、そっちがどうしても言えって言うから」
そういう事じゃない! 可愛いって何!? どういう評価!?
わからねぇ……マジわからん。俺自身が可愛いって事? ギルマスとして可愛いって事? ギルマスとして可愛いって何? そもそも俺の何処に可愛い要素ある? 自分の人生を玩具箱みたいにひっくり返して何度もバンバン叩いたって出て来ないワードなんだけど……
「えっと、俺にウザ絡みされた時にそれ言えってヤメに言われたりした?」
「違うけど」
これじゃないのか……だったらマジって事?
参ったな。シキさんって性格そのものはマトモだけど、感性がブッ飛んでたんだな。
まさか可愛いなんて言われる日が来るとは。美女や美少年に転生したとかならまだしも、外見20精神32の男だよ? こんなの喜んで良いのかどうか全然わかんない。余りにも未知すぎる。
「私の主観はどうでも良いとして」
「ちっとも良くないんだよなあ……」
「ヤメだって、あんな性格だから素直に言葉にはしないけど、隊長には恩を感じてて行方不明の時は必死に探してたよ。情のない人間相手にそこまでするほど、あの子はお人好しじゃない」
「それは、他に働き口がないだけじゃ」
「あの子なら、その気になれば何でも出来るよ」
ヤメへの評価が意外と高い。でも納得している自分もいる。確かにあいつなら、何処ででも何とかやれそうだ。
「他にも、オネットとか問題児は沢山いるけど、誰もクビにしてないし」
「人手不足だからしゃーない」
「そんな理由だったら、メンヘルが辞めたいって言った時に引き留めてたでしょ」
う……それを言われると反論がし辛い。理詰めで来られると弱いな俺。
「だから、ドライな自分を気取るのはやめとけば。似合いもしないのに」
「……そっちだって気取ってる癖に」
「は? 私が?」
「暗殺者を目指した経緯は前に聞いたけどさ、結局何の実績もなかったんでしょ? なのに面接の時にわざわざ言う必要なかったよね?」
言うなれば、趣味で小説を投稿してるだけなのに履歴書の職業欄に小説家って書くようなもの。深くツッコまれたら自分が困るやつ。
そもそも『暗殺者』って職業が新ギルドの面接で有利に働くとも思えんし。シキさんほどの能力の持ち主なら、そっちをアピールした方がずっと良い。
「別にドライを気取った訳じゃ……」
「えー? それじゃ何の為に暗殺者なんて名乗ったの?」
「……」
お、動揺してる。ついに俺がイジる側に回れる時が来たか?
「そう言っとけば、他人が近寄って来ないって思ったから」
ありゃ、意外と素直に答えちゃったか……にしたって、面接に通る努力よりも鬱陶しい接触を避ける方を選ぶとか、どんだけ陰の者なんですかね。
でも正直、わからなくもない。新規ギルドだし、俺も含めて他にどんな奴がいるかわからないもんな。
「私の事はどうでもいいでしょ。隊長がクールぶって自分を薄情とか言い出すのがおかしいって話だったのに」
「いやでもね、今までの人生が……」
「私と知り合う前の隊長の人生なんて知らないし。今がどうかでしょ」
頑なに認めてくれない。自分の性格なんて自己申告に勝るものなくない?
このままじゃ水掛け論だ。豪雨の中だけに。
「……わかったよ。シキさんがそこまで言うなら保留にしとく」
結局、俺が折れる形になってしまった。ま、引く時は引くのが大人の度量ってやつだよな。
「保留じゃなくて取り消して」
「しつこっ! 何がそこまで駆り立ててるの!」
「クールぶってる隊長がウザいから」
なんだろう、この何回逃げても回り込まれる感じ。しかもサバサバ系だとばかり思ってたシキさんに。なんかクセになりそう。
「じゃあ、誰かを好きになったら取り消す。それで良い?」
「ん」
急にスッて引いたな! 俺をイジるの飽きたんだろうか? わかんねー全然わかんねー。
「仕事、まだ残ってるんでしょ? 早く終わらせれば。私は隊長の部屋で寝るから」
「あ、うん……うん?」
今なんつった?
俺の……部屋?
「ちょっと!? それどういう事!?」
「棺桶で寝るの、ちょっとだけ興味あるから。隊長はその辺の床でお休みして」
いやいやいや俺がどうこうって問題じゃなくて! 棺桶シェアとかどんな新ジャンルだよ!
「空いてる部屋を好きに使って良いって言ったの隊長」
「俺の部屋は空き部屋じゃないよね?」
「今は空いてるし」
何そのとんち。俺いま一休さんと喋ってんの?
割と前からシキさんのイメージは崩壊気味だったけど、今日で完璧に崩れた。凄い喋るし。まあ、何だかんだ男と二人きりで不安もあるだろうから、普段とは違う感じになってるだけかもしれないけど。
「シキさんって、ヤメと二人だけの時もこんな感じ……」
あ、いねぇ! ちょっと考え事してる隙に音もなくスッといなくなりやがった。マジで俺の部屋に泊まる気か。
仕方ない。とっとと仕事片付けて、毛布でも持っていくか。シキさん細身だし、一枚じゃ多分寒いだろう。
……これも『気が利くギルマスって思われたい』という打算なのか。単なるカッコ付けなのか。それとも純粋な厚意なのか。好かれたいっていう下心なのか。自分で自分がわからなくなってくる。
でも、シキさんの言う通り、醒めたような物言いで無駄にネガティブな事を言うのは良くないよな。周りも聞いてて気分滅入るだろうし。
前世の俺は確実に薄情だった。けど、今はそんな自分を変えたいと思っている。
このギルドを大切に思っている気持ちに嘘はない。ギルド員との付き合いもまだまだ短いけど、このまま絆を深めていって、いつか家族みたいな関係になれれば……それはそれで、前世のリベンジになる筈。
本当にそれが『自分らしさ』ってやつに繋がるかはわからない。でも今はそれで良いとしよう。
よし。気持ちに整理がついた。
仕事片付けたら、毛布持ってシキさんに別室で寝て貰うよう懇願しに行こう――――
「すー……」
人の棺桶でグッスリ寝とる!
えぇぇ……幾らなんでも順応性高すぎない? 暗殺者と棺桶って相性良いのかな……
上からは何も羽織っていない。まあ、今開けたこのフタで寒気はほとんど遮られるんだけど。それでも体積はそこそこあるから、自分の体温で温まるまで結構時間が掛かる筈なのに……よくこんなガッツリ寝られるな。
「……すー」
寝息はイメージ通り。あと寝顔も。なんとなく、あどけない寝顔なんじゃないかって予想はしていたけど、案の定19歳より幼く見える。
これはアレかな。俺が劣情を催さない為の対策だったりするのかな。だってホラ、棺桶の中で横たわってる人に興奮とかしないじゃん。特殊性癖の持ち主でもない限り。
……考え過ぎか。
きっとシキさんは、俺におじいさんの面影を重ねているんだろうな。流行らない武器屋の主と、零細ギルドの長っていう似た立場だし。
おじいさんの話を俺にして以降、俺と二人きりの時はやけに饒舌で、何処か懐かしそうにしている。昔のシキさんはきっと、こんな感じだったんだろうな。
それがわかってるから、手を握られても勘違いしなくて済むのは幸いだった。あんなん、もし予備知識なしだったら確実に『この子俺の事好きだろ』モード突入ですよ。スキンシップ=好意は人生の基本だからね。
でもまあ、シキさんは19歳だからギリ恋愛対象の範囲外ではある。別に19歳と20歳で何が違う訳でもないけど、一応自分で定めたラインは守らないと。
とはいえ、面接の時に書いて貰った履歴書によれば、誕生日は近いんだよな。確か冬期近月29日だったっけ。借金返済期限日の前日だから覚えやすい。もう一ヶ月もないな。
……シキさんが20歳になったら、俺の彼女に対する意識は変化したりするんだろうか?
例えば、自制心が消える事で好きになったりする事があるんだろうか。本当の意味で人を好きになった実感を持った事がないから、どうにもピンと来ない。
逆に、誰かがこんな俺を好きだと言ってくれる時が来たとしたら、俺はどうするんだろう。
前世では一度もなかったし、今世も今のところない。それでも前世とは比較にならないくらい異性との接点は多いし、もしかしたら……って期待は常にある。
でも、他人に好意を向けられるような奴じゃないとか、向けられた好意に応えられるほど上等な人間じゃないって気持ちも同時にあって、素直に喜べる自信がない。戸惑いや不安の方が勝りそうだ。
だからこそ、借金を返すまでは恋愛について考えないって決めている。負い目がなくなって、ギルドを軌道に乗せる事が出来れば、自然と自信も付いてくるんじゃないかって。
「……」
シキさんの身体に毛布を重ねて、そっと蓋を閉じる。本来は顔の部分が観音開き出来るようになっているけど、シキさんは逆向きで入ったらしく、脚の方に開閉部がある。ここを開けておけば窒息の心配はないし、朝になっても光が目に入ってこない。ちなみに俺も同じ寝方をしている。
この寝方を選ぶあたり、棺桶に興味あるってのは本当らしい。
「……」
なんか寝息が途絶えたな。もしかして起こしちゃったか。
せっかく寝付きが良いのに邪魔しちゃ悪いな。今日はホールで寝るとするか。
他のギルド員が来る前に起きなきゃな……ヤメに目撃されたら睡眠が永眠にグレードアップしちゃう。
「すー」
お、寝息が復活した。
にしても――――
『可愛いトコ』
どの口が言ってるんだろうね、全く……
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