第282話 俺は失敗した

 ヨナという女性と会話をした事は一度もない。よって彼女の人格については、コーシュが刺された時に喋っていた雰囲気と、冒険者ギルドでの聞き込みをはじめとした街中での噂、そして最大の特徴であるレベル至上主義という性質から想像するしかない。


 コーシュから二股をかけられている、という点だけを見れば悲劇のヒロインだ。まして男であるウーズヴェルトと天秤にかけられている。ウーズヴェルトが相当な苦悩を強いられていたように、彼女もまた精神的苦痛を味わっていた――――かというと、どうもそんな様子は聞こえて来ない。


 俺の中で、彼女の人物像は既に固まっている。それは『大胆不敵』。この言葉に尽きる。何故なら、あのアイザックに言い寄っていたという証言をフレンデリアから聞いているからだ。しかもチッチの話によると、取り巻きの三人が見ている中で堂々とアイザックを口説いていたらしい。これほど大胆不敵という言葉が似合う事象はない。


 そういう証言や、次々とレベルの高い男に乗り換えている悪女っぷりから、俺は一つの仮説を打ち出した。ヨナがファッキウ陣営のスパイで、奴等に情報を流す為にこの街に滞在していると。彼女に会ってまず聞いておきたかったのは、この件だった。


 更にこのヨナという女性、自分に好意を向けているメキトを利用し、コレットを陥れようとしている可能性もあった。メキトは『ヨナの本命はコレット』と言っていたけど、それは恋愛感情の話じゃなく、謀略にかけるターゲットという意味での『本命』なんじゃないだろうか。


 つまり、一連の事件の実行犯はメキトで間違いないけど、裏で手を引いて奴を操り人形にしていたのはヨナで、更にその背後にはファッキウ達がいる。


 全ては、コレットを冒険者ギルドおよびアインシュレイル城下町ギルドから追い出し、フレンデルを新たなギルマスに据える事で、自分達がこの街に返り咲く為。


 そんな壮大な計画が水面下で動いていたと、俺はそう睨んでいた。


 状況証拠は揃っている。ほぼ間違いない。



「悔しかったんだよ! レベル78のコレット様が、あの孤高の才媛があんなクソザコと恋仲なんて……! だからもしアンタがあの男を好きだったら略奪してくれればあたしにとって最高だって言いたかったんだ!」



 間違いだった。



「コーシュなんてどうでも良かったんだ……所詮、コレットの代役さ。グノークスもそう。アイザックってバカな冒険者にも色目使ったけど、それだってフェイクさ。あたしの本命は最初からずっとコレット様。あんなあどけない、小心者で友達も少ない人がレベル78なんて……! ヒヒ……ヒヒヒ……素敵……」



 結論だけ、頭に浮かぶ。


 間違いだった間違いだった間違いだった間違いだった間違いだった間違いだった間違いだった間違いだった間違いだった間違いだった間違いだった間違いだった間違いだった間違いだった間違いだった間違いだった間違いだった間違いだった間違いだった間違いだった


 俺は失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した俺は失敗した失敗


 ……とにかく。


 ぜーーーーんぶ間違いだった、と。はい的外れー、でしたと。見当ちがーい、と。全部この女のクソデカ感情が原因でしたー、と。



 おい嘘だろ?



 マジで? えっマジでファッキウ無関係? 単なる痴情の縺れで完結? ここから大どんでん返しとかちゃぶ台返しとかない? ないの?


「コレット様、レベル78なのに可愛い所あるんだよ。宝石が大好きでさ。最近はフラワリルが欲しいってずっと言ってて。だから、あたしが独占して毎月ちょっとずつプレゼントしようかなって……」


 うっわ、ガチだわこれ。フラワリルの鉱石、こいつが一人で全部採っちゃったのかよ。どう見ても採取系のスキルなんて覚えてなさそうなタイプなのに……何日がかりだよ。


 絶望的に膨れ上がった羞恥心が襲ってくる。マズい。俺、結構この推理いろんな人に話してたよね? 『あくまで俺の予想だけど』みたいな言い方はしつつも、ほぼ間違いない的な雰囲気で。ドヤさドヤさで。



 あーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



 これはダメだ。俺この件で何人と会話した? 少なくともティシエラとフレンデリアにはほぼ全部話してたよな。シキさんにも結構……うわーーーーーーーーーこんな現実嫌だーーーーーあーーーーーー



「トモ? 貴方いつからここに……なに身悶えてるの?」


「もういっそ殺して……」


 まさかここに来て『殺せ』っつってたウーズヴェルトの気持ちを理解するハメになるなんて……あーもー最悪だ最悪! 今までも似たようなパターンが何度かあったけど今回は想像の規模がデカ過ぎるしドヤってた期間が長過ぎる! 下手したら死んだ日より最悪だ! そんな事ある!?


「ちょ、ちょっと……まさか今の話聞いてたの? この女の言ってた事は全部勝手な憶測で、貴方が恥ずかしがるような事じゃ……」


「恥ずかしいに決まってんだろ!! もうたまんねーっすわ! どうすりゃ良いんだこんなの!」


「わ、私に言われても……」


 いかん、ついティシエラに当たってしまった。勝手に誇大妄想膨らませて勝手に自爆しただけのクソザコが粗相してすみません。


「とにかく、そんな事いちいち気にしないで。貴方はいつも通りにしていればいいの。わかった?」


 こんな恥ずかしい俺を励ましてくれるのか……なんて良い奴なんだティシエラ。たまに口悪いけど。


「……おい。そこのクソザコゴミクズ野郎」


 あ、ヨナが俺に気付いた。なんかプルプル震えてる。


「オメーの事はミッチャから色々聞かせて貰ったよ。レベル18なんだってね。信じられないザコじゃないか。なんでオメーみたいなのがコレット様の恋人なのさ……あり得なくない?」


「いや、その通りあり得ないんだよ。お前の勘違い」


「ハッ! バカ言ってんじゃないよ! コレット様が行方不明になったって一報が入った時、真っ先に現地に向かったじゃないか! しかもこの鉱山にあたしとコレット様が来た時も現われてさあ! あの時あたしがどれだけあんたを殺したいと思った事か!」


 ……え、あの時内心そんなキレてたの? 全然そんな感じじゃなかったけど……スゲーな。コレットの傍だから猫被ってたのか。ペルシャ猫くらい上品なの被ってたんだな。


 それより、やっぱりこいつミッチャと知り合いだったのか。だったらワンチャンこいつがファッキウと繋がってる可能性もある……けど、なんかもう考察とか推理とかしたくねーなー。これ以上の恥の上塗りは精神が死ぬ。


「メキトの奴も言ってたからね。コレット様は何かあったらすぐあんたに泣きついてるって。あいつ気持ち悪いけど、情報収集能力は確かだから」


 気持ち悪いとか言ってやるなよ……つーか、この女の何処が良いんだ? 好きになる要素が一つも見当たらない。好みってマジ人それぞれ過ぎるな。


「確かに、コレットは困った事があるとすぐトモに泣きついていたわね」


「ちょっとティシエラさん!? 話をややこしくしようとしないで!」


「事実じゃない。私には関係ないけど」


 だったら言わなくても良くないですかね……ついさっきまで胸ぐら掴んでた相手を後押しするような事。


「そもそも、ティシエラなら近くで見てるしわかるだろ。俺とコレットがそういうんじゃないって」


「……そうね。初孫と、その子を甘やかす祖父みたいな関係よ。私が保証するわ」


 そこはせめて親子で良くない? いや年齢差的に親子でも嫌だけどさ。兄妹とか従兄妹とか……あるだろ他に。


「だったら何で、あたし達と同じ日に鉱山に現われたの? 仕事にかこつけて情事に励む為じゃなかったの?」


「偶然に決まってるだろ。あと情事って言うな」


「あり得ない。そんな偶然、あたしは認めない」


 まあ……それは確かに。城下町の何処かならまだしも、別の街の鉱山だもんな。


 でも真相は違う。この件、あんまり言及したくないんだけど……


「偶然じゃないとしたら、寧ろそっちが俺達の予定に合わせて来たんじゃないのか?」


「コレット様がオメーに会う為にオメーに黙って予定を組んだって? フザけた事言ってると殺すよ」


「いや、そうじゃなくて。こっちの予定をメキト辺りが入手して、コレットに『この日なら全員の予定が開いてます』みたいな事言って、誘導したんじゃないかって話」


「……」


 これまでずっと、ドスの利いた声と顔で俺に敵意剥き出しだったヨナが、初めて真顔になった。


「あー、そういう事。それじゃコーシュ刺したのはやっぱりメキトだったんだね」


「薄々気付いてたって言い方だな」


「さあ? あたしには関係ないし。さっきも言ったけど、コーシュはただの腰掛け。ま、性的指向が近いし話し相手としては悪くないけどね」


 つまり、二人とも恋愛対象範囲が広いって事なんだろう。色んな形の愛がある、みたいな事が良く言われてるけど、そもそも愛に形はない訳で、『色んな形に愛を当てはめてる』ってのが本当のところじゃないだろうか。


 俺は……愛そのものが欠如してるっぽいけど。


「オメーの話、ちょっと信憑性出て来たから一応信じてあげる。これで、あたしを邪魔する奴はいなくなった訳だ。ヒヒ……」


 メキトがコレットに言い寄ってる訳じゃないとわかったのは朗報だったけど、そのメキトよりも厄介な奴に狙われてるとはな。コレットもつくづく運がない。いっそあの山羊マスクしてたままの方が良かったんじゃないか。


「お生憎様」


 下品に笑うヨナを、ティシエラが蔑むような目で睨む。こういう表情をさせたら右に出る者はいない。輝いてるよティシエラ。


「貴女はこれから査問委員会にかける事になるわ。アインシュレイル城下町ギルドを犯人に仕立て上げた疑惑をはじめ、怪しい行動が幾つもあるから」


「あたしは何もしちゃいないよ。その件だって、メキトがそう最初に言ったから乗っかっただけだしね」


「かもしれないわね。でも私に対する侮辱の罪は紛れもない事実よ」


「……え」


 余裕綽々の態度だったヨナが、一瞬で固まる。


 そう来たか。


 ティシエラはソーサラーギルドのギルマスだからな。冒険者に侮辱されたとなれば、最早それは冒険者ギルドがソーサラーギルドにケンカを売っていると見なされても仕方ない。決して些末な問題ではなく、容疑者の身柄拘束は当然だ。


「さ、さっき謝ったじゃないか! あたしは全面的に誤りを認めて……!」


「それはどうでも良いわ。貴女が侮辱したのは、私の知人。知人への侮辱は、私への侮辱と同罪よ」


 え、俺の事?


 まあ、この女を拘束する為の屁理屈なんだろうけど、今のはちょっと嬉しかった。


「ムチャクチャだ!」


「黙りなさい。フラワリルの採集量もモラル違反だし、貴女に関する身辺調査はしっかりやらせて貰うわ【プライマルノヴァ】」


「あっ……!」


 うわ! なんつーエゲつない不意打ち……幾らハイレベルの冒険者でも会話中の魔法は回避不可能だ。


「私と来なさい。拒否するなら、貴女の上司であるコレットに責任を問う事になるわよ」


「……行けば良いんでしょ」


 強制的に冷静にさせられた事で、ヨナは自分の現状を自覚したんだろう。ようやく観念した様子で項垂れていた。


 取り敢えず一段落、か。


「メキトは既にオネットさんが拘束済みだ。犯行もほぼ認めた」


「そう。なら撤収ね。他の面々はもう外に出てるの?」


「ディノーはオネットさんに任せてるけど、シキさんにはまだ伝えてない。俺が探しておくから、先に街へ戻っててくれ」


「……」


 な、なんだよそのジト目は。可愛いじゃねーかチクショウ。俺、実はジト目フェチかもしれない。何故スキルやレベルよりもフェチズムや性癖発掘の方が捗るんだ……


「ま、良いわ。気を付けてね」


「ああ。そっちも」


 さて。いくらティシエラでも、レベル50を超える冒険者に不意打ちされると危ない。その芽はここで摘んでおこう。


「ヨナさん、だったか。そんなにコレットが好きなの?」


「敬愛、と言いなさい。あたしのコレット様に対する感情を、その辺のメスの発情と一緒にしないで」

 

「わかったわかった。そんなアンタにプレゼントがある」


「コレット様の私物!?」


「まぁ、ほぼ正解。ここに……よし。書いてある住所を尋ねれば、コレットの私生活の一端に触れる事が出来る。ほとぼりが冷めたらそこへ行け」


「オメー……いやあんた。実は良い奴? やだ……ありがと……」


 乙女の顔で俺から住所を記した紙を受け取ろうと、ヨナが手を伸ばす。その際、僅かに俺の手にも触れた。というか、そう仕向けた。


「器用さ極振り」


「? 何か言った?」


「いや何も」


 いつもは魔法抵抗力に全振りなんだけど、それだとティシエラにとっては不利に働く。器用さならまあ、どれだけ高くても大して脅威にはならないだろう。


 これで万が一ヨナが連行中に暴れても大した事は出来ない。


 勿論、自分のパラメータが書き換えられた事などつゆ知らず、ティシエラの隣を歩くヨナは何処か満足げだった。


 自分がいずれ訪ねるその住所が、地獄の一丁目だとは知らずに。


 近々、シレクス家は修羅場と化すだろう。コレットガチ勢同士の邂逅によって。


 フレンデリアはコレット狙ってる奴絶対許さないウーマンだし、貴族の権力をフル活用してヨナを叩き潰すに違いない。悪の芽は早めに摘んでおくに限る。


 それと、コレットのレベルは79な。まあレベルアップしたの知らないんだろうし、知ったら喜びそうだったから敢えて言わなかったけど。



 さて――――血も止まったし、シキさんを探すか。


 



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る