第281話 敗北からの自分語りは様式美





「――――魔王と永遠に戦う?」



 最初に打ち明けたのはベルドラックだった。



 こいつが一番、遠い位置にいるからだ。



 その方が多分、本音も語りやすい。



「現時点で倒す事が不可能なら、封印すれば良い。新たな魔王討伐の手段を人類が見つけられるまで時間を稼ぐ。そういう方針じゃなかったのかよ」



「そういう方針だったさ。でも事情が変わった。封印の具体的な方法がわかったからな」



「……代償の事か」



「ああ。あれじゃ割に合わない。仮に封印じゃなく、完全に倒せるとしてもだ」



「魔王の力を完全に封じるのは無理だから、世界の記憶から魔王を消去する……よくわからねぇ理屈だが、それで一応平和になるんじゃなかったのかよ」



「魔王に関する全てが消えてなくなるって事は、魔王に関連したあらゆる記憶と記録がこの世界から消失するって事だ。今まで続けて来た魔王討伐の旅も、魔王を倒そうと必死に頑張って散っていった人達の人生も……最初から全てなかった事になる」



 それは、数多の英霊への侮辱……いや、蹂躙になる。そして何より、今日までの出会い、そして共に生きてきた"全て"がなかった事になる。



 育んで来た絆も。



 想いも。



 到底、受け入れられるものじゃない。



「だからって、代わりの案がそれか? それこそ不可能だろ。永遠に戦う? なんだそりゃ。永遠の命でもなきゃ無理だろうよ」



「……まあ、そうなんだけどさ」



 永遠に戦うって事は、永遠に生きてなくちゃならない。その大前提が最大のネックだ。



「それに、幾らお前が防御面で世界最高だッつッてもな……実際、規格外だがよ。人体どころか情報単位で保護できる上、攻撃性や殺意の検知だの学習による適応進化だのハイリスク行為の自動制御だの……俺には訳わかんねぇよ」



 お前は攻撃特化型だからな。だからこそ、パーティ内でのバランスは取りやすい。性格はまるで合わないけどな。



「それにしたって、永久に魔王の攻撃を防ぐ事は出来ねぇだろ? 逆にこっちは何やっても倒せねぇ。どうにもなんねーだろ」



「なるさ」



 本当にどうにもならないのなら、こんな代案なんて出しやしない。やれるかどうかは別として、方法は存在する。



「敵の攻撃を恒久的に、かつ絶対的に無効化する結界。加えて、その結界によって自身の心身が永遠に変質しない作用も生み出す。そういう術を用意する事が出来れば、戦況は永久に五分。実現は可能だ」



「ンなモン、用意できる訳……」



 呆れたような物言いのベルドラックが、眉を顰めて声を止める。こいつは頭はともかく勘は良い。特に、戦闘面に関しては抜群の鋭さを持っている。



 だから、わかった筈だ。妙案があるって事を。



「ベルドラック。この世にもし永続性ってのがあるとしたら、それは何だと思う?」



「俺にわかる訳ねぇだろ。勿体振ってねぇで答えを言えよ」



「無だよ。虚無。何もないんだから、終わりもないし変化もない。膨大な虚無のエネルギーを確保できれば、永続性が付加できる」



 無は、全ての事情に存在する。有無は光と影の関係と同じだ。有があるところには必ず無が生まれる。



 そして、"有"の力が大きければ大きいほど、無のエネルギーもまた巨大になる。



「……そんなデケぇ力が、何処にあるってんだ?」



「少なくとも、この世界にはないと思う」



「だったら無理じゃねぇか」



「勘違いするな。ないのは『この世界』にだ。別の世界……もっと人口が多くて、もっと沢山の"有象"が存在している世界なら、無象の大きさも桁違いになる」



「別の世界……? 精霊界か? でもあそこは生き物の数は少ねぇだろ?」



「精霊界じゃない。でも精霊界があるんだから、他にもここと違う世界があっても不思議じゃないだろ?」



「……言われてみりゃ、そうかもな」



 それでもベルドラックは、半信半疑――――と言うよりも他愛のない夢物語としてこの話を聞いていたようだった。



 事実、夢物語そのものと言っても良い。



 でも、手に入れる方法は必ずある。



 そう信じるしかない。



 虚無のエネルギーさえ手に入れられれば――――





 犠牲は一人で済むんだから。









「――――ぉったあっ!」


 特に悪夢を見た訳でもないのに、謎の恐怖感に襲われて思わず叫びながら起きる。そういう経験は過去に何度かあった。なんか目を瞑っているよりも更に濃い闇が被さってくるような、このまま黙ってると死んじゃうんじゃないかっていう、奇妙な焦燥感。今まさに、それを感じていた。


「ふーっ。生きてて良かったです。ギルドマスター」


「……オネットさん? え、俺、倒れてた?」


「気を失ってたみたいですね。頭に何度を衝撃を受けていますし、意識が途切れてしまったんでしょう」


 確かに、限界だったのかもしれない。ずっとボーッとしてたもんな。


 って、そんな事より――――


「メキト! あいつどうなった!? オネットさんの一撃で死……」


「屠ってないです。鍔の部分で殴っただけですから」


 あ、そうだったんだ。良かった。幾ら正当防衛でも、ウチのギルド員が人殺しってのはやっぱりちょっとな。それに、奴には聞きたい事が山ほどあるし。


「ただし随分と不肖私をナメ腐っていた無礼な態度は許せませんでしたので、結構強めに入れました」


「まあ、それくらいは……」


 納得しようとしたところで、思わず言葉に詰まった。


「……」


 メキトは確かに生きている。地面に仰向けになって倒れているが、虫の息って訳でもない。


 ただ、人相は随分と変わっていた。


 具体的には、顔全体がパンッパンに腫れていた。『顔が腫れている』と言われて想像する5倍くらい腫れている。元々細目とはいえ目の周囲が膨れ上がり過ぎて一切開いてないし、鼻は面積が顔面の約半分を占めるくらいになってて、唇も本場モンのたらこくらいになってるから、顔面の構成が完全にバグってる。体積は大増量なのに凹凸が減って立体感があるのかないのか良くわからん。


「えっと……やり過ぎでは?」


「鍔で頭部を殴打したつもりでしたが、その時に剣を握っていた拳も顔面に入ったみたいで。結果的にこうなりました」


 本当にそれだけかなあ……相手が倒れた後にマウントポジションでボコボコにしてない? レフェリーいないし俺気絶してるし、やりたい放題だったんじゃ……


「無様だ……この僕が……前が見えねェ」


 お、こんな状態でも一応喋れるのか。それはありがたい。


「お前は……お前にだけは……負けたくなかったのに……」


 見えてない割に、声だけで俺をすぐに特定してくるのが微妙に怖い。そもそも直接K.O.したのは俺じゃねーし。やっぱり俺だけが目の仇にされてるな。って事は、冒険者ギルドへ聞き込みに行った帰り道で襲われたのも、こいつの差し金だったのか? ならすぐ慰謝料を請求しないと。でもその前に誤解を解かないと。


「あのな。何度も言うけど、俺とコレットは……」


「事実は関係ない……ヨナさんが……あの人がお前を排除したがっていたんだ……それが全てさ……」



 ……は?



 どういう事だ? 何故ここでヨナの名前が出て来る? 俺とは一切関わりのない奴だぞ……?


「ギルドマスター。この方はやはり、ヨナという女性を愛しているのでは? だから、その女性の言いなりになっているか、喜ぶ事を率先して行っていたのでは」


「いや、それだったら俺を狙う理由なんて何も……」


「あります。確かヨナという方、レベル至上主義だった筈ですから」


 レベル至上主義……まさか……


「俺のレベルが低過ぎて憎悪の対象になってたのか!?」


「違います」

「違……う……」

 

 あ、これじゃないんだ。恥っ。


「忘れていませんか? この街で、というより人類全体の中で一番レベルが高いのは、コレットちゃんなんですよ」


 確かにそうだけど、それと何の関係が……


 ……え? もしかして、そういう事?

 

 コレットがレベル79で人類最強なのは周知の事実。で、ヨナはレベルの高い人間を恋人にしたがっている。


 ま、まさか――――


「ヨナって人の本命って……コレット?」


 今更『女性同士なのに?』なんて野暮な事を言う気はない。でも……マジで?


 恐る恐るメキトに聞いてみると、少し顔の角度を変えて何やら黄昏れてようとしていた。目が開いてないから確認しようがないけど、多分遠い目をしたんだろう。


「答える義務はない……と言いたいが……僕ももう限界だ……僕の苦しい胸の内を聞いてくれるかい……?」


 なんか良くわからんけど、自分語りをしたくて溜まらないって事なんだろうか。なら気持ちはわかる。敗北からの自分語りは様式美だからね。俺も負けたら自分の半生を長々と語ると思う。


 ただし、聞く立場になると苦痛でしかない。


「聞くのは良いけど、要約ダイジェストでお願い」


「世知辛いッ……」


 心底無念そうに、メキトは開いていない目から涙を流していた。どんだけ生きてる証を俺に打ち付けたいんだよ。


「い……嫌だ……僕は語るぞ……聞いてくれ僕の……僕のッ――――」


 取り敢えず全部聞いた。案の定長かった。


「要するに、お前が好きなのはヨナで、レベル至上主義のヨナと付き合えるようレベリングに励んでたけどモンスターに不覚をとって死にかけて、その時助けて貰った冒険者に『進化の種でレベルアップする裏技』を教えて貰った結果ドーピングで急激に強くなって告白したけどフラれて、それでも諦めきれずヨナの望みを叶える事でワンチャン狙ってると」


「せめて出会いのくだりだけでもちゃんと覚えて欲しいッ……」


 知らんがな。せめてアイザックくらい読ませる人生歩んでから出直せ。


「流石にそこまで端折って覚えるのは気の毒では」


「あそこまでボコボコにした人が言う事か」


 まあ、実際のところは単なる意趣返しで、ちゃんと端折らずに覚えておくけどな。かなり重要な情報が結構あったし。


 特に『進化の種でレベルアップする裏技』。これは正直驚いた。まさか――――ラルラリラの鏡にそんな使い方があるとはな。


 進化の種には人間のマギと結合するのを拒む邪気があって、それをラルラリラの鏡で払う事によって、人間であっても使えるようになるらしい。


 ラルラリラの鏡自体がレアだし、進化の種に邪気があるって発想も普通は浮かばないから、今まで誰も試さなかったのは理解できる。寧ろ誰だよ、こんなの思い付いたの。人類で初めてフグの卵巣を食べて生き残る事に成功した奴くらいチャレンジャーだろ。


 とにかく、ラルラリラの鏡は手元にあるんだから、進化の種さえ手に入れられれば俺でもレベルアップが可能って事になる。


 けど――――


「ギルドマスター?」


「何でもない。とにかく、全ての元凶はヨナが俺をコレットの恋人と勘違いしてる事、で良いんだな?」


「……そうだね」


 半ば悟ったような物言いで、顔面崩壊中のメキトはようやく肯定した。


 メキトの行動理念は単純明快で、全てはヨナの為。


 ヨナがレベル至上主義者だからドーピングしてでもレベルアップを望み、ヨナと付き合っていてウーズヴェルトとも恋仲のコーシュを刺し、コレットが俺を見限る為に俺とギルドの評判を最悪にし、そのコレットをヨナが見限るよう冒険者ギルド内での立場を悪化させようとした。コレットを好きっていう噂が立ったのは、その工作の過程でコレットの話ばかりしていたから……らしい。

 

 真相がわかってしまえば、確かに納得できなくはない。ギルド内での評判が一致しないのも、姑息な性格と一途な性格、その両方がこいつの本性だったからだ。姑息だからこそ情報を集めて策を錬り、一途だからこそ過激な手段にも躊躇がない。まさに危険人物のテンプレだ。


「ねえ……僕は……どうしてヨナさんに振り向いて貰えなかったんだろう……? レベルはもう60に届く……ウーズやコーシュよりも上なのに……」


 メキトは悲哀に満ちた声で聞いてくる。流石にここまで来るとちょっと可哀想というか、無視はし辛い空気だ。


「(性格、と言いたいところだけどレベル至上主義って時点で性格はあまり好みには関係なさそうだ。でもレベル至上主義の背景には単なる数字上の判断じゃなく、より強い人物、正確には『より強いと周囲に思われている人物』を恋人にしたい、つまり恋人自慢をしたいって思考が透けて見える。すなわちブランド志向。その点において、お前は急激に強くなり過ぎた。レベルの数字に周囲の印象と認識が追い付いていない。最強冒険者のイメージが定着する前に告白したから『自慢し甲斐がない奴』ってバッサリ切り捨てられてフラれたんじゃないか? でも憶測に過ぎないし、今更こんな事言ったって悲劇の上塗りにしかならないから黙っておくか)大変だな」


「すごい間でしたね」


 何かを察したらしきオネットさんも、結局慰めの言葉はかけていなかった。動機はどうあれ、この野郎には随分と振り回されたからな。優しくしてやる義理はない。


「お前やウーズヴェルトが鉱山に隠れてたのは、ウチのギルドの評判が落ちるのを待ってたからなんだろうけど、ヨナもそうなのか?」


「……ヨナさんもここにいるのか?」


 惚けている様子は――――ない。というか、この顔じゃわからん。


 でも、今の話を聞く限りじゃヨナがこいつに従うとは思えない。偶然、ヨナも鉱山に来てたって事なのか? それとも恋敵のウーズヴェルトを人知れず始末しようとしてたとか?


 ……ま、どうでも良いか。もう事件は解決したんだし。とっとと撤収しよう。


「オネットさん、シキさん達とはなんではぐれたの?」


「転移空間です。恐らく別の所に飛ばされたんじゃないかと」


 やっぱりか。だとしたら、探すのには骨が折れそうだな……


「悪いけど、こいつを拘束して先に鉱山を出ておいてくれない? 俺の腕力じゃ運べないから。あと、ディノーがいたらあいつにも用は済んだって伝えておいて」


「了解しました! お気を付けて!」


 少し元気を取り戻したオネットさんは、メキトを引きずりながらワープゾーンの方へと向かって行った。案の定、すぐ傍にあるそうだ。


 あ。誰から虚無結界の情報を入手したのか聞くの忘れた。


 ……ま、良いか。聞いても滅入るだけだし。


 さて、ここからは結構面倒だ。二人を探そうにも、転移がランダムだから試行回数を重ねるしかない。


 場合によっては二人より先にヨナと出くわすかもしれない。そうなると厄介だな……なんか目の仇にされてるっぽいし。出来れば避けたい事態だ。


 そう願いつつ、数度にわたる転移を行った結果――――



「もう一度……言ってごらんなさいよ……私がトモに横恋慕……? はあ……?」


「わ、悪かったよ! 訂正する! 謝るから許して!」



 静かに怒り狂ったソーサラーが冒険者の胸ぐらを掴んで今にも殴りかかろうとしている、謎の光景に出くわした。 





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