第280話 惨敗だ

 ……確かにあったよ。こいつの数ある噂の中には『実はコレットに恋している』ってのが。


 でも最初に聞いた話だとヨナに片想い中との事だったし、さっきウーズヴェルトがそれを裏付ける証言もしている。加えて、こいつの話は何一つ信用できない。よって、これから口走る事も常に話半分に聞いておくべきだろう。


 とはいえ――――


「アインシュレイル城下町ギルドのギルドマスター。君がコレットさんと恋仲だって噂が流れている。その真偽を確かめたい」


 ……仮に、これが俺を動揺させる為の話術だとしたら、巧みとは言い難い。大方、コレットが俺に泣きついている場面を目撃した奴がいて、それを元に話を飛躍させたってところだろうが……


「いや、全然違うけど」


「本当に? 神に誓えるか?」


「神サマでも何でも誓うし、とにかく違う。コレットとはただの友達」


「男女の間で友情が成立すると思っているのかい?」


 ウッゼェーーーーー! 知るかそんなの人それぞれだろ!


「あの……不肖私……異性間の友情には……否定派です」 


 オネットさん!? こんな話に食いついて来ないで回復に専念して!


「男が言う『あの女性とはただの友達だよ』って証言ほどアテにならない言葉はありません。今まで何度その決まり文句で欺かれて来た事か。今や耳にした瞬間に殺意を覚えるほど毛嫌いするフレーズです」


 急に饒舌! 寝不足による体調不良を一瞬で吹き飛ばすほどの恨みつらみですかそうですか。まさか俺に殺意抱いてないよね?


 つーかオネットさんの夫、会った事ないけどヘイトが臨界点突破しそうなんですけど……ここまで来ると是非一度顔を見てみたい。案外イケメンとかじゃなくてフツーってのがこういう場合のセオリーだよな。


「僕もその意見には賛成だ。とても信じられないね」


「いや、信じられないんだったら最初から聞くなよ……時間の無駄じゃねーか」


「それは違う。聞く事に意義があるんだ。僕がこの質問を君にした、その事自体に意味があるんだよ」


 ……俺の反応を窺ってたって訳か?


 動揺とかする要素ないし、別に構わないけど。仮に奴が本当にコレットに片想いしていたとしても、俺には関係ないし。


 ……片想いじゃなかったら?


 それは正直、ちょっと困った事になる。友人として、こんな粘着クレーマー体質のウザい奴との交際には意義を唱えたい。フレンデル並に人格が破綻してそうだし。


 コレット、今忙しそうだからな……心の拠り所を求めて、こいつみたいなのに言い寄られて何となく付き合う、みたいな事もあり得なくはないのか? 今のあいつの立場上、孤立状態になると精神的にキツいだろうし、そこにつけ込まれて言い寄られたりしたら……


「ギルドマスター! 集中!」


 うおっ! マズいマズい……完全に奴の術中にはまってたな今。オネットさんに感謝。


「そうか。そんな感じなんだね。なんとなく理解したよ。コレットさんと君との関係が」


「あーそーかい勝手に邪推でもなんでもしておくれ。その代わり、こっちにも聞きたい事がある」


「なんだい? 可能な限り答えてあげよう」


 やけに余裕だな。オネットさんが回復しても問題ないって思ってるのか?


 まあ良い。何か探りを入れようとしてるのは伝わってくるけど、それはこっちも同じ。


 こいつは不気味だ。出来る限り本性に近付きたい。


 聞きたい事は山ほどある。『ウチの悪評を流したのはお前の仕業か』とか『コレットやヨナをどう思ってるのか』とか。でも、これらの質問をしたところで真相を語るとは考え難い。


 だったら、逃げ道のない質問で切り込むべきだ。


「商業ギルドに進化の種について問い合わせたのは、どうしてだ? あれはモンスターにしか効果のないアイテムらしいけど」


 この件については、バングッフさんから詳しい話を聞いている。惚けたりはぐらかしたりしたら、幾らでも追い込める材料はある。


 さて、どう答えてくるか――――


「アレか。ちょっと興味があってね。ただの好奇心だよ」


 ……成程、上手い。


 俺がバングッフさんから話を聞いた可能性を考慮して、辻褄が合わない嘘は言わないよう、こっちが反論できない理由で答えて来やがった。好奇心と言われたら、こっちは引かざるを得ない。


「話は終わりかい?」


「いや、もう一つある。そもそも何でオネットさん……ウチのギルド員と戦っていた?」


 メキトの余裕の態度を目の当たりにして、一つ思い当たる戦術があった。


 もしかしたら奴は、いつでも逃げ出せる算段がついているのかもしれない。


 この鉱山にはワープゾーンが複数存在する。もしこの付近にもあるのなら、隙を見てそこへ飛び込めば即座に俺達から逃げ出せる。

 

 そうなると厄介だ。奴は鉱山を出て、後日『コーシュを刺した連中が言いがかりを付けて僕を襲ってきた』と周囲に訴える可能性が高い。そうなると、ウチの立場はますます危うくなる。


 さっきの応答もそうだし、これまでの身の振り方もそうだけど、こいつの行動は一貫して策士のそれだ。ファッキウが裏で手を引いてると思ったのも、その印象が強いからに他ならない。


 このまま奴のペースに呑み込まれる訳にはいかない。戦闘が再開される前に、一つでも良い。奴が逃げ出せなくなる何かを楔として打ち込みたい。


「何の事はない。彼女とバッタリ会って、彼女の方から仕掛けて来たんだ。正当防衛だよ」


「違います! 私が名前を聞いたら、向こうから攻撃して来たんです!」


「そんな事実はないよ。捏造は良くないね」


 証明できない事柄に関しては水掛け論に持ち込んで、自分に都合の良い訴えだけして煙に巻くつもりか。いるよなー、こういう奴。一番面倒なタイプだ。


 さて、この厄介オタクみたいな野郎をどう攻めるか。こっちの手持ちのカードで一番強力なのは――――これだな。


「お前の事は、ウーズヴェルトからさっき色々聞かせて貰った」


「へえ。彼、鉱山に来てたんだ。なんて言ってたの?」


「コーシュを刺したのはお前なんだってな」


「……ふふ。本当に捏造が好きだね。君達は」


 幾らこいつが情報通でも、ウーズヴェルトと俺達のやり取りまでは把握できていないだろう。陰でこっそり覗いてたらディノーが気付く筈だし。


「犯行は計画的に行われた。俺達を巻き込んだ事も含めて、事前の予定通り。ウーズヴェルトにも協力を持ちかけたそうだな」


「これ、いつまで聞かされるの? バカバカし過ぎていい加減苦痛になってきたよ」


「それと、彼はこうも言ってたな。『憐れな奴だった。ヨナにはとうとう振り向いて貰えなかった』って」


「……」


 表情は――――変わらない。


 大した奴だ。今のは『可哀想 → 憐れ』っていう、まあまあ悪意を込めた誇大表現だったんだけど。我ながら性格悪いな俺。


「随分と……言いたい放題じゃないか……」


 でも内心まで冷静じゃいられないか。そりゃそうだ。これでも感情が動かないような奴なら、そもそもコーシュを刺したりはしてないだろう。


「荒唐無稽な内容は勿論だけと、ウーズへの理解もまるで不足しているね。彼が他人の事をベラベラ話すような人間だと思っていたかい?」


「普段なら違うんじゃないか? でも今日は随分荒れてたからなあ。女性と二股かけられたのが相当キツかったらしいぞ。そもそも、あいつの発言は俺達に戦いで負けた代価だし」


「ウーズが君達に? あり得ないね。彼は冒険者の中でも指折りの猛者だ。君達みたいな新参ギルドに負ける筈がない」


 よっしゃボロを出した! 今だ畳みかけろ!


「何言ってんだ? ウチにはレベル63のディノーがいるんだぞ?」


 間髪入れず指摘すると案の定、メキトの顔色が変わった。


「……そうだったね。すっかり失念していたよ」


「俺の事は覚えていて、元同僚を忘れるのか? 随分いい加減だな。そんな適当じゃ、お前の発言は信憑性に乏しいと言わざるを得ないな」


「……」


 ようやく一刺し出来た。明らかに俺に対して敵意を向けて来ている。これで逃げられる心配はなくなった。


「ギルドマスター、追い込み方がエゲつないです。借金取りと似てます」


 仲間からはジト目を向けられてしまった。


 ……まあ一応、こんな俺でも覚悟はしているんだ。ギルドを守る為なら、幾らでも手を汚してやろうって。これくらいの駆け引きなんて序の口。必要に迫られれば、もっと卑劣な事だって躊躇なくやっていく。


 シキさんと親しくなってからだ。こんな事を思うようになったのは。


 俺なんて、幾ら汚れたって良い。みんなの居場所を守れるのなら。


 アインシュレイル城下町ギルドはもう、俺だけの居場所じゃないんだから。


「追い込む? 僕を? 君が? 君達が?」



 ずっと俯いていたメキトが――――そのままの態勢で飛びかかってきた!



「ギルドマスター!」


「……!」


 予想外の予備動作なしの接近に、反応さえ出来ない。


 斬られる。


 ならせめて剣を身体に食い込ませて、オネットさんが攻撃できる隙を――――


「がっ!?」


 襲って来たのは斬撃による焼けるような痛みじゃなく、脳が揺れるような衝撃。問答無用で脳を揺らされる。


「あ……がは……っ」


 意識がぼやける。今、俺どうなってんだ……? 倒れてるのか? 


 歯を食いしばって上体を起こすと、俺がさっきまでいた位置にメキトの姿がある。体当たりだったのか? まーた後方に吹っ飛ばされたのかよ俺……何度目だこれ。


 でも正直助かった。剣で斬られたら一瞬で絶命してた。何で体当たりを選択したんだ?


 ……まさか。


 俺には例の虚無結界がある。もし斬撃だったら、命の危険を本能的に察してあれが発動していたかもしれない。


 あいつ……結界の事を知ってやがるのか……?



 ――――ギルド員の中に内通者――――



 誰かが、俺の情報を奴に売ったのか……?


「こちらも君の事は色々調べさせて貰ったし、確認もしている。これくらいの攻撃なら有効なんだね」


 間違いない。奴は虚無結界の特性まで把握している。


 くそっ、最悪だ。それにこの感触……やっぱり血だ。頭部の傷口が開いたのか。


 意識が朦朧とする。俺のレベルの3倍はある遥か格上の体当たりをまともに食らったんだから当然か……このままじゃ気絶しかねない。


「貴方の相手は私がします!」


「さっきの攻防でわからなかったかい? 確かに君は強い。でも全ての面で僕が……上だ!」


 遠くの方で、軋むような金属音が聞こえる。そうか、さっき聞いたのはこの剣と剣がぶつかり合う音だったのか。


 まるで示し合わせたように、一定のリズムで音が鳴る。オーケストラの演奏と少し似ている。


 マズい……眠くなってきた。意識が遠ざかる。限界か……?


 いやダメだ。気をしっかり持て。寝てる場合じゃない。前を見ろ。


 多少回復したとはいえ、オネットさんは本調子じゃない。地力はともかく、今この場ではメキトの方が上回っている気がする。


「ははは! 身体が軽い! 僕はいつの間にここまで強くなったんだ!? 強過ぎて申し訳ないね!」


「くっ……!」


 俺自身のレベルは低いけど、これまで何度か強敵同士の戦いってのを見てきた。だから、あの二人の差ってやつも徐々にわかってきた。


 身体能力に大きな差がある。メキトの方が速いし、一撃一撃が重い。逆にオネットさんはいつものキレがない。身体が重そうだ。上手くいえないけど、下半身の動きが鈍いような……やっぱりアレか。


 メキトは余裕ぶっこいてるのか、自分から仕掛けるのをやめてオネットさんの攻めを楽しげに躱し続けている。野郎……自分の強さに酔ってやがる。


 このままだとオネットさんがやられる。あの人の不敗神話が途切れるのは見たくない。


 でも……俺に何が出来る? あの戦いに割って入ったところで、足手まといにしか……


「……――――」


 っと! ダメだ、割って入るどころか意識を保つので精一杯。少し気を抜いたらブラックアウトしそうになる。


 情けない。ギルド員がピンチなのに、ギルマスの俺はここでボーッと見ているだけか? こんなの、ただの役立たずじゃないか。


 

『私、いつも期待はずれとか役立たずって言われてて……』


 

 ふと、その言葉が脳裏を過ぎる。


 ……そうだったな。


 こんな時、何も出来ないのが嫌だったから、精霊を使役しようと思ったんだ。

 

 思い出したよ。ありがとうフワワ。


「出でよ、カーバンクル」


 もう体力がない。これが最後の召喚だ。


「こういうのって出来る? 一度宝石に――――」


 ふと思い付いた事を実行すべく、それが可能かカーバンクルに問う。


「このカーバンクルを侮るでない。無論、可能だ」


「了解。それじゃ、まずこの手にこびりついた血を宝石に変えてくれ」


「造作もない」


 血液の量が多かったからか、今までで一番大きな宝石が右手に収まった。


 次はこれを――――


「速度全振り」


 調整スキルでスピード特化の投擲武器に調整。これで威力は限りなく低くなったけど、最速の投擲が可能だ。


 とはいえ……視界はぼやけたまま。これじゃまともに投げられる気がしない。


 こんなザマで、オネットさんの斬撃すら余裕で躱すメキトを捉える事なんて無理なんじゃないか? 却って邪魔するだけになるんじゃ……


 ――――いや。


 消極的な姿勢は敗北を招く。ついさっき、ペトロの戦闘でそれを学んだばかりだ。


「い……くぞ……」


 ゆっくりと立ち上がる。今もオネットさんの猛攻を躱し続けているメキトは、まだこっちに気付いていないように見える。


 !


 オネットさんの突きを躱したメキトが剣を翳した! 反撃に出るつもりだ!


 今なら隙だらけ。ここだ、ここしかない。


 あのクソ野郎目掛けて――――行けっ!


 全力で投げた深紅の宝石が、一直線のメキトの頭部へと向かって飛んで行く。よし、狙い通りの軌道だ!



 ……が。



 次の瞬間、メキトが横目でこっちをチラッと見て笑った。


 奴は気付いていたんだ。俺に気付きつつ、気付かないフリをしていた。俺をおちょくる為に。余裕で躱し、絶望を与える為に。



 惨敗だ。



「カーバンクル。頼む」


「うむ」



 ――――お前がな。



「!?」



 奴の歪んだ笑みが一瞬にして強張る。


 俺の投げた宝石は、奴に躱されるその直前――――血液へと戻った。


 姿形を変える能力があるのなら、一旦変わった物を元に戻す事だって出来る。怪盗メアロの変装スキルから得た発想だ。あいつとさっき会ってなかったら、思い付かなかったかもしれない。


「ひっ! なんだこれっ!」


 空中で個体から液体に変わった事で一気に拡散し、メキトの顔に俺の血がたっぷりとかかる。目に入れば最高だけど、そこまでは望んでいない。


 ほんの一瞬。動揺させる事さえ出来れば、それで十分。


 奴の傍には、あの人がいる。


「たーーーーーーーーーーっ!!」


「ギャッ!」


 オネットさんの渾身の一撃が、メキトを一瞬で床に沈める。反撃は――――ない。そのまま動かなくなった。意識の有無に拘らず戦闘不能だろう。


 終わった……


 まるで、主人公がラスボスと戦ってる最中に不意打ちで一矢報いる脇役みたいだな。


 なんか気分が良い。


 俺は元々、そういうのが好きだった。


 強敵を倒すより、誰かを守りたい。


 勝利して喝采を受けるより、幸せそうにしている人をひっそり見守りたい。



 薄れゆく意識の中で浮かんだのは、そんなノスタルジーにも似た感傷だった――――





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