第279話 仲直りッ
「オネットさん!」
遠くに見えたその背中は、間違いなく彼女のそれだった。そして只事ではないとすぐにわかった。
肩で息をしている。それも、かなり激しく。誰かと戦っているのか?
「他のみんなは……」
近付くにつれ、その身体から漂う疲労困憊の色彩が濃くなっていった。
まさか……オネットさんが苦戦してるのか?
とても信じられない。なんか勝手にどんな相手でも瞬殺する人だと思ってた。少なくとも、今まであの人が劣勢になってるところなんて見た事ない。
「やるね。ここまで強いとは思いもしなかった」
そのオネットさんの更に向こうで対峙している人間がいる。奴が敵か。あれは――――
メキト!
間違いない。中肉中背、ややツンツンした癖毛、糸目に近い細目、弛んだような口元、特徴のない剣……ウーズヴェルトほどわかりやすい特徴はないけど、この鉱山で見かけた時の記憶と一致している。
腰にはもう一本、剣を下げている。恐らくプッフォルン使用時に飛んで行った奴の中古剣だろう。
随分と苦労させられたけど、ついに捕捉できた。
とはいえ、この状況は……
「はぁ……はぁ……」
「本当に凄いよ。今の僕にここまでついて来られる人間は、冒険者の中にもほぼいない。もうウーズヴェルトだって僕には到底及ばないんだ。それなのに、名前も知らないアンタが僕とほぼ互角だなんてね……世の中広いよ」
メキトは『互角』と表現していたけど、奴には疲労しているような様子が見られない。お互いに目立った怪我こそしていないけど、メキトが優勢なのは間違いなさそうだ。
そして、シキさんやティシエラの姿も見当たらない。経緯は不明だけど、俺みたいに鉱山の別のエリアに強制転移させられてバラバラになったのかも。
だったら――――
「オネットさんだ」
「……?」
「その女性の名前はオネット、って言うんだよ。ウチのギルドのエースだ。覚えとけ」
割り込むしかない。少しでもオネットさんの体力が回復するよう、時間を稼ぐ。オネットさんが苦戦するような奴を相手に俺が出来るのはそれくらいだ。
「ギルドマスター、迂闊に近付いてはダメです。この男、強敵です」
オネットさんに頷き、一定の距離を保った上で対峙する。ウーズヴェルトとは違って、見た目でどういうタイプなのかを判断するのは難しい。少しずつ察知していくしかないか。
「ギルドマスター……そうか。見覚えがあると思ったら、新しく出来たギルドの主人か。確か彼女と一緒に鉱山で会ったね」
言葉からは、まるで敵意を感じられない。それこそ街中でバッタリ出くわしたような物言いが無気味過ぎる。
確かこのメキト、進化の種ってモンスター専用アイテムを集めていたんだったな。人間の姿をしているけど正体はモンスターで、それを使って急激にレベルアップしているのか。それともウーズヴェルトの証言通り、ヨナに認めて欲しい一心で自力で強くなったのか。
何にしても、急激な成長を続けている奴の実力は計り知れない。一体どうしたら――――
「その節はどうも」
「!?」
速い! いつの間に目の前に……
「噂で色々聞いてるよ。君達のギルド、随分と評判良いね。新規参入のギルドがこれだけ順調なのって、最近じゃ他にないんじゃない? 立派だよ」
本心かどうかは知らないが……いや、本心だとしても素直に喜ぶ事は出来ない。ウチのギルドの悪い噂を流しているのは恐らくコイツだろうし。
「それだけに残念だな。僕の大事な同僚を傷付けてるなんて……バカな事をしたね」
「違うな。それをやったのはウチの人間じゃない」
「いいや、君達だ。状況的に君達以外にはあり得ない。君達がコーシュを刺したんだ」
具体的な証拠など何一つ提示せず、ただ俺達が犯人だとゴリ押しするのみ。これまでの経緯からして想定内の反応だ。
「あのな、お前――――」
「口答えをするなァ!!」
えぇぇ……キレるの早過ぎない? 冒険者ギルドで聞いて回った情報からして、どうせ二面性のある奴だろうとは思ってたけどさ。
なんだろうな、コイツ。成長度Aの主人公気質な一面と、感情の起伏が激しい小者な一面の両方を持っているというか……イマイチ掴み所がない。まさか本当にモンスターなのか……?
「コーシュは君達に刺されたんだ。それだけが事実だ。現に、これからはそれが城下町の常識になる。君達が何を言っても無駄なんだ」
「つまり、そうなるように仕組んでいるって事だな」
「滅多な事を言うものじゃないよ。君達だってギルドを続けたいんだろう? 僕は近い将来、冒険者ギルドの中心になる。僕の意見が冒険者の総意になるんだ。人類において最大勢力と言っても過言じゃない、冒険者を統べる。そんな僕に逆らったら、新参ギルドなんて一瞬で塵だよ」
言動も小悪党って感じだ。でも実際にそうなるだけのポテンシャルはある訳で、なんかバランスが良いのか悪いのかよくわかんねーよな。それだけの力と才能があったら、こんな増長の仕方しないと思うんだけどな。あと声も微妙に震えてるし。ドーピングアイテム効果でレベルアップしてるのなら、この余裕のなさも納得だけど……
とはいえ、仮にそうだとしても奴が強い事に変わりはない。どうにかして切り抜けないと。
「ふぅ……ふぅ……」
オネットさん、中々回復しないな。さっきから横目でチラチラ確認してるけど、まだ息が切れたままだ。そんなに消耗させられたのか。
仕方ない。もう少し粘るか。
「ここ数日、お前の動向は探らせて貰った。冒険者ギルドでの評価もな」
「……ふうん?」
「どうも、情報が交錯してるっていうか、評判が一致しない。計算高い奴って言う奴もいるし、考えなしって言う奴もいる。ヨナって冒険者に惹かれているって噂もあれば、コレットを好きになってるって話もある。変な話だよな」
「何が変なんだい? 噂話なんてそんなものだろう。例えば僕の成長が妬ましくて、僕を悪く言う冒険者は少なくない筈だ。逆に、僕に媚びを売っておけば得すると思う奴もいるだろう。人間、事実より損得勘定の方が大事だろ?」
中々芯を食った事を言う。自分を棚に上げているのか、わかった上でおちょくってるのかは知らんけど。
「確かにそうだな。だからこそ、お前はそういう人間の性質を利用してるんだろうよ」
「……何が言いたいんだい?」
「お前の正体を言い当ててやるよ」
所詮は時間稼ぎの一環。実際に正解する必要はない。
でも、俺自身少しムキになっているのは自覚していた。
「お前は――――人間だ」
だから、これは俺が本気で出した結論だ。
「情報操作の名人。それがお前の本性だろ?」
このメキトという男の評価が一致しないのは――――こいつ自身がそう仕向けているからだ。
それを可能とするには、自分の噂話をコントロールしながら適度に流す情報戦略。じゃなきゃ、身内の冒険者ギルド内であそこまで評判が分かれたりはしない。意図的に自分の偽情報を流す事で、本来の自分を掴ませないようにしているんだ。
だから、こいつに関する情報は最早何一つ信用できない。下手したら『成長度が凄い』というディノーの言葉さえも。
「俺達に罪を擦り付けた時も随分流暢だったよな。あれは日常から虚言を振りまいている人間特有のものだ」
「やれやれ。何を根拠に……」
「知人が刺された直後に、心配や保身よりもまず『どういう犯行か』に言及する時点でおかしいんだよ。嘘つく事に慣れ過ぎて、その不自然さに気付いていないのも含めてな」
犯人がメキトなのは大分前から有力視していた。だから問題はそこじゃない。コーシュが刺された現場での第一声だ。
『みんな落ち着いて。取り乱すべきじゃない。罠だ。これは罠だ』
幾らなんでもこの時点で『罠』って発想は普通出て来ない。最初から俺達に罪を擦り付ける為に用意していたようなセリフだ。もし仲間がいれば、不自然過ぎて即座に却下されただろう。
って事は単独犯か、自分だけで考えた計画か。何にしても、最初から俺達を狙い撃ちしていたのは確かだ。
でも、その犯行を可能とする為には、俺達があの日ここへ行く事を事前に把握している必要がある。って事は、ウチのギルドのスケジュールを把握しなくちゃならない。
ギルド員の中に内通者がいる……?
あり得るとすればタキタ君、に擬態したエルリアフ。でも奴は長い事ギルドに来ていない。直近のスケジュールなんて把握できないだろう。
目の奥が熱い。胃がシクシク痛む。自分のギルドの中に裏切り者がいるかも知れないって疑うだけで、こんなに辛いものなのか。
「君、ウザいね。一番嫌いなタイプだよ」
明らかにメキトの雰囲気が変わった。俺を処理すべき敵と認識したんだろう。
こっちは元よりそのつもりだ。こいつに何もかも吐かせれば、内通者がいるかどうかもわかる。このモヤモヤを晴らす為にも、絶対にこの場で倒してやる。
それに、これだけ時間を稼げればオネットさんもいい加減――――
「ふひー……ふひー……」
逆にますますバテてるやんけ!
「オネットさんどしたの!? まさか酸欠!?」
「いえ……その……寝不足で」
……はい?
「色々あって、寝不足でして」
「なんで!? 今日は作戦決行日なんだから、体調万全にしておいてって言ったよね!?」
「そんな事言ったって! 家族だって大事なんです! 仕方なかったんです!」
……家族。家族? 家族……確かオネットさんには子供はいなかったよな……って事は……家族イコール夫な訳で……夫と関連する寝不足……直前に不倫でケンカ……仲直りッ……
あっダメだダメだ! ゲスな勘繰りはやめないと。他人ン家の家族計画……もとい、家庭事情に口を挟むのは良くないよな。仕事優先な日本人メンタルを異世界に持ち込むな。家庭第一。それで良いんだよ。
いやでも良くない! おかげで大ピンチだバカ亭主の所為で! 道理でオネットさん、今日なんかちょっと大人しかった訳だ。寝不足で体調微妙だったのか……そりゃ苦戦もするわ。
「どうやら、相当無理をして僕と
……こっちの思惑はお見通し、ってか。マズいな。こいつ想像以上にクレバーだ。一瞬キレたのは演技か? 思いのほか隙がないぞ……
「大丈夫です。まだ全然戦えます」
オネットさんは剣を構え、俺のすぐ傍にいるメキトを睨み付けた。つーか俺、まあまあヤバい位置にいるよな。完全に剣の届く位置だし……下手したら一瞬で首を落とされるところだ。
まあ、向こうにとって俺の実力は未知数だから、警戒はしてるんだろう。俺の見立てではコイツ情報収集の鬼だから、俺のレベルが低いのは把握してるだろうけど、同時に実績も調べている筈。低レベルでも強敵を打ち倒している俺の戦歴は、さぞ不気味に映っているだろう。
実際、こっちには『調整スキル』という切り札がある。でも下手したらそれすら把握されているかもしれない。
お互い、迂闊には動けない。沈黙の時間が続く。
「……ふっ」
それを破ったのは、メキトの吐息だった。
「出来れば、君達には悪役としてもう少し活躍して欲しかったけど……仕方ない。ここに僕がいると突き止めた時点で、君達の命運は尽きていた」
刹那――――メキトの身体がブレる。
「危ない!」
そして次の瞬間、今度は視界全体がグチャグチャになった。あっ……つい最近、これと似た経験をしたからわかる。これ、吹っ飛ばされた時のやつだ。
「あたっ! たっ! たっ!」
地面に3バウンドほどして、ようやく止まる。同時に激痛が走るけど、大した事はない。
攻撃を受けた訳じゃないから。
正確にはメキトの攻撃を受ける寸前、オネットさんが超高速で移動して俺を突き飛ばしてくれた。そのおかげで、かろうじて回避できたみたいだ。
が――――
「貴方の相手は不肖私がします」
「そうだね。僕だって、実力の近い人間と戦う方が良い。けどね――――」
安心も束の間。今度は間髪入れずメキトが俺を襲って来る!
「感情を抜きにすれば、数的不利な状況では弱い方を狙うのが鉄則」
「……のやろっ!」
半ば自棄でこん棒を振り回すものの、当たる筈もない。目で追えないほどの速度で動いている相手に、攻撃を当てる事なんて不可能だ。
「待つのです!」
慌ててオネットさんが、これまた目にも留まらぬ迅さでメキトの背中から斬り込む――――も、奴は一瞬でその場から消え、オネットさんの剣圧で俺の顔がブルブルブルッと震えた。
あっぶねー……死ぬかと思った……
「はぁ……はぁ……ちょこまかと!」
「同士討ちだけはやめてね。今のマジで怖かったから」
「善処はします」
息切れしながらのオネットさんの返答は、露骨に不安を煽るものだったけど――――それが却って俺を冷静にさせた。
メキトの野郎、俺を狙うフリをして、オネットさんの隙を窺ってるんじゃないか?
「オネットさん、俺に構うな! 奴を倒す事に集中!」
「わかりました! ギルドマスターを見捨てる方向で!」
「言い方!」
釈然とはしなかったけど、こういう時にすぐ割り切れるのは流石。おかげでこっちも腹を括れた。
「……ったく」
溜息を落としつつ、ついでにヘラクレスオオこん棒も地面に落とす。
これで丸腰だ。
さっきの回避に乗じて大分距離をとったメキトは、表情を変えずこっちの様子を凝視している。当然だろう。丸腰になった事で完全に囮状態だからな。今の俺は。
メキトの理想は、俺を襲うフリをしてオネットさんをおびき寄せ、そっちを仕留める事。それが最高にして最良の選択だ。
ただ、俺を先に仕留めてオネットさんと一対一の状況になっても何も問題はない。
なら必ず、俺を仕留めにくる。
「聞きたい事があるんだ」
……その前に心理戦を仕掛けて来るのか?
上等。そっちなら俺でも戦える。オネットさんに目配せして、隙を見て――――
「君は、コレットさんの何なんだ?」
「……は?」
「コレットさんの、恋人……で良いのか?」
緊迫した戦場に、金だらいが落ちてきたような衝撃が走った。
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