第283話 素直になるって、難しいね
試行回数――――10回目。
「いない……」
――――20回目。
「……」
27回目。
「だーーーーーーーーーーーっ!!」
マジかよシキさん全然いないじゃん! っていうか、この道もう四回目だぞ……またここに転移しちゃったのかよ。
流石にワープゾーンが50も60もある訳じゃないらしい。10回超えた辺りから転移先が重複するようになって来た。
一応、ダンジョン攻略のつもりでこの鉱山にやって来た事もあって、マッピング用に紙とペンは持ってきてたんだ。そこに転移先の坑道の簡単な特徴と、地面につけた印をメモする事で、前に来た道かどうかはわかるようにしている。
印は転移した場所から3歩歩いた先に番号を書いた紙の切れ端を落とす、というシンプルなもの。今のところ、15がMAXだ。つまりワープゾーンは全部で15箇所前後と思われる。ワープゾーンは特に目印になるものはないから、いつ何処で転移したのかは周辺の変化で判断するしかない。
ここが街中なら風景が変われば一瞬で転移したのがわかるけど、似たような道しかない鉱山内だとそうもいかない。最初は幸運にも『明るさ』って材料があったから転移したのがわかったけど、同じくらいの明るさの場所にワープした場合は目視じゃマジでわからん。
結局、最初に用いた『こん棒を引きずりながら歩く』が唯一、転移の瞬間を把握できる方法だ。
転移はランダムで、法則性は特にない。だから、鉱山内を適当に歩いていたら何時の間にかワープゾーンに踏み入れてしまい、不特定の地点に飛ばされてしまう。そんな状況で人捜しをするには、全ての転移先を潰していくしかない。
実際、それは恐らく達成している筈。なのにシキさんとは依然として巡り逢えない。もう未踏の地はないと思うんだけどな……入れ違いになったのか?
それとも、まさか……鉱山に残ってるの俺だけ? シキさん途中で帰った?
まあでも十分あり得るよな。例えば転移した先がたまたま出入り口の近くだったら、やっぱり外に出ておこうってなるもんな。次何処に飛ばされるかわかったもんじゃないし。
ひたすら歩きとワープを繰り返し、その都度道順もメモし続けた事で、いつの間にか鉱山のマップが完成しつつある。ワープゾーンの場所もほぼ特定できた。最初に踏み入れたワープゾーンの近くに転移できれば、フラワリルの採掘場には辿り着けるし、そこから出入り口までの道はわかる。よって、鉱山を出る事自体はそう難しくない。
……よし。一旦外に出てみよう。シキさんもいるかもしれないし。ランダムだから、何度もワープゾーンへの出入りを繰り返せばいずれは当たりを引けるだろう。
確かここから右に曲がって、まっすぐ進んで……そうそう。ここにワープゾーンがある。ここから別の地点に飛んで、ハズレだったら最寄りのワープゾーンへ再度移動――――を繰り返せば問題なく着ける筈だ。
そりゃっ。
さあ、一体どの地点に転移――――
「……」
ん?
なんか露骨に雰囲気が変わったな……
今までは一目で坑道ってわかる場所にだけ転移していたのに、ここには補強用の鋼枠や坑木がない。恐らく人の手が殆ど入っていない。
明らかに、一度も来た事がない場所。当然、印の紙切れも落ちていない。ここに来て初めての転移先を引き当てたか。
未踏の地を進むのは一抹の不安があるけど、シキさんがここにいる可能性はかなり高い。先へ向かうしかないだろう。
幸い、明るさは十分。遥か先を見通せる訳じゃないけど、前方確認をしながら普通に進むくらいは何も問題ない。
とはいえ緊張感はある。やっぱり坑道じゃないってのは不安材料だよな……突然酸欠でバタッと倒れたらどうしよう。こういう時、松明でもあればすぐ酸素濃度が適切かどうかわかるらしいけど、俺の手が握っているのは生憎ヘラクレスオオこん棒プレミアムエディション。出来るのはせいぜい乱闘・抗争くらいだ。
なんだかんだ、さっきまではダンジョンと言いつつも街中の施設の延長線上って意識だった。でも、坑道じゃなくなった途端にダンジョン色がかなり濃くなってきた。本場のダンジョンを一人で歩くのって怖いな……アイザックのパーティに居た頃は、誰かしらと組んで行動してたもんな。例え人格破綻者でも、傍に一人いるのといないのじゃ大違いだ。
あらためて、自分が終盤の街に不適格な人間だと思い知らされる。普通は魔王城近くの街に辿り着くまでに、幾つものダンジョンを制覇してきてる筈もんな。ソロってだけでビビるのは俺くらいなもんだろう。
……はぁ。
「何溜息なんてついてんの」
「いやね、こんなんじゃ友達なんて出来やしねーよなーって」
「隊長に友達少ないのは女癖悪い所為じゃなかったの?」
「全っ然違う! 誰の入れ知恵!?」
「ヤメがそう言ってたけど」
はい減俸。あいつ本当ロクでもねー事言って回ってんな。どうせシキさんの俺への印象を悪くしようと目論んでの事だろうけど……
「違うんだよ俺に友達いないのは強さへのコンプレックスとか最近まで余所者だったから疎外感あるとかそういう仕方ない事情でだなあと別に作ろうと思えばいつでも作れるけどギルマスたるもの簡単に仲良くなれるって思われるとギルドの沽券に関わるから遠慮してるっつーか」
「ふーん」
「せめて『メッチャ早口じゃん』くらい言って!」
「そっちこそ『いつの間に』くらい言ってよ」
……まあ、シキさんの神出鬼没もそろそろ慣れてきたから、毎回ツッコむのもクドいかなって。
あと、急に出て来られてもあんまりビクってならなくなったのもある。ここ最近、随分と距離が縮まった所為かもしれない。
「脅かし甲斐がない隊長って存在価値もないね」
「酷くない? シキさん探して小一時間くらい歩き倒した俺に対してさあ」
「……なんで?」
ドン引きしないで。別にストーカーやってる訳じゃないんで。
「もうメキトもヨナも拘束したから撤収。それ伝える為だよ」
「え、終わったの? 全部?」
「うん」
「……はぁ」
驚いた事に、シキさんは嘆息しつつ頭を抱えるような仕草を見せた。活躍の場がなかった事を嘆いているとしたら、ちょっとしたキャラ崩壊じゃないでしょうか。俺の知ってるシキさんと違う。さては偽物か?
「約束破っちゃった」
「約束?」
「ヤメとね。余所のギルドの人間よりも貢献するって」
え……何その激アツなやり取り。それって『ティシエラよりも活躍してこい』『おう任せろ』って事だよな? いつの間に二人がそんなギルド愛を……
「なんかサクアと賭けしてるんだってさ。今回の遠征で誰が一番活躍するか」
「台無しじゃねーかあのバカ共!」
サクアがそんな事言い出すとは思えないから、ヤメが挑発して強引に賭けに引き込んだんだろうな。当然サクアはティシエラに、ヤメはシキさんに賭けたんだろう。
「ヤメに謝らないと」
「必要ないない。たまたま転移先がこんな人気のない所だったから出遅れたってだけだし」
それに、現時点での今日のMVPはティシエラじゃなく俺な。自分を過大評価する自己肯定感つよつよお兄さんじゃないからね。客観的に見て、ウーズヴェルトを倒しメキト撃破のアシストもした俺の働きは他の面々を一歩リードしてると言っても決して過言じゃない。
まあ厳密にはモーショボーがMVPかなって気もするけど。
「出遅れたのは、それだけが理由じゃないけどね」
「そうなの? でもサボってた訳じゃないよな? 鉱山内を調査して回ってたとか?」
「当たり。特にここは他と様子が違うから念入りに」
やっぱりか。シキさんの事だから、未踏の地とわかった時点で何かないか探索してたんだろうな。
「シーフの習性ってやつか」
「……」
そんなジト目で見られても、実際シーフ系秘書の立場を盤石にしてる訳ですし。訂正は無理です。
「で、この奧には何があんの?」
「何も」
……えぇぇ。そりゃないっすわ。ダンジョンの奧と城の最上階はね、何もなしじゃ許されないんですよ。そんなの納得できないって。
「なんなら自分の目で見てみる? そんな遠くないから」
「勿体振るね……まあ行くけどさ」
既に敵はいなくなってるから、過度な警戒は要らない。割とリラックスしながら、シキさんと並んで歩く。不安感は跡形もなく消えていた。
あ、そう言えばラルラリラの鏡を手に入れたんだった。この場でシキさんにあげよっかな。でも誕生日が近いし、包装してその日に贈った方が好感度アップしそうな気もするよな。どうしよっか。
「シキさんって食事の時、好きな物は先に食べるタイプ? 最後に残しておくタイプ?」
「……何その質問。何か話さないと気まずいとか思ってる?」
「いや、そういうんじゃなくて割と真面目な話」
真剣な顔でそう答えると、シキさんは怪訝な表情を浮かべながらも、すぐ思案するように天を仰いだ。
「そんなにガツガツしちゃいないけど、どっちかって言ったら先に食べる方かな」
「へー」
俺は後に取っておくタイプ。一人っ子だからな。こういうのは性格よりも生い立ちとか生活環境に左右されるものだ。
何にせよ、だったらここで渡した方が良いな。
「はい。これ」
「……え。何? 薬? 怪我とか別にしてないけど」
いや確かに塗り薬の容器っぽいっちゃぽいけど。
「違う違う。頼まれてたラルラリラの鏡がさっき手に入ったからさ。渡しとこうって思って」
「……」
珍しくシキさんがキョトンとしている。いいね、レア顔。得した気分になった。
「偽物を掴まされた可能性はゼロじゃないけど、本物でほぼ間違いないと思う。できれば鑑定士の所で確認しておいてね」
「あ……うん」
よっぽど予想外だったのか、まだ心ここにあらずって感じだ。そんなに意外だったんだろうか。まあ、あんまり期待してなかったんだろうな。
「多分……間違いないよ。文献で見た外観と一致してるし……中もちゃんと鏡だし」
「なら良かった。約束守れて」
これを手に入れる為にここへ来た訳じゃないし、大きなコストを支払って入手した訳でもない。それでも、少し肩の荷が下りたような、いや……違う。ちょっと誇らしいような、そんな気持ちだ。
思えば、誰かと約束をする事自体が生前は殆どなかった。ましてプレゼントなんて両親にすら……せいぜい母の日のカーネーションや誕生日の肩叩き券くらい。あの頃の希薄な人間関係を思えば、俺も多少は人間らしくなれているかもしれない。
「……」
「シキさん? いつまで惚けてんの」
「だって……急に……」
確かに、何の前触れもなく手に入ったから心の準備は出来ていなかったんだろうな。俺としては素直に喜んで欲しいんだけど。
「え……どうしよう。こんな早く……何の準備もしてない。明日おじいちゃんのお墓に……」
「いや、だから鑑定」
「そ、そっか。まずそっち手配しないと」
こんなに狼狽えているシキさんは初めて見たな。なんか可愛いぞ。
「あ。でも怪盗メアロが狙ってるから、盗まれないよう注意して。邪気を払うなら出来るだけ早めに」
「わかった。最短でする」
目的さえ果たせば、後は奪われても大してダメージはないだろう。お供え物だって少し経ったら下げて自分達で食べたりするし。供養に大事なのは気持ちだよな。
「隊長って、普段からこういう事やってるの?」
「こういう事?」
「欲しい物を聞いて、それを手に入れて、なんかさり気なく渡すみたいな……そういうの」
「ないない全然ない。プレゼント自体ほぼないのに」
今回はたまたまシキさんの欲しい物が手に入ったからこういう流れになったけど、誰かに贈り物をするセンスは致命的に欠けてるからね、俺。誕プレとか、悩みに悩んで結局自己満の微妙なのを選んで相手が苦笑いするタイプ。小学生の頃に何度か体験したから嫌ってほどわかってる。
そんな自分を顧みると、やっぱり誕生日に渡せば良かったと後悔したくなる。あらためて何を用意して良いか全然わかんないし。
「ふーん……」
シキさんはずっとラルラリラの鏡を凝視しながら、前も見ずに歩いている。歩きスマホかよってくらい。
「おじいさん、喜んでくれると良いな」
「喜ぶよ。私が何かあげれば、それだけでニコニコしてくれる人だったから」
そう答えるシキさんは、心なしか穏やかな顔。昔を思い出しているんだろう。
それから暫く、多愛のない話をしながら歩き続け――――やがて行き止まりに辿り着いた。
「ね。何もないでしょ?」
本当に何もないのか。如何にも何かありますって雰囲気出してた割に、マジで無意味なエリアだったな。これがもしRPGだったら『イベントを用意してたけどボツになって存在意義を失ったエリア』としか思えない。
ま、ちょっとした散歩だと思えば良いか。
とっとと引き替えして、もう一度ワープゾーンに――――
「本当、お人好しだね。こんな誰も助けに来られない所まで、ノコノコついて来て」
……え?
「まさかこんなに早くラルラリラの鏡を手に入れるなんて思わなかったよ。予定より早く用済みになっちゃったね、隊長」
!
まさか……
「隊長には本当、感謝してる。ありがと。一生忘れないよ」
ああ。
間違いない。表情が物語っている。
シキさんは――――
「それじゃ、ここで死んでもら……」
「やかましい」
「あたっ」
……演技が下手過ぎる!
棒読みではないけど、棒読みの方がマシなくらいぎこちなかった。
「……蹴った」
「そりゃ蹴りたくもなるわ! 急に何だよ! 裏切り者みたいな雰囲気出してさあ!」
「ちょっとは疑った?」
はぁ……勘弁してくれ。一瞬心臓止まるかと思った。
やっぱ友達は選ばないとダメだな。すっかりヤメに影響受けちゃってまあ……つーかこんな真似までして俺をイジりたいのかこの人。
「頼むよ……ただでさえ今、ウチのギルドには情報漏洩の疑惑があるのに」
「情報漏洩?」
掻い摘んで、メキトにギルドのスケジュールや俺の虚無結界の情報が漏れていた事を説明。シキさんは神妙な面持ちでそれを聞いていた。
「わかった。調べてみる」
「任せて大丈夫?」
「パンよりは有意義なお礼になると思うけど」
……そんな事、いちいち覚えてたのか。こっちとしてはパン奢って貰うだけでも礼としちゃ十分なんだけどな。
「あ。血」
「ん?」
「手の所、血が付いてるけど。怪我した?」
「あー。メキトと戦った時に頭の傷口が開いただけただけ。大した量じゃないし、もう止まってる」
「本当に?」
「本当だってば」
心配してくれてるんだろうか。とは言っても、包帯を解いて傷を見せる訳にもいかないし……
「座って」
「へ?」
「いいから。座って」
よくわからないけど、言われるがままに地面へ腰を下ろす。
シキさんは無言で腰に下げた鞄から何かを取り出し、俺の頭の包帯を解いていった。
「傷口は常に清潔にしておかないと。特に頭は」
「あ、うん。ありがとう」
どうやら、替えの包帯を所持していたらしい。妙に手慣れた手つきで、さっきまでよりもタイトに、でも圧迫感は余りないように巻いてくれる。
「あの鏡、知名度は兎も角、結構レアなアイテムだと思うけど。勿体ないとか思わないの?」
「全然。シキさんにあげる為に探してたんだし」
「もし期日までに借金を完済できなかったら、換金するって手もあるよ」
「そんな事するくらいなら、恥を忍んでコレットかシレクス家に肩代わりして貰うよ」
もしそんな事をすれば、ウチのギルドは冒険者ギルドやシレクス家の傘下に入る事になるだろう。ギルマスって立場上、俺の借金はギルドの借金も同然だからな。
でも、それでギルドが守れるのなら、なんて事はない。出来れば回避したいけどね……
「なら、私に借りる? 利息はキッチリ取るけど」
「え。まさかシキさんって金持ち?」
「冗談を真に受けるなバーカ。さっきはすぐ見抜いた癖に」
包帯を巻き終わったシキさんは、人差し指で俺の額をパチンと弾いた。痛くはない。寧ろこそばゆい。
「……素直になるって、難しいね。真っ直ぐ生きて来なかったからかな」
「え? 何の話?」
「でもやっぱり、あんなのじゃダメか」
だから何の話だよ。勝手に進めないで。
そんな不満をジト目で表現しようとしたけど、なんか上手く出来ない。やっぱジト目ってプロの仕事だわ。
「隊長」
あらたまった様子で、シキさんが立ち上がる。それに合わせて俺も腰を上げる。
誰にも聞こえない、誰も踏み入れない、秘密の交渉にも使われている場所の、更に奧。
ちょっとした隠れ処のような空気が、辺りを包んでいる。
そんな場所でシキさんは、ちょっとズルいくらいのタイミングで――――
「ありがと。これ、おじいちゃんの供養に使わせて貰うね」
初めて、笑った顔を俺に見せた。
後日、シキさんの調査で真の裏切り者が判明。
酒場で泥酔してギルドの事をベラベラ喋りまくったパブロ、ベンザブ、ポラギのダメオヤジ三人衆は全員出禁にしてやった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます