第085話 頭は大丈夫?

 あの宿が……娼館に情報を横流し? おいおい、ちょっとシャレにならないだろその話。


「噂のレベルじゃないのか? ガセの可能性は?」


「それはないと思うなー。ティシエラの所まで正式に届けられる情報って、信憑性の高いものだけだから」


 当然だけど、イリスもこの話は知っていたらしい。さっきまでの朗らかさを消した顔でそう説明してくれた。


 実際、ティシエラにガセ流すなんて自殺行為だ。ギルマスって立場以前に本人が怖い。バレたら魂まで燃やされて二度と再生出来ないくらいの報復を受けそうだ。


「フレンデリア様の使用人と貴方とでフロントの受け答えが違っているのは意味深長よ。現状では二つの可能性が考えられるわ」


「どっちに嘘をついていたか、だな」


「ええ。もし貴方に嘘をついていたのなら、コレットは夜間にも戻っていない……その場合は恐らく娼館に身柄を拘束されていると判断せざるを得ないわね」


 考えたくもない最悪のパターン。今のコレットが実力行使で拘束される事はないだろうけど、弱味を握られて脅されたとしたら、わからない。あいつすぐテンパるし……


「もう一つの可能性が、使用人に嘘をついていた場合。考えられるのは――――」


 シレクス家にコレットがまだ宿泊していると知られたくない。宿とはもう関わりがないと、そう思わせる為の工作だ。本人に頼まれていない限り、それ以外にフロントが嘘を言う理由はない。


 コレットとシレクス家の蜜月関係は今や公然の事実だし、コレットの情報を娼館に売ったと貴族の使用人に疑われるのを避けたいと思うのは当然の事。咄嗟に嘘をついた可能性は十分にある。


 っていうか――――


「どっちにしたってコレットもう売られちゃってるんだけど!?」


「残念だけど、そうなるわね」


 ちょっと待ったーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!


 いやいやいやいや、展開が急過ぎる! つい先日までギルマス最有力候補だった奴が、いきなり娼婦!? 職業差別する気はないけど振り幅がデカ過ぎるって!


 ほらー、バフォメットさんまで心なしか顔が青くなってるじゃん! 震えてるようにも見える。他人が聞いても動揺するってこんなの!


「ちょっちょっ、ティシエラ! 滅多な事言わないでよ! それに、コレットさんは夜には宿に戻ってるかもしれないんでしょ? その……そういう所で働いてるんだったら、夜は職場にいる筈じゃない?」


 それだ!

 さすがイリス、なんてポジティブな洞察眼!


「言われてみればそうね。なら、まだ客は取っていない段階なのかもしれないわ」


 逆に生々しくなった!

 さすがティシエラ、なんてネガティブな発想……


 何にしても、夜には宿に戻ってるパターン、つまり俺じゃなく使用人の方に嘘をついているパターンの方が希望はある。そっちなのを願うしかない。

 

「どのケースであれ、一刻も早くコレットに会って真相を確かめる必要があるわね。私は予定通り、今日の夜にコレットの泊まっている宿で彼女を待つわ」


「なら、私も付き合うよ。一人だと何かあって離れる時とか困るでしょ?」


「……そうね。お願いするわ」


 ついにイリスまで巻き込む事態になってしまった。っていうか、夜間に女性だけで見張りってどうなんだ? 前にそれを非常識って俺を思いっきり罵ってませんでしたかねティシエラさん。


 この際、ウチのギルドのオヤジ達に頼んでみるか? まだ信頼関係を構築出来ていないギルド員に一枚噛ませるのは正直不安だけど……


「余計な気遣いは不要よ。部外者は出来るだけ入れたくないわ」


 そんな俺の思考を読んでか、ティシエラは先回りして俺の案を却下してきた。


「いや、それを言ったらソーサラーギルドの貴女がたも部外者でしょーよ」


「私にとっても他人事ではないのよ。この件、私が今調べている案件とも重なっているから。だからいち早く情報が流れてきたんだけど」


 ティシエラの追ってる案件っていうと……


「急に性格が変わった人物を調べてるってやつ?」


「ええ。娼館を取りまとめている女傑サキュッチが、ある日を境に激変したらしいわ」


「……………………」


 ……まるで転生者のバーゲンセールだな……


 いや、全てのキャラ変が俺みたく転生によるものと決まった訳じゃないけどさ。


 にしても……娼館の代表者か。正直関わりたくないな。絶対苦手なタイプだろうし。


 だって終盤の街にある娼館を牛耳ってて、娼婦たちを束ねているような女性でしょ? そんなの御本人もかなり美しくてセクシーで、同時に物凄く強かで気が強くて百戦錬磨な女狐タイプの女性に決まってるじゃん。会った瞬間縮み上がりそう。想像するだけで具合が悪くなる。

 

「マスターは知らないと思うけど、城下町でもかなりの有名人なんだよー。娼婦に酷い事言ったりしたりする男は漏れなく鉄拳制裁で顔面陥没させるくらい身内を大事にする人だって。レベル50の冒険者が病院送りにされたって話もあってねー」


 あれ!? なんか想像してたのと違うな! まさかのアマゾネスタイプでしたか……


「それなのに、今は利益至上主義の金の亡者になってるらしいわ。彼女が変わったって噂が流れ始めたのと、宿にキナ臭い話が浮上した時期と一致しているから、辻褄は合うわね」


 確かに、一本の線で繋がる。


 娼館の要請で宿がコレットの弱味を探り、それを脅迫の材料として娼館に引っ張られてしまったのだとしたら、選挙活動どころじゃない。


 これは……相当マズいな。実際あり得なくはないんだよ。あいつ弱味多いからな。実は戦闘実績が極端に少ない事とか、ポンコツがバレないよう昔のパーティメンバーに口止め料送ってる事とか。


「ん~~~~、ちょーっとヤバいかもねー」


 ついにイリスまでネガティブに傾く事態に! 思わず頭を抱えてしまう。一体どうしたもんか……


「……! ……!」


 向こうの席でバフォメットさんが頭を抱えて首をブンブン横に振ってる。食事中に聞きたくない話だったんだろう。見た目の割に繊細な人だな。


 あ、逃げるように店を出て行った。悪い事しちゃったな……


「マスター、今のって城下町ギルドの人だよね? あんな目立つ格好なのに今の今まで全然気付かなかったなー」


「……アレがギルド員? 貴方のギルドって何なの? 頭は大丈夫?」


 俺の脳とギルドのトップとバフォメットさんのマスクを『頭』の一言で表現する見事なトリプルミーニング。やるなティシエラ。俳句作るの上手そう。


「とにかく、コレットに関しては俺の方でも色々探ってみる。出来れば引き続き情報提供をお願いしたいんだけど……」


「その前に、貴方に一つ言っておかなければならない事があるわ」


 フルーツを食べ終えたティシエラは、残った臙脂色の皮を指先で軽く弾き、正面に座るこっちの顔を睨むようにしながら――――


「貴方はコレットの一番の理解者でいるつもりかもしれないけど、あまり余計な先入観を持たない方が良いわよ。どんな人間であれ、誰にも言えない秘密の一つや二つは抱えているものだから」


 助言とも忠告とも取れない、妙に暗示的な事を言ってきた。


 理屈はわかる。というか、割とありふれた言葉だ。同調も出来るし共感も出来る。俺自身、性癖も含め他言出来ない秘密は一つや二つどころじゃない。 


 きっとティシエラはこう言いたいんだろう。コレットの調査をするのなら、何事も希望的観測で判断するなと。コレットがあんな事をする訳ないとか、こんな決断を下す訳がないとか、自分で勝手に決め付けるなと。


 要するに――――コレットが娼婦になるって選択をしていたとしても、それを自分の先入観だけで否定するなと、そう言っている。


 わかってる。そしてそれは正しい。速やかに『わかった』とだけ返し、彼女の言葉を心に留めておくべきだ。


「……少なくとも、ここ最近に限定すれば、俺よりコレットを理解してる奴はいないと思うけどな」


 それなのに、口をついて出たのは理性の範疇から逸脱した言葉だった。


「それは自惚れよ。少しの間親しくしていたからといって、貴方に他人の全てを掌握出来る訳ではないでしょう? それに、人間は変わる生き物よ。ある日を境に人格も思想も様変わりした例を、私は幾つも目にしてきた」


「……」


 二の句が繋げない。どうして俺は無意味な抵抗をしてしまったのか。全部ティシエラの言う通りだ。


 久々に出来た友達だった。だから――――あいつが変わってしまう事に怯えてるんだろうか? それとも、俺の手の届かない所に行ってしまうのが怖いんだろうか。


 自分でもよくわからない。友達いない期間が長過ぎて、友達に対してどんな感情を抱くのが正しいのか、よくわからなくなった。


「まーまー、その辺にしとこ。ね?」


 不穏な空気が漂った訳じゃないけど、イリスは苦笑しながら間に入ってくれた。多分俺が凹んでるのが見抜かれたんだろう。ポーカーフェイスのスキルなんて持ってないからね、仕方ないね。


「でもティシエラ、随分コレットさんを心配してるねー。そんなに親しくなかったよね?」


「ええ。話す機会は殆どなかったわ。だってあの子、挨拶しただけで視線を逸らして、これ以上話しかけるなってオーラを出すんだもの」


 わかる。わかりみが深い。俺自身、虚無の14年間はそんな生き方してた。


「だから、あの子がトモと親しげに話しているのを見て驚いたわ。誰かと仲良くしている事より、あんなに明るい性格とは知らなかったから」


「私も私も! レベル78の超有名人だけど、性格とか全然わかんなかったからさー。もっと喋らない人だって勝手に思ってたよ。反省反省」


 そうか。さっきのティシエラの俺への戒めは、自分達の教訓をそのまま託した訳か。


 きっと街中が誤解していた。その誤解を唯一すり抜けたのが俺。だからこそ、俺はコレットの事を何でもわかっているつもりになる。なってしまう。そこに落とし穴があると、そう言いたいんだな。きっと。


「えっと……マスター、誤解しないでね? ティシエラはマスターを責めてる訳じゃないから。この子も誤解されやすい方なんだけど、さっきのは二人の事を思っての発言というか……でもティシエラ、あの言い方はなくない? ちょっと言い過ぎ」


「強い言葉を使った方が印象に残ると思っただけよ。でも、気に障ったのなら謝罪するわ」


 ギルドの長がそんな簡単に謝っていいんだろうかと不安になるくらい、ティシエラはあっさりと詫びてきた。


 もしかしたら、彼女はコレットを遠くからずっと見守っていたのかもしれない。長らく孤立していたレベル78の冒険者を。どういう気持ちで見ていたのかは知る由もないけど……なんとなく、思い入れのようなものを感じた。


「誤解はしてないし怒ってもいないよ。こっちこそ、余計な口答えして悪かった」


 自分でも、無駄にプライドが高いと思う時がある。でも何が何でも謝らないみたいな、そういう類のプライドの高さはない。卑屈な人間だからな。


「俺は、もしコレットが誰かの悪巧みや事件に巻き込まれてるのなら助けたいし、そうじゃないのなら本人の考えを尊重したい。二人が同じ気持ちでいる事もわかった。だから協力して欲しい。頼む」


 卑屈な割にプライドが高いから、誰かを頼る事が出来ない。そして一人で勝手に檻の中に閉じこもっていく。そんな俺らみたいな人間は、やっぱり友達が必要なんだ。友達の為なら簡単にお願いが出来る。人間らしく生きていられる。


 あらためて、そう実感した。


「最初からそのつもりよ。ただしギルドとしては動けないわ。あくまで私個人の範疇よ」


「最初からそのつもりで頼んでる」


 見つめ合う。睨み合う。ちょうどその境目くらい、視線の交錯が暫く続いて……思わず微笑んだのは同時だった。


「それなら、私も仲間に入らないとね♪ ティシエラの個人的な仲間なんて私以外いないんだから!」


「勝手に人の交友録を焼却しないで。でもイリスの顔の広さは役に立つと思うから、矢面に立たない範囲で手を貸して貰うわね」


「はいはーい」


 この二人を見てると、確かに俺のコレットへの理解度はまだまだと思わざるを得ない。友情の度合いにレベルがあるなら、彼女達こそ78くらいありそうだ。こっちはせいぜい6とかだな。


「善は急げ。トモ、貴方にも早速今から動いて貰うわ」


「ああ。俺は何をすれば良い?」


「勿論――――」



 三人いる中での役割分担。俺だけに出来る事。男の俺だからこそ出来る事。


 そこから導き出された答えは――――



「……ぐぬぬ」



 娼館への潜入捜査。まあ、そうなるな。


 ギルマスとしての業務を全て終えたこの日の夜、城下町郊外にそびえる娼館の前まで来たところで、俺の身体からは大量の脂汗が分泌していた。


 一応、風俗店の利用経験はあるんだ。でも行為に及んだ筈のその時間の記憶がスッポリ抜け落ちている。今でも全く思い出せない。料金分キッチリ財布の中から消えていたし、いろんな痕跡が残ってたから利用したのは間違いないと思うんだけど……多分、相当悲惨な体験をしたんだろう。記憶を消さないと俺自身がもたないと脳が判定するくらいの。


 ここに来てそれは確信に変わった。汗ヤバい。サウナ入ってるみたい。何これ、もう細胞が拒否しちゃってるじゃん。俺、風俗店で何しでかしたんだ……?


 正直怖い。中身を把握出来ないトラウマが確実に俺の中にあって、今からこの建物の中に入ると自分がどうなるのか想像もつかない。


 でも迷いはなかった。必要なのは決断だけ。


 友達を助けるんだ。それが、俺のやりたかった事。


 その為に俺は今、ここにいるんだ――――



「何故君がここにいるんだァァァァァァァァッッ!!」



 ……え?


 何? ツッコミ? 心の中のポエムに今ツッコまれた? そんなにポエム駄目なの?


「ふしゅる…………ふ…ふしゅる…ふ……ふしゅ」


 脱獄した死刑囚みたいな息遣いが真後ろから聞こえてきて、思わず身の危険を感じて振り向くと、そこには――――


「歓迎するよ。我が家にようこそ」


 相変わらず情緒が踊り狂った、黒コートに身を包む超絶イケメンがいた。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る