第084話 正論のメリケンサック

 ゲーム好きの俺にとって、ギルマスはある意味憧れの職業だった。勿論現実には存在しないし、どんな仕事をするのか具体的にはわかっていなかったけど、それでも漠然と自分がそういう立場になった姿を想像してみた事は一度や二度じゃなかった。


 だから、アインシュレイル城下町ギルドが誕生した日は興奮で眠れなかった。子供の頃、就寝時に目を瞑って希望に溢れた色んな空想をしながら眠りに落ちたあの日々を思い出して、ちょっと泣きそうになった。


 ……でも今は別の意味で泣きそうになっている。



 怪盗メアロの調査に当たっていた面々は――――



「今回の調査で…我々は……なんの成果も!! 得られませんでした!!」


 目撃情報の一つさえ持ち帰る事が出来ず、丸一日歩き回るだけで終わり。完全に徒労だ。


 でもまあ、これは想定内だ。あのメスガキがそう簡単に尻尾を掴ませてくれないのはわかってる。猛者揃いのこの街で好き勝手やってる怪盗だからな。


 問題は……


「私が無能なばかりに……ただいたずらに時間が過ぎ…!! ヤツの正体を…!! 突き止めることができませんでした!!」


 全員で号泣しながらクドい報告を聞かされる事。これアレだな、結果を出せなかった事をギルマスの俺から責められないよう、敢えて仰々しくやってんなコイツ等。ここまで演技臭いと死ぬ気で精一杯やりましたアピールとしか思えない。



 次に街灯設置の進捗だけど――――



「突発的な強風により作業が難航している次第です。目標の一日三本設置、困難かもしれませぬ」



 今日の朝方、アインシュレイル城下町は天候が不安定で、急に突風が吹いたり雨が降ったりと最悪のコンディションだった。幸い今は完全に回復して青空も見えているけど、午前中はほぼ何も出来なかった。


 でも、これも十分あり得る事。寧ろ最初の段階で悪天候を体験出来たのは良かったかもしれない。トラブル慣れしておけば、終盤の追い込みの時期に何かあっても対応出来るからな。


 ただ……


「ギルド員に怪我人はいませんでした。あと余談ですが、作業中突風に煽られたポールを倒してしまい灯具を一つ破損しました」


 余談って言うな! 怪我人いなかったのは良い事だし、それに比べれば多少の経済的損失は大した問題じゃないけど余談って言うな。



 本当に問題なのは、もう一つの依頼だ。



「選挙当日のスケジュールについてシレクス家と意見交換したいんだけどさー、どーも時間稼ぎされてるっていうか、予定が延期延期になっちゃってるんだよねー」


 コレットのパトロンみたいな立場になっているシレクス家は、この城下町において多大な権力を持っている貴族。ギルド員を警備につかせる為には彼らの許可が必要で、その為の報告や意見交換を出来るだけ早めに行わなくちゃいけない。それなのに、あからさまに避けられている。


 理由は明白。コレットが選挙活動をしていないからだ。


 警備の為には当然、コレットとも打ち合わせが必要。でも彼女は今、日中に謎の不在状態が続いている。


 俺達に警備の依頼をした手前、シレクス家は不在の理由を説明する義務があるんだけど、彼らも理由を把握出来ていないのか、それとも話せないような理由なのか、仕事自体をストップさせる事で説明を回避しているように映ってしまう。


 要するに――――


「コレットが全部悪い」


 約束通り、イリスとお昼を一緒に食べる為に訪れたカフェで、ついそんな恨み節が漏れてしまった。


 カフェの雰囲気は良いんだけど……ここのパンはなっちゃいねーなー。火が通り過ぎて香りが飛んじゃってるし食感も悪い。パンに甘い果実ソースを付けてオシャレに食べさせようとしているみたいだけど、そのソースもとろみがないから、パンをベチャベチャにしてしまう。せっかく味は良いのに、他で台無しにしてしまっている印象しか受けない。


 その上、パン屋以上にお高い。パンの大きさ自体は拳程度、つまり標準的なバターロールくらいなのに、それを二つで15Gってどういう事? ロイホより高いじゃん。貧乏人基準だと高級料理店のロイホより高いって、それもうボッタクリだよ。


「そんな事言っちゃダメだよ? 何か事情があっての事かもしれないし」


 一瞬パンの事に反論されたのかと誤解しそうになったけど、イリスが言っているのは勿論コレットの事だ。口調は軽やかで柔らかいものの、不条理を許さない強い意志を感じさせる。人格者とは彼女みたいな人を言うんだろう。


 それに引き替え――――


「本当にその通りだわ。自分にとって都合が悪いからといって、不確定な責任の所在を勝手に断定するなんて愚の骨頂としか言いようがないわね。控えめに言ってクズよ」


 正論のメリケンサックで殴りつけてくるかのような、鉄拳制裁ならぬ鉄口制裁。神出鬼没属性だからなのか、それとも過保護属性だからなのか……ティシエラはさもそこにいるのが当然であるかのように、イリスの隣でフルーツの盛り合わせを食べている。お昼から豪勢ですこと。


「なんでいるの。暇なの?」


 思わずそんな悪態をついてしまう。いや別にブルジョアなお食事にキレてる訳じゃないですよ? そもそも美女二人と一緒に食事とか夢のようなシチュエーションじゃないですか。本来ならデレっとしたしまりのない顔してティシエラから蔑んだ目を頂くべき場面だ。


 でも今日俺が望んでいたのとはちょーっと違うんだよな……一対一ならさ、『これってデートなんじゃね?』って夢を見られるだろ? でも一対二、しかもギルマスが来ちゃったらもうビジネス会食としか思えない訳よ。


「設立したばかりのギルドの代表でありながら、他所のギルドの人間を必死に口説いている貴方には負けるわ」


「ははは御冗談を」


 こう見えて私、生まれてこの方女性を口説くという経験をした事がございません。勿論、向こうから迫ってこられた経験も皆無でございます。そもそも口説くって何? どうやるの? 食事に誘えば良いの? 褒めれば良いの? 雄度を見せつければいいの? ないよそんなの。


「やー、二人とも仲良いねー」


 イリスチュアさん? それ暗に自分には一切その気はございませんしフラグ立つ事もないので外野から楽しんでますって意味ですか? ちょっと泣きますよ? 今日という日に人生初デートを予感していた人もいるんですよ!


「何処がよ。前々から言っているけど、私と彼の距離を過大に計測しないでくれるかしら」


「どっちかっていうと過小って気もするけどなー」


 口元に手を当ててほくそ笑むイリスに対し、ティシエラは微妙に面倒臭そうな顔をしていた。この人、無表情っぽいようで実はかなり感情豊かで、俺が知る限り『不敵な笑み』だけでも10種類は下らない。面倒臭がっている顔も同様と思われる。イリスなら俺の何倍、何十倍もバリエーションを知っているだろう。奥深い女だぜティシエラ。


「……」


 対照的に、一切表情を変えない客が俺達とは違うテーブルにいるのを発見した。


 ウチのギルドのバフォメットさんじゃないですか。まともに会話した事ないけど。


 っていうか……食事するんだ……


 なんかこっちチラチラ見てるけど、向こうは向こうで俺に話しかける努力をしてるんだろうか。だとしたらその努力を邪魔しちゃいけない。ここはスルーしよう。恐ろしいくらいカフェの風景に溶け込んでない山羊の悪魔に話しかける勇気もないし。


「話をコレットに戻すけど、彼女は看過出来ない悪事の被害者かもしれないわよ。悪し様に言うのは止めておきなさい」


 看過出来ない悪事……?


「シレクス家が何か企んでんの?」


「違うわ。私が怪しいと睨んでいるのは宿の方よ」


 え? 俺も一時泊まってたあの宿? 俺がいる時はそんな気配すらなかったけどな……


「元々は評判の良い宿よ。実際、ソーサラーギルドにも利用者はいるわ。住居を構える財力があっても、そこに泊まり続ける人がいるくらいにはね」


 コレットもそうだったな。他にもこの街には金持ちが沢山いるんだろう。何せ終盤の街だからな。


 そして終盤の街だからこそ、魔王討伐を果たすまで滞留する予定の者が多い。仮に討伐を諦め職を辞しても、ここに留まり続けている人達もいる。そして、その大半は自分の家を構えている。


 それでも客が途絶えないんだから、評判が良いどころか城下町屈指の人気宿だった筈だけど――――


「ここ最近、娼館と裏で取引して、客に可愛い女性がいたら率先して情報提供しているって話が入って来てるわ。脅迫して娼婦にする為の材料、つまり対象者にとって最悪の弱みを娼館に横流ししているそうよ」


「……は?」


 全く予想もしていなかった方向に話が転がり始めた。


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