第211話 ヒーラーを憎んで回復を憎まず

「魔王が……いない?」


 魔王城に魔王が不在って、それもうただの城じゃん。まあ、それを言うならここも暫くは王不在の城だったんだけど。


「何でそんな事がお前にわかるんだよ」


「理由は言えない。でもわかるんだ、僕には……わかってしまうんだよ」


 なんか自分が特別な存在だってアピールしてるっぽいけど、単にヒーラーの中にモンスターが混ざってるからだろ? もうみんな知ってるよ。


 まあ、これでアイザックの奴がその件を把握しているのはわかった。つまりこいつは正真正銘、人類の裏切り者って訳だ。


 例えば、そうしなかったら仲間や恋人や身内が死んでしまう――――みたいな事情があるのなら、人類全員を敵に回してでも……ってなるのは理解できるし、なんだったらちょっとカッコ良い。30代でも、寧ろ30代だからこそ憧れるよね、そういうシチュ。


 でもこいつの場合、全てにおいて自分本位なんだよ。慕ってくれる仲間がいるのに、彼女達を優先せずに自分のコンプレックスとばかり戦っている。


 それ自体は悪い事じゃない。俺は逃げたクチだから、自分の弱い所と向き合って戦い続けているアイザックの方が志は立派だ。事実、人類トップクラスのレベル60に達しているんだから、結果もついて来ている。


 それでも、こんな生き方しか出来ないのは……まあ、アレだろな。一種のナルシストなんだろうな、こいつ。何処までいっても主人公は自分で、何もかも自分の中で完結してしまう。だから自爆スキルなんてものを授かったのかも知れない。


「モンスター達は、魔王が倒されたり封印されたりしているとは微塵も思っちゃいない。ただ、魔王が長きにわたり、本気で人類を滅ぼそうとしてこなかった歴史がある。聖噴水でこの街が守られるようになって以降も、対策を講じていた様子はない。となれば、不信感を抱くのは必然だろう?」


「まさか……魔王が人間と手を組んでるとか言い出す気か?」


「そこまで極端じゃないにしろ、手心を加えているのは間違いない。例えば特定の人間に入れ込んでいて、魔王の役割を放り出した……そんな疑念を抱く者も、モンスターの中にはいるかもしれない」


 断定はしなかったけど、どうせシャルフあたりから実際に聞いているんだろう。魔王軍は魔王軍で大変みたいだな。


「だから奴等は、一計を案じてこの街への潜入を試みた。人間側とコンタクトを取り、聖噴水を一時的に無効化する事で本来入れない筈の街中へと入り、潜伏する事に成功した」


 その人間側ってのが、恐らくファッキウ達なんだろう。モンスターしか知らない性転換の為の秘法を得る為に手を組んだ。


「で、そいつらは魔王がこの街にいないかを調査していく内に、ヒーラーに行き着いたって訳か」


「ああ。ヒーラーの始祖が蘇れば、魔王とコンタクトが取れるかもしれない。その始祖はマギの感知に長けていて、魔王のマギも見つけられるらしい。この街の何処にいても」


 あー、それくらいは余裕で出来るだろな。死にそうになってた俺のマギだけを自分の元に呼び寄せたりするくらいだし。見た目が幼女だから対面してる時はあんま感じないけど、なんだかんだで始祖だよな、始祖って。


「だったら、あの魔王城の周囲に発生した冥なんとか霧は、魔王城の戦力が整っていないのを隠す為か?」


「多分。魔王の調査や魔王への不信感で、魔王城の警備兵は減っているだろうし……苦肉の策だったんだろうな」


 魔王は倒せないけど、魔王以外のモンスターならなんとかなる。つまりあの霧さえどうにかしてしまえば、魔王不在の城を制圧するくらいは可能。そうなれば人類の勝利は目前だ。


 にしても……


「その情報を手土産に街へ戻って来れば、追放処分は取り消されたんじゃないのか? お前ならヒーラーの監視をかいくぐって逃げ出すくらい……」


「えっ、なんで? 僕は王様なんだよ? 王様が逃げ出すとかあり得なくない?」


 ……ま、そうだろうな。レベル60でも満たされなかった自尊心も、王の肩書きなら十分満たしてくれる。ヒーラーがどれだけヤバいかを知っていても、王になる道を選んだくらいだ。今更戻る気はないんだろう。


「予想通り、いや予想以上にヒーラーは変態だった。彼等の吐き出す言葉全てが気持ち悪かった。彼等の誘いに乗ったのを、僕は毎日のように後悔したよ」


 そりゃそうだろう。まず連中と組むって発想が俺には理解できない。反社会勢力と邪教を足して2乗するような連中と密接に関わるとか、正気の沙汰じゃない。


「でも、或る日気付いたんだ。いや……降りて来たと言うべきか。僕は突然、悟りを開いたんだ」


「……は?」


「ヒーラーを憎んで回復を憎まず。そう。変態なのはヒーラーであって回復行為じゃないんだ。実は僕、一度死んじゃってさ。でも蘇生魔法によって再び命を貰った。それを行使したヒーラーに恩義なんて感じちゃいないよ。彼は快楽の為だけに僕を生き返らせたんだから。でも、回復や蘇生は彼等の人間性とは一切関係ない。生き返った瞬間、僕はとても虚しい気持ちに支配されていた。またあの苦しみを味わう日々が待っているのかと。でも現実は違った。僕は新たな一歩を踏み出す事が出来た。『回復』とは………………犠牲の救済ではないッ! 『回復』とは!! 暗闇の荒野に!! 進むべき道を切り開く事だッ! 澱んだ水を掬い取るように、使い古した自分から脱皮するように……僕はそこでやっと、回復の偉大さを理解したんだ。こんなことをいうのもなんだが恋をするとしたら回復魔法ができる女性がいいと思う。守ってあげたいと思う……元気なあたたかな笑顔が見たいと思」うむ。いよいよ末期のようだな…


「その事を僕は何度もヒーラー達に伝えようとした。君達は回復魔法を使っているんじゃない。回復という素晴らしい力に仕えている立場なんだ。ヒーラーの為に回復があるんじゃねぇ。回復の為にヒーラーがいるんだ!! なのに彼等は自分の快楽にばかり目を向けて……まるでわかっていない! わかっちゃいないんだ! どいつもこいつもよぉ! 奴等は回復の表層しか見ちゃいない! 真理を! 真理に到達しないと! 君もそう思うだろ!?」


 知らん知らん。


 要するにアレだ。ミイラ取りがブラッドマミーになった、みたいな話だ。なんつーか、らしい着地としか言いようがない。


 いやー、凄いな。堕ちる所まで堕ちたと思ってたけど全然だったわ。アイザックという男を見くびっていた。落とし穴の底を自前のスコップでガンガン掘るねー。温泉か油田でも探してるのかな? 掘り当てても多分溺れて死ぬよ?


「ふぅ……話せてスッキリしたよ。ありがとう、最後まで聞いてくれて」


「気にするな。どれだけ手を取り合ってもいがみ合っても、人間最後の最後は赤の他人だ」


「深い事を言うじゃないか。やはり君は一味違う。僕が一目置くだけの事はある」


 宗教勧誘の人は皆、似たような事を言う。


「自分語りはここまでにしておこう。目的地に着いたみたいだ」


 アイザックが立ち止まって右を向く。その方向には――――妙に新しい扉があった。明らかに周囲の壁とは施工時期が違う。


「ここは……?」


「地下牢さ」


 何!?


 って事は――――


「コレットがここにいるのか!?」


「残念だけどいない。いや……いた、と言うべきか」


 ……どういう事だ?


「取り敢えず入ってくれ。会わせたい人と、見せたい物がある」


 コレットはいないのに、会わせたい人って何だ……? それに、『いた』って何だよ。まさか脱走でもしたのか……?


 ……ここであれこれ考えても仕方ない。入ろう。


「カビ臭いな」


「即位してまだ日が浅いんだ。僕の所為にされても困る」


 地下牢はある意味、隠し階段以上にロマンを感じる場所。でもここには、俺が思っていたようなアンティーク的な要素は余りない。


 思っていたよりずっと、古びていない。


 ゲームの地下牢は大抵、薄暗い中に映る粗い石造りの床と壁、そして錆び付いた鉄格子ってのがお約束なんだけど、この地下牢は床も壁も造りがやけに丁寧で、床に至っては何らかの幾何学模様すら見て取れる。色も白に近い。


 鉄格子も光沢こそないけど、鉄とは思えないくらい綺麗な艶がある金属。密度が濃い文、隙間はかなり狭い。


 何より、その鉄格子の向こう――――牢屋には敷物が敷いてある。絨毯ではなく厚手の布みたいだけど、それでも十分に破格だ。


 その牢屋が一つ、二つ、三つ、四つ……十以上ある。


「やけに丁寧な造りだな……」


「僕も驚いたよ。しかも囚人用のトイレや水桶もある。かなり衛生的だよ」


 東京育ちの俺とアイザックとでは衛生観念が全く違うだろうけど、実際地下牢とは思えないくらい清潔だ。前の国王がそういう方針だったんだろうか?


「ザック!」


 その声は――――メイメイのものだった。


「え……ちょっと待って。なんでそいつと一緒なの?」


 つい先日戦ったばかりとあって、メイメイの方は動揺を隠せない様子。こっちはお前が髭剃王の店に入っていくのを目撃してたから驚きはない。中に人がいるってのも事前に知らされてたしな。


「落ち着いてメイメイ。彼とは数奇な運命で繋がっているんだ。僕はこの再会を歓迎しているよ」


「で、でも……」 


「勿論、君との再会もだ。無事でいてくれて本当に良かった。僕の犯した罪で一時は絶望的だったけど……こうしてまた会えて嬉しいよ」


「えっ……ちょっとこんな所で……やめてよもう」


 何これ何これ。リア充爆発しろってよく言うけど、別にリア充じゃなくても爆発してくれてよくね? その為の自爆スキルだろ?


「メイメイとはつい最近再会したばかりなんだ。僕の戴冠を知って、どうにかこの城に入り込む方法がないか模索して……"仲介人"の存在に辿り着いたみたいでね」


 仲介人?


 何処かで最近、その言葉を聞いたような……



『ただの仲介人だ。それ以上を知る必要もあるまい』



 ああ。髭剃王に何かされる寸前、彼が言ってたんだった。やっぱり髭剃王がこの城に俺達を強制転移させたって事か。


 ……あーーーーーっ! すっかり忘れてた! あの時店の中に入ったのは俺だけじゃなかったんだ!


「アイザック。ここにシデッスって剣士とメンヘルって女性はいなかったか?」


「さっき言った会わせたい人っていうのがその二人さ」


「ギルドマスタァァァ! グィーーーーールドゥマスタアアァァァァァ!!」


 うおっ! 鉄格子ガチャガチャ揺らすなビックリしたなあもう!


 切羽詰まってて普段の口調じゃないけど、今のはシデッスの声か。奧の牢屋に入ってたんだな。


 メンヘルは――――


「おお……もう……」


 こっちは縋るように鉄格子に張り付いてる。普段どれだけ変人ぶってても、追い詰められると素が見えるよな。やっぱこいつら人工変態だ。天然とは違う。


「悪かった悪かった。こっちも自分の事で手一杯だったから。よく耐えてくれたな」


 ぶっちゃけ今の今まで存在を忘れてたけど、わざわざ言う必要はない。リーダーの威厳だけ示しておこう。


「で、鍵は?」


「……ない」


 はい?


「残念だけど、ここの牢屋の鍵は何処にも見当たらないんだ。壊そうにも頑丈でね……魔法すら受け付けない。ちょっと異様なんだよ、この地下牢は」


 マジかよ。ますます意味不明だな。鍵がないのならどうやって収容するんだ?


 ……いや、実際されてるじゃん。強制転移で。


 って事は、ここは強制転移による収容を専門とした地下牢って事なのか……? でもそれに何の意味があるんだ?


「モンスターだ」


 吐き捨てるように、メイメイが俺に答えをくれる。珍しい事もあるもんだ。


「髭剃王グリフォナルはモンスターと人間の仲介人だってさ。街中に潜入したモンスターの手引きや特定の位置への転移……それと、規律に反したモンスターをここへ収容するのが奴の仕事」


「規律? そんなのがあるのか?」


「私も詳しくは知らないよ。紹介があれば、望みの場所へ移してくれる。そういうハナシだったってだけ」


 そういえば、男と二人で店に入って行ってたな。あの男が紹介人だったのか。


 で、紹介人を介さずに髭剃り以外の目的で入って来た俺達は、地下牢に強制転移。幸い、俺は始祖に助けられて安置所行きだった。なんか字面だけなら俺の方がヤバげだけど……


「さっきも話に出たけど、実はコレットさんもここに強制転移していたんだ」


「え! マジで!?」


「ああ。だから僕は所信演説で彼女の存在を示唆した。だけど彼女は昨日、忽然と消えてしまったんだ。鉄格子が破られた形跡もなく……ね」


 鍵のない地下牢から消えた……? 盗賊スキルでも持ってたのか? そんな話聞いた事ないけど……


 そもそも、あいつは髭剃王の店じゃなくフィールド上で消えたんだ。それもアンノウンによって。なのにどうして、城の地下牢なんかにワープする?


「コレットさんがここにいた証拠だ。見せたい物ってのはこれでね」


 アイザックが指差した鉄格子の先に、片刃の剣がポツンと放置されている。


 間違いない。あれは……コレットの剣だ。


 元々使っていた愛剣を怪盗メアロの追跡中、地下水路に落としてしまって買い換えたんだ。あの剣で女帝やシャルフとも戦っていたから忘れようもない。


 コレット……何処に行ったんだよ。剣士のお前が剣を手放すなんて、どう考えても予定通りの脱出じゃないよな? そもそもなんでここに……


「トモ。僕に協力してくれないか?」


 鉄格子の前で俯いていた俺の肩に、アイザックが手を乗せてくる。


「協力? 何に?」


「決まっているじゃないか」


 その手をバッと上に伸ばし、まるで指揮者のような大袈裟な動きで広げ――――


「国王のこの僕に黙ってコソコソ動いている奴等を炙り出すんだ! このままじゃ不安で夜も眠れない! ストレスも溜まる一方だ! 嫌だ! 国王になってまでウジウジ悩み続けるなんて絶対に嫌だ!」


 いつものアイザック節を炸裂させたんで、そのまま何も言わず地下牢を出て厨房へ戻り、城からの脱出に成功した。



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