第210話 王様の服ってサンタの服と似てる
「……思わず取り乱してしまった。どうやら君との再会で心が騒いでいる……今のは忘れてくれ」
あれだけ暴走しておいて、一方的に忘れてくれと言われてもな。大丈夫かこいつ。記録子さんのレポートで情緒不安定になってるのは知ってたけど、予想以上のヤバさですやん。
まあ、言動だけじゃなく肩書きもヤバいんだけどね。まさか国王になるとはな。未だに受け入れ難い現実だ。
何しろ眼前のアイザック、国王らしい格好は全然していない。冒険者時代のままで、それも軽装の出で立ち。借金持ちだから王様の服買って貰えないの? どうでも良いけど、王様の服ってサンタの服と似てるよね。あれモコモコしてるけどフリースなんだろうか。
それは兎も角、よく見るとなんか微妙に顔が違うような……これ本当にアイザック本人か? フワワのアバターみたいな能力で影武者作ってないか?
……そんな訳ないか。因縁がある本人ならまだしも、影武者が俺に話しかけてくる理由がない。きっと俺の先入観の所為だろう。見知った顔でも犯罪者になった途端に悪く見えるアレと同じだ、きっと。
「俺がこの城にいるって知ってたのか?」
「いいや。でも、永続する筈のエルリアフのイクスパーチが突然消失したって聞いて、もしかしたら……とは思ってたよ。所信表明の時、コレットさんの存在を示唆したからね」
野郎……あの開示は俺を挑発する為だったって言いたいのか? ノコノコそれに釣られた俺を嘲笑ってやがるのか?
上等だ。返り討ちにしてやるよ――――と言いたいところだけど、残念ながら説得力は皆無だ。調整スキルも間違いなく把握されているだろうし、レベル60相手に真っ正面から挑んだって俺に勝ち目はない。
だったら、せめてアイツだけでも……
「コレットは無事なんだろうな?」
「ああ。その件も含めて君と話がしたい。こっちへ来てくれ」
……?
さっき出てきた厨房にまた入るのか。そもそも何で厨房なんかに――――
「うわっ、何だこれ」
中に入った途端、いろんな食材の臭いが漂って来た。その時点で大体予想できたけど……案の定、食い散らかした食べ物が乱雑に散らばっている。あ、パンまで食い残してやがる! 誰だよこんな勿体ない事すんの!
「少しストレスが溜まっていてね。夜になると、つい足を運んでしまうんだ」
「へ? これ全部お前の仕業?」
「フフ……滑稽だと笑うかい?」
あ。今ようやく違和感の正体に気付いた。所信表明の時には遠目でわからなかったけど……
コイツ、さては太ったな?
元々整った顔だったから、フェイスラインが崩れてるのがわかりやすい。二重あごってほどの変化はないけど、微妙に全体が膨らんでいる。それによく見ると腹もちょっと出てるような……ストレス太りか。
「食わないとやってられないんだ。他に何も楽しみがないからね……」
「いやいやいやいや。お前、王様なんだろ? そんなに食いたきゃ自分の部屋に運ばせりゃ良いじゃねーか」
「ヒーラーが……そんな事をしてくれると思うかい?」
なんか、喋る度に何かがポロポロ崩れ落ちてきてるような……次会った時はブッ殺してやるって誓ってたけど、思ってたのとちょっと違うな。もっと傲慢で闇落ち感強い姿を想像してたんだけど……
「ここから直接、地下に繋がる隠し階段があるんだ。ヒーラー達はまだその存在を知らないから、緊急避難にはもってこいだ。取り敢えずそこへ」
「あ、ああ」
半信半疑なアイザックの発言だったが、床下収納(冷蔵庫がないからこの世界の台所や厨房には大抵ある)の底蓋を持ち上げると、本当に地下に向かう階段があった。
恐らくだけど、敵襲――――それもモンスター襲来に備えた緊急の潜伏先なんだろう。この城が作られた当時、聖噴水はなかったのかもしれない。
「僕は【ライティン】が使える。ランプを持つ必要はない。入り口の蓋は閉めておいてくれ」
「わかった」
ライティンってのは確か自分の一部を発光体にして、洞窟なんかで周囲を明るくする為の魔法だったか。俺を転生させたあの神サマは全身が発光体だったけど、アイザックは……おお、髪を光らせるのか。おだやかな心をもちながらはげしい怒りによって目覚めた伝説の戦士みたいだ。なんか相変わらず無駄に主人公気質だなこいつ。
「行こう」
こっちの返事も待たずに進み始めやがった。
まさか罠じゃ……いや、それはないか。アイザックにしてみれば別に俺を地下に誘導してまで始末する必要はない。隙を突かなくても実力では遥か上だし、自分の城で偽装工作する意味もないだろう。
にしても、隠し階段か。入る前は疑問と胡散臭さの所為でイマイチ乗り気じゃなかったけど、実際に中に入るとなんか興奮して来たな。同じ建物の地下へ繋がる階段なのに、安置所から一階に上がる階段とは材質まで違ってそうなのが良い味出してる。この古臭い感じがたまらん。
「恥を忍んで、君に頼みたい事がある」
「あん?」
「話を……聞いてくれないか? 聞いてくれるだけで良い。もう……グスッ……誰も信じられないんだ……」
アイザックは頭を煌々と光らせながら顔を両手で覆い、震えながら泣いていた。
「グスッ……ヒ……ヒ……ヒィ……ヒィ……」
いや泣き過ぎだろ! 号泣じゃねーか!
えぇぇ……なんで俺、宿敵認定した奴が顔クシャクシャにして嗚咽する姿見せられてるの? 別に瞬殺とかしてないよ?
「すまない。グスッ……感情が溢れて来てね。忘れてくれ」
何回忘れさせる気だよ。誰から寝取ろうとしてんだよ。
「これから僕が話す事は他言無用でお願いしたい。特にヒーラーにだけは漏らさないでくれ。僕がこの話をしたと彼等が知れば、僕は……僕は……」
いや、っていうかこいつ確か、この城を占領する前にヒーラー王国の国王になってなかったか? 何で国王が国民に怯えてるんだ?
「まあ、良いけど」
「そんな軽いノリで言わないでくれッ! 奴等は悪魔なんだ! いや、悪魔の中でもブッチ切りの鬼畜……僕達は手順を間違っていた。魔王討伐を目指している場合じゃなかったんだ。彼等を全力で是正すべきだった!」
なんかもう既に重い。まだ話の導入にすら辿り着いていないのに。
とはいえ、ヒーラーに担ぎ上げられたからこそ知り得るヒーラーの事情を聞き出すのは、今後のアインシュレイル城下町やウチのギルド、そして俺自身にとっても大きなプラスになる。ここは私情に囚われるべきじゃない。
搾り取るだけ搾り取って、一段落ついたらギッタギタにしてやれば良いさ……フフ……
「わかった。お前の事情を軽く考えて悪かったよ。決して口外はしない。その上で、吐き出したい事は俺に吐き出せば良い。お前には辛い時に声を掛けて貰った恩があるからな。遠慮は要らない」
「トモ……! 君って奴は……!」
多分、相当な棒読みだったとは思うけど、幸いな事にアイザックは気に留める様子もなく感涙している。こりゃ相当精神が参ってるな。視野が針の穴みたいになっちゃってる。
「僕は……いや、自分を語る前にまず君に謝りたい。僕の心が狭いばっかりに、君を僕のパーティに留める事が出来なかった。恥ずかしいけど白状するよ。彼女達が君に強い関心を抱いている事に、僕はジェラシーを感じてしまったんだ」
「よせ。もう終わった事だ」
謝罪の言葉なんて聞きたくないんだよ。後でボコボコにする時、罪悪感が湧いちゃうだろ? 俺はもっと純粋な気持ちでお前をズタボロにしたいんだよ。
つーかこの後に及んで関心って認識なの? 奴等が俺に向けていたのは侮蔑と殺意ですけど? 未だに鈍感主人公やってんのかよコイツ。もうそういうのいいって。飽きたよ。鈍感ムーブ回避しておいての鈍感ブームとか、もうウンザリなんだよ。
「君が去ってからの僕は、それはもう酷いものだった。焦っていたんだ。なんとか仲間の信頼を取り戻したくて……酒場で仲間が絡まれていたのを見過ごせずに、ちょっと暴れてしまってね。その行為が冒険者ギルドに問題視されて、追放処分になってしまった」
おい。聞いてた話と違うぞ。記録子さんのレポートによるとお前、俺への見当違いの嫉妬で自爆して追放されたんだろーが。なんでこんなどうでも良い事で見栄張るんだよ。そういうトコだぞお前。
「冒険者としての居場所をなくして、仲間とも離ればなれになって……僕は途方に暮れていたんだ。怪我もしていたし、弱気になっていた。もう僕が存在する意味はないんじゃないかって……だから、僕は賭けに出たんだ」
その辺のくだりも全部知ってるんだよなあ……こっちは答え合わせしか興味ないよ。もっと移動に集中させてくれないかな。隠し階段のロマンを味わいたいんだよ俺は。
「単騎で魔王を倒す! ……それが僕の決断だった。無謀かもしれない。魔王を倒す具体的なプランもないし、情報も少ない。それでも僕は躊躇しなかった。思えば僕は昔からそういう人生を歩んで――――」
うーん……なんか本人的にはエモい自分語りをしているつもりなんだろうけど、頭テッカテカで言われてもイマイチ心に響かないというか、やっぱりあらすじ知ってるからか面白くないよね。これ既読スキップとか出来んのかね。
「――――だから僕は、不本意だけれど敵の懐に飛び込む為、魔王に忠誠を誓ったフリをすると決めた。人間側の情報を横流しにすると言って魔王に近付く。セコい手と笑ってくれて構わない。それでも、あの時の僕は自分に出来る事を精一杯やるしか道はなかった」
この辺はレポート通りだな。確かこの後、ベリアルザ武器商会に暗黒武器の手配を求めて断られて、逆ギレついでに俺への恨みを募らせたんだっけ。で、当時俺が探してたネシスクェヴィリーテの情報を知り、その入手に右往左往する……って流れだった。
一体どんな述懐をするのか――――
「で、魔王に近付く為、僕はヒーラーと手を組む事にした」
いや随分飛んだな! こっちはスキップなしで野郎のボイスを長々と聞き続けてたのに、そっちは次の選択肢まで飛ばしてんじゃねーよ! ちゃんとして!
「驚いただろう? 実際、事情を知らなければ混乱するよな。魔王を倒す為にヒーラーを仲間に付けるのならまだしも、魔王に近付く為にヒーラーと協力するなど、通常なら意味不明だ。でもね……これが最短の道だったんだ」
自分に都合の悪いところを大胆に端折っておきながら、よくもまあそんなカッコ付けた物言いが出来るなオイ。
ああ、今わかった。こいつアレだ。取り巻きの三人に日頃から自分語りを披露してたんだな。それも自分をカッコ良く印象付けるような虚言交じりで。だけど今はそれを話す相手がいないから、ここぞとばかりにキチゲ解放してんのか。
ただ……『魔王に近付く為にヒーラーと協力する』って所は気になる。こいつ、ヒーラーの中にモンスターが化けて紛れ込んでるのを知ってたのか?
「トモ。君はヒーラーをどんな勢力だと認識している?」
「個体差はあるけど、基本的には回復教を盲信してる回復狂信者。あと金の亡者」
「成程、大半の住民と同じ考えか。でもね……奴等のあの回復への情熱は、単なる盲信じゃないんだ」
不意に、アイザックのピカピカ毛髪が照らす先に階段の終端らしきものが見えた。ようやく地下に着いたのか。
「回復はね……素晴らしいのさ」
……ん?
「例えば瀕死の重傷を負った兵士がいて、僕が回復する事になったとしよう。彼は生きるか死ぬかの瀬戸際だ。僕のこの手に彼の生死が懸かっている。わかるかい? 他人の生殺与奪の権を僕が握るんだ。それはつまり、僕の存在価値が爆発的上昇を遂げ、絶対的必要性の水準にまで到達する事を意味する。簡単だったんだ。僕に足りないのは回復だった。レベルじゃない。仲間との平穏な日々でもない。回復だけが、僕が生き残る唯一の道だったんだ。ウフフフフフ」
あれ? なんか頭おかしくなってない? 急にどうした?
「……冗談だよ。ヒーラーの方から僕に近付いて来たんだ。ヒーラーの始祖と呼ばれる存在がいて、その始祖が魔王と特別な絆で結ばれているらしい。半信半疑だけど、他に手掛かりを得る術がないから彼等と懇意になっただけの話さ」
いやいやいやいやいやいや。レポートじゃヒーラーに莫大な借金をして、それを帳消しにする為にヒーラー連中が誰もやりたがらない王様をムリヤリ押しつけられたって書いてたぞ? そりゃ記録子さんの方を全面的に信じる理由もないけど、こうも食い違うもんかね。
つーかこいつの虚言癖より、さっきの回復賛美の方がよっぽど気になる。まさか……洗脳されてないよな? 冗談とか言ってたけど、回復語る時の目が完全にイっちゃってたんですけど。それに始祖が魔王の知り合い? そんな話一つも出て来なかったんだが。
なんかこいつの話って聞けば聞くほど混乱の度合いが増してくるというか、感情をかき乱されるな……
「けれど、彼等に協力を仰いだのは僕の判断ミスだった。彼等が何故、僕を王に祭り上げたのか……もっと深く考えるべきだった」
階段を降りきると、そこから先は一本道の細い通路が左右に伸びていた。アイザックは迷いなく左へ歩みを進める。多分、明確な目的地あるんだろう。
「ヒーラーの目的は……始祖を蘇らせ、行方不明になっている魔王を発見させる事だったんだ」
「……へ?」
思わず間の抜けた声をあげてしまう。
魔王が……行方不明?
「現在、魔王城ヴォルフガングに魔王はいない。モンスター達も、主不在の中で活動している。以前の城下町襲撃は……この街に魔王がいないかを調査する作戦の一環だったんだ」
――――意外な人物から、意外な事実が判明した。
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