第三部04:攻城と厚情の章

第212話 色とりどりの花

 居場所が判明した筈のコレットは再び行方不明。シデッスとメンヘルは地下牢に幽閉中。新国王を自称するアイザックは完全にイカれちまっていて、城に滞留するヒーラーの中にはあのシャルフもいる。


 そんな散々な状況ではあるけど、城を覆っていた回復魔法は期間限定とはいえ解除する事に成功し、それなりの情報を得て無事脱出する事が出来た。我ながら頑張ったと思う。俺の能力の限界を遥かに超えた大健闘と言えるんじゃなかろうか。


「……」


 それなのに、城の外で待機していたシキさん及びルウェリアさんとポイポイに乗ってギルドに帰ると、俺の定位置のカウンターど真ん中に色とりどりの花が飾ってあった。


 花瓶に入ったその花々の名前も花言葉も知らないが、そんな事はどうでも良い。



 なに。


 これ。



「ねえ何これイジメ!? イジメなの!? 新米ギルマスって何日かいなくなってただけでこんな仕打ちに遭うの!?」


 これは酷い……酷過ぎる……粉々に砕けたガラスのようだ……この心は……


「あれーシキちゃん、なんでギルドに……あーーーーっ! ギルドマスターいるじゃん! って、どったの。ガチ泣きして」


「泣いてない! こんな事に屈してたまるか! でもそれはそれでこの仕打ちはなくない!? あんまりだろ! 誰ここに花置いたの!」


「へ? 確かあの武器屋のー……あ、シキちゃんが背負ってるそれ」



 ……。



 ルウェリアさんが?



「うっわ、一瞬で涙が乾いてるじゃん! ギャハハハ! 何その変な特技! ヤメちゃんビックリ! おっかしーっ!」

 

 ヤメには散々笑われたけど、俺としてはそれどころじゃない。


 え……? どういう事……? なんで……? もう……何も考えられない……


「あ……あれえ……? ここは……お家じゃない……」


 しかも、このタイミングでルウェリアさんが目覚めた。まだ意識は朦朧としているらしく、ボーッとした顔でシキさんの肩越しに俺と目が合う。


 ルウェリアさん。まさか貴女は俺を心の中では忌み嫌って――――


「なんだ……夢か……でも良い夢です……こんなふうに……トモさんが無事見つかって……くれれば……いいのに……」


 譫言のようにそう呟いて、再び目を瞑った。


 今の嘘じゃないよな? こんな半覚醒状態で嘘なんてつける訳ない。って事は今のがルウェリアさんの本心……?


「隊長。なんか盛大に勘違いしてるっぽいけど、いなくなった人のテーブルや椅子に花を飾るのは、帰って来て欲しいって願掛けだから」


「え。マジ?」


「ってか常識」


 ヤメはともかく、シキさんがこんな事で俺をからかう訳がない。


 よ……良かったあ……ただの文化的差異だったのか。そうだよな、異世界なんだから俺の常識が世間の常識とイコールとは限らないんだ。


 最悪、ルウェリアさんに内心嫌われてたとしても、それはもう仕方ない。でも、あの誰より心の綺麗な人がイジメみたいな事をしている現実がもしあったとしたら、俺はもうこの世界の何も信じる事が出来なくなっていただろう。


「ギルドマスター、割と変なトコで世間知らずだもんね。もしかして外国の人?」


「いや、でも初めて知った」


 外国どころか外世界の人なんだけどね。多分もう異世界から来たってバラしても大丈夫だとは思うけど、一応黙っておこう。頭のおかしい奴って思われるのがオチだしな。


「ま、知らなくても不思議じゃないけどね。身内に失踪者でも出ない限りは知る機会もないし」


「……えー? シキちゃん今、ギルドマスター庇った?」


「は? 別に庇ってなんてないけど」


「そーかなあ……なーんか棘がなくなってない?」


 こっちとしては、ギルマスに棘チクチクさせるギルド員の方が異端だと思うんだけど、ヤメ的には気に入らないらしい。こいつシキさんガチ勢だからなあ。


「おいボケ上司。まさかシキちゃんを命張って助けたとか、さりげなく給料倍にしたとか、そんな露骨に色目使ってねーだろーな? そんな事してたらヤメちゃんブチ切れちゃうぞ☆」


「失踪明け直後にその笑顔はキツいな……」


 頭を抱える俺とは対照的に、シキさんは慣れっこなのか素知らぬ顔。まあ今回大分世話になったんで、こっそり報酬アップするつもりではいるから否定は出来ないんだよね。


「シキちゃんってさー、なんとなくダメ男が好きそうなんだよなー。わかる?」


「なんかちょっとわかる」


「隊長、死にたい?」


 えー何で俺だけ……?


「っていうか、とっくに死んでるって思ってたよねー。ヤメちゃんは別にギルドマスターがモンスターからグチョグチョに食い散らかされてても何とも思わねーけど、ギルドの空気は結構ヤバかったぜー? 今日も誰が清掃班になるかで大揉めしてたしねー」


 いやいやヤメさん。こっちはシキさんにくっついてギルドの一部始終を見てたから、それが嘘なのはお見通し。割と辛気臭い顔してましたよね、君。


 それに、本当なら仕事上がって帰宅してる筈なのに、わざわざギルドに来てるし。多分俺が戻ってないか確認しに来たんだろ? 口ではあーだこーだ辛辣に言ってくるけど、ギルドに誘った恩義を持ってくれてるんじゃないの?


「何じゃその生暖かい吐瀉物みたいな目。キッショ」


 ……やっぱ思い違いかも知れない。


「で、隊長。これからどうするの? このままって訳じゃないんでしょ?」


「勿論。でも、まずは一旦ベリアルザ武器商会に行って、ルウェリアさんを送り届けないとな」


 ギルドメンバーにも明日の行動について話しておきたいし、その後は五大ギルドにも向かわなくちゃならない。今は夜だからギルドに人はいないかもしれないけど、その場合は明日の朝一番で各ギルマスがウチに集まるよう、その旨を記した張り紙をギルドの入り口に貼ってくれば良い。


 夜間だから辻馬車はやってないけど、幸い今の俺にはポイポイがいる。体力は大分消耗してるから、これ以上魔法力に変換するのはキツいけど……仕方ない。自分の身を案じる余裕なんてないんだ。エルリアフの回復魔法が消えている間にカタを付けなきゃならないからな。


「それだったら、王城から武器屋に直行すれば良かったのに」


「ああ。実はちょっと心当たりがあって」


「?」


 要領を得ない顔で眉を顰めるシキさんに苦笑しつつ、一旦奧の応接室 兼 寝床に向かう。そして久々に棺桶の蓋を開けると――――


「やっぱりな」


 中には反魂フラガラッハが丁重に据え置かれていた。


 怪盗メアロが、わざわざ一度盗んだ物を元の場所に戻すとは思えないからな。俺に持って行かせようとするのは容易に想像できた。ここに置いていれば、確実に目にするからな。


 これは武器屋の御主人に一旦返すとして……


「二人はもう宿に戻ってくれ。警備や俺の手伝いで疲れてるだろうし、後は俺一人で十分だから」


「はーぁ? 何言ってんの?」


 ヤメが不敵に微笑みながら、そう返してくる。流石は高レベルのソーサラー。この程度の仕事、疲れた内に入らないってか。


「ギルドマスターを眠ってる女と二人きりに出来るわけねーだろー? そんなんギルド存続の危機じゃん」


「……」


 いつもの俺なら堂々とだね、『フザけんな! この紳士が意識のない女性に不埒な事するかボケ!』と言い渡すところですよ。


 しかし。シキさんに冷たい視線を向けられている今、そんな事言ったところで説得力は皆無なんだよなあ……いやホント、見たくても見られなかったんですよ肝心な所は何も。睨まれ損もいいトコだ。


「それじゃ、行くか」


 久々に吸ったギルドの空気に少しだけ活力を貰い、まだまだ明けそうにない夜の中へ四人と一体で飛び込んでいった。





 ――――そんな壮絶な一日が終わり、翌日。



「……っ」


 早朝、誰よりも早くティシエラが一人でやって来た。


 肩で息をしながら、普段は綺麗に整えている髪を随分と乱し、寝起きの俺を凝視している。


 っていうか……俺、まだ棺桶の中なんだけど。記録子さんと言い怪盗メアロと言い、この街の住民は安易に棺桶を開け過ぎじゃない? これが人喰い桶だったらどうすんだ。


「………………はぁ……」


 数秒目が合ったのち、ティシエラは凄まじく重そうな溜息を落とした。心なしか、少し顔がほっそりしたように見えるな。


「全く……お騒がせな事ね」


「申し訳ない。心配してくれたとか?」


「そうね。腹いせに貴方の記憶と全感情を吹き飛ばしても良いくらいには」


 その脅しやめて! ブッ殺すって言われるよりズッ怖だから!


「怪我は? 身体は大丈夫なの?」


「まあ一応。多少倦怠感は残ってるけど、ピンピンしてるよ」


「そう」


 棺桶から出て来た俺が強がっている訳じゃない事を確認し、ティシエラはまた一つ溜息をつく。あんまり嘆息ばっかりしてると魂抜けるよ?


「余り心配させないで」


「……」


 っと……ヤバいヤバい。そんな物憂げな目で見つめないでくれよな……こっちが魂抜かれるところだ。


「トモ! 無事だったの!? コレットは!?」


 今のはフレンデリア嬢の声だ。エントランスの方からか。


 シレクス家には特に何も報せてなかったんだけど、流石は貴族。優れた情報網をお持ちで。


「疲れてるみたいだけど、休んでいる暇はないわよ」


「当たり前だ。その為にみんなを呼んだんだから」


「何か掴んで来たって事で良いのね?」


 真剣な面持ちのティシエラに、ゆっくり頷いてみせる。


 昨日は長い長い一日だった。でも、今日もまた長くなりそうだな――――





「……報告は以上。今日一日だけは王城を囲ってた回復魔法が消えてる筈です。みんなで協力して、今日中に城を奪還するしかありません」


 始祖の正体など、新たな火種になりそうな部分は適当にぼかしつつ、それ以外の一部始終を話し終えると、その場にいる面々は一様に難しい顔をしていた。


 今回は俺が招集した手前、五大ギルド会議という名目にはなっていない。それでもティシエラをはじめ、商業ギルドのバングッフさん、職人ギルドのロハネルといったギルマスの面々は早朝から来てくれた。一応、最低限の信頼は得ているらしい。


 加えて、コレット不在の冒険者ギルドからはダンディンドンさん、新生ヒーラーギルドからはマイザー……マイザー?


「……なんでお前がここにいるんだ?」


「野暮な事を聞くんじゃねぇよ。昨日の敵は今日の友、ってな」


 一方的なフレンド認定はやめろ。あとウインクすな。投げキッスすな!


「彼は私が推挙したの。元ラヴィヴィオのヒーラーが味方に付いてくれるのなら、情報提供の観点から有益でしょう?」


 そして、シレクス家よりフレンデリア嬢も会議に参加する事になった。加えて娼館から女帝も招いている。彼女は間違いなく戦力になるからな。


「やれやれ……あの青二才が国王なんてね。世も末だよ」


「女帝はアイザックと顔見知りなんですか?」


「一応ね。レベルは高いし金も持ってるだろうから、それとなく営業かけるよう何度か指示したのさ。ま、断られたけどね」


 何気に身持ちは堅いのか、あの野郎。なんかハーレム系鈍感主人公らしくないな。


「そのアイザックに関してなんだが、一つ報告がある」


 明らかに沈んだ声で、ダンディンドンさんが挙手する。今回は特にチェアギルドは設けられていないから、司会を務める人物も決まっていないんだけど、何故かフレンデリア嬢が『どうぞ』と許可を出していた。


「先日旅から戻って来たギルド員によると、奴の実家の家族が迫害されているらしい」


「……えぇぇ」


 決戦の日の朝にそんな心が痛む情報聞きたくなかった。まあ、実質テロリストみたいなもんだからな。本人だけじゃなく身内まで白眼視されるのは、当然っちゃ当然だ。


「奴は堕ちてしまったが、家族には何の罪もない。ティシエラ、一段落したらお前の魔法で周囲の怒りを消して貰いたいんだが」


「仕方ないわね。その代わり、イリスの捜索を手伝って貰うわよ」


「了解。捜索班を派遣するさ」


 冒険者ギルドとソーサラーギルドは元々関係が良好なだけあって、話はあっさり纏まった。


「いや君達、何の話をしてるんだ? 今はアイザックの野郎をどうやってブッ潰すか、じゃあないのかい?」


「ああ……そうだな」


 ロハネルの指摘は正論だけど、敢えて家族の話をする事でワンクッション置いたダンディンドンさんの気持ちもわかる。彼の立場上、元々は優秀な冒険者だったアイザックを倒しに行くなんて、乗り気じゃなくて当然だ。


「多少同情の余地があっても、今や彼がラヴィヴィオ系ヒーラーの側なのは間違いありません。全員で一致団結して、確実に討ち滅ぼす以外に道はないでしょう」


 コレットの行方がわからなくなった事で、フレンデリア嬢のアイザックへの憎しみは大いに増しているらしい。今にもテーブルを拳で叩く勢いだ。


「ま、お嬢様の言う通りだな。時間もねぇ事だし、冒険者を中心にアイザック討伐隊を結成して、サクッと終わらせちまおうぜ」


 バングッフさんも前のめりだ。アイザックとヒーラーに城を占拠されている現状では、健全な商業取引は難しい。商業ギルドの立場上、一刻も早く解決して欲しいってのが本音だろう。


 だが、それに対し――――


「……やめておけ。弱体化した今の冒険者連中じゃ、ヒーラーには勝てねぇよ」


 腕組みして静観していたマイザーが、キッパリとそう言い切った。



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