第213話 恥を知れ恥を

 ヒーラーには勝てない。


 そう断言したマイザーに対する反応は様々で、冒険者の尊厳を傷付けられたと受け取ったであろうダンディンドンさんは目を吊り上げ、その反応を察知したバングッフさんとロハネルは顔を引きつらせ、女帝は呆れたように笑い、ティシエラとフレンデリア嬢は俯いて思索に耽っていた。


「悪く思うなよ? 俺は元ラヴィヴィオ四天王の観点から忌憚ない意見を求められて、ここにいるんでな。冒険者を侮辱する趣味はねぇ」


「……ならば、その発言の根拠を聞いても良いかな?」


 流石は年の功。内心ブチ切れているだろうに、ダンディンドンさんは冷静だ。


 或いは――――彼もまた、冒険者ギルドの現戦力に一抹の不安を抱いているのかもしれない。


「根拠か……ま、三つあると言っておくぜ。一つめは戦力不足だ」


「我々の元には世界最高峰の冒険者が集っている。幾らヒーラーが厄介な相手でも、後れをとるとは思わんが」


「まあな。だがエース級は不在だろ?」


 マイザーの言う通り、今の冒険者ギルドはレベル60以上の猛者が軒並み抜けてしまっている。コレットは行方不明。ベルドラックは元々風来坊で今は不在。ディノーはギルドを離れてウチに来たし、フレンデルはファッキウ達と共に姿を消した。そしてアイザックは言うまでもない。


「確かにレベル上位の面々は今すぐ招集をかけられる状態ではない。だが彼等がいなくとも、レベル50台の冒険者は大勢いる。十分な働きが出来る実力者ばかりだ」


「レベルの上ではな。だが所詮、二線級に甘んじている連中だ。ギルドの威信を背負う立場じゃねぇ。ヒーラー相手に何処まで戦えるか、大体想像はついてるんじゃねぇか?」


「……」


 図星だったのか、ダンディンドンさんは二の句が継げず黙り込んでしまった。


 モンスターが相手なら、レベル50台も60台もそこまで変わらないだろう。魔王討伐という冒険者共通の目標があり、各々胸に秘めた野望もあるだろうから、十分なモチベーションで挑める。


 でも相手が人間、それもヒーラーとなると話は別だ。ヒーラーとは関わりたくない――――それがこの街の共通認識。『ギルドの看板』『冒険者の代表格』『人類の中心』といった自負や責任がある訳でもない連中が、誰も彼も強い意志で臨めるという保障はない。


 仮に『なんで俺達が』という空気が蔓延しようものなら、少しでも劣勢になった途端にヒーラー討伐隊は瓦解する。そのリスクがあるとダンディンドンさんは懸念しているんだろう。だからマイザーに反論できずにいる。


「二つめは連携不足。冒険者とソーサラーの結集と言やぁオールスター感あるけどよ、所詮は寄せ集め。しかもこの街は長いこと守る為の戦いってやつをしちゃいねぇだろ? 何もかも未知数だ」


 冒険者は魔王討伐、すなわち『魔王城に攻め入る』という戦い方なら常に想定している。日頃からその為の準備をしているし、モンスター対策も講じている。だから仮に即席パーティだろうと意思の統一は容易い。


 でも今回は人間が相手。しかもヒーラーに先手を取られ、主導権も奪われている状態だ。当然、準備も対策もままならない。形式上は城に攻め入るものの、実質的には受け身――――守りの戦いだ。マイザーが言っているのはそういう事なんだろう。


「パーチが解除された事で、これからお前等が攻めて来るのはバカでもわかる状況になった。幾ら回復脳の連中でも相応の対策はしてくるだろうよ。付け焼き刃の討伐隊で崩せると思うか?」


「その点に関して、ちょっと良いかしら」


 ずっと考え込んでいたティシエラが、唐突に介入して来た。考えが纏まったんだろうか。


「ヒーラーの習性を考えると、ヒーラーこそ連携とは縁遠い連中だと思うんだけど。連携面においてこっちが分が悪いとは思えないわ」


「城内には一応見張り役がいたけど数は少ないし、俺を発見した連中も全く連携を図ろうとはしなかったな」


 思わず助け船を出したけど、別にティシエラ贔屓だからって訳じゃない。実際に城を占拠しているヒーラーと対峙した以上、この補足は俺の果たすべき責任だ。


 とはいえ、実のところティシエラに全面同意は出来ない。奴等は確かに連携は皆無だけど……


「ヒーラーの事をわかっちゃいねぇな。俺は異端だったから例外だがな、奴等には共通の意識や目的ってのがあるんだ。バラバラで動いてても、勝手に繋がっちまうんだよ」


 そうなんだよ。あの連中、どれだけ個人主義だろうと『回復第一』ってのは共通した意識だし、今王城を占拠してる連中には『始祖を蘇らせる』って目的もある。要は同じ方向を向いているんだ。だから一切示し合わせていなくても、自然とチームプレイになっちまう。


「結束ってのはそういう事だろ? ギルドの皆さんよ」


「……そうね」


 マイザーの言葉は、ギルドの長という立場にいるティシエラにも深く突き刺さったらしい。納得せざるを得ない説得力がある。ただしマイザーにではなく、ヒーラーのトチ狂った回復信仰の方にだけど。


「そして三つめ。冒険者ギルドの腑抜け連中が、本当に……"元仲間"の国王を倒せるのか?」


 非情なまでに鋭いマイザーの視線が、ダンディンドンさんを射貫く。


 この冷徹な指摘に対する答えは――――わかり切っている。


「なにバカなことをいってるんだ マイザー! 住民たちは自爆の恐怖に震えてるのだぞ。レベルが高い冒険者ならば無条件で仲間というものではない。奴が自爆して酒場を半壊させた時の気持ちを俺は片時だって忘れちゃいない。少なくとも俺はあの男を放っておく事など出来ん! 一人でも戦いに行くぞ」


「う…うむ…なるほど…」


 恥を知れ恥を。


「なら二つに訂正しよう。何にしても、ヒーラーとの戦いってのは心理戦の一切ない心の戦いだ。勝手に回復してきやがるから身体の強さは関係ねぇ。だが心を折る事に関しちゃ、間違いなく最強だ。どんなモンスターより手強いぜ」


 それはマイザーに言われるまでもなく、この場の全員が痛感している。ダントツで滞留期間の短い俺でも。


 更に厄介なのは、シャルフをはじめヒーラーの中にモンスターまで混じっている事だ。しかもメデオのような筋肉お化けまでいる。純粋な戦闘でも相当厄介だ。


「それに、ヒーラーってのは頭がイカれた連中だが、頭が悪いって訳じゃねぇ」


「そうでしょうね」


 ティシエラ同様、ずっと考え事をしていたフレンデリア嬢が、ここに来て顔を上げた。


「でなければ、幾ら警備が手薄になっていたとはいえ、ああも簡単に王城を占拠できる筈がないもの」


「お嬢ちゃんの言う通りだよ。ウチの娼館も見事にしてやられたからねえ。幾ら息子が先導していたとは言え、奴ら相当したたかだよ」


 ほんの一時とはいえ、ヒーラーに自分の城とも言うべき娼館を占領されてしまった女帝の心中は察するに余りある。それでも感情的にならず、こうして認めるような発言をするくらいだから、相当な手際の良さだったんだろう。


「まさにそれだ。奴等は隙や弱味につけ込むのが抜群にうめぇ。詐欺師の真骨頂って具合にな」 


 ……耳が痛い。俺もその所為で高額の借金背負ってるしな。


「だとしたら……やっぱり、私が思っていた通りかも」


「どういう事でしょうか? フレンデリア様」


 フレンデリア嬢の目は、まるで誰かを責めているかのように険しい。ティシエラも彼女の表情に気付いたらしく、眉を顰めながら声を掛けていた。


「確か、陛下不在のタイミングでアイザックという冒険者とヒーラーが王城を占拠したのよね?」


「ええ。間違いありません」


「だったら、その陛下不在というシチュエーションを作ったのがヒーラーなんじゃない?」


 フレンデリア嬢のその指摘は――――俺や他のギルマスが全く予想していない結び付けだった。


 この国の王族の祖先は、自分らの王城の近くに魔王城が建てられてしまった事で、自分達だけ逃げ出してしまおうとフェードアウト作戦を立案した。けれど王族が簡単に姿を消せる筈もなく、その計画は牛歩レベルのジワジワ進行となった。


 そして時は移り、現代。国王は当初、自分の代で逃亡を決行する腹積もりだったが、娘のルウェリアさんが生まれた事で心変わり。偉大な父となるべく、魔王討伐に注力した。でも周囲の人々はそれを快く思わず、ルウェリアさんを拉致監禁して、国王に失踪したと告げる事でやる気を削ごうとした。


 だけど、その動きを察した元近衛兵の御主人がルウェリアさんを連れ出し、その拉致作戦は失敗に終わった。


 こういう経緯があったから、王城が空っぽになったと判明した際、ティシエラや他のギルマスは『王様達は自発的に逃げた』と解釈した。疑う理由も特になかったから、俺も深く考えず納得していた。


 でも、よく考えたら妙な話だ。


 御主人にルウェリアさんを託して自分は安全な場所に……との心づもりなら、とっくの昔に逃亡していた筈。最近まで残っていたのは、溺愛する娘の近くでその成長を見守りたかったからに違いない。なのに何故、このタイミングで離れて行ったのか。ルウェリアさんが成人したとか嫁いだとか、区切りとなるような事があったのならまだしも、そんな事実はない。


 と、なると――――


「ヒーラーに誑かされて、出て行った……?」


「その可能性は十分にあると思うけど、どうかしら」


 恐らく、フレンデリア嬢のその推論は的を射ている。ヒーラーには王様達を逃がす動機があるからだ。


 あの王城には、ヒーラーが復活を願う始祖ミロがいる。


 だから王様達に出て行って貰って城を占拠し、復活の準備を整えようとしていた。そう考えれば筋は通る。


 一方で――――


「成程、証拠はないが有力な考察だ。しかしお嬢様、今の推論を肯定するには一つクリアしなきゃあならない問題がある。ヒーラーはどうやって王様達の信用を得たんだい?」


 ロハネルも俺と同じ考えだったようで、肩を竦めながら口を挟んできた。


「それは……」


「パッと出てくる具体的な心当たりがないのなら、軽々しく口にするもんじゃあない。その説自体は理に適っちゃあいるが、憶測の段階で議論しても時間の無駄だ。今はそんな余裕ないだろ?」


 ロハネルの言うように、今は国王達の逃亡の背景について議論している場合じゃない。でも気になるのも確かだ。


 普通に考えて、幾らヒーラーが誑かそうと試みても、王族の方が奴等を信用しないだろう。その悪評は当然耳に入っているだろうからな。そもそも、直訴しようにもヒーラーを城に入れる筈がない。


 なら、そこには仲介人の存在があったと考えるべきだ。ヒーラーと王族を繋ぐ勢力、もしくは個人の存在が。


 候補の一人として浮かんだのは、髭剃王グリフォナル。彼自身が自分を『仲介人』と言っていたし、メイメイが王城に侵入する為の手助けもしていた。彼ならヒーラーを王城に転移させる事は可能だっただろう。


 でも、それだけじゃ単なる無断侵入。寧ろヒーラーへの不信感を更に強めるだけで、到底信用には結び付かない。


 王族達が、ヒーラーの言葉に耳を傾ける価値があると思う為には、信用の置ける人物からの『紹介』が必須だ。つまり、国王から既に信用を得ている人物。例えばベリアルザ武器商会の御主人のような。

 

 勿論、御主人にヒーラーと国王を仲介する理由なんてない。そもそもヒーラーと何の接点もないしな。連中が武器屋の常連だった訳でもないし。


 だとしたら、他に誰が――――



「いえ。これは重要な話よ」



 頭の中に浮かべていた無数の言葉と疑問が、フレンデリア嬢の鶴の一声で吹き飛ばされた。


「貴方の言うように、今は緊急事態だし、一刻も早くヒーラー討伐隊を結成して侵入作戦を練る必要があるでしょう。でもそれは、この場にいる全員の結束が大前提。違う?」


「……何が言いたいんだ? この話に納得を得られなきゃ協力できない、なんて言い出すつもりじゃあないだろう」


「勿論、そんな子供じみた理由ではなくてよ?」


 コレットと話をしている時には一切見せない、不敵な笑み。悪役令嬢時代のフレンデリア嬢がどんな底意地の悪い人間だったのかは面識ないから知らないけど、今の彼女が作るその顔は少々ぎこちない。恐らく意図的に作ったファイティング用の表情なんだろう。


 ここまで戦おうとする以上、何かしらの強い意志が働いているのは間違いない。恐らく会議に参加したのも、この話題を出す為だ。


 一体、フレンデリア嬢は何を訴えたいのか――――



「今、この場に『ヒーラーと王族を繋いだ人物』がいるかもしれない。私はそう考えているの」



「……な」


 思わず絶句したロハネルと、俺の心情は完全にシンクロした。他の面々も一様に顔をしかめている。


 ヒーラーと王族の橋渡し役――――仲介人がこの場にいるって言うのか?


「新国王を自称するアイザックというあの男が王城で所信演説をした時、少し気になる事を言っていた……というより、言わなかったのよね」


「言わなかった? 何をだ?」


「トモ、貴方もあの場にいたでしょう? 気付かなかった?」


 急に俺に振られてもな。アイザックの演説か……自分を見下してた連中への怨嗟と自画自賛を叫んでた事しか記憶にない。


 他は……


「元国王からどんな経緯で任命状を貰ったのか、詳しく話さなかった……とか?」


「いえ。でも良い線いってる。その直後よ」


 その直後? 確かアイザックがなんか言って、周りの聴衆がブチ切れて修羅場になってたような。


 えーっと……ああ、そうだ。新世界の神となるとか言ってたな。身の程知らずも甚だしい。


 でもこれは多分関係ない。そもそも、どういう流れでそんな話になったのか……ああ、そうだ。『五大ギルドを支配する』みたいな事言ってたな。ヒーラーギルドは自分に協力的だから残すけど、他は全て消すとかほざいていたっけ。


 冒険者ギルド。ソーサラーギルド。職人ギルド、そして……



 ……あれ?



「思い出した? あの男、消そうとしている五大ギルドの中に商業ギルドを含めていなかったでしょ?」


 そうだ。あの羅列の中に、商業ギルドの名前は――――なかった。


「……」


 全員の目が、腕組みしたまま沈黙を守るバングッフさんへと向けられた。



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