第214話 ――――そうきたか。



『冒険者ギルド、ソーサラーギルド、職人ギルド。邪魔者は全て消す。ただしヒーラーギルドは全面的に僕のことを信頼してくれているから残す』



 あの時は特に気にも留めなかった。でも他の四つのギルドは名指しして、商業ギルドだけハブるってのも変な話だし、何よりあれは――――


「ただの雑談や告知ならまだしも、非常に重要な所信演説における宣戦布告よ。省略する理由はないし、言い忘れの可能性も低い」


 確かにアイザックの性格上、あの手の見せ場では決して失敗しないよう何度も練習していた筈。だとしたら、敢えて商業ギルドだけ"言わなかった"ってのはあり得ない話じゃない。


 おかしくなってしまったとはいえ、元々は真面目で直向きな性格だった。演説の中で嘘はつきたくなかったのかもしれない。


 何故、奴は商業ギルドを残そうとしたのか?


 答えは一つ。ヒーラーギルド同様、自分達に協力的だったからだ。


 そして商業ギルドは唯一、王城に入る事を認められていて、国民の税金を管理し納入していた組織。すなわち――――王族からの信用を得ているギルドと言える。


「商業ギルド代表、バングッフ。貴方に問います。ヒーラーの依頼に応じて、王族との橋渡し役を務めた経験はおあり?」


 その場にいる全員の視線が、フレンデリア嬢からバングッフさんに集中する。


 果たして、彼の返答は――――



「ああ。そういや、そんな仕事もやったなぁ」


 

 実にあっけらかんとしたものだった。


「バングッフ……貴方!」


「待てってティシエラ。俺達は別に責められるような事は何もしちゃいねぇよ。奴等がまだ騒動を起こす前の話だ」


 普段は気さくでビビリなのに、仕事に関する話となると途端に目が据わる。不貞不貞しさとは明らかに違う、堂に入った態度。最近はどうにも近所のオッサンって印象が強くなってたけど、今の彼は五大ギルドの一角を担う商業ギルドのトップらしい雰囲気を纏っている。


「知ってるだろうが、商業ギルドってのはあらゆる商業取引を取り仕切る。人間を腐らせるヤベェ薬の取引なら全力で潰すが、変態の集まりが王様に会いてえっつって紹介料を積んできたら、それを断る理由はねぇんだ。あの頃のヒーラーは爪弾き者ではあっても、人類の敵じゃなかったからな。この街を出て行った今のヒーラー連中と仕事するつもりはねぇよ」


 正論だ。幾らヒーラーギルドがクズの巣窟であっても、五大ギルドの一つに数えられている立場にある以上、社会の一員ではあった。正当な依頼であれば受けるのが必定だし、悪行の片棒を担いだ事にはならない。


「理屈としては理解できるけれど……感情はそう簡単に整理できないものではなくて?」


「ま、お嬢様の言う事にも一理あるね。僕は問題ないと判断するが、全員そうとは限らない。この際、多数決でも採るかい?」


 ロハネルの発案に異を唱える者はなく、そのまま彼の口から『商業ギルドに対する蟠りがない人』への挙手が促された。


 俺は迷わず手を挙げる。既に意思を表明しているロハネルに加え、ダンディンドンさんも控えめに手を挙げた。


 一方、ティシエラとフレンデリア嬢、そして女帝はそのまま。見事に男女くっきり分かれた格好だ。


 残るはマイザーのみ。ただし奴は――――


「その頃は俺もラヴィヴィオの一員だったからな。当事者が票を入れる訳にはいかねぇだろ」


 同様の理由でバングッフさん本人も除外。よって、三対三のイーブンだ。


 これが五大ギルド会議なら白黒ハッキリするまで話し合う必要がある。でも今回はそういう集まりじゃない。


「わーったよ。半分が俺や商業ギルドに不信感を持ってるのなら、これ以上ここに居ちゃいけねぇわな。今回の件、商業ギルドは一切関与しないって事で良いかい?」


「ええ。悪いけど席を外して貰える? 万が一、貴方がヒーラーに情報を売っている場合、私達にとって致命的だから」


 うわ……そこまでハッキリ言うかティシエラ。とはいえ、過去にヒーラーと取引した実績がある以上、警戒せざるを得ないのも事実。例えどれだけ微小な確率でも。


「これでも一応、信用で売ってるギルドなんだがな」


 バングッフさんにしても納得はしているだろう。でもその一方で、ティシエラの最後の言葉は不本意だったらしい。少し寂しそうに言い残し、俺達男性陣に感謝の目配せをして部屋から出て行った。


「……申し訳ありません。私が言い出した事なのに、悪役を引き受けて貰って」


 扉の閉まる音がした直後、フレンデリア嬢が立ち上がり、ティシエラに深々と頭を下げる。この姿に俺を除く全員が驚いた顔をしていた。悪役令嬢の頃の彼女を知っているからこその反応だろう。


「頭を上げて下さい。礼を言うのはこちらの方です。貴女の指摘がなければ、不信感を抱いたままヒーラーとの戦闘に臨む事もあり得ましたから」


 ティシエラの言う通り、バングッフさんの弁明を直で聞けたから混乱は抑えられたけど、もしこの場以外で彼とヒーラーの関係を知ってしまったら、多分俺も、他の男性陣も強い猜疑心を商業ギルドに抱いていただろう。これは間違いなくフレンデリア嬢のファインプレイだ。彼女がいてくれて助かった。


 とはいえ……空気は重い。仕方ないとはいえ、結果的に一枚岩になる難しさを実感しちまったからな。


 それに、商業ギルドは王城に出入りしてるから、城攻めに有利な情報を握っていたかもしれない。若しくは情報を知る人物を知っていた可能性もある。純粋な戦力ではないにしろ、彼等が抜けたのは地味に痛い。


 ある意味、フレンデリアとティシエラはがんばりすぎたな。先んじて大きなトラブルの芽を摘んだことで、状況を難しくしてくれたよ。


 ただでさえ冒険者の戦力が不足している中、連携面の不安もある。情報戦でも有利性を保てない。


 果たしてこのまま定石通り、冒険者とソーサラーの合同チームを作っても良いんだろうか?


 ……良くないに決まってる。


 この場にいる全員がそう思っている筈だ。一つの決断の誤りが命取りになる相手なんだよ。ヒーラーは――――な。


「地の利も使えないとなると、いよいよ難しくなってきたんじゃないか?」


 やはり同じ事を考えていたらしく、マイザーが挑発的にティシエラを見ながら微笑む。奴にとって、俺達は仲間でも味方でもない。古巣相手にどんな戦いをするのかお手並み拝見、ってところなんだろう。


「簡単な相手じゃないのは承知の上よ。だからこそ、一切の迷いや憂いなく挑まなければならない。戦力も準備も重要だけど、今回に限って言えば何より大事なのは精神。貴方の言う通り、少しでもブレたら討伐隊は一気に崩れるでしょうね」


 そこまで言い終わったところで、ティシエラは勢いよく立ち上がった。その目に覚悟の光を宿して。



「だから今回は、私達ソーサラーギルドだけでヒーラー討伐に当たるつもりよ」



 ――――そうきたか。


「おいおいマジかよ。良いのかい旦那? アンタらは要らないって言われてるぜ」


 ロハネルの余計な補足に対し、ダンディンドンさんは顔色を変えずに俯いたまま。実際、ティシエラの真意がどうあれ、戦力外通告を出されたようなものだ。心中穏やかじゃないだろう。


 けれど、ティシエラの決断もまた一理ある。良好だった冒険者ギルドとソーサラーギルドの今後を考慮しなければ、アリな判断だ。


 レベル50台の冒険者達を加えれば、戦力的には確実な上乗せが期待できる。けれど連携面と精神面、そして瓦解リスクという点では不安が残る。


 それに対し、ソーサラーだけでヒーラー討伐隊を結成すれば、少なくとも連携面は問題がなくなる。トップクラスのソーサラーだけで固めれば、精神面も問題ない。


 ただ、ヒーラー相手に臆せず戦えるのか。何より純粋な戦闘力で上を行けるのか。その点が最大の課題となるが――――


「冒険者ギルドはずっと、ヒーラーから距離を取っていたでしょう? 戦うなど全く想定していなかった筈。でも私達は違う」


 まさか……既にギルド全体でヒーラー対策を講じていたのか?


 確かに、ソーサラーとヒーラーは犬猿の仲だった。俺が最初に酒場に立ち寄った時もガチのケンカをしていたし、娼館でシャルフと戦った時もいち早く駆けつけてくれた。十分あり得る話だ。


「あの連中がいつかこういう事をしでかすと想定して、準備もして来たわ。だからこそ彼に声を掛けたの」


 ティシエラの視線の先には、マイザーがいる。そうか、何でここにいるのかと思ってたけど、ティシエラが呼んだのか。


「彼ならヒーラーの特性を知っている。実際辛辣だけど重要な意見をくれたわ。それに、彼のマギヴィートは対ヒーラーの切り札になる」


「マギヴィート……?」


 黙ってティシエラの演説を聞いていたダンディンドンさんが、思わず眉を顰めた。マギヴィートは今は誰も使っていない古の魔法。知らなくても不思議じゃないし、仮に知っていても詳しくはないだろう。


 俺は幸か不幸か、一時期そのマギヴィートを求めていた上にマイザーと戦った際に目の当たりにしているから、良く知っている。外部からのマギを受け付けなくする魔法。そしてマギを受け付けない身体は、魔法も受け付けない。


「マギヴィートを使えば、回復魔法を含むあらゆる魔法を受け付けない身体になれるわ。ただしマギを遮断された状態では、ナノマギを含む武器や防具まで扱えなくなる。でも魔法を使う事は可能よ」


 確かに……マイザーは自分にマギヴィートを使った状態で、回復魔法も使っていた。外からの魔法を遮断できるだけで、自分で使う魔法は遮断されないんだ。


「つまり、武器を持って戦うよりも、そのマギヴィートで回復魔法を受け付けない身体にしたソーサラーの方が、ヒーラーに対抗しやすい訳か」


「ええ。貴方達冒険者を軽んじている訳ではないわ。今回はそれがベターというだけの話よ」


 ダンディンドンさんは難しい判断を迫られている。


 まず大前提として、この場にいる誰もがヒーラーとは関わりたくないし、部下に関わらせたくない。保身を第一に考えるなら、さっさと一抜けしたいところだろう。実際、だからこそバングッフさんもすんなり引いたんだ。


 けれど、街を支配する五大ギルドとしての責任や矜恃、危機的状況の街と国を何とかしたいという正義感と使命感、そして――――自分達が一番だという顕示欲。いろんな要素が絡み合って、損得の決着を付けるのは極めて困難だ。


 ましてダンディンドンさんは、新ギルマスのコレットが不在だから今回来て貰ったけど、本来はもう一線を退いている身。尚更どれが正解かを見極めるのが難しい。


 そんな彼の立場を理解しているからこそ、ティシエラは自分が全てを引き受けると言っているんだろう。


 勿論、危険はあるがそれだけじゃない。もしソーサラーだけでヒーラーを退けられれば、ソーサラーギルドの格は一気に上がる。街を守った英雄として、住民からも大きな支持を得る事になる。


 それを計算高いと評価する人間も恐らくいる。でもギルドの運営を担っている立場上、利害や損得を見積もらずに動く訳にはいかない。例え打算と罵られようとも。


 ――――強い。


 同じギルマスという立場になった事で、ティシエラの強さがより鮮明になった。果たして俺に、この状況で『自分達だけで戦う』と言えるだろうか。


「……わかった。我々はチームには加わらず、違う形で貢献しよう」


 話し合いを長引かせるのは得策じゃないと考えたのか、葛藤を消せない声ながらもダンディンドンさんは決断を下した。


「感謝します」


 ティシエラもその決断の重さを承知しているだけに、深々と頭を下げ敬意を示す。五大ギルド会議でバチバチやっている間柄でも、両者の間には確かな信頼関係があるんだろう。


 それだけに、今回の件で亀裂が入らないか心配ではあるけど……恐らく冒険者達は納得できないだろうし。


 後は、具体的な役割分担だけど……


「トモ」


「ん? 俺?」


「貴方達アインシュレイル城下町ギルドにも協力して貰うわ。今更、怖いなんて言うつもりもないでしょう?」


 ティシエラの挑発的な笑みがくすぐったい。信頼関係が重要なこの席で、俺達を迎え入れるって言ってるんだ。悪い気はしない。

 

 同時に責任重大だ。もしかしたら、今後の人生とギルドの命運を左右するほどの。


「当然。何をやれば良い?」


 一体、俺達の役割は何なのか――――



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