第215話 ソーサラー達は一人、また一人と

 果たして、俺達の仕事は――――


「アインシュレイル城下町ギルドには私達のサポートをお願いしたいんだけど、引き受けて貰える?」


 サポート……要するにお膳立てか。同格の冒険者ギルドに頼むのは失礼だから、格下の俺達にお鉢が回った訳だ。


「わかった。全力でソーサラーギルドを支援する」


 役回りとしては地味かもしれないけど、新米ギルドの俺達にとっては破格の仕事。報酬は街の救世主を手伝ったという名誉――――十分だ。


「安請け合いして良いのかい? 矢面に立たないとはいえ、それなりに厄介な役目を押しつけられる事になると僕は思うがね」


 厳しさだけとは思えないその忠告を発したのは……ロハネルか。彼が俺を心配してくれるのは意外だけど、どの道答えは一つだ。


「安い決断じゃない。俺もウチのギルドも、今回の件には少なからず関わっているし、アイザックに至っては因縁の相手だ。仲間外れにされちゃ困る」


「フン。良い度胸してるじゃあないか。気に入ったよ。武器や防具が必要なら僕のギルドから支給しよう。もし城にいるヒーラー共を全員追い出せたら、ご褒美にくれてやっても良い」


「え、マジで?」


「職人ってのは、金や効率に頓着しないものさ。その代わり、受け取る以上は逃げられないぜ?」


「了解。ありがたく頂戴するよ」


 終盤の街だけあって、武器防具関連の物価がインフレしまくってるからな、ここは。余剰分は売ってしまえば借金返済やギルドの資金にも充てられるし、これは思いがけない臨時収入だ。


 本音を言えば、今回のヒーラーとの戦いで王様が連中を犯罪者認定してくれたら、借金もチャラになるんじゃないかって期待してたんだけど……肝心の王様がヒーラーとグルの可能性が浮上しちまったからな。何処までも厄介な連中だ。


「フレンデリア様、サキュッチさん。貴女がたにも一つお願いがあるんだけど、良いかしら?」


「勿論、構わなくてよ! 何でも言って!」


「出来る範囲ならね」


 どうやらティシエラには何か具体的な策があるらしい。あの二人に頼み事があるってのは、そういう事だ。


「それじゃ、ここからは本日実行する『王城奪還作戦』の話し合いに移行するわ」


 最早ティシエラが今回の件の中心人物であり、それに異を唱える者もいない。彼女が自身の考えを述べ、俺達に異論反論を募るという形で会議は進行していった。

  

 実際、ティシエラの提唱した作戦は現状を考えれば最良と言えるような内容だった。


 ヒーラー討伐隊はティシエラが選抜したソーサラーのみで編成。あらかじめマイザーにマギヴィートをかけて貰い、マギを受け付けない身体にして貰う。マギが作用しないと魔法は効果を発揮しないから、回復魔法も攻撃魔法も無効化する事が出来るが、ナノマギを含む武器防具も装備できなくなる為、装備品の恩恵は得られない。


 でも彼等には魔法がある。物理攻撃で対抗された場合は防御魔法でダメージを軽減すれば良い。それなりにリスクはあるが、致命的ってほどじゃない。


 ソーサラー達が負傷すれば、奴等は喜々として回復魔法を使ってくるだろう。そして効果がないと思い知る。当然、種明かしなんてしてやらないから、連中は間違いなく動揺する筈だ。狼狽し、中には『神は死んだ!』と絶望する奴もいるかもしれない。


 その隙を突いて攻撃魔法で仕留めるも良し、戦闘を離脱して上の階を目指すも良し。重要なのは王であるアイザックを討ち滅ぼし、王城を奪還する事。その為には、出来るだけ多くの戦力を残して最上階に辿り着きたいところ。眼前のヒーラーに固執しない事も時に必要となるだろう。


 冒険者達は髭剃王グリフォナルの身柄確保、および城の外で待機し、万が一アイザックを討ち漏らした際に捕える役割を与える事になった。髭剃王をこのまま放置する訳にはいかない。彼の髭剃りを堪能できなくなるのは残念だけど……


 フレンデリア嬢と女帝には、『五大ギルドの連中は夜に城へ攻めるつもりだ』という情報を流して貰う事になった。実際に攻め入るのは夕刻前。つまり偽情報だ。


 まあ、これで連中を騙せるとはティシエラも思っていないだろう。少しでもかき回せれば儲け物、程度の策。それでも、出来る事は全部やっておきたいという意向だ。





 そしてウチのギルドは――――





「……掃討戦? また随分地味な役割だな」


「ま、今の俺達の規模と戦力なら丁度良いくらいだと思います」


 会議が終わった後で立ち寄ったベリアルザ武器商会は、先日の騒動の影響は全く感じさせず、いつも通りに営業している。御主人も昨夜ルウェリアさんとフラガラッハを届けた時は、安堵と歓喜で全身の毛穴から汁を撒き散らしていたけど……一晩経った今は普通の状態に戻っているみたいだな。


「具体的には何すんだ?」


「アイザックを滅ぼした後に、ヒーラー達を城から追い出す役割です。幾ら回復至上主義の連中でも、作戦が瓦解すれば一旦逃げ出す筈なんで、出来るだけ多くその残党を仕留める仕事ですね」


「滅ぼすって……すっかり魔王みてぇな扱いになっちまったな、アイツ」


 午前中に会議で纏まった内容は、当たり前だけど可能な限り外部に漏らしちゃいけない。なのに御主人に話したのは当然、相応の理由がある。


「元近衛兵の御主人にお伺いしたいんですが、この作戦……成功すると思いますか?」


 ずっと城を守る立場にいた人なら、城を攻められた時の事を常に想定していた筈。貴重なご意見を貰えると期待して、ティシエラに許可を取ってわざわざ訪ねたんだ。頼むよ御主人、忌憚ない意見をプリーズ。何ならビシッと『全然ダメだな』くらい言ってくれても一向に構わん。まだ修正する時間は残されているし。


「……つーかよ」


「はい」


「大人数でダァーッて押しかけりゃ良いじゃねぇか。ヒーラーに占拠されたっつっても、せいぜい数十人程度だろ? 数百人で雪崩れ込めば圧倒できるんじゃねえのか?」


 おっと、これまた随分と極端なご意見。ある意味全否定以上にバッサリだな。


 とはいえ、ヒーラー相手にそんな原始的な方法が通用するとは――――


「中は相当広かっただろ? 百人単位で押し寄せてもギュウギュウにはならねぇ。ヒーラーが何かする前に大人数で押し潰して気絶させりゃ、回復もクソもねぇだろうよ。ムキムキのマッチョな冒険者連中にでもマギヴィート使ってよ、魔法を受け付けなくなったそいつ等を最前列に配置して突っ込ませりゃ盾代わりにもなるし、大抵の相手は圧殺できやしねぇか?」


 いやいや御主人、そんな……



 ……。



 ……。



 …………。



「どうしよう。反論が全然思い付かない。そんな大味でクソみたいな作戦がベストなのか……?」


「クソってなんだコラ! そういう攻め方されたらどうしようって、現役時代にマジで話し合ったりもしたんだぞ!」


 いやあ……控えめに言ってクソでしょ。そんな見栄えも全然良くない、思考停止の極地としか言いようのない筋肉ローラー作戦、出来るならやりたくないよ。だってコーティングしたマッチョを特攻させるだけでしょ? なんかそれ、人として間違ってるよ。相手がヒーラーでもやって良い事と悪い事あるよ。


 だけど、ティシエラが立てた作戦より明らかに上手く行きそう……ただ突っ込むだけだから連携もクソもないし、幾らレベル60とはいえ大勢のマッチョに体当たり食らえばアイザックも容易に潰せそうだし。当然、攻撃魔法も効かないし。


 でもなんか……嫌だ。もっとこう、スリリングな一日になるって思ってスッゲー気合い入れて来たのに、現実はマッチョとマイザー頼りのクソ作戦……? なんか頭痛がして来た……


「まあスマートな内容じゃねぇし、あの……なんだ。あのゴツイ身体したヒーラー」


「メデオの事ですか?」


「そうそう、そいつみてぇなのが立ち塞がったら味方マッチョの何人かは怪我するかもしれねぇ。多少の犠牲は伴う作戦だから、誰も最前線になりたがらないって可能性もあるがな」


 いやー……上手くいけば王城奪還の立役者だもんな。やりたがる奴の方が多いんじゃないか?


 ダメだ。却下する理由がホント思い浮かばない。強いて言えば、そんな大人数で押し寄せたらすぐに気付かれて、アイザックが即座に逃亡する恐れがあるくらいだ。でも、仮にアイザックを討ち損なっても王城は取り戻せるしなあ……最大の目的は果たせる以上、ケチは付けられない。


「なんかこう、落とし穴みたいなトラップって城の中にないですか? 大勢で押しかけたら纏めてやられちゃう、みたいな」


「どんだけ却下してぇんだよ。ねぇよそんなの。落とし穴とかある王城とか意味わかんねぇだろ」


 ですよねえ……


「トモさん! 先日はとってもお世話になりました。おかげで……」


「ちょうど良い所に! ルウェリアさん、この作戦どう思います!?」


「ふえええ!?」


 客観的な意見を求めたい一心で、すっかり元気を取り戻したルウェリアさんに縋るように尋ねてみる。


 結果は――――


「お父さんの作戦、完璧です! 寄せては返す波のように、群がる敵をバシーンバシーンと弾き返す! スゴい! 超カッコ良い!」


「えぇぇ……」


「な、なんでそんなにガッカリなんですか? 絶対上手く行くと思うのに」


「いや、ティシエラが泣くんじゃないかなって思って」


「そんな事ないです! 大事なのはお城を取り戻す事ですから。街中のマッチョさんを集めて特攻しましょう!」


 なんかしれっと範囲が広がった! 街中!? 街中のマッチョを王城にブッ刺すの!?


「今日中って話だから、今から人集めるんなら急いだ方が良いんじゃねぇか?」


「確かに……それじゃ、この作戦をティシエラに伝えてみます……」

 

「なんちゅーショボくれた顔してんだよ。それお前、親戚の集まりでオヤジ共から呼ばれてムリヤリ酒飲まされてる奴の顔じゃねぇか」


 言い得て妙だった。


「あの、説得が難しいようでしたら、私が行ってティシエラさんとお話しましょうか?」


 ……これまた予想外の提案。いや、そういう事ではないんだけど。


「えっと、折角のご厚意ですけど、今の状況で無闇に出歩くのは危険ですから。御主人もそう思いますよね?」


「そうだな、と言いたいところだが……お前には何度も世話になってっからな。コイツなりに恩を返したいって気持ちがあるんだろ。無碍にしたくはねぇ」


 御主人! いつも過保護なのにこんな時に限って……!


「では早速参りましょう! お父さん、少しの間お店を一人でお任せして良いですか?」


「おうよ。ディノーに明日出られるかどうか聞いておいてくれ」


 気付けばもう回避不可能な段階に……!


 なんでこうなった? いざって時の為に魔除けの蛇骨剣を何本か借りられないかなって密かに思ってた下心が裏目に出たのか……?


「トモさん。私、説得がんばりますね」


「は、はい。お願いします」


 最早、断るのは無理。運命に翻弄されるがまま、ティシエラの待つソーサラーギルドへ向かう事になった。ティシエラ、なんとか強引にでも断ってくれないかな……






「マッ……チョ……?」


「はい。名付けて『お城の肉詰め作戦』です。完璧です」


 案の定、ルウェリアさんから新たなその作戦がどれだけ有効かを説かれたティシエラは茫然自失。ソーサラーギルド内の空気も最悪だ。


 無理もない。恐らくついさっきまで、ティシエラが自分と共に城へ乗り込むソーサラーを厳選し、そいつらを鼓舞していた筈だ。この戦いはソーサラーギルドの未来を決める、上手く行けば五大ギルドの頂点に立てる、と。私達が歴史を作りましょう、くらいは言ってたかも。


 それなのに、マッチョ軍を結成して突っ込ませよという作戦に変更されたとなっちゃ、士気も一瞬で大暴落するってもんだ。ブラックマンデーならぬブラックマッチョだ。若しくはベリアルザショック。何にせよ、居心地は良くない。


「……」


 そんな目で見ないでティシエラさん! 俺悪くないから! 俺が考えついたんじゃないから!


「お父さん……父が考えたんです。この街を救いたい一心で思い付いた策なんです。ダメでしたか……?」


 何の企みもない、穢れなきルウェリアさんの涙ながらの進言に、ティシエラの困惑は増す一方。そりゃそうだ。街を救いたいっていう純粋な心と、アイザックやヒーラーに対する怒り、そしてギルドの地位を向上させたいって利己心が高次元で融合した完璧なプランニングが、クソみたいな案によって一瞬で崩壊の危機に瀕したんだから。


「……」


 だから俺を恨みがましい目で見るなって! 御主人に意見を聞きたいって進言したのは俺だけど、それ受理したのは貴女ですからね!


「わかった……わ。貴重なご意見……有り難く受け取って……前向きに検討を……」


 幾ら自分達の思惑から大きく逸れてしまおうと、より確率の高い意見を無視する訳にはいかないし、まして自己都合を優先させるなど以ての外。ティシエラはそう答えざるを得ない。


 なんか小声で『嘘でしょ?』『肉詰めって何?』『さっきの熱気なんだったの?』みたいなソーサラー達の文句が聞こえてくる。ティシエラにも聞こえているだろう。



 ……でも、お城の肉詰め作戦に建設的な理由で却下を求める声は誰もあげられず、ソーサラー達は一人、また一人と目を死なせていった。



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