第360話 ハッピーサイズ

 で――――



「……あれ?」


 気付いたら目の前に鑑定ギルドがあった。


 えっと、確か……温泉郷【ヒーラーの湯】から馬車で城下町に戻って来たんだよな。あー、そういや馬車の中でちょっとウトウトしてた記憶がある。寝てる間に連れて来られたのか。


 取り敢えずティシエラに倣って馬車を降りる。途中ずっと寝てたから、ここが城下町のどの辺りなのかサッパリわからない。


「てっきり日を改めると思ってたんだけど。人使い荒くない?」


「疲れているのは皆同じよ。それでも一刻も早く調査した方が良いでしょう? ヒーラー達をあんなふうにする温泉を野放しには出来ないわ。好奇心で普通の旅人が入ったら脳まで溶かされるかもしれないじゃない」

 

「発想が猟奇的……」


 とはいえ、楽観視できないのは同意。ヒーラーに回復魔法を全否定させるって、それアイデンティティどころか人格崩壊だよな。ヤバ過ぎる。可及的速やかに事実を明らかにすべきなのは確かだ。


「にしても、独特な建物だな。なんかイメージと違う」


 鑑定ギルドって言うくらいだから質屋とかリサイクルショップみたいなイメージを勝手に持ってんだけど、まるでライブハウスのように入り口に階段があって、地下から入るようになっている。この城下町では他には見られないタイプの出入り口だ。


 ライブハウスは防音必須だから地下店舗になるのは当然だ。でも鑑定ギルドが地下物件って……なんで?


「初代ギルドマスターが日陰者で、活動を余り公にしたくなかったから自然とこういう構造になったらしいわ」


「前科者だったとか?」


「そこまでは知らないけど、表立った行動は殆どしていなかったみたい。何らかの事情を抱えていたのかも知れないわね」


 事情か……斯く言う俺も他人には言えない秘密を持っているクチだけど、表に出られないって訳でもない。恐らく転生とは関係ないだろう。


 ま、初代って言うくらいだから現役じゃないんだろうし、詮索するだけ無駄だな。取り敢えず中に入るか。


「お邪魔しまーす。誰かいらっしゃいませんかー?」


 ……返事はない。留守なんだろうか。


 中は思っていたより広い。ウチのホールと同じくらいの面積だけど、中央にスタンド型の掲示板を置いていないから更に広く感じる。


 カウンターはあるけど、そこにも人の気配はない。本来なら受付がいなきゃいけない筈なのに……


「ちょっと向こう覗いてみる」


 一応ティシエラに断りを入れてから、身を乗り出してカウンターの奥を確認してみる。


 ……汚っ!


 おいおい、酒瓶とか缶とかよくわからんアイテムとか色んな物が散乱してるんだけど。何この局地的ゴミ屋敷。汚部屋に倣って汚カウンター奧とでも言えばいいのか?


「前に来た時と何も変わっていないみたいね」


 腰に手を当てながら、ティシエラは呆れた様子で溜息を落としていた。どうやら以前も同じ光景を目撃していたらしい。


「ここは酷く退廃的で排他的なギルドなのよ。来客の事なんて恐らく考えてもいないんじゃないかしら」


「それでよく斡旋業が成り立つな……」


「この有様だから、ここは窓口として機能していないのよね。鑑定士はそれぞれ自分の店舗や拠点となる建物を持って、自分で仕事を得ているくらいだし」


 ……そう言えば、俺が唯一世話になった鑑定士もそうだな。ビルバニッシュ鑑定所だったっけ。ここよりは狭いけど、中は普通の店だった。


「だったら、このギルドの存在価値って何なんだ……?」


「それなら答えは簡単ね」


 誰もいないギルドを一頻り眺め、ティシエラは答えを告げる。


「ここは世界最高の鑑定士の所有物件。それだけよ」


「世界……最高?」


「そう。この世で唯一【慧眼3】【地獄耳3】【テイスティング3】【触診3】を同時に持っている鑑定士。鑑定用のアイテムじゃなく、スキルだけで森羅万象を鑑定できる正真正銘の天才よ」


 そういう事か。単なる専門家じゃなく鑑定の天才。確かにそんな奴がいるのなら、それだけでギルドとしての存在価値はありそうだ。


「そんな天才がいるのなら、そいつ一人で全部解決できそうだな」


「ええ。だから身を隠しているのよ。見つからないように」


「……?」


「ピンと来ていないようね。この街で一番厄介な鑑定対象って何だと思う?」


 この街で……って事は、終盤の街特有の物って解釈で良さそうだ。


 厄介な鑑定対象というと、普通に考えたら呪いのアイテムの類だろう。曰く付きの物なんて鑑定する時点で呪われそうだもんな。それなら逃げ回ってるのも納得だ。


 けど、何か一声足りない気もする。そもそも呪いだったら専門家がいそうだし、わざわざ世界一の鑑定士に見せる必要はない。鑑定料も高そうだし。それに、この街特有って線からも外れている。


 魔王討伐の為に集まった連中の街ならでは、となると――――


「もしかして十三穢?」


「正解。魔王に穢された、かつての四光と九星。それだと思われる剣を持ち込む人間が一時期後を絶たなかったそうよ」


「それって本物も?」


「ええ。大半は偽物で、十三穢を模倣しているだけあってどれも相当強力な呪い付きの剣だったようだけど……稀に本物の場合もあったみたい。王城に保管されているのがそうよ」


 成程……魔王に穢された後、行方不明になっていた十三穢を何者かが手に入れて、この街に行き着いた訳か。


「今は魔王の穢れを除去する方法がないから役には立たないけど、将来的には取り除く事が出来るかもしれない。だから十三穢は可能な限り回収しておきたい。かつての王家はそう考えて、鑑定ギルドに門を閉じないよう命じたそうよ」


 偽物ばかりなら断れても、稀とは言え本物発見に至った実績がある以上、十三穢として持ち込まれた鑑定品を無視する訳にはいかない。だから王族の権限で断る事を許さなかったんだな。


 でもやっぱり大半は偽物で、その度に厄介な呪いの武器を鑑定しなきゃならない。それに嫌気が差して身を隠したのか。まあ一応納得できる理由ではあるな。


「そういう事情があるんなら、ここに来ても意味なくないか?」


「意味ならあるわよ」


「え? だって不在なんだろ? 誰も出て来ないし」


「出て来ないのも、いつもの事よ」


 嘆息交じりにそう呟いたティシエラが――――右手の人差し指を立てて頭上に掲げる。


「万物の事情を蜂起せし方式の原始、その遥か彼方より呼び起こせ。我が名の下に咽び啼け」


「ちょちょちょちょ! 何詠唱してんの!? こんな所で魔法使う気か!?」


「心配しなくても人様のギルドを破壊するほど非常識じゃないわ。万物の事情を蜂起せし方式の原始、その遥か彼方より呼び起こせ。我が名の下に咽び啼け」


 ……最初から言い直されたら妙に罪悪感が湧いてくるな。邪魔してごめんなさい。


「耳を塞いで」


「へ?」


「いいから早く」


 このタイミングでそんな事言われても反応に困る。まあ塞ぐけども。


「万有の轟きを担わん事を。【ラップフェノメノン】」


 一体どんな効力の魔法――――うわっ!!


 な、なんだ? 今のは……金属音か? 頭の中にパキーンってすっごい音が聞こえてきたんだけど……


「効果範囲内の生物全般に不快な音を聞かせる魔法よ」


「嫌な魔法! っていうか耳塞いでたのにメッチャ聞こえたんだけど!?」


「脳に直接響かせる音だから、鼓膜を守ったって無意味よ」


「えぇぇ……だったらなんであんな指示出したんだよ」


「一から説明していたら面倒でしょ? 『耳を塞いで』って言えば、これから大きな音が鳴るって心構えが出来るじゃない」


 ああ、そういう事ね。どうせ何したって聞こえるんだから、一言で気構えが出来るその指示がベストだ。


「俺への嫌がらせじゃないとしたら、他に今の音を聞かせたい奴がこの建物の中にいるんだよな?」


「御名答。恐らく何処かで寝ている筈よ」


「もぉー何なに何なにぃー? 頭の中グワングワンするんだけど……」


 うわ! 急にカウンターの下から声がして来た! あのゴミの山に埋もれてたのか……?


「んー? んー? なんか聞覚えのある声ぇー」


 若干舌足らずの猫撫で声。明らかに女声だ。どうやら天才鑑定士は女性らしい。


「ティシエラよ。貴女に仕事の話があって来たのだけれど」


「あぁーそうそう。思い出した思い出した。確か、グランドパーティのぉ……」


「それはもう昔の話よ。今はソーサラーギルド代表をやっているの」


「へぇーそりゃ凄いねぇー。偉くなって偉い偉い」


 ……なんか想像してた人物像とは大分かけ離れてるな。


 天才鑑定士って言うくらいだから典型的なインテリって感じのクール系を想像してたんだけど……あんまり語彙は豊富じゃなさそうだし、喋り方も随分とゆっくりだ。


 にしても、身を隠しているってこういう事? 実際見えなかったけどさあ……確かにあれだとティシエラの魔法じゃないと見つけられなかったかも。だからロハネルはティシエラに頼んだのか?


「ちょーっと待ってねぇー。今出て行くから」


 どうやらティシエラに対しては見つかっても問題なかったらしい。想像していたよりずっとスムーズに事が運んでいる。


 にしても、鑑定士の女性か。昔リケジョって言葉が流行ってたけど、あんな感じで白衣を着た女性なんだろうか。でも声の感じだと眼鏡を掛けた知的美人……ってイメージは湧かない。


 一体どんな人なのか――――


「そりゃー。あはは久し振りぃー」


 カウンターの下から、満を持してニュッと現れる。ようやくお披露目か。まずは天才鑑定士の外見を鑑定するとしよう。


 髪は――――随分と乱れている栗色のミディアムボブ。ボサボサの割に不潔な印象はない。敢えてラフ感を出してるふうでさえある。


 顔は……酔っているかのようにトロンとした目に若干のおちょぼ口。あどけなさの残る顔立ちだ。


 そして真っ白な下着。


 ……下着?

 

「あれぇー? ティシエラちゃんだけじゃなかったんだ。初めましてぇー、わたしぃパトリシエって言いまーす。パトちゃんって呼んでねぇー」


 間違いなく下着姿だった!


 しかも遠目からでも胸の谷間がハッキリわかるくらいのハッピーサイズだと!?


 なんて事だ。超久々のラッキースケベじゃないですか! ありがとうございますありがとうございます! お手数をおかけします! 苦労して生きて来た甲斐がありました!


 ってか、この世界の下着って思ったより前世と変わらないんだな。ちょっとビックリ。細部まで凝ったデザインだし、布の質感も――――


「見ないで!」


 えっ何!? 急に真っ暗になった! どうなってんの!?


「……はぁ。なんて格好してるの。上から羽織る物はないの?」


「あぁー、来客なんて想像もしてなかったからなぁー。クローゼットまで取りに行かないとないかもぉ」


「貴女ね……」


 ちょっ、さっきから全然前が見えないままなんですけど! 誰かに遮られてる感じでもないのに! 何これフザけんな金返せ! 


「視界を暗闇に染める【ブラインド】を使ったから悶えても無駄よ」


「酷くない!? 勝手に遮るな! あほちん! ノーリスペクト! もっと違うやり方がある!」


「黙りなさい。例え原因が相手のズボラでも、下着姿の視姦は立派な性犯罪よ。牢獄にブチ込まれたいの?」


「……すみませんでした」


 いやつい勢いで謝っちゃったけど、俺何も悪くないよな?


 でもまあ、アレだな。こういう不意打ちのエロって良いよね。下着で留まってるのも何か良い。これ以上行き過ぎると解釈違いだ。


 ……もしかして俺、性欲枯れたんじゃなくて性癖が細分化し過ぎてノーマルなエロじゃ満足できない身体になってない? これ大丈夫?


「ねぇねぇ、そっちの人。お名前は?」


「あ、トモって言います。最近できたアインシュレイル城下町ギルドってトコでギルマスやってます」


「へぇ、そうなんだぁー。じゃーわたしと一緒だね!」


 まあ、それはもう当然わかっていた。この場にいる唯一の人物が、ティシエラの言っていた天才鑑定士。


 そして、この鑑定ギルドのギルドマスターだ。


 ……視界が真っ暗な所為で、情報解禁前のラスボスを黒塗りで登場させたゲーム記事みたいになってるけど。


「あの……ティシエラさん、いい加減見えるようにしてくれませんかね。このままじゃ俺がここについて来た意味がゼロになるんですけど」


「別に目が見えなくても話は出来るでしょう? 何も問題ないじゃない」


 そんなご無体な……ちょっと潔癖過ぎるよティシエラさんよー。下着姿で平然としてる女性なんて元いた世界じゃ漫画かAVにしかいないんだから激レアなんだってー。


「それで、わたしに何の用? 今はちょっと潜伏期間中で、お仕事は受けてないんだけどなぁー」


「ヒーラーさえも廃人一歩手前にするような、危険な温泉が郊外で発見されたの。成分を調べたいんだけど、協力して貰えないかしら」


「んー……」


 あ、マズいな。声の感じからして興味がないっぽい。まあ、引きこもり生活みたいな感じだとヒーラーとも接点なさそうだもんな。


「ちょっとなぁ……郊外だったら移動が大変だし、モンスターに襲われたら……」


「大丈夫よ。望むなら最速の馬車を手配するし、私が護衛に付くから。それに、"本当の"貴女ならその心配は要らないでしょう?」


 ……本当の?


 どういう意味だ?


「で、でもぉ……準備が色々大変っていうかぁ」


「大分自堕落な生活をしていたみたいだけど、いつまでもこんな状態を続けていると内臓にカビが生えるわよ? そろそろ普通の生活に戻る頃合いなんじゃないかしら」


 こっちの理解が追い付かないうちに、ティシエラが言葉を畳みかける。っていうか地味に嫌な脅し文句だな……他人事とはいえ内臓にカビ生えたらと思うとゾッとする。


「それに、さっき言った温泉だけど……被害者には王族も含まれているわ」


「!」


 お。今度は明らかに反応が違った。


 十三穢を巡って王族と一悶着あったっぽいし、それ絡みか?


「国王様も廃人になってるのぉー?」


「ええ。明らかに頭がおかしくなっていたわ。そうよね、トモ」


 裏付けの為に俺に話を振って来やがった。成程、この為に俺を連れてきたのか。まあ、実際変になってるのは間違いないしな。


「ああ。それは事実だ。実際に行ってみればわかると思う」


「そっかぁ……だったら、もう大丈夫かもしれないね」


 この言い分だと、王族から身を隠していたっぽいな。相当圧力をかけられていたのか。


「それじゃ、久々の外出といきますかぁー」


「助かるわ。でも服はちゃんと着て頂戴」


「はぁーい」


 多少の被害と面倒事はあったけど、想像していたよりは大分円滑に温泉水の検査にこぎ着ける事が出来た。


 ……でも次に視界が明るくなった時には、パトリシエさんは下着姿じゃなくなっていた。





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