第262話 シェフの気まぐれサラダみたいな人
「くぁ……」
寝起きで既に身体が痛い。当然、昨日の襲撃が原因だ。多分最初に不意打ちで魔法食らったやつだろう。結構強めに吹っ飛んで地面に叩き付けられたからな。大した怪我じゃないとはいえ、打ち身と打撲……は同じ意味か。兎に角ぶつけて痣になっている所が痛い。
ま、泣き言なんて言ってらんない。今日も生前では考えられなかったような過密スケジュールが待っている。仕事しないと。なんかちょっとしたワーカーホリック気分だ。
「今日は朝から商業ギルドでバングッフと打ち合わせ。その後、交易祭に協賛する金持ち連中に一通り媚び売って、それが済んだら交易祭に関する企画書を作成」
「うえぇ……一日じゃ終わりそうにないなあ」
「でも、終わらせないと間に合わないんじゃない? 交易祭の日程も決まったし、開催日まであと20日もないから」
ゲッ、そんなに時間ないのか。まだどんな企画するかさえ決まってないのに……準備期間考えたらマジで今日中に企画書作るくらいじゃないと間に合わ――――
「……シキさん?」
「何」
「ここ、俺の部屋。あと棺桶の中」
「知ってる。でも応接室と兼任だから、ギルド員が入っても良くない?」
良くない! 早朝から勝手に部屋入って来て人の棺桶のフタ開けるなんて暴挙、世話好き系幼なじみヒロインでもしないよ!?
「……」
かと思えば、こっちの顔をジーッと見てるし……何? 寝起きだから目脂とか付いてても仕方なくない?
「ん」
え、何? マジで何? 『ん』の一文字じゃなんにもわかんないんだけど!?
「いつまで寝ぼけてるの。早くシャキッとして。さっさと商業ギルド行くよ」
「あ、うん……うん?」
今『行くよ』っつった? 行ってこいとかじゃなくて……
「一緒に来るの?」
「秘書の仕事しろって言ったの隊長」
「いや頼んだ事あったけど、愛人疑惑が嫌だからって断ったじゃん……」
「嫌悪感は出したけど、断った事実なんてないから」
……そうだっけ。いやそういう事じゃなくて、嫌悪感出した時点でNGって思うでしょ普通! 大体、それ以降秘書らしい事そんなしてないし! 何このシェフの気まぐれサラダみたいな人!
余りにも不意打ち過ぎる謎のシキさん来訪のおかげで、寝起き特有の気怠さは一瞬で吹き飛んだ。でもそれ以上に困惑が大き過ぎる。
「っていうか、いつの間に交易祭の日程決まったの……? あとなんで俺より先にシキさんがそれ知ってんの」
「手紙箱にこれ入ってた」
そう言いながらシキさんが見せたそれは――――ああ、シレクス家からの通知書か。確かに『冬期近月28日より開催』って書いてある。今日は近月9日だから、あと19日か……マジ時間ないな。
「早く用意して。馬車は勿体ないから歩きね」
「……まあ、それは良いけど」
そんな訳で、なし崩しの内にシキさんが秘書に復帰した。で、商業ギルドまで一緒に行く事になった。
外に出ると、途端に冷風が身体から体温を奪ってくる。今日は風が強いな……気温は多分昨日と同じくらいだけど、体感的には随分寒い。
「シキさんのその服って、戦闘用?」
何気なく隣を歩くシキさんを眺める。普段は暗殺者らしく黒を基調とした軽装なんだけど、最近はあんまりそこに拘っていないらしく、今日もアイボリー系のダッフルコートっぽい上着を着ている。まあ、こういうの着ててもいざって時には軽やかに動けるのがシキさんなんだろうけど。
「これが戦闘用に見える?」
「全然。厚手だし、防寒着にしか見えない」
「は? だったらなんで聞いたの」
「いや、そういう見た目で実は防御力メッチャ高い系の防具かと思って」
「そういう実用的なのは上着の下に装備してるから」
あ、そうなんだ。やっぱ終盤の街ともなると、軽くて頑丈なインナー系防具ってのもあるんだな。ベリアルザ武器商会で働いていたから武器には結構詳しくなったけど、防具に関しちゃ完全に素人のままなんだよなあ……
「隊長も良い防具持ってたら、そんな怪我しなかったのに」
「借金持ちの身で贅沢はできません」
「何かって言うと借金だね。相手ヒーラーなんだから、踏み倒しても誰も文句言わないと思うけど」
「……そんな恐ろしい事できる奴いる?」
「何されるかわからないし、いないかな」
「だったらなんで聞いたの!」
さっきシキさんに言われた事をそのまま返したら、満足げにほんのりと口元を綻ばせていた。
……他のギルド員がいる時との落差が凄まじくない? 昨日の塩対応とはえらい違いだ。
まあ、おじいちゃんっ子だったのを話した俺に今更クールぶっても仕方ないだろうし、こっちのシキさんが素に近いんだろうとは思う。そういう意味では、恐らく身内以外は殆ど知らないであろうシキさんをこうして特等席で見られている訳で、その点は妙な役得感がある。
あと、何つーかその……二人の時だけキャラが違うのって、なんか良いよね。若干の背徳感もあるし。年甲斐もなくウキウキですよ。まあ、ツンデレとかじゃなくツンツソくらいの差だけどさ。
「服装って言えば、最近変じゃない?」
「え? 俺そんな変な格好してた?」
正直ファッションセンスとか、うなじのトコの髪一本分もないからな……いつかは指摘される気はしていました。
「じゃなくて。街の人達、あと冒険者とか……黒い格好多くない?」
「そうなの?」
「……周りとか見てないの?」
そんな呆れられても。ここ最近ずっと忙しかったり嫌な事件に巻き込まれたりしてたから、周囲の人達の格好なんて頭に入らないって。
そもそも冬になったら黒い服装の人が増えるのって自然なんじゃないの? 黒って寒色じゃないだろうけど、括りとしてはそっち側だし。防寒用のコートとかジャケットは黒多いでしょ。
「隊長が漆黒の全身鎧姿だった時も、そこまで浮いてなかったし」
言われてみれば……あの格好で冒険者ギルド行った時、色々言われはしたけど怪しい者扱いはそこまでされてなかった。実際、聞き込みは順調だったもんな。
「そうか。今は黒がブームなのか……」
交易祭で何かブームを巻き起こそうって計画立ててはいるけど、恋愛と黒は明らかに相性悪い。この流行は余り使えそうにないか――――
「あれ、マスター?」
「……ん?」
後ろからの声で姿は見えなかったけど、声と呼び方で確信できた。俺を『マスター』と呼ぶのは一人しかいない。
「イリス……あ、ティシエラも」
「私はついで?」
「いや話し掛けてきたのがイリスだったから」
振り向くと、相変わらず華やかな格好のイリスと、相変わらずゴシックロリータな格好のティシエラがこっちに向かって歩いていた。
「結構距離があるのに、後ろ姿で良くわかったな」
「まあねー。マスターともそろそろ付き合い長いし?」
そうか、イリスと出会ってもう100日以上にはなるもんな。まあその内一ヶ月くらいは失踪してたけど。
「シキさんと一緒なんだ。お仕事?」
「ああ。これからバングッフさんトコに行って打ち合わせ」
「そっかー。あ、そうそう。ティシエラから聞いたよー。昨日大変だったんだってね。身体、大丈夫?」
「あー、全然全然。脳震盪は一時的なものだし、打ったトコも打撲程度だから」
「良かった。マスターって結構巻き込まれタイプだよねー」
「まーね。生ぜ……この街に来る前はせいぜい、アウトローな連中とか変なオジさんに絡まれるくらいだったんだけど、なんかその反動で酷い目に遭う遭う」
「あはは」
……イリスとの立ち話に花を咲かせている間、他の二人は声すら発していない。
シキさんが喋らないのは想定内だけど、ティシエラはどしたの。会話に入って来るのが面倒なのか、朝に弱いのか……なんとなく後者な気がする。低血圧っぽい顔だし。
「そう言えば、せっかく教えて貰ったのにフラワリル殆ど採集できなくてゴメンな」
「そんなの気にしなくて良いのに。鉱石を加工するのは趣味みたいなものだから、私は楽しかったよ?」
「こっちも、綺麗な宝石に仕上げてくれたお陰で助かった」
「なら良かった。で、誰にあげたの?」
――――パリンと、空気が割れた音を聞いた。
始祖に贈呈する予定だったラルラリラの鏡の代用品……だったんだけど、始祖の存在自体を外部には秘密にしている手前、こんな往来でその説明は出来ない。でもこの空気……説明しないと許さない、くらいの緊張感が首を絞めてくる。息がし辛い。
「興味深い話ね。確かその宝石、交易祭の目玉にするって聞いていたけど」
今の今まで無口だったティシエラが急に! 何この圧……怖いんだけど。
「そう。本当は個人的なプレゼントだったのね」
「違違違違! その予定で鉱山に行ったんだけど、例の事件に巻き込まれたのと地震が重なって、量が確保できなかったんだよ! だから交易祭で使うのは厳しいってなって……ね! シキさん!」
「その件と、個人的に誰かへ贈る事の因果関係ってなくない?」
「ちょっ! シキさん!?」
当然、シキさんにはラルラリラの鏡の代用品としてフラワリルを贈呈したって話はしている。なのにこの仕打ち……俺を苛めて楽しんでるな? この小悪魔!
「いや関係あるって。シキさんには説明したよね?」
「その説明は受けたけど、鉱山で採集任務に携わったのに戦利品一つ寄越さなかった説明は受けてない」
……スゲー目で睨むじゃん。え、フラワリルの鉱石欲しかったの? そんな話一度も出てなかったんですけど?
どうしよう。ティシエラもなんかシキさんと似たような目で睨んでくるし……ソーサラーギルドのギルマスだったら宝石くらい幾らでも買えるだろ。
それとも、まさか俺にプレゼントして欲しかったとか……
「そんな訳ないでしょう?」
「何も言ってないのにキレるのおかしくない!?」
「言われたのよ。表情で。屈辱的な事を。何故私が、貴方から宝石をプレゼントされる事を欲していると思ったの? 言いなさいよ」
だから言ってないって……えー何なのこの理不尽なまでの機嫌の悪さ。そりゃちょっとだけ思いはしたけど、心の中の声で侮辱罪が適用されたら犯罪発生率カンストじゃん。
「まーまーティシエラ。そんな喧嘩腰じゃマスターも困るでしょ?」
おお……流石はイリス。ティシエラを宥められるのはやっぱり彼女だけだ。帰還してくれて良かった。
「それでマスター、誰にあげたの?」
……前言粉砕。なんでここまで見逃そうとしてくれないんだ。人の色恋沙汰に興味津々なお年頃だからか? でもその時期はちょっと過ぎてない?
どうしたもんか。これ以上ここで時間食ってる場合じゃないし……
あ、そうだ。
「わかったよ。別に勿体振る話でもないから。フワワにあげようと思って」
「フワワ?」
「俺が契約してる精霊。気が弱いのにいつも頑張ってくれてて、ヒーラー騒動の時なんかも随分と世話になったし、感謝の気持ちを示そうかなって」
咄嗟の思いつきではあったけど、この場を凌ぐ為の嘘でもない。フラワリルの宝石はまだ残ってるし、ちょうど交易祭は精霊をもてなす為の祭りだった訳で、プレゼントをあげる相手としては最適だ。フワワとフラワリルで、微妙に名前も似てるのもポイント高い。
「……そういう発想はなかったわね。貴方、意外と良い精霊使いになるんじゃないかしら」
「そいつはどうも。じゃ、バングッフさんを待たせちゃ悪いし、そろそろ行くよ」
「そうしなさい。気が小さい男は総じて、相手の小さな失敗に狭量だもの」
身に覚えがあり過ぎて反論できない。俺も基本、自分に甘く他人に厳しいタイプだからな……外面は良くしつつも、ついつい心の中では悪態ついちゃう。寛容になるって難しい。
「それにしても、黒い服の人増えたねー」
「私は良いと思うけど。シックな方が季節映えするし」
……で、なんでこの二人付いて来てんの?
「えっと……イリス?」
「あはは。言いそびれちゃったけど、私達も商業ギルドに用事があってさー」
「え、マジで?」
「ホントホント。合同チームの件で、ちょっとね……」
う……なんかこっちにも飛び火しそうな話題だな。鉱山事件の影響で冒険者の選出がストップしてるって言ってたし……
「今回のチーム編成はね、ずっと停滞し続けていた人類共通の悲願……魔王討伐を進める為の重要な第一歩になるって思うんだ。だから、可能な限り最高のメンバーにしたいんだけど……高レベルの冒険者が全然集まらなくて」
「冒険者ギルドに問い合わせても『本人が辞退している』とか『連絡が付かない』って返答ばかり。だから、商業ギルドの方から圧力を掛けて貰いに来たの」
「圧力……?」
「協力しないなら、武器やアイテムの大量一括購入を禁止するとか、何か制裁を加えるよう働きかけるつもり」
怖っ! そこまでするか。それだけ今回のチームに懸けてるって事なんだろうけど……
「コレットと直接交渉は出来ないのか?」
「何度もやったわ。彼女もまだギルドマスターになって日が浅いから、ギルド員に対して強く出られないのよ」
だろうな。反コレット派は露骨に拒否しているだろうし、就任早々の失踪事件で迷惑を掛けたって負い目もあるに違いない。あいつ、俺と同じでメンタル弱いからな……
「そんな状況で商業ギルドからの圧力まで加わったら、コレットが更に追い詰められるぞ?」
「ええ。あの子にとっては大きな試練になるでしょうね」
ティシエラの顔は――――冗談を言っているようには見えなかった。
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