第261話 クソザコ誤解

 小学生時代の俺は、まだそこまでゲームにのめり込んでいなかったし、割と外でも遊ぶ方だったけど、骨折などの大怪我をした事はなかった。だから、学生あるあるの一つ『包帯を巻いて教室に入ると、親しくもないクラスメイトにやたら話しかけられる』を体験した事はなく、寧ろ話しかける方の立場だった。


 ただ、あれもまあ……お約束と言うか義務感と言うか、実際には怪我の理由とか骨折の痛みに特段の関心があっての事じゃない。空気を読んで自分の役割を全うする、みたいな感じだった。知人や身内に『恋人が出来た』と打ち明けられた時、大して興味もないけど一応その恋人の事を聞くあのノリに近い。


 今思えば、他人と違う事をして『捻くれた奴』と思われ孤立してしまうのを、無意識下で恐れていたのかもしれない。


 そういう経験があるから、路地裏の戦闘で負傷した頭部に包帯を巻いている今の俺は、これから起こる事が容易に想像できる。


 まずギルドに戻ります。するとどうでしょう。あっという間にギルド員から取り囲まれます。あらあら人気者ですね。でも勘違いしちゃいけません。これは義務感です。怪我人の回りに集まるのは、人として当然果たすべき役目なのです。


 彼らは負傷した理由や体調について根掘り葉掘り聞いて来ます。決して勘違いしてはいけません。それは関心や心配ではなく営みです。営みの街が暮れたら色めくのは恋だけではないのです。


 もしかしたら、彼らの言動の中にわざとらしさや気怠さが見え隠れするかもしれません。そういう時の対処法も心得ています。


 無です。心を無にしてスルーします。そして『おいおい何だよ大袈裟だな大丈夫だって』と照れたフリをします。そして暫く質問タイムが続いたのち、波が引くように皆が去って行きます。そこに虚しさを覚えてはいけません。それもまた『集団の中に包帯を巻いた人物が現われた時の一幕』におけるお約束。ビターエンドは必須なのです。


 前に刺された時には始祖が治してくれてたから、実質無傷だった。よって今回が本格的な包帯デビューだ。この世界の包帯は伸縮性がないし巻き心地も微妙だけど、見た目は同等以上に痛々しい。予定調和のチヤホヤを受けるには十分な趣きだ。


 ではいざ、ギルドへ征かん!


「ただいまー」


「お帰りなさい。あら、その頭どうしたの?」


 まずは受付のユマ母が早速食いついてきた。流石は年頃の娘を持つ母親。観察眼が優れている。


「いやー。実は街中で暴漢に襲われちゃって」

 

「そうだったの。大変ね」


 ……え、終わり? 話それで終わり!?


 なんか思ってた反応と違う。頭に包帯巻いてるんだよ? なんでこんなに淡白なの?


 そうか。確かユマ父は武器屋になる前に鉱夫だったんだっけ。これくらいの怪我は日常茶飯事だったのかもしれないな。


 ならば他のギルド員は――――!


「おうボス。聞いてくれよ。娼婦のマチルダちゃんが『もう店を辞めたい』って俺に相談してくるんだよ。親身になって相談に乗るのって規約違反じゃないよな?」


 パブロは包帯に目もくれず、デレデレした顔で仕事の話。


「ただ今! 見回りから! 戻りました! 異常ありません! ギルドマスターも! お元気そうですね!」


 オネットさんは包帯が見えているのかいないのか、普通の報告と挨拶。


「首が……首が……クソッ! 首が足りぬッ! 我が輩の人生にここまで生首が不足したのは生まれて初めての出来事ッ! だが先日の失態を取り戻すまでこのギルドを去る訳にもゆかぬッ!」


 シデッスは禁断症状と必死に戦っている為、そもそも眼中にない模様。


 ……いやいや。


 変わり者が多いギルドなのは自覚あるけどさ。ここまで酷いか? 仮にもギルマスが怪我して戻って来たんだよ? 何か一言あるでしょ?


「トモ。ちょっと良いか?」


 お、ディノーか。こういう時は常識人に限る。良い所に来てくれた。


 この期に及んで、こっちから『実はさっき怪我したんだよ』とは言えない。頼む、言ってくれ。『その頭どうしたんだ?』と聞いてくれ。大丈夫、ディノーなら……きっとディノーなら何とか言ってくれる……!!


「何?」


「今日、サキュッチさんと会ってきたんだろう? 例の件、聞いてみてくれたか?」


 なんそれ!


 ……マジかよ。最後の砦のディノーまで。神は死んだか。


「ああ……聞いたよ……望まれている事を……そのまま……それって大事だもんな……」


「そ、そうか。あまり結果は芳しくなかったみたいだな」

 

 誤解されたみたいだけど、あながち間違いでもない。正直、どう伝えるべきか悩んでいたところでもある。丁度良かった。今の俺の心境とシンクロしまくっていて、気を遣う手間が省けた。はは。


「……済まない。君も大変だっただろうに、面倒な事をさせてしまって」


「まあ、会話の流れを作るのには苦労したけど」


「いや、そういう意味で言ったんじゃないんだが」


「?」


「?」


 なんか会話が噛み合っていないような……そんなキョトンとされても。


「トモ、ちょっと」


 何故かディノーは俺に顔を寄せるよう指で合図してきた。コソコソ話の体勢だ。


「その怪我、シキさんにちょっかいを出そうとして斬られたんじゃないのか?」



 ……はァ?



「今朝方から、ヤメ君が『最近ギールマターがしきりにシキちゃんに発情しちゃってマジ困ってる』って吹聴していたから、てっきりそうだとばかり思っていたが……違うのか?」


「全っ然違う! 俺は発情期の犬か!? つーかヤメ何処行った! あいつマジやりやがったな!」


 道理でこの包帯に誰も反応しない訳だ……みんな心の中で『とうとうシキさんにやられたか』って思ってたのかよ。俺の信用どうなってんの。


「つーか本人は!? シキさんが否定すりゃ一発で解けるクソザコ誤解じゃねーか!」


「彼女の行動は俺達には把握できていない。特殊任務に就いているんだろ?」


 そうだった……今日は一日中、例の迷惑冒険者三人の消息を調べて貰ってるんだった。


 奴等が見つからない事には、事件解決の糸口は見えて来ない。とはいえ、他の仕事が詰まってるから人数も掛けられない。結局今回もシキさん頼りになってしまった。


「兎に角、俺がシキさんをどうこうってのはないから。つーかヤメより信用ないんか俺。屈辱が過ぎる」


「悪かったって。誤解だったって俺もみんなに言っておくから」


 悲しい哉、俺が直接言うよりディノーが言ってくれた方が信憑性はある。ここは素直に頼んでおこう。


「はぁ……それじゃ宜しく頼むな」


「それは良いけど、サキュッチさんの件は……」


「暗黒系のゴツイこん棒が好みだってよ」


「そ、そうなのか。良くわからない趣味だけど、準備してみる。ありがとう」


 ここで失意に陥ったら俺の誤解を解く前に力尽きそうだからな。旦那の件は暫く黙っておこう。


 にしても、酷ぇ誤解だ。やっぱり娼館に行くの断ったりしてるから、身内をそういう目で見てるって思われてるのかな。10代に発情するほど飢えては……いない事もないけど、そこはちゃんとライン引いてるっつーの。


 問題はヤメをどう叱り付けるか……でもなー、俺がヤメを注意しても多分聞かないどころか逆ギレされるのは目に見えてるんだよなあ、シキさんに頼んで注意して貰うか。


 ……我ながら情けなー。やめやめ。





 ――――と、そんなこんなで夕刻。


「ずぇーったい気の所為じゃねーっつーの。ギールマターのシキちゃんを見る目、マジで愛人作ろうとしてるエロオヤジの目だってば」


「だよな、間違いねーよ。イリスちゃんが靡かねぇからってターゲットをシキ様に変えたんだ。こいつクズだって」

 

「そんな訳あるか! そもそもイリスから相手にされてないのはお前らだろ!」


「ウギャア言いやがった! それ言っちゃおしめぇだよボス! 歓談中の正論はな、地域によっちゃ反則なんだぞ!」


 ヤメをはじめ、仕事を終えたギルド員達が次々と帰還し、ホールは取り留めのない雑談が生い茂っている。話題が話題だけに笑い話には出来ないけど、それを除けばなんて事ない日常の一ページだ。


 ……と思ってたけど、今しれっとシキさんを様付けで呼んでる奴いたな。ベンザブか? ウチのギルド員の性癖って何故こんなに暴虐の限りを尽くすんだろう。もうちょっと落ち着こうよ、みんないい大人なんだから。


「あ、シキちゃん帰って来た」


 流石の目敏さ。誰よりも早くヤメがシキさんの気配を察知した。


 正直、あれだけイジられた後に大勢の前で話しかけるのは気が引けるけど、ギルマスがそんな事で怯んじゃいけない。仕事して来たギルド員に労いの言葉を掛けるのは、とても大事な責務だ。


「シキさん、お疲れさま」


「ん。進展なし」


 素っ気な! しかも最低限の言動で、一切立ち止まらず素通りしていくじゃん。


「ほーら、やっぱ警戒されてやんの」


「いや、いつも(二人きりの時以外は)あんな感じだろシキさんは」


「まーそーだねー。シキちゃーん、今日一緒にメシ食わんー?」


 俺がぞんざいな扱いを受けた事で溜飲が下がったのか、ヤメは御機嫌な顔でシキさんに纏わり付いていた。


 この場でヤメが変な事を言いふらしていたとシキさんに伝えるのは簡単だ。でも、それをして万が一にも二人の関係がギスったら大問題だ。


 沈黙!! それが正しい答えなんだ。


 ……決して日和った訳じゃない。冷静な判断の結果な。


 何にしても疲れた。痛みはあんまりないけど、頭を激しく揺らされたのは事実だし、今日はもう安静にしとこう。


「じゃ、俺も上がるわ。みんなお疲れー」


「うぃー」

「お疲れい」

「また! 明日!」


 ホールに残っているギルド員に軽く手を振り、奧の応接室 兼 自室に引っ込む。


 夕食、どうすっかな……今から食いに行くって気分でもないし、貯蔵しているパンで良いか。


 この世界のパンは包装されていないから、保存には余り向いていない。でも日持ちさせる方法は一応ある。冷凍保存だ。


 勿論、冷凍庫なんて便利な物は存在しないけど、この世界には魔法がある。しかも、この街にいるソーサラーは腕利きばかりだから、かなりガチめの冷気を操る事が可能で、10日間くらいずっと凍ったままにも出来る。


 魔法関係にもスキルは存在していて、例えば【持続】ってスキルを持っていれば、魔法の効果を長くする事が可能。特に【持続3】を持っていれば50日くらいもたせる事も出来るらしい。サクアが【持続2】を持っている為、彼女に冷凍保存をして貰った。


 サクアは確か、まだホールにいた筈。ちゃちゃっと解凍して貰うか――――



「サクア? あの子なら、ついさっき、帰りましたよ」


「……ありゃ」


 俺が引っ込んだ後、みんな一斉に帰路に就いたらしく、残っていたのはオネットさんだけだった。


 今更追いかけるのもなんだし……今日はもう良いか。そんなに腹減ってないし。


「オネットさんはこれから旦那さんと食事?」


「はい。毎日、美味しい食事を、作ってくれるので、感謝しています」

 

 夕食は旦那さんが作ってるのか。主夫なのか共働きなのか……ま、どっちにせよギルド員の家庭にまで首突っ込む趣味はない。この辺で止めておこう。


「では、私も、この辺で」


「はい。今日もお仕事ありがとうございました。明日も宜しくお願いします」

 

 クレイジーな人妻屠り師も、仕事が終わればただの人間。歩くスピードは一般市民と大して変わらない。その小さくなっていく後ろ姿を眺めながら、暫し感傷に浸る。


 こうして漠然と眺めているだけだと、至って平和な街だ。でも今日、俺はそのど真ん中で襲われ、殺されかけた。


 大半のヒーラーや問題児が去って、人間に化けたモンスターも倒したけど、それでもあんな事が起こる。精霊すら喚ぶ暇がないくらいの切羽詰まった状況だった割に、良く切り抜けられたもんだ。


 まあ、ティシエラの見解通りなら、向こうには最初から俺を殺す気はなかったみたいだけど。道理で足が竦んだりしなかった訳だ。多分、殺気みたいなのは発してなかったんだろう。


 でも、俺の調整スキルで弱体化させられたのは予定外の筈。去り際に見せたあの怒りが演技とは思えん。あのタレ目とは、また会う事になりそうだな……


「ん?」


 いつの間にか、オネットさんがこっちに引き返して来ている。忘れ物か? それとも、気を利かせて俺に食料を……いや違う。手に持っているのは買い物じゃなく得物――――剣だ。


「ギルドマスター。誠に残念ですが、今日をもちまして、ギルドを、辞めさせて頂きたく」


 ……は?


「いやいやいやいや! 急過ぎない!?」


「はい。今、決めました」


「な、なんで……?」


「夫の、浮気現場を、目撃したので。連れ合いが、見知らぬ女性と、ニタニタしながら歩いていました許せません殺します」


 ちょーーーっ! またやりやがったのか顔も見た事ないけどあのバカ旦那!


「一旦落ち着いて! 見間違いかもしれないし誤解かもしれないから! ってか本当に浮気でもいきなり殺しちゃダメだって!」


「淫・即・斬。それが私たち夫婦がただ一つ共有した真の正義だったので」


「切っ先をこっちに向けて怖い事言わないで! っていうか離婚しろよもう!」


「離婚はしません。絶対に殺します」


「愛がソリッド過ぎる!」


 結局、この後2時間くらい往来で話し合った結果、どうにか辞職も夫殺害も踏み留まって貰った。


 ただし死ぬより疲れた。




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