第260話 名言は、狙って言えば言うほど遠ざかるもの

 他人もしくは武具のステータスを書き換える能力。一時は【リライト】と命名してみたものの、自分の中で全く定着しなかったんで普通に調整スキルと呼んでいるそれは、この世界において極めてレアなスキル……だと思う。


 最初は味方のステータスをより戦局に適した数値にカスタマイズする事に価値を見出していたけど、今は寧ろ自分の戦闘で役立てている頻度が高い。何しろ、触れた相手をほんの一瞬で無力化する事が出来るんだから、かなりのブッ壊れ性能だ。チートと言っても差し支えない。


 まあ、肝心の俺自身の能力が低い所為で、そこまで圧倒的な戦力にはなれていないのが実状だけど……


「貴方のそのスキルは、敵勢力がモンスターやヒーラーに限定されている状況だったら何の支障もなかったのよ。でも、人間の中に敵が出来てしまった今はそうも言っていられない。特に、レベルやステータスを矜恃としている冒険者を敵に回した事で、事情は大きく変わってしまったわ」


 確かに……そうかもしれない。


 飛び抜けた才能と鍛錬の積み重ねで人類を代表する存在になったこの街の冒険者が、自分のレベルや能力を誇示するのは当然。それはアイザックに限った話じゃない。そんな連中にとって俺の調整スキルは、自分の積み上げて来たものを一瞬で奪い取る悪魔……若しくは死神のような力に映ってしまうのかもしれない。


「そのスキルの事、不特定多数の人に話していないでしょうね?」


「いや、親しい人間限定だけど。コレットとかイリスとか……後は、最初にこのスキルが判明した時にいたマルガリータさんも知ってる」


「……」


 ティシエラの顔が険しくなる。マルガリータさんの名前を出したのがマズかったか……?


「だとしたら、今日貴方が襲われたのは鉱山の一件じゃなく『調整スキルの使い手を抹殺する為』かもしれないわね」


「……」


 あくまでティシエラの予想。それが真実とは限らないけど……否定も出来ない。マルガリータさんが俺のスキルを口外していても何ら不思議じゃないし。


「聞き込みの時には変装してたんだけどな」


「その変装が怪しくて尾行されたんじゃないの?」


 気配察知能力なんてないし、もし尾けられていたとしてもわかりっこない。でも、もしそうなら……あの殺し屋が尾行者で、ギルドを出て変装を解いた事で俺だとわかり、始末しようとしたって事になる。


 一応、辻褄は合っているか……?


「でも、冒険者がそんな暗殺まがいの事するかな? 幾らコレットに敵対宣言したからって……」


「それがマズかったのよ。冒険者ギルドのギルドマスターに敵対宣言したという事は、冒険者全員に宣戦布告するようなものでしょう?」


「あの場での発言をコレットが他言するとは思えない」


「盗み聞きされていたかもしれないじゃない」


 う……確かに。それは全く頭になかった。


 良くない流れだ。勲章を貰って以降、やる事なす事裏目に出ている。そしてそれは全て、自分の行動や思考の迂闊さ、杜撰さに起因している。ティシエラやフレンデリアに指摘されて、ようやく気が付くってパターンが多い。


 気を抜いたつもりはなかった。でも、やっぱり舞い上がっていたのかもしれない。


「私がお説教するまでもなく猛省しているみたいね」


「ああ。こんなんじゃギルマス失格だよな」


「それは実際にギルドへ不利益をもたらした時に言う事。その前の段階で気付いたのなら、他に言うべき言葉があるでしょう?」


「……軌道修正して立て直します」


「良く出来ました」


 うう、完全に手の掛かるデキの悪い弟みたいな扱いだ。でもそういう扱われ方、嫌いじゃないよ。寧ろ御褒美かもしれない。なんか良くわからないけど脳が痺れる。


「一旦、状況を整理しよう。ウチのギルドは今、鉱山冒険者殺人未遂事件の容疑者がいるって濡れ衣を着せられている。と同時に、俺個人も冒険者から危険視されている」


「そうね。そして冒険者ギルドの中には、コレットを快く思っていない人間もいる。彼等と選挙に敗れたフレンデル陣営との繋がりも危惧されるところよ」


「で、そいつ等はそいつ等で色恋沙汰で揉めに揉めていて、被害者への私怨アリアリ……と」


 今更ながら、なんつー面倒臭い事件に巻き込まれちまったんだ。ただでさえ借金返済期間が迫っていて、しかも交易祭の準備で忙しいのに。複雑が過ぎる。モンスターやヒーラーが相手だったら凄くシンプルなのに、人間が敵に回った途端この煩雑さよ。こんなんだから大抵のゾンビ映画は敵が人間になっちゃうんだよ。


「今は俺達を犯人扱いしたあの冒険者三人を最優先で探してるけど、あの殺し屋も特定しないとな。そこから手掛かりが得られるかも……」


「……」


 嘆息しながら漏らしたなんて事ないその言葉に、ティシエラの表情が変わる。


 今度は一体何を言われるのやら――――


「私達の事は疑わないの?」


「……は? 急に何?」


「貴方を襲った殺し屋、魔法を使ったんでしょう? ソーサラーだと疑うのが普通だと思うけど」


 ああ、そういう事か。言われるまで思いもしなかったわ。


「攻撃魔法って別にソーサラーの専売特許じゃないんだろ? それだけの理由でソーサラーって決めつける訳ないって。どんだけ短絡的だと思われてんの俺。そもそもティシエラ達が助けてくれたんじゃねーかよ」


「それも演技だったら?」


 まるで試すような口振りだけど、表情と一致していない。


 俺が腹の中でそんな疑いを持っていると危惧していて、耐えかねて自分の方から言い出したのか?


 もしそうなら……ティシエラらしくもない。


「あのな、理屈上ありえるってだけで容疑者扱いしてたらキリがないって」


「どうしてそう言い切れるの?」


 ……シキさんもそうだったけど、妙な所で頑固だよな。何なの一体。犯人扱いされてみたい願望でもあるの?


「王城奪還作戦の一件、私の案は貴方の新提案で一蹴されて、ソーサラーギルドは主役の座を奪われたわ。その上、冒険者ギルドとの和睦も兼ねて合同チームを結成している最中に、貴方達に冒険者殺傷の容疑がかかった。ソーサラーギルドにとって、貴方は邪魔ばかりする厄介者」


「……」


「私がそんな風に考えているって、ほんの少しでも思わないの?」


 黙って聞いてれば……まだそこ引きずってんのか。ンな苦しそうな顔で言うなよな、ったく。


「思わねーよ。ティシエラだったら『最近、貴方邪魔ばっかりしてくるわね。鬱陶しいわ』って直接言ってくるだろ?」


「何それ。私の真似?」


 正直、フザけるなって怒られる覚悟だったけど――――どういう訳か、ティシエラは少し笑った。


「でも……最近の私、不機嫌なのを露骨に出してたでしょ? だから、なんて言うか……」


 要は『俺に悪く思われてる』って心配をしていた訳か。なんか意外。そういうのは例え心の中で思っていても、口には出さないタイプだと思ってたのに。


「別にソーサラーの悪評流したりとかはしないけど」


「そういう心配をしているんじゃないの。わかるでしょ?」


 ……どうやら俺が思っていた以上に、あのマッチョ事変はティシエラのメンタルを削りに削っていたらしい。彼女にとって、初めて周囲に弱味を見せてしまった事件だったのかもしれない。


 だとしたら、あんまり茶化すのは良くないな。


「だったら本心言うけど……ティシエラは相手が俺だろうと誰だろうと、邪魔されたからってコソコソ報復するような奴じゃない。上手くいかなかった事を他人の所為にもしない。少なくとも俺はそう思ってる」


 いざとなれば身を挺して他人を守り、部下に惨めな思いをさせないよう誇り高い選択をする、尊敬の念が尽きない人――――俺が見てきた彼女の人物像は、それが全てだ。


 俺もそうありたい。そういうギルマスになりたい。ずっとそう思い続けて来たから今がある。


「そんなの……誰にだって、表に見せているのとは別の顔があるものでしょう?」


「そりゃある。本当の意味で他人を理解するのは不可能だろうよ。だから信頼って大事なんだよ」


 ティシエラが本当はどんな奴か。俺を疎ましく思っていたとして、殺し屋に消させようとするか否か。


 余りにも馬鹿馬鹿しくて考えるまでもない――――とは言わない。誰の心にだって影や闇はあるし、それが何かのきっかけで広がる事もある。『まさかあの人が……』って事件は、そうやって起こる。


 だからこそ決めつけはしない。決めつけずに、ちゃんと考える。考えた上での結論だ。


「信頼ってのは『こいつに裏切られたら仕方ない。その時に生じる負債は全部抱えてやる』って覚悟だ。仕事相手や仲間の全員にそれだけの熱量を向けるのは難しいけど……ティシエラの事は信頼してる」


「……」


「大体こっちはイリスとサクア、二人も派遣者を迎え入れてるんだよ。覚悟はとっくに出来てんの」


 彼女達には、ウチのギルドの動向を探る監視としての役割も当然ある。こちとら、それを百も承知で受け入れてるんだ。今更ティシエラを疑ってどうすんだって話ですよ。


「……そう」


「いや『そう』じゃなくて。他に何かないんか」


「甘い男」


 それは否定できないかも……


 結局さ、非情になる事が出来る奴って、自分が非情な扱いを受けても構わないって人間だけだと思うんだよ。俺そういうの無理。情がないからって非情になれる訳じゃない。


「疑ってよ」


「……あ?」


「もっと疑う事をして。そうしないと、貴方は……この先、生き残れない」


 どういう意味で言っているんだろうか。ティシエラの表情は、翳っているようにも、不満を抱いているようにも見える。


 でも俺の答えは一つだ。


「疑う意味のない奴を無理に疑っても、何の得にもならねーよ。馬鹿らしい」


「だから……!」


「信頼してる誰かに裏切られて殺されるのなら、それはもう寿命だろ」


 一度目は、死に方を選べなかった。今度は違う。そこにも拘りたい。せいぜい『自分らしく』を自分に押しつけてやるさ。最期の時まで。


「……本当にもう」


 心底呆れたようなティシエラの声は、こっちが思わず怯むくらい――――優しかった。


「余計な事を言ったわ。今の会話は忘れて頂戴」


「え? 俺、結構良い感じの事いっぱい言ったつもりなんだけど……」


「名言は、狙って言えば言うほど遠ざかるものよ」


 今まさに名言を聞いたんですけど。寧ろ教訓にしたい。


「兎に角、俺を襲撃したのはソーサラーじゃない。当然ティシエラの指示でもないし、ティシエラの信奉者が勝手に暴走した訳でもない。俺はそう確信してるって事を言いたかったの」


「……わかったわ。ありがとう」


 こちらこそありがとう。その照れ顔でパン10個はイケる。


「ま、あの殺し屋の特定は案外難しくないかもな。相当なタレ目だったし、あれなら外見だけでも――――」


「それ」


 ビシッと指されて思わず仰け反りそうになる。


「え。どれが何?」


「どうして口元だけを隠して、特徴的な目元を隠していなかったんでしょうね」


 ……あ。


「自分を覚えて貰うように仕向けていると思わない?」


「言われてみれば……」


 不自然だ。余りにも不自然極まりない。今思えば、俺を殺したと思った後にやたらブツブツ独り言を言って情報を零していたのも、何処か作為的に感じる。


 ティシエラの言うように、ミスリードの可能性が高い。


 って事は、奴がグノークスの名前を敢えて出したのは、グノークスの関係者だと偽る為か。つまり――――


「俺に『グノークスが殺し屋を雇って俺を始末しようとした』と証言させる為……?」 


「そうかもしれないわね。そしてその証言が嘘だと判明すれば、貴方達の立場は一層悪くなる」


「うーわ! 性格わっる!」


「なんですって?」


「いやティシエラがそうだって言ったんじゃないから」


 俺もティシエラと同意見だ。つまり、決定的なまでに心証を最悪にする方策として、真犯人は今回の襲撃を目論んだと。とんでもねえ策士だ。


 ……策士?


 この言葉、誰かに使った事があったよな。



『ああ、認めるよ。大した策士だ』



 ……あー。やっぱり、あいつが裏で糸引いてるのかもしれない。何の証拠もないけど、このネットリとした策はあの野郎の仕業っぽいよなあ……


 でも、もしそうだとしたら、策士策に溺れるってやつだ。おかげで敵の全容が見えて来た。野郎、自分達に敗北の屈辱を与えた俺達とコレットを一網打尽にする気だな?


「ティシエラ。ファッキウ達の動向ってわからないか? 奴等が関わってる可能性が高いと思うんだ」


「残念だけど、把握できていないわ。調査しているのはカイン……ユーフゥルの動向だけど」


 そう言えば、ソーサラーギルド出身だったな。あの男も要注意人物だ。


「モンスターと手を組んでいたみたいだから、魔王城に匿われているかもしれないわね。モンスターなら霧を無効化する方法も知っているでしょうし」


「だったら、合同チームに連中を探して貰うってのはどうだ? 霧を晴らす方法を探すのが目的なんだし」


「……そうね。闇雲に探すよりは現実的かもしれないわ。メンバーが決まり次第、目的の一つに加えましょう」


 妙なところで話が纏まった。この件は一先ずティシエラに任せよう。


「あと、ティシエラにどうしても聞いておきたかった事があるんだけど」


「何?」


「俺って、可愛い?」


「……」


 集合体恐怖症の奴が蓮コラ見た時のような顔をされました。


 


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