第263話 扉を開けて

「今回の合同チームはアインシュレイル城下町、引いては人類の命運を賭けた取り組みよ。なのに冒険者ギルドが乗り気じゃないと市民に伝われば、全体の士気が大幅に下がるわ。ギルドの代表に率先して働きかけて貰わないと困るのよ。それが例え、あの子にとって大きな負担になるとしても」


 ティシエラの口調は淡々としたものだったけど、静かな決意と揺るぎない信念を感じずにはいられない。


「ソーサラーギルドの代表として、そこは譲れないって訳か」


「ええ。今の私にはあの子を気遣う余裕も、成長を待つ時間もないの」


 つい先日、弱い部分を見せたかと思えば、今日は一転してこの厳しい態度。そして、それをコレットと親しい俺に対して正直に話すところも含めてティシエラらしい。幾らでも濁せただろうに。


 ……ま、どうして俺にこんな話をしたのかは想像に難くない。


『コレットを潰させたくなければ、貴方も手を貸して』


 そう目が訴えている。


 本当は、ティシエラだってこんな事はやりたくないだろう。商業ギルドの手を借りる時点で屈辱だろうし、友人を追い詰めるような真似をして平気でいられるほどシビアな人間でもない。


 勿論、手を貸さない理由もない。とはいえ、一緒になってバングッフさんに圧力かけるよう迫るのは違う気がする。だったらいっそ……


「なら、冒険者ギルドとの交渉はウチがやるよ。必ず、今いる中で最高峰の冒険者をチームに入れるよう説得してみせる」


 俺にしては珍しく、強気な答え。良い所を見せたいって気持ちは……まあ、ないとは言えない。


「良いの? そんな安請け合いして。冒険者ギルドとはケンカの真っ最中なのに」


 それを見抜かれたのか、ずっと黙ったままだったシキさんが背後から冷たい声で語りかけてきた。


「だからこそ、だよ。冤罪だって事を証明すれば、向こうはその負い目から俺達の要求を拒めない」


「口調がいちいちカッコ付けてて変」


「うるさいなぁ……」


 やっぱり見透かされてる。俺の心をここまで鮮やかに読めるのは始祖とティシエラとシキさんくらいだよ。いやまあまあ多いな。


「……」


 何故かティシエラとイリスが同時にジト目で睨んできた。


「なんか二人、私がいた頃より格段に仲良くなってない? 急に気心知れてる感じになっててビックリ」


「ん? そりゃ、あれから結構時間も経ってるし、ギルド員との親睦もそれなりに深まってましてよ?」


「何その変な語尾。何か誤魔化そうとして――――ンッ、ンッ。それよりティシエラ、さっきのマスターの申し出、どうしよっか」


 誤魔化してなんていないですよイリスさん。そもそも色んな事を誤魔化してる貴女が言う事じゃないでしょうよ……って顔をしたら露骨に話を逸らしてくれた。サンキューイリス。空気読める人ってホント好き。


「そうね。有利に交渉が進められるようならお願いしようかしら」


「了解。じゃ、話が纏まったところで商業ギルドの中に……」


「隊長。様子が変」


「いや、だから」


「隊長の事じゃなくて。向こう」


 またイジられると思って身構えていたら、シキさんの視線は俺じゃなく商業ギルドの方に向けられていた。いつも鋭いその目が一層エッジを効かせている。


「中に人の気配はあるのに、ホールが異常に静かなのは妙じゃない?」


「確かに……」


 入り口から見えるホールの中に、人影が全く見当たらない。まだ朝とはいえ、歩いて来たからそれなりに時間は経っている。商業ギルドの規模なら、この時間帯はもっと人で賑わっている筈だ。


「イリス、警戒を強めて。何かあるかもしれないわ」


「う、うん」


 ティシエラもシキさん同様、ただ事じゃないと悟ったらしい。さっきまでも結構ピリピリしてたけど、比較にならないほど研ぎ澄まされていくのがわかる。今の彼女は、娼館でシャルフと戦った時の雰囲気とそっくりだ。あの時と同じくらい集中しているんだろう。


 斯く言う俺も、昨日襲われたばかり。街中だから安全なんて口が裂けても言えない。幸い後遺症もなくピンピンしてるけど。


 ん? シキさんが今日起こしに来たのって、俺の様子を見る為だったのか? 頭に衝撃受けたから、万が一何かあったらと心配して――――


「……」


 いやいやダメだダメだ、このタイミングで聞く事じゃない。一旦忘れよう。


 それより、商業ギルドだ。


 周囲の様子は普段と変わりなく静かだ。元々このギルドはヤクザの事務所みたいな空気が漂っていて、周辺住民は好んで近寄ろうとはしないからな。でも中は割と賑やかだった筈。それだけに、この奇妙な状況で正面から入るのは少し躊躇してしまう。


「裏口から入るか? 確か、応接室にあるんだよな」


 実際にこの目で確認しているから、場所はわかる。鍵が閉まっているかもしれないけど、そんなに分厚い扉じゃなかったし、聞き耳を立てて中の様子を窺う事は出来るだろう。


「鍵なら多分開けられるけど」


 ……シキさん? マジで暗殺者じゃなくてシーフなのかな?


「ちょ、ちょっと待って。まだ何か起こってるって決まった訳じゃないのに、裏口の鍵を勝手に開けて入るのは後々ヤバいんじゃない?」


「そうね。ありがたい提案だけど、状況的に怪しい、程度の段階でそんな強硬手段に出る訳にはいかないわ」


 平気でアウトローな提案が出来るシキさん、常識人のイリス、そして両方の性質を持ち合わせているティシエラ……なんかバランス良いなこのメンツ。俺の付け入る隙はなさそうだ。


「なら隊長が決めて」

「そうね。トモがどうするか決めて」

「マスターお願い!」


 そう思った途端これだよ! シキさんはともかくソーサラーの二人は自分達のトコで責任取りたくないだけですよね?


 ま、良いか。何だかんだ、バングッフさんなら無断侵入しても軽く皮肉言う程度で許してくれそうな気もする。


「取り敢えず裏口に回って様子を窺おうか」


 その俺の判断に異を唱える者はなく、全員頷き合って商業ギルドの裏へと向かった。


 ただでさえ人通りの少ないエリアだけど、路地裏に入ると本当に閑静な場所だ。これなら、外からでも中の声が聞こえるかも――――



「お前ら……こんな真似しやがって……」



 ……今のってバングッフさんの声だよな。応接室にいるのか。なんか涙声だったような……


「本当によう……なんて事してくれたんだ……クソったれ……」


 明らかに声が震えている。普通の状態じゃないのは明白だ。


「マズいわね。今のバングッフの様子だと、襲撃を受けているかもしれないわ」


「強盗? それとも何かを要求する為の脅迫……私達と同じ事を冒険者側がしようとしてるのかも」


 イリスの見解は多少強引だけど、ないとは言い切れない。つまり、冒険者サイドがソーサラーギルドに圧力を掛けるよう迫っているってパターンだ。


 勿論、コレットはそんな事思いつきもしないだろう。でもマルガリータさん辺りが単独で動いて、あのドSな感じで脅迫していても違和感はない。寧ろ似合いそうだ。


 でもその可能性は低いと見た。寧ろ、例の三人がウチのギルドに圧力を掛けるよう迫っている方があり得る。もしそうなら、これは大きなチャンスだ。ここで一気にケリを付けられる。


 レベル50前後の冒険者三人は強敵だけど、こっちだって精鋭三人が揃っている。一応俺も、隙あらば調整スキルで無力化を狙える。僅かだけど戦力的には有利だ。


「シキさん。扉開けちゃって。これは緊急事態だ」


 小声で伝えると、シキさんは無言で小さく頷き、鍵穴を覗いて――――


「もう開いてるっぽい」


 こっちに向き直る事なく、冷静にそう告げてきた。


「犯人も、ここから侵入したのかもしれないわね」


「って事は、犯人が鍵を開けたのか? そういうのって簡単に出来るものなの?」


「難しいよー? シキさんは多分特別なスキル持ってるんだと思う」


 イリスの物言いから察するに、シキさんはスキルで鍵を開けようとしたのか。針金でイジって……みたいなのを想像してたけど、そういうイメージはこの世界でも既に古いのかもしれない。


「何にしても、開いてるなら好都合よ。私のプライマルノヴァなら、犯人が興奮状態でも一瞬で冷静に出来るわ。頭を冷やせば、自分がどれだけ愚かな行為に及んでいたか自覚するでしょう」


 なんだかんだ、攻撃魔法ぶっぱを提案して来ないところは大人だよな。ウチのヤメだったらバングッフさん達がいるのもお構いなしでドアごと破壊しそうだ。


「トモ、私が合図したら貴方が扉を開けて。他の二人は、いざという時の為の援護をお願い」


「うん。わかった」


「……」


 イリスとシキさんが同時に首肯する。勿論、俺も。


 バングッフさん、今助けてやるからな。せいぜい恩義を感じてくれよ。なんなら残りの借金を肩代わりしてくれても良いからね。


 ……なんて馬鹿な事を考えている間に、ティシエラが俺に向かって片手を上げた。開けろって合図だ。


 取っ手に手を掛けて深呼吸し、意を決して捻りながら押し込む。この世界の扉は大抵内開きだ。だから開けてそのまま扉の陰に隠れる事はなく、視界は中の応接室を映し出した。





 そこには――――





『お誕生日おめでとう! 俺達の永遠の兄貴、バングッフ閣下』

 




 そんな文字を書いた垂れ幕がぶら下がっていた。


 あと、満面笑顔のヤクザなギルド員連中と、パーティーハット被って男泣きしているバングッフさんの姿が確認された。


「……」


 そっ閉じ。


 一応確認の為にもう一度開け、今度はキレ気味に閉めた。


「帰るか」


「そうね」


「やー、今日も街は平和だー」


「隊長、次の目的地はあっちね」


 晴れて現地解散となりました。



「いや待って待って待って待って待って! ねえホント待って!!」


 あ、追いかけて来た。バングッフ閣下ったら、スゲー必死な形相しちゃって。


「何で勝手に入ってきたの!? そういうの良くないって! ちゃんとしようよ!」


「いや、なんか、すみません」


「なんで目ぇ逸らすんだよ! あーそうだよ祝われてたよ! この年になって誕生日パーティ開いて貰ってたよ! サプライズでよ! 悪いか!? 部下からサプライズ誕生会開いて貰うのがそんなに悪か!?」


「いえ……一言も悪いなんて言ってないんで……」


「だったらもっと普通にして!? なんで腫れ物触るみたいに扱うの!?」


 そう言われても……いや良いんだよ、慕われてるなー良いなー優しい世界だなーって思うし。でもさ、何も泣くこたぁねーだろ。紛らわしいにも程がある。


「なあティシエラ、俺に用があったんだろ!? 珍しいじゃねーか、お前がウチのギルドに来るなんてさあ! ホラ言えよ用件!」


「後日また来るわ」


「その気の遣い方嫌ァァァ!! 違うんだって毎年やってるんじゃないって! 信じてくれよォォォ!」


 別に毎年やってても構わないんだけど……問題は時間帯なんだよ。いや朝て。仕事終わってからやってくれよ。幾ら野郎だらけの誕生会でも午前中はないわ。


「頼むからロハネルとかに言わないでぇ! 何でも手伝うから! どうせ合同チームの件だろ!? オレ、マジなんでもすっから!」


 普通、こういう状況ならティシエラは嬉々として快諾するだろう。でもその表情に『ラッキー♪』って感情は1ナノメートルも見当たらない。余所のギルマスの弱味を握るのは、五大ギルド会議において絶大な影響をもたらす僥倖の筈なのに。


「結構よ。それより離れて」


「知り合いって思われたくないのォ!? こんな年になって誕生日会で声詰まらせて泣いてたオレと知り合いって思われたくないから言ってるのォォォ!?」


「……ハァ」


 あっ。あのティシエラが詠唱なしで魔法使った。多分プライマルノヴァだよな今の。


「騒いだ。悪い」


 えぇぇ……なんか怖っ。バングッフさん感情失ってロボットみたいになってんじゃん。やっぱこの魔法ヤベーな。


「あ、そうそう。街ギルドのあんちゃんに言っておきたい事があったんだ」


「プレゼントは準備してませんけど」


「じゃなくて。今大変だろ? ウチに依頼来てたんだよ。あんちゃんトコのギルドの悪評流せって」


「!」


 間違いない、ヨナ達だ。


 そうか。ギルマスでもない限り五大ギルドの出席者はわからない。そしてコレットもわざわざそれを口外したりしない。


 つまり、俺が商業ギルドとそれなりの関係を築いている事なんて、冒険者にはわかりっこない。だから商業ギルドに依頼したんだな。情報漏洩の心配なんかせずに。


「誰が依頼して来たかわかります? 俺達、そいつ等に濡れ衣着せられて迷惑してるんです」


「みたいだな。何しろ『進化の種』を取り寄せろって言うような奴だ。ロクな人間じゃねーだろうよ」


 進化の種?


「モンスターが好んで食する種よ。それを食べれば強化されるらしいわ」


 モンスター専用のドーピングアイテムか。そんなのあるんだな。


 でも実際、モンスターだってレベルはあるだろうし、人間と違ってモンスターを倒してレベルアップって訳にはいかないだろうから、そういう強化の仕方があっても不思議じゃない。


 問題は、そのアイテムを所望した不届き者がいる事だ。


 人間にも効果があるのか、それとも――――人間じゃないのか。



「そいつは……メキトって冒険者だ」



 いずれにせよ、犯人がついに特定された。




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